19.伯父と甥
※イェンス視点の話です。
「伯父さん!」
馬車に乗り込もうとするロニーを呼び止めたのは、イェンス・ヘリオットだった。
生徒会室の窓から伯父の姿が見えて、慌てて飛び出してきたのだ。
「イェンス、久しぶりだな」
「どうしてここに?連絡くらい下さればよかったのに」
「今日は友人に会いに来ただけだからな」
「友人ですか?」
一体誰だろう、とイェンスは考えた。
国家軍事力の要である能力を持つ伯父の友人なんて、この学園にいるのだろうか。いるとすれば学園長ぐらいしか思いつかないが多分違う。
イェンスの中で、ピンとくる人物はいなかった。
「優秀な成績と聞いているよ」
「いえ、僕はまだまだです」
ロニーに褒められイェンスはとても嬉しかったが手放しでは喜べず恐縮した。
先日行われた各教科の成績が思ったほど振るわなかったからだ。いや、実力は大いに出し切った。しかし結果として群を抜いて上位とは言えず、悔しかったのだ。
そういえば、と思い出したように、ロニーは話題を変える。
「リジーは元気か?」
「……あまり」
「そうか……」
リジーと言うのはイェンスの妹だ。
歳の離れた妹はイェンスにとって可愛くて仕方がない存在だが、生まれつき病弱で外出できないことが多い。いつも話し相手になっていたが、学園に通い出してからあまり時間が取れなくて淋しい思いをさせているのが心苦しかった。
その妹の病状が、最近芳しくない。
ずっと床に伏せたままで、顔を見る度にイェンスの方まで辛くなるほど苦しそうだった。
その噂は伯父であるロニーの耳にも入っている。忙しくて見舞いに行けず心配していたのだが、イェンスの表情を見てロニーは悲しそうにため息をついた。
「ノースドロップ家の御令嬢が通っているだろう」
突然出された名前に、イェンスは驚く。
ノースドロップ家は優秀な薬学者の家柄ということで国中に名が知られている。その令嬢クレアの存在をイェンスは知っていた。
先日の試験結果で、自分を悔しくさせたのは彼女だからだ。
学力には自信があったのに、まさか伯爵家の令嬢がここまで成績優秀だとは思わなかった。なんとかしてクレアより上位にいるが、油断すると追い抜かれかねない。自分の面子のためにも負けるわけにはいかなかった。
「もし、リジーの薬のことで相談があるなら彼女を頼ってみるといい」
「彼女を、ですか?」
ロニーの言葉に怪訝な顔をするイェンス。この伯父は正気か?と当惑してしまう。
いくら名家の娘とはいえ、ただの生徒に過ぎない。何をそんなに高く評価する要素があるのだろうか。
「イェンスが思っているより、彼女は優秀だと思うよ」
「そうですか?」
「怪しむなら鑑定してみればいい」
鑑定とは相手のステータスを見る能力だ。生まれつきの能力で、備わっている人は限られている。
ロニーと同じでイェンスにも鑑定能力があった。
「わかりました」などと素直に返事をしたものの、イェンスはクレアを頼るつもりは一向に無かった。
自分には宰相の父がいるし、優秀な医者が妹を看てくれている。それに勝手にだがライバル視している相手に頼りたくはない。
お金に困っているわけでも無ければ、何かに不自由しているわけでも無い。問題があればすぐに解決できるだろう。
イェンスはそう高を括っていたのだった。




