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30.動揺

 別にシーアにはノーマルエンドになって欲しいという希望はない。リオに手を出さなければ、誰と結ばれようと私には関係ない話だ。

 いいじゃないか、アラン殿下で。将来、王妃になれるんだから。……まぁ、もしシーアが王妃になったら、私は絶対仕えたくないけど。



「クレア様!」

 クラスメイト達と談笑していると、不意に名前を呼ばれた。

 その声が一番会いたくない人物のような気がして、戦慄が走る。恐る恐る振り向くと、案の定シーアだった。何故か分からないが満面の笑みで近づいてきて、思わず口角が引きつった。


 先日の一件は学園中に広まっているので、そばにいた友人たちは一歩下がり、クラス中が私とシーアに注目していた。

「ごきげんよう、シーア嬢。私に何かご用ですか?」

 愛想笑いは昔から得意だ。私が上っ面の笑みを浮かべていることに、彼女は気づいていないようだ。

「先日は大変失礼いたしました」

 彼女が突然頭を下げて謝罪をしたので、思わず怯んでしまう。動揺して絶句する私とは裏腹に、彼女は言葉を続けた。

「私、クレア様が伯爵家の方だと知らなくて……」

「いえ、貴女も転入したばかりで分からないことが多いでしょうし、構いませんわ」

 眉をへの字にして悲しげな顔をしているが、こっちとしては何を言っているだとしか思えない。だって、私は強調して名乗ったはずだ。


 謝罪する気持ちなど枕詞にしか感じられない程、すぐに表情を明るくし違う話題に移った。

「そういえば、クレア様とレナード様は幼馴染なんですね!」


 あ、分かった。この子、レナードルート狙いだ。


 レナード攻略のために必要なもの。それは、幼馴染から渡される薬だ。これが無いと攻略は不可能。

 誰かから私がリオの幼馴染だと聞き、失礼な態度を省みて謝罪に来たのだろう。

 しかし彼女の誤算は私がシーアと同じゲームを知っている人間だということ。絶対に薬は渡さないし、彼女の態度を水に流すなんて真似はしない。


「レナード様と恋人同士なんて、驚きました!」

 シーアはわざとらしく手を叩いて驚いてみせた。そこまでは良かった。しかし、それから続けた彼女の言葉に耳を疑った。


「でもそれって、幼少期からの付き合いの“情”かもしれませんよね」


 なんだ、それは。どういう意味だ。


 私が人付き合いの悪いリオを心配して、同情で恋人になったと言いたいのか。それとも、リオの周りに私しか同世代の女性がいなかったから、友情と愛情を履き違えていると言いたいのか。

 いずれにせよ、私はまた怒りで震えてしまうほど、腹立たしい。


 流石に苦言を呈そうかと思った時、私の周りにいた友人たちが私の前に出た。

「それ、失礼じゃありませんか?」

「貴女が口出しできるようなことじゃなくてよ」

 私じゃなくて周りから反論が来ると思っていなかったのか、シーアは少し怯えた様子になる。

「いえ、私はクレア様と仲良くしたくて……」

 絶対嘘なのに。でも怖がって震えていれば、知らない人が見たら友人たちが虐めているように見える。私は悪役になんてなりたくないし友達を悪役にしたくない。

「いいえ、お気になさらないで」

 余裕の笑みで声をかけると、彼女はすぐに笑顔に変わった。


 彼女の希望には同意しない。仲良くなんかするつもりない。

 ここで「貴女とは仲良くなれません」と言い切るのは簡単だが、無碍な態度を取れば私の評判が悪くなる。寛大な心で許せる人間を演じる方が私に得だ。


 それからすぐに授業が始まる時間が迫っていることに気付いた彼女は「またお話しさせてください!」と立ち去って行った。


 彼女の言動はものすごく腹が立つ。でも一番腹が立っているのは、こんなことで動揺させられた私自身だ。

 なんでこんなに不安なのだろう。なんで彼女の言葉でこんなに揺るがされなきゃいけないのだろう。


 頭の中は彼女の放った「情」という言葉がこだましていて、考えたくないのに考えてしまう。

 ちょっとでも認めてしまえば泣いてしまいそうで、その後の授業は全く集中できなかった。



「どうした? 疲れてるのか?」

 私の顔を覗きこむリオはとても心配した様子だった。


 時間が経っても気持ちが晴れることは無く、放課後に二人きりで中庭で過ごしている時間も、ずっと気分は重かった。

 彼にこんなに近づけるのも、彼が心配してくれるのは私だけなのに。


 本当に彼女の言う通りだったらどうしよう。


 その気持ちで胸がいっぱいになる。

 不安で仕方なくなってしまった私は、思わず彼に抱きついた。

「……リオ、大好き」

 彼の首に腕を回す。最初は私の行動に驚いた様子だったが、そっと抱きしめ返してくれた。

「俺も好きだ」

「好き……好きなの。多分、貴方が思っている以上に大好き」

「クレア?」

 あまり自ら愛の言葉を伝えることは無い私の言葉に、彼は心配そうな声で私の名前を呼ぶ。

 私自身も自分らしくないと分かっているけど、どうしても言わずにはいられなかった。

「クレア、どうした?」

「……なんでもない。ただ伝えたくなっただけ」

「そうか……でも、急にそんなこと言わないでくれ。我慢できなくなる」

 珍しく冗談を言う彼。私を気遣ってくれているのだろう。

 そっと口づけを落とされ、頭を撫でられる。その彼の温かさに、やっと少しだけ不安が取り除かれた。


 貴方がそばにいないのだったら、夢が叶っても嬉しくなんかない。

 お願いだから、お互いのこの気持ちは偽りじゃないと信じさせて。


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