36.八つ当たり
一番人気はアラン殿下。やはり王子として幼い頃から英才教育を受けてきた実力を見込んでだろう。オッズは高くないが、確実に勝ちに行く人たちが賭けている。
二番人気がブレント様。武闘派の彼はこの大会で一番の注目選手だ。入学当初はそこまでではなかった魔法も今はかなり身に付けている。雷魔法を覚えるのもそろそろだろう。
リオの人気はそこそこだったが、私が大金を賭けたことでオッズが下がってしまい、リオに賭けていた人たちが別の人に賭け直したので、人気が下がってしまった。
私には好都合だ。
賭け自体は禁止されていないとはいえ、王族が参加する学園行事でそう言った行動をするのは、倫理的にどうかと思っていた。
しかし今となっては、学園長の意志ひとつで参加させることが出来る大会に、倫理もへったくれも関係あるか、という気持ちでいっぱいだ。
だったら宣言通り、私もこの出来レースに参加してやろうじゃないか。もうヤケクソだ。
一試合目が始まり、ベットを終えた人たちは足早に会場へ向かって行ったので、今この部屋にいるのは私とポスト先生とロニー様だけになってしまった。
まさかロニー様までこの賭けに参加しているとは思わなかった。
しかし人がいなくなってくれて丁度良かった。人で溢れていると目的が果たせなくなってしまうところだった。
私は談笑している二人に愛敬を振りまくことなく、調合の準備を始めた。
ポスト先生は面白がった様子で、私に話しかけてくる。
「よくあんなにお金持ってたね」
「今日、彼と一緒に過ごすために使おうと思ってたお金ですから」
先ほど出したのは私の全財産だ。
屋台なんてそんなに高いものが売っているわけではないが、ちょっと羽目を外そうと思い、この大会に合わせて前からおこずかいを貯めていた。
「あ、だから荒れてるのか」
合点がいったような顔をする先生を睨みつける。
先生はリオが学園長の手によって無理矢理参加させられたことを知っていたらしい。だったら早く教えてくれたらいいのに。
ロニー様は興味深そうに私に質問をしてきた。
「彼が戦ってる姿、見たことあるのかい?」
「無いです。今日が初めてです」
「それでよく全賭けしたね」
魔法どころか、剣術をしている姿すら見たことが無い。クラスも違うので見る機会もなかった。闇魔法の使い方は父親のランドル卿に教わっているという話は聞いていたが、見るのは初めてだ。
「愛だよ、愛」
「愛かぁ」
ニヤケながらポスト先生がからかい、ロニー様はしみじみと笑っていた。二人のやり取りを無視し、私は作業に集中する。
「で、何を作っているんだい?」
釣れない私にロニー様が私の行動の方に興味を示しだした。
「回復薬ですよ」
「まだ大会は始まったばかりだし、在庫も減ってないよ?」
ポスト先生の言う通り、治療用の回復薬は減っていない。それが活躍するのはもっと後になってからだろう。でも、私が作っているのはそんなものじゃない。
「違いますよ。魔力用の回復薬です」
怪我をした場合は、現場にいる回復魔法で治してもらえるが、魔力は回復しない。魔力用回復薬は選手個人が用意しなければならない。
突然出場することになったリオが持っているはずもないので、私はリオの試合が始まるまでに、急いで作ることにしたのだ。
いくら試合までに時間があるとはいえ、決勝戦までの分と考えると、時間はいくらあっても足りない。本当はこの二人の会話の相手だってしたくないのだ。
私が色んな怒りを込めながら調合していると、ポスト先生がポツリと呟いた。
「……今日、本当に機嫌悪いね」
「ああいう女性には、あまり触れない方が良いぞ」
大人二人が身を小さくしてコソコソと喋っている。指摘しないだけで全部聞こえてますからね。




