14.真っ向勝負
急にやることがなくなってしまった私は、ほぼ抜け殻状態だった。
人間、目標を失うと何もやる気が起きなくなるらしい。ショックで流した涙はもう枯れてしまったし、あんなに好きだった薬草の研究も再開する気がしなかった。
あまりにも何もすることなく、ボーっと外を眺めるだけの生活をする私に、家族や家の者にはとても心配された。
今回の件でお父様は、好きなものを買っていいし何をしてもいいと甘やかしてくれたが、何もする気が起きなかった。
こんな状態の私にリオはずっと心配して色んな物をプレゼントしてくれたり、興味を引こうとしてくれたりしたが、正直放っておいてほしかった。
そんな私の心情を察してか、そのあとお兄様がリオを呼び出して怒ったと侍女から聞いた。
お兄様も剣術から離れた経験がある。夢中になったものを諦める気持ちが分かるらしい。「時間が解決するから、今はそっとしておいてやれ」なんて、お兄様がお兄様としての役割を果たしている話は初めて聞いた。
それから数か月経ち、さすがにこのままではいけないと思った私は、徐々に今までの生活を取り戻していった。
新しい薬草を育ててみたり、好きな本を読んでみたり。ライラも遊びに来てくれて、一緒に流行のヘアスタイルを試してみたりもした。
リハビリのような生活に身体も慣れてきた頃。
「怒ってるか……?」
久々に会いに来てくれたリオは、機嫌よくお菓子を食べている私に、恐る恐る聞いてきた。
虚を突かれる質問に、持っていたお菓子を落としてしまいそうになった。リオは何を言っているのだろう。
「怒ってないよ?」
底抜けに明るい声で返事をしてしまったが、本心である。しかしそれが彼の心配を煽ってしまったらしく、余計焦っていた。
今回の件で一度も怒ってなんかない。自分の置かれた立場や役割に落ち込むことはあったものの、彼に怒りなんて無かった。
私がもっと早く伝えていればここまで大事にはならなかっただろうし、私のミスでもある。
しかしこれも終わった話だ。
それでも彼は納得していないらしく、自分を責め出した。
「俺はクレアに我儘を言ってばかりだ。今回のことも婚約も俺が一方的に言い出して……」
どうやら会えない期間に猛省したらしい。
噂によると、お兄様以外にランドル卿もリオを叱ったようだ。お前の一言でこれまでの努力を無駄にさせたのだと、厳しい言葉を添えて。
貴女は周囲の人にとても恵まれているわ、なんてお母様に言われたが、確かにその通りだと思った。
「嫌なら言ってくれ。いつでも受け入れるから……」
この口ぶりからすると、今回の件で失望したならいつでも別れるということだろうか。
確かにリオとの婚約を破棄すれば、専門学校への受験だって出来るだろう。
婚約破棄なんてしたくないくせに。
彼が必死に強がっているのが、握りしめた手の震えで伝わってきた。
「リオは私と別れたいの?」
「そんなこと…‥!」
俯いていた顔を上げて弁解しようとする彼の口をふさぐ。
「……自分が悪いと思って責めているなら、それは慢心よ」
私は彼に厳しい口調ではっきりと伝えた。
「私は私が納得しないものは誰が何と言おうと受け入れないし、自分を曲げるつもりもないわ。今回の件もそうよ」
逆に私が手放したくないモノは何としてでも死守する。
私の性格は全て分かっていると思っていたが、どうやら理解していなかったようだ。よく覚えてもらわないといけない。
「とんでもない相手と婚約しちゃったね」
なんて冗談めかして笑うと、彼は顔をくしゃりと歪めて笑った。
この泣きそうな顔も、二人きりの時にしか見せない甘える顔も、全て私だけの特権だ。誰にも渡さない。
ヒロインが来たって、フラグを回避すれば絶対に盗られることは無い。
やってやろうじゃないか。真っ向勝負だ!
次回から学園編が始まります。




