34.イカサマ勝負
リオが「きちんと向き合って話してみると思ったよりいいやつだった」なんて言うもんだから、私の心境は穏やかではない。「彼女と喋るな!」なんて嫉妬じみた事が言えるほど素直な性格じゃない私は、そこはかとなくやきもちを焼いていることを匂わせておくしか出来なかった。
それより彼女のあの笑みが気になる。なんであんなに余裕をもって笑っていられるのか。怖くて仕方が無い。
大会は間近に迫っていた。
本当はリオの傍から離れたくないが、一度受けた仕事を断るわけにもいかず、ほとんど毎日のように薬学室に足繁く通っていた。
「はぁ……」
「一段とため息が増えたね。薬を作るのがそんなに嫌?」
「嫌だったら薬学者なんて目指しませんよ」
先生の嫌味にも慣れっこだ。
研究はほとんど進んでおらず、大会のための回復薬ばかり作っている。単純作業だから飽きてくるのが難点だ。学園から指示されて作っているので、手を休める訳にはいかない。
「今回の大会に誰が出るか知ってる?」
「知りませんよ」
当日まで出場者は公表されない。昔は公表していたが、大会直前に妨害行為があったため今は当日まで伏せられている。そんなリスクも構わないと、公言している人はいるが私は一向に興味が無かった。
そんな私の気持ちなどお構いなしで、先生は一枚の紙を見せつけてきた。
「今のところ良いラインナップだよ」
「何でそんなの持ってるんですか」
それは現在の出場選手一覧が書かれている紙だった。まだ生徒会や運営陣しか持ってないはずだ。なぜ先生が入手しているのか。
「誰が勝つのか賭けるためには情報が必要でしょ」
「最低ですね」
「冗談だよ!」
蔑んだ目で見てやると、先生は慌てて訂正した。
「出場生徒の実力を知らないと、どのぐらい薬を準備すればいいか分からないでしょ?」
確かに言われてみればそうだ。学園から渡された材料費は限られているし、無駄に用意して余らせても勿体ない。
「でも本当に賭けはするけどね」
悪い笑みを浮かべた先生に、思わずため息が漏れた。
どこかでやってそうだな、とは思ったけど、まさかこんな身近にいたとは。
個人で賭博をすることは、この国では罪にならない。あくまで個人の範囲なら許される。
先生が慣れた様子なところを見ると、毎年この大会で行われているのだろう。
しかし今回の出場者には殿下もいる。この国の王の息子に賭けるなんて、倫理的には問題ではなかろうか。
そんなことお構いなしの先生は、鼻歌交じりで赤ペンを引きながら予想を立てていた。
「君の彼氏は参加しないの?」
「興味ないみたいですよ」
「そっかぁ、参加するなら絶対荒れるんだけどな」
どうやら番狂わせが欲しいらしい。出場メンバーは、どうせ殿下やブレント様が勝つんだろうな、と思わざるを得ない顔ぶれである。賭けとしては面白くないだろう。
「彼が出るなら、私も参加して勝ってやりますよ」
「ん? クレアも大会に出場するってこと?」
「違いますよ、賭けの方です。彼に賭けて、大勝してやりますから」
もし彼が出場したら、どうせシーアの応援するリオが優勝するに決まっている。
真面目な顔で冗談を言う私に「愛だねぇ」なんて先生は笑ってたけど、そんな生ぬるいもんじゃない。裏の取れた勝ち戦だ。
「もし彼が出場することになったら、クレアにも声かけてあげるよ」
「絶対ないから安心してください」
私は冷たく言い放ってから、また回復薬の調合に向き直ったのだった。




