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16.協力依頼

 授業が始まり、二週間が経った。


 初めての魔法の授業で、学園内の話題になったのはやはりリオだった。

 隠していたわけではないが、闇属性だということが公になったせいで学園中の話題となった。

 闇属性は学園卒業後に必ず王宮へ所属する。そのことは、ここに通う生徒全員が知っており、すぐにリオに声をかける者が増えた。

 強い者への憧れや美貌に魅せられて近づくならまだいい。中には、家を継ぐ者は仲良くすることで王宮への伝手が出来たり、良い家柄に嫁ぐことが出来ると考えて近づく者もいた。

 しかし相変わらずの愛想の無さと持ち前の凄味で、あっという間に取り囲む人がいなくなった。



「友達とかいらないの?」

 私の質問に、興味なさげな顔をすると昼食を口に運びながら鼻で笑った。

「クレアが居ればそれでいい」

 その言葉が嬉しくない訳ではないが、さすがに心配になる。


 誰とも仲良くならなかったリオはお昼休みには私の元へやってきて一緒に昼食をとり、放課後も迎えに来ては一緒に時を過ごす。

 一応この学校に通うのは勉強のためだけではなく社交場としての役割もあるのだが、それを分かっているのだろうか。しかし彼に近づいてくる生徒の大半が下心ありきだと疑心暗鬼になるのも仕方ない。私も強くは言えなかった。


「クレアこそ、友達は出来たのか?」

「えぇ、もちろん」

 学園に通っていて友達がいない方がおかしい。普通に過ごしていれば授業中や休憩中に他者との交流がある。リオの方が希少なんだけど、なぜそんなに驚いた顔をするのか。

「……女だろうな?」

「婚約者がいるのに安易に男性と仲良くはしないわ」

 私がそんな迂闊なことをするとでも思っているのか。いや、これはリオの嫉妬だということぐらいは分かっているが、腹が立つのでピシャリと言い放つ。


 実際、私がリオの恋人だと知って近づいてくる奴は男女共にいる。

 私に取り入り、彼との繋がりを作ろうと考えているのだ。そんな腹の見えた相手はこちらから願い下げなので、軽くかわしている。リオがきちんと対応しないから私にまで負荷がかかってるんですけど。


「あ、そうだ。今日の放課後、先生に呼ばれたから先に帰ってくれる?」

 いつもは放課後に図書室や中庭で一緒に過ごしてから帰るのだが、今日は先生に呼ばれた。

「だったら俺も行く」

「呼ばれたのは私だけよ」

「じゃあ、終わるまで待つ」

「いつまでかかるのか分からないのに?」

「……」

「今日は早めに帰って、家族とゆっくりしたら?」

 納得はいっていないようだったが、食い下がっても言いくるめられ続けたので諦めた様子で頷いた。



 私を呼んだのは、薬学担当のポスト先生だった。

 今日の薬学の授業終わりに呼び止められ、放課後に薬学室まで来るように言われたのだ。


「失礼します。先生、いらっしゃいますか?」


 薬学室の準備室は薄暗く近寄りがたい。これは授業で使う薬品や植物の中に日差しに弱いものがあり、それらを護るためにカーテンを閉めているからである。ノースドロップ家の植物園の一角にもそういった場所はあったので私は慣れているが、生徒からは用が無ければ避けられている場所でもある。


「あ、来た?呼び出してすまないね、クレア嬢」

 奥からポスト先生が顔を覗かせた。


 この学校唯一の薬学担当講師だ。他教科の担当講師は複数人いるのに、薬学が疎かにされているのが顕著に現れている。

 しかし薄汚れた白衣に無頓着なヘアスタイル。掛けている丸眼鏡も手垢で汚れている。いかにもという見た目に、よく貴族の通う学校の講師に就任できたな、と思った。


 促されるまま丸椅子に座る。出してくれたお茶はティーカップではなくビーカーに入っていた。本来貴族にそんなものを振舞うのは失礼極まりないが、我が家でもよく見るスタイルで、どこも変わらないんだなぁと思った。


