3.約束
リオはよく我が家に遊びに来て遊んでいた。
宮殿に住む人の中には、同世代の子もいるはずだったが、リオはその子たちがあまり好きじゃないらしい。
詳しくは聞かなかったので私の予測に過ぎないが、リオも父親と同じように闇属性を持っており、怖れられているのだろう。特に幼い頃は力を暴発させることも多い。強い力であれば尚更だ。親が近寄るなと言ったのか、子ども自ら近寄らないのかは分からないが、リオには親しい友達がいなかった。
最初の頃はランドル卿と一緒だったが、週末以外にも来ることが多くなり、リオの母親と2人で訪れるようになった。
お母様も、政治の話や貴族同士の腹の探り合いみたいな会話をしなくてもいいリオの母親との会話が楽しいらしく、新たな友人が出来たと喜んでいた。
私もリオと遊ぶのが楽しかった。
彼の闇属性に魅せられた訳でも、彼の孤独に同情した訳でもない。
カッコいいところを見せようと意気込んだにもかかわらず失敗するお茶目なところとか、私の白熱する薬学トークにも飽きずに付き合ってくれる優しさとか、一緒にお茶をしているときに醸し出す穏やかな雰囲気とか。
気づけば、日に日に彼に惹かれていた。
「クレアはなんで王宮専属の薬学者になりたいの?」
いつものように薬草園でお茶をしていると、リオの突然の質問。
私が王宮で働きたいという夢は、リオによく話している。口に出していれば夢は叶うとかそういう迷信じみたことを信じているわけではないが、つい口癖のように喋ってしまうのだ。
しかし、リオが疑問を抱くのもよく分かる。
この家でも薬学者として十分なぐらい物はそろっているし不自由することないのに、何故かと思ったのだろう。私には明確な理由があった。
「だって、新しい植物に一番最初に触れられるし、使える予算が全く違うもの。新しい研究がたくさん出来るじゃない!」
いくら大きな薬草園や研究施設を保持しているとはいえ、国の体制には到底及ばない。欲しいと思ったものを国の制限なく輸入出来たり、結果を出しさえすれば色んな研究に手を付けられる。とても魅力的な場所なのだ。
「そっか。やっぱり」
「何がやっぱり?」
私の回答に納得した様子のリオ。一方私はそのリアクションの理由が全く分からない。
「王宮に住むことに憧れているだけだったら、僕が叶えてあげられたのに」
「どういうこと?」
聞けば聞く程、理解に苦しむ。
「僕が王宮で働いたら一緒に住めるでしょ?」
「確かに、リオは王宮で働けるだろうけど、私が一緒に住むとはならないでしょ?」
リオが王宮で働くのは、何かの大罪を犯したり闇属性が失われたりしない限り確実だろう。ランドル卿のように大臣になるにはそれなりの努力が必要だが、働くだけなら容易だ。
しかし、今のように一緒に過ごしたまま大人になるとでも思っているのか。大人になれば今の関係を続けることなんてできない。リオも誰かと結婚する訳だ。
ここまで想像して胸が締め付けられた。考えるんじゃなかった。
しかしその気持ちはリオの言葉で一気に吹っ飛んだ。
「僕と結婚したら一緒に住めるよ」
突然の告白に、動揺を隠せなかった。
目を白黒させる私の反応を見て、リオは面白そうに笑っている。
「……リオって、私の事好きだったの?」
「気づいてなかった?」
必死に絞り出した言葉を、いとも簡単にいなされる。こんな巧みな話術をする彼を私は知らない。どこで覚えてきたんだ。
「でも、私は結婚しない」
私は大きく深呼吸をしてから毅然とした態度でそう告げた。今度はリオが動揺する番だった。
「どうして?」
「だって、女性は王宮の薬学者にはなれないもの。だったらこの家で、結婚せずにこの家で研究していた方がよっぽどいいわ」
もし結婚するにしても婿を取るか。まぁ、残念ながらお兄様がいるので跡継ぎには困っていないし、せめてノースドロップ家の近くに嫁ぐとかが妥協案だろう。どちらにせよ理想論に過ぎないが。
「じゃあ、僕が王宮で偉くなって女性でも王宮専属の薬学者になれるようにするから、僕と結婚してよ」
無茶苦茶なお願いだ。さっきまで軟派な発言をしていたと思えない程、真剣な面持ちで甘えてくる。
私の手を取り、じっと見つめる瞳から目を逸らせなかった。
この発言に確約なんて無いし、一時の気まぐれに過ぎないかもしれない。
でも何より、彼が他の誰かと結婚するなんて想像したくも無かった。
「……約束してくれるなら」
取られた手をぎゅっと握り返すと、リオは大いに喜び、思いっきり抱きしめられた。