2.運命の出会い②
二人で手をつないだまま、広い廊下を歩きながら庭へ向かう。
「レナード様は、おいくつなんですか?」
「……十歳」
「でしたら、同い年ですわね」
相変わらず目は合わないが、握った手を離さない辺り、そこまで警戒されてはいないのだろう。
「うちは昔から薬学者の家系でして、長年に渡って作り上げた薬草園がありますの」
「へぇ……」
興味があるのか分からない返事に、内心苦笑してしまう。しかし薬学に興味があるなんて人の方が珍しいから、この反応にも慣れっ子だ。
「ここですわ」
子どもには開けにくい重いドアを押す。開けた先には、通ってきた整備された庭とは違い、多種多様の植物でいっぱいの空間が広がった。
「すごい……」
圧倒された様子で口をポカンと開けて、キョロキョロと見回していた。
その姿にほっと胸をなでおろした。良かった、泣かなくて。
生い茂るように生えている草木に、密林地帯に迷い込んだと思って泣いてしまう子もいたから、不安だったのだ。一見、無作為に生えていると思われがちだが、一応規則性はある。しかし普通の人にはそうは見えないから困ったものだ。
「お嬢様ー!」
草木の奥から私を呼び駆け寄ってくる姿が見えた。
白衣を着たこの男はノースドロップ家の研究所に勤めている薬学者の一人、テオだ。私が生まれる前から働いていて、私よりこの場所に詳しい。
「お嬢様、あの花が咲きましたよ! ……あれ?お客様ですか?」
「お父様のお客様よ。それより!とうとう咲いたの!?」
そんな質問、どうでもいい。
雑に返答をし、すぐさま案内するようにテオの背中を押した。
こちらです、と連れて行かれた先には、小さな鉢植えに黒い花が堂々と咲いていた。
一輪しか咲いていないが、凛と佇む存在感に目を奪われた。
「……綺麗」
心の声を読まれたかと思った。私が発するより先に、レナードの方が呟いた。
その感想に嬉しくなり、気持ちが高ぶった。
「でしょ!? この花はこの国には無くて他国にしかない貴重な花なの! 花自体の輸出は禁止されてて種しか輸入できなかったんだけど、気候の問題でずっと咲かせられなかったの。でも最近読んだ本にこの花と似たような種類の花の咲かせ方が載ってて! やっと成功したわ! この花がたくさん育てば、薬の改良もどんどん出来るかもしれない!
……あっ、ご、ごめんなさい!私、喋り過ぎちゃって……!」
レナードのキョトンとした顔を見てやっと我に返った。専門的な話になるとつい捲し立ててしまう。これでどれだけの子と疎遠になったか……それより、さっきまで上品に振る舞ってたのにすぐにボロが出て、恥ずかしい。
自分の失態に頭を抱えていると、レナードから「フフッ」と声が聞こえた。
「植物が好きなんだね」
あ、笑ってる。
初めて見たレナードの笑顔に不意を突かれ、誤魔化すように視線を花に戻した。
「えぇ。将来はお父様みたいな薬学者になりたいの」
テオがお茶の用意をしてくれた。
薬草園にはフカフカのソファも豪華なテーブルも無い。貴族がお茶をするにはあまりにも粗末なイスに座り、簡易に作られたテーブルに乗せられたカップを手に取る。中身はこの薬草園で育てたものを使用したブレンドティーだ。この家の中でもここでしか飲めない逸品である。
見た目の悪さにレナードは飲むのを躊躇っていたが、意を決して一口含むとその美味しさに目を丸くした。
新鮮なリアクションに笑ってしまったが、そんな場合ではない。謝らなくては……。
「ごめんなさい。私、すっかり失礼な言葉遣いをしてしまいまして……」
いくら私が伯爵の娘とはいえ、相手は大臣の息子である。無礼な態度は許されない。
そう頭を下げると、レナードは慌てた様子で頭を上げるよう言った。
「気にしないで。それにさっきの喋り方の方が嬉しいな」
先ほどの無口な姿は何処へやら。微笑んでいる顔はランドル卿によく似て、とても優しい表情だった。
「あと、僕のことはリオって呼んでほしいな」
「じゃあリオ、私のことはクレアって呼んで」
「分かった、クレア」
名前を呼ばれると何だかお互い照れくさくなり、顔を見合わせて笑った。