「今日呼んだのは、薬学者として君を見込んでなんだ」

 向かいに座った先生は、曇った眼鏡の奥の瞳が輝いていた。

 この瞳をしている研究者には近寄らない方が良い。面倒なことに巻き込まれるからだ。


「どういうことですか」

「僕が取り組んでいる研究を君に手伝ってほしいんだ」

 やっぱり、そんな事だろうと思った。とんでもないスカウトだ。


「君はノースドロップ家の令嬢だろ?それに専門学校に入学できる腕も持っていると聞いたよ」

「どうして、その話を知っているんですか」

「薬学者の間では有名な話さ」

 人口が少ない薬学者界隈だと話も広がりやすいのか。広めたのは受験勉強を教えてくれていた先生の誰かだろう。


 内容を聞いてから判断しよう。

 私はわざとらしく大きなため息をしてみせてから、先生に話の続きを促した。


「ちなみにその研究内容は?」

「“呪い魔法に対する免疫抑制薬”の開発」


 まさかの発言に絶句する。


 魔法への免疫抑制薬自体は存在する薬のひとつで珍しくはない。特定の魔法を防ぐために開発された薬だ。火炎魔法や水流魔法など多くの人が身に付けやすい技の免疫薬は一般流通もされて、よく使われる。特に騎士団では必須のアイテムだ。

 魔法を使う相手のレベルによって効かない場合があり万能ではない。


 しかし呪いの魔法に関する薬は、呪いを解く薬はあっても事前に防ぐものは存在しない。

 大きな理由として呪いの魔法を使える人間が少ないことが挙げられる。しかし国同士の戦争になると、呪いを使える人材は必ず一人は存在する。

 敵の国土に呪いをかける場合が多いが、国の重要人物に呪いをかける場合もある。先生の作ろうとしているのは人用だろう。


「それって、もし完成したら大発明ですよ」

「そうだよ。だからやるんじゃないか」


 とんでもない人がいたもんだ。

 しかし王宮勤めでも名門の薬学者でもない人から、新たな薬が出来ることは、無い話ではない。身分やチャンスが無くて優秀な人材が平凡な道を進んでいることがある。

 ポスト先生のようにただの講師として働きながらも実験に勤しむ人も多い。


「で、私にメリットはありますか」

 大変興味深い話ではあった。しかしこんなこと迂闊に話すものでは無いと思う。もし呪い魔法を使う人がいたら、すぐにでもこの研究を捻りつぶすだろう。

 今のところ私にとってリスクの方が多い。


「代わりになるか分からないけど、ここの実験室を自由に使えるってのは?」

「家にも実験室があるので、あまり魅力的ではないですね」

 材料だって自宅の方が揃っているし、授業で疲れた頭を更に使う気にもならない。

 すると先生は、そうだなぁと考えた後、何か閃いた様子で一案出してきた。


「完成したら、共同開発者として連名出来るけど」


 その言葉に気持ちが揺らいだ。

 歴史に名を残したいわけではないし、下手に目立つ気も無い。しかし王宮勤めの薬学者への近道にはなるのではないだろうか。


 それはずいぶん魅力的だ。


 私は長考の末、首を縦に振った。

「分かりました。本当に私が戦力になるか分かりませんが、協力させていただきます」

 私がそう伝えると、先生は大いに喜び「これで実験の幅が広がる!」なんて小躍りしていた。


 どうやら私の腕を見込んでよりも、私の家で育てている植物たちが狙いだったらしい。まんまと嵌められた。

 しかしそれでも良いと思えるほど、この研究に興味があるし肩書きも欲しかった。

 それに私が勝手に家から持ち出せるものなんて限られている。そのことはまだ伝えないでおこう。


「ですが、呪い魔法が使える人なんて身近にいらっしゃるんですか?」

 研究を完成させるには実験を行う。試作品を作る度、魔法をかけて経過を観察する。そのためには呪い魔法が使える人が必要なはずだ。

「僕の知り合いに、国に仕える優秀な人物がいてね。その人に協力してもらってるんだ」

 一体どんな知り合いだ。呪い魔法を修得していて国に仕える人なんて、そうそう出会える人材じゃない。


 鼻歌を歌いながら、私に家から持ってきてほしい品をリストアップしているポスト先生は、どう見ても薄汚れた薬学講師なのに。


 この人、ただの好奇心旺盛な薬学者ではなさそうだ。


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