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20.苦手なこと

 貴族の通う魔法学園だけあって、授業の内容は非常に様々である。

 魔法の座学や実習は全生徒が興味津々だが、薬学にやる気を見せる生徒は少ない。演算や文章能力は身に付けておいて無駄にはならないし、歴史学は高貴な身分になると教養として必要になってくる。あとは、ダンスやマナーの授業もあるが、これは元々身に付けている場合が多い。


 剣術の授業は男子生徒のみが受講する。その間、女子生徒は何をしているかというと、裁縫を習っている。貴族女性の嗜みのひとつだからだ。


 ちなみに私はこの時間が嫌いだ。何故ならとても不器用だからだ。


 薬の調合だったら幾らだって細かい作業が出来るのに、裁縫となるとどうも上手くいかない。

 周りの皆は幼い頃から教えられて習得している人が多いのだが、私はほとんど触れずに生きてきたし、受験勉強でも裁縫は無かった。


「さて、今日は刺繍をしましょう」

 先生の優しい笑みが悪魔の微笑みに見えた。

刺繍なんてやる前から難しいことが分かる。でも、嗜みとしては身につけておかなければならない技術だ。

「ハンカチに名前と模様を入れましょうか。図案は自由です」

 自由と言われても困る。何も入れずに『虚無』とかタイトルを付けてやろうか。


 現実逃避に走っていると、生徒の一人が手を挙げた。

「名前は自分で無くてもいいですか?」

 自分じゃなければ誰の名前を入れるんだろう。しかしその質問に周りの生徒はキャーなんて色めき立つ。

「えぇ。今日の作品は提出する必要はありませんから、自由に入れてください」

 先生はすべてを理解した様子でニコニコと笑っていた。


 どうしようか、と真っ白なハンカチを前に頭を抱える。

 名前は簡単だが図柄が難しい。決められている方がよっぽど良かった。


 周りの生徒達はお喋りしながら楽しそうに手を動かしている。

「クレア、大丈夫?」

 全く動く様子の無い私の姿を見かねたライラが声をかけてくれた。

 裁縫の時間は隣のクラスと合同授業だ。座席指定が無いので隣同士に座り、私の出来なさを手伝ってくれている。本当に合同で良かったと心の底から思う。


「どうしよう、何にしよう……」

「レナード様の名前入れないの?」

「え?何でリオの名前?」

「だって自分の名前じゃなくていいのよ?」

 ライラの言葉で、やっと合点がいった。それでみんな盛り上がっていたのか。

 婚約者や恋人にプレゼントする発想なんて私には皆無だった。

「無理だよ、下手すぎて渡せない……」

 手を付ける前から分かる。見るも無残な作品が出来上がるに決まっている。だって渡したら最後、ボロボロになってもずっと持っているに決まってる。

「大丈夫よ、私も手伝うわ!それに喜ぶと思うわよ」

「そう、かなぁ?」

 リオの喜ぶ顔は見たいなぁ。そう考えたら、もう覚悟を決めるしかなかった。


「……図柄ってこういう時、何を入れればいいの?」

 言いよどみながらライラにそう訊くと、彼女は満足気に頷いて相談に乗ってくれた。

「そうね、本当は紋章とかが良いけど、クレアには難しそうだし……」

 私の実力をよく分かってくれているし、裁縫が得意なんだろうなと思う。だって、親身に聞いてくれているのに、ライラの手は全く止まっていない。

 花とかは在り来たりだし、だからって紋章が入れれるわけないし。そこまで考えて、ふと思い出す。

「そうだ。この前、本で見たんだけど……」

 私は手元にあった紙の裏に、デザイン画をスケッチした。

 先日、本で読んだデザイン集に幾何学模様が載っていた。それを真似して、ハンカチの角に入れればいい感じになるのではないだろうか。


 描いて見せると、ライラは手を叩いて喜んだ。

「いいじゃない!とても素敵だわ!」

「そう?だったらコレにしよう!」

 お墨付きをもらったので、早速取りかかる。問題はこれが上手くできるかどうかだ。

 真剣に向き合っているとライラは私の様子を見て笑った。

「クレアは配色やデザインのセンスはあるのにね」

 そんな諦めたように言わないでよ。

 そういったセンスは、ライラがお洒落について興味を持たせてくれたから勉強して得た知識である。ただ技術が追いつかないだけだ。


 油断すると歪な線を描いてしまう。

 集中していると周りの声もあまり聞こえなくなり、ついついひとりの世界に陥る。そんな時、いらないことを考えてしまうのも何時もの事。

 何でこんなに不器用かなー、なんて自己嫌悪になる。いくら薬学が出来ても、夫人としてはゼロ点だ。リオも呆れるだろうなー、なんて。


「ねぇ、クレア」

 ライラに声を掛けられて我に返る。そういえば今は授業中だった。

「どうしたの?」

「外、見てみて。ミルカ様とフィリップ様が勝負していらっしゃるわ」

 ライラが指さした先には、確かにミルカ様とフィリップ様が木刀を持って対峙していた。


 この教室からは、剣術の演習がよく見える。

 注目していたのはライラだけではなく周りの生徒達もだった。先生に怒られない程度に歓声も上がっている。やっぱり人気があるんだなー。

 フィリップ様を見たのは、あのパーティ以来だから、二年ぶりぐらいだろうか。あの頃より大人っぽくなっているし、あの頃の純粋さが抜けている感じがする。

 しかし周りの反応を見ると、どうやら注目されているのはミルカ様の方だけだった。

 それもそうか。ゲームの通りの性格になっていれば卑屈地味キャラだし。ミルカ様は侯爵の御子息だし、見た目も可愛らしい。


 ライラがフィリップ様の名前を出したのはパーティで私が彼と踊ったことを知っているからだろう。


 魔法同士の対決であれば木属性のミルカ様の方が強いのだが、剣術だと強さは互角ぐらいに見えた。


 ミルカ様でこの女子の喚きようだ。アラン殿下のクラスはもっと大変なんだろうな。

 そういえば、リオのクラスはどうだろうか。

 考えてみると私は一度もリオが戦っている姿を見たことが無い。……なんだかリオのクラスメイトに嫉妬しそうだ。


 そこまで考えて我に返る。そんなの羨んでも仕方がない。とりあえず刺繍を仕上げなくては。


 そう思い直し、私は手元の作業に戻ったのだった。


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