17.挑発
ポスト先生の手伝いをするとなると放課後にリオと会える時間が減るので、駄々をこねられる覚悟をしていた。
しかしリオの反応は思ったよりあっさりですぐ承諾してくれた。私の薬学バカっぷりは今に始まったことではないからか、はたまた専門学校へ進学させなかった負い目があるのか。いずれにせよ、好都合だった。
先生の所には週に二回から三回、顔を出す程度だ。リオにとっても許容範囲内だったのだろう。
入学してから一ヶ月が過ぎた。学園では、先日行われたテストの成績が話題となっている。
この学園ではテスト期間といったものは存在しない。各教科がそれぞれのタイミングで授業中に試験を行う。その上位成績者は公表されるシステムだ。
リオは魔法系や体を動かす教科では上位の成績を収めていた。やはり入学前から父親に教えてもらっていたおかげだろう。剣術なんて学園一位だった。
私も薬学に関しては誰にも負ける気がしないので、学園一位を取らせてもらった。
しかし困ったことに、他の座学系の教科でも上位に入ってしまったのだ。何が困るって、そのアラン殿下やイェンス様といった選りすぐりの中に私の名前があるのだ。
受験勉強の成果がここに発揮されるなんて……。良いに越したことはないのだが、目立って仕方ない。現にクラスメイトには持てはやされてしまった。
放課後に中庭で二人の時間を過ごしていると、突然リオが口を開いた。
「ブレントって奴を知っているか?」
リオの口から他人の名前が出るなんて珍しい。
もちろん知っている。むしろその名前を知らない訳が無い。学園内の有名人だからというだけではなく、ゲームに登場する攻略キャラクターの一人でもあるからだ。
風属性のブレント・ウィバリー。男気溢れて熱血キャラ。
ストーリーの後半では、風魔法を応用し雷も扱えるようになる。卒業後は騎士団に入り大活躍をし、ブレントルートのエピローグではヒロインと幸せな家庭を築いていた。
「剣術の成績で二位だったし、有名じゃない。どうかしたの?」
「この前喧嘩を売られてな……俺と勝負しろ、と言われたんだ」
「えっ!?」
つい大きな声で驚いてしまった。私の知っている限り、ゲームにそんなシーンは無かった。
でも私が知っているのはヒロインが転入して来てからの話だから、それまでのエピソードは知らなくて当然なんだけど。
それにしてもレナードとブレントにいざこざがあるなんて聞いたことない。
「それで、どうしたの?」
「もちろん勝負する理由が無いから断った。しかし毎日のようにやってくるんだ」
強いやつと勝負したがる。ブレンドみたいな自分の腕に覚えのあるキャラがやりそうなことだ。そしてリオも冷めているから平気で断る。それが余計相手の闘争心に火をつけるのだろう。
それにしても毎日やってくるということは、リオと一緒に居ると絡まれるのではないだろうか。
それは困る。出来れば私とは関わらないでほしい。
「レナード!」
噂をすれば何とやらだ。
私たちの目の前に、鍛えられた体の青年が現れた。ブレントだ。
ゲームの絵と同じだー! なんて喜んでる場合じゃない。私は存在を認識されないように必死で顔を隠した。
「俺と勝負しろ!」
「……またか。恋人との時間に水を差すな」
見せつけるように私を強く引き寄せるリオ。いつもなら嬉しいけど、今は止めてほしい。
ブレントは唇を噛みしめた後、口角を上げて笑い、悪い顔をした。
「じゃあ、その子を賭けて俺と勝負しろ。俺が負けたらお前に二度と決闘を申し込まない。その代わり、お前が負けたらその子を俺に寄越せ」
何て無茶苦茶な取引なんだ。その交渉、リオに何の得も無いし、色々と問題がある。
そういえばブレントって目的のためなら手段を択ばない、猪突猛進なとこがあったような気がする。それをヒロインが制すんだよなぁ……なんて、懐かしんでいる場合じゃない。
私、モブなんで引き合いに出さないでもらえますか!?
「断る」
ばっさりと言い放つリオに、ブレントは挑発的な顔をした。
「怖いのか? お前が敵から逃げる姿を、その子の目にはどう映ってるだろうな」
挑発の仕方が分かりやすい。誰がそんなのに引っかかるんだ。
その言葉を聞いたリオは心配そうに私を見ると、抱き寄せている腕の力が強くなった。いや、大丈夫だからね?
「……リオ?」
何のリアクションもなくずっと無言のリオに不安になって声をかける。考えていることが分からない。もしかして本当に喧嘩を買おうとしてるんじゃないだろうか。
流石に喧嘩は駄目だ。勝ち負けとかじゃなくて、入学して一ヶ月しか経ってないのに問題行動を起こす訳にはいかない。それにこの二人が戦ったら、中庭は大惨事になるだろう。
私が止めなきゃ! と身構えていると、慌ただしく人がやってきた。
「おい! そこで何をしている!」
止めに入ってきたのは、アラン殿下。後ろからイェンス様も付いてきている。
生徒会長と副会長のお出ましに、ブレントは顔を引き攣らせ、リオは大きくため息をついた。
「こいつが喧嘩を売ってきたんだ。どうにかしてくれ」
「本当か」
リオの言葉を聞いたアラン殿下は鋭くブレントを睨む。睨まれた方は一歩も動けない様子でたじろいでいた。私はリオの隣で、助けてくださいと言わんばかりに瞳を潤ませて何度も頷く。
私の表情も相まってか、アラン殿下は先ほどより激しくブレントを問い詰めていた。喧嘩を売って来ていた相手の情けない姿に、リオは呆れた様子だった。
「行こう、クレア」
リオに手を引かれ、その場を立ち去る。
アラン殿下たちの様子を見ようとチラリと振り返ると、イェンス様と目が合った。鋭い眼光でこちらを睨んでおり、私は慌てて目を逸らした。
……リオじゃなくて私を睨んでいたような気がする。
私、イェンス様に何かした覚え無いんだけどな。




