29.最悪な初対面
事件は突然起きた。
いつものように学食でリオと一緒に昼食をとっていると、私たちの目の前にシーアが現れたのである。
「レナード様、ご一緒してもよろしいですか?」
私たちの入学当初こそ、シーアと同じように話しかけてくる人は多かった。しかしリオが邪魔するなと言わんばかりに睨み続けた結果、私たちが二人きりの時に近寄るものはいなくなった。
だからシーアのその発言に、私だけでなく学食中に戦慄が走った。
リオが無言で睨みを利かす。他人に向ける目は闇属性が影響しているのか、かなり殺意が含まれているように見える。“見える”だけで、本人はそこまで強い意志は無いらしい。
しかしシーアはそんな目で見られても、痛くもかゆくもない態度だった。
「レナード様と仲良くなりたくて。お隣失礼しますね」
「クレアとの時間を邪魔するな」
隣に座ろうとしたところで、リオが冷たく言い放った。「えー?」などと甘えた声を出した後、彼女は品定めるような目線を私にくれた。
「初めまして?」
何故疑問形なのか。私はその後の言葉を待ったが、続きそうになかったのでこちらから口を開く。
「初めまして。ノースドロップ伯爵家のクレアと申します」
爵位を名乗ったのはわざとだ。少なくともここに通う生徒全員、シーアより地位が上だ。リオだって大臣の息子だから、シーアより上。いくら彼女が市民の出でも、そのことは転入当初に教えられているはずだ。
本来なら、彼女の方が先に名乗るべきで、それを待っていた。しかし全然名乗る気が無かったように見えたので私から挨拶したのだが、彼女は全く気にしていない様子だった。
「あー……私、シーアです。クレアさんはレナード様とどういうご関係なんですか?」
私に対しトゲがある発言。なぜ私にだけ「さん」付けなのか。
それに初対面でする質問では無い。重ね重ね失礼である。
しかし、彼女の質問でよく分かった。この言動は、嫉妬のそれだ。
この一触即発の雰囲気を周りが注視しているのも知っている。
私は怒っていることを悟られないように笑顔を絶やさない。この程度で怒り狂ってたら貴族として生きていけない。それに彼女は「平民の出だから常識を知らない」という理由でまかり通ってしまうから、私が本気で怒れば周りから「大人げない」と思われてしまうだろう。
「クレアと俺は恋人だ。それで満足か?」
私が答えるより先にリオが答えた。学校中が周知の事実だが、シーアは初耳だったようで目を丸くさせている。
「恋人……?」
彼女は動揺した様子で何かブツブツ呟いている。
「なぜ恋人がいるんですか?」
「なぜ、とは? 質問の意味が分からないが。それに答える必要もあるか?」
リオの素っ気ない態度に、彼女はショックを受けた様子だった。そして再び独り言を呟きながら、おぼつかない足取りで食堂を出て行ってしまった。
「なんだったんだ」とリオは怪訝そうな顔で見ていたが、私だけはシーアの行動が理解できた。
あれは私と同じだ。
彼女はこの世界が乙女ゲームだと分かっている。
むしろ分かっていてくれと思う。あんな失礼な態度をするやつが、私が使っていたヒロインだと思いたくない。
多分彼女は、レナードルートか逆ハーレムエンド狙いだったのだろう。
ゲームで描かれているストーリーさえ熟せば、羽目を外した行動をしても構わないと考え、安易にリオに近づいた。しかしまさか恋人がいると思わなかった。と、いったところだろうか。
今まで不思議だった彼女の行動に納得がいった。
そして、意地でも彼女の思い通りにさせる訳にはいかなくなった。
これは私のためだけでは無く、このゲームのファンとしてでもある。
私が彼女と同じゲームを知る人間だとは分かられていない。つまり、私の方が優位に立っている。
人のものに手を出したことを後悔させてやる。
そこまで考えて、自分が思っている以上に腸が煮えくり返っていると、やっと気づいたのだった。




