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21.甘い時間

 ハンカチの刺繍はライラにも手伝ってもらったが、授業中には完成しなかった。家に持って帰って仕上げることにしたのだが、これがまた大騒動となった。

 侍女に裁縫道具の所在を訊いただけで「お嬢様が裁縫!?」と皆に驚かれ、挙句の果てには裁縫が得意な侍女たちに付きっきりで指導される羽目になった。

 数日間も薬草園に現れない私を心配して、様子を見に来たテオには指をさして笑われたし、お母様には「私のも作ってもらおうかしら」なんて面白がられた。

 その甲斐あってか、完成したハンカチは私が作ったとは思えない程の出来栄えだった。


 今日は休日。

 我が家にやって来ていたリオと、いつものように薬草園で過ごしていた。


 毎日学園で会っているが、どこにいても人の目があるので二人きりの時間は確保できていない。ここだって人の目が無いわけではないが、まだマシだ。

 だからといって、ベタベタして良いなんて言ってないのだが、リオの距離が妙に近い。

 私がどんなに熱心に話していても、ピッタリとくっついているし、私の髪の毛をいじったりしている。

 いつもだったら平然としているのだが、今日はリオにハンカチを渡さなければならないミッションがある。隠し持っているのがバレそうで心拍数が上がった。


「あのね、リオ」

 意を決して彼の名前を呼ぶと、首を傾げて私の目線に合わしてくれる。

 そんな優しい表情、学園ではしないくせに!

 不意打ちの彼の甘い顔にたじろいでしまう。進学してから益々色気が増してきてるんだよね。いや、今そんなことを考えている場合ではない。


 私は思い切って彼にハンカチを突き出した。

「これ!裁縫の授業で作ったから……あげる!」

 もっと可愛い台詞のひとつでも吐けばいいのに、それが出来ない自分が情けない。


 あまりにもリオの反応が無いので、恐る恐る顔を見ると目を丸くしてハンカチを見ていた。

「……ごめんね、やっぱり下手だったよね」

 時間を置いて見ると、やっぱり歪な刺繍だ。完成した時は上出来だと思ったのに。

 私の不器用さにリオが驚くのも仕方ない。やっぱり返してもらおうと、ハンカチに手を伸ばしたが、すぐに制された。

「いや、嬉しい……大切にする」

 大事そうにハンカチを見つめるリオに、私はほっと胸をなでおろした。良かった、喜んでくれて。


 じっくりとハンカチを見つめたリオは私に視線を移すと、首筋に口づけを落としてきた。くすぐったくて身じろぐと、突然声を掛けられた。


「イチャついてんじゃねぇよ」


 現れたのはお兄様だった。

 口の悪さと態度は相変わらずで、私たちの様子に睨みを利かせている。自分には婚約者がいないから余計荒んでいるのだろう。

「お兄様、邪魔しないでください」

「邪魔したくてしてんじゃねぇよ」

 悪態をつくお兄様は私たちの横を過ぎると、植えてあった薬草を何種類か詰んでいた。集めているものから察するに痛み止めを作るのだと見た。

「まだ痛むんですか?」

「たまにな」

 お兄様が騎士団時代に付けた傷は深手だった。

 回復魔法や回復薬で治療するがその効果は完璧では無い。傷自体は治っているものの、気温や天気によっては痛むようで、我慢できなくなると痛み止めを調合しに薬草園に来ている。


「お前ら、イチャつくんなら部屋行けよ」

「お父様が許してないの。お兄様も知ってるでしょ」

 結婚するまでは手を出してはいけない。これはお父様とリオの間で交わされた約束だ。

 そのため私の部屋に呼ぶのも禁止。会うなら人の目があるところでというルール。ここの薬草園も人が居なさそうに見えて、実はすぐ近くに研究室があるので薬学者がいる。

 それでもこの距離感なのは、昔からこの環境に慣れているからだ。


「男なら、ガバッと襲っちまえばいいじゃねぇか」

 これ、自分の妹の婚約者にする発言では無いのでは……。

 この感じだとこの人、一生結婚なんて出来なさそうだな、とジロリと睨む。するとリオが私を抱き寄せた。

「……俺はクレアが大切なんで」

「つまんねぇ奴だな」

 リオの男らしい発言に、お兄様は面白くなさそうに鼻で笑った。いちいち腹が立つ兄だ。

「行きましょ、リオ」

 からかわれる時間がもったいない。彼の手を引いて中庭へ向かった。


「本当にデリカシーが無いんだから」

 昔は賢くて憧れる存在だったんだけどな。アレが実の兄だと思うとガッカリしかしない。

「リオ、ごめんね」

 お兄様の代わりに謝ると、口角を上げて笑ったリオに唇を奪われた。

「……クレアに手を出せる日を楽しみにしてる」


 私たちの結婚は学園を卒業し、リオが王宮に勤めてから。

「キスぐらいはいいんじゃない?」という寛容なお母様によって許されているが、それ以外の手出しは禁止だ。


 勝気なリオに手を引かれつつ、私は、いつ襲われてもいいように準備は出来てるんだけどな、なんて頭の片隅で考えていた。


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