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13.我儘

 入学試験まであと半年。各講師から「合格間違いない」とお墨付きをもらった。

 お父様は、やっとノースドロップ家から立派な薬学者が誕生する!と大喜びしていた。


 ちなみにお兄様は、憧れの騎士団として立派に働いていたが遠征先で負傷し、それが原因で退団を余儀なくされた。当時は相当落ち込んでいたが今は立ち直り、領地の管理の仕事をしながら再び薬学の勉強をしている。

 私が進学することに何か文句を言われるかと思ったが、一言だけ「頑張れ」と応援してくれた。


 いつもの夕方。いつものように自室で勉強をしているとエントランスから騒がしい声が聞こえてきた。

 平日のこの時間なんて、いつも穏やかな時間が流れているのに……。見に行ってみようか、と腰を上げた瞬間、侍女が慌てた様子で私の部屋に飛び込んできた。


「お嬢様! ランドル卿がお呼びです!」


 突然、リオのお父様の訪問。驚く間も無く、私は急いでエントランスに向かった。



 見慣れた我が家のエントランスには、ランドル卿とお父様が立っていた。今日は週末でもないし、仕事中のはずだ。一体何があったというのか。

 上がった息を整えている私を見つけると、お父様はランドル卿と目配せし、申し訳なさそうな顔で私の肩を叩いた。


 そしてその口から発せられた言葉に耳を疑った。


「クレア、すまない……薬学の専門学校への進学を諦めてくれないか」


 頭を殴られたような衝撃だった。

 全く意味が分からない。だってあんなに喜んでくれたではないか。


「な、なぜですか?」

「実は、だな……」

「私が話そう」

 動揺が隠せない私に、お父様は気まずそうな顔をする。すると、ランドル卿が話に割って入ってきた。そんなランドル卿もお父様と同じように後ろめたそうな表情だった。

「すまない……実はリオが『クレアが魔法学園に行かないなら自分も行かない』と言い出したんだ」


 私の夢を知っている彼は絶対に応援してくれると謎の自信があった。伝えるのが遅くなっても必ず認めてくれると。

 それがこのザマである。

 リオが進学しないことは、お兄様が専門学校を蹴ったのとは訳が違う。

 希少な闇属性は国が全力で教育すべき人材だ。それが進学しないとなると、大問題である。


 リオを魔法学園に進学させるために、お前の専門学校への進学は諦めてくれ。


 ということだ。


 それでも娘の夢を潰してもいいのか。とお父様を睨むと、視線に気づいたお父様は私から目を逸らした。あんなに応援してくれたのに、とんだ手のひら返しだ。


 分かっていた。どうせ私は女だ。

 優先すべきはリオの進学で、私がいくら高等な教育を受けても、お父様のような王宮勤務は出来ないし、結局は嫁ぐ身だ。犠牲になるなら私の方だ。


 それでも、どうしてもリオに直接話を聞きたい。


 私はランドル卿とお父様にお願いをした。


「リオに会わせていただけませんか」



 それからすぐにリオはやってきた。

 リオが到着するまでの間に、二人には色々事情も聞かされたし、説得もされた。私にとって、黙って受け入れるしかないことを思い知らされるだけの時間だった。


 ラウンジに入ってきたリオは私たちを一瞥すると、不機嫌そうな顔を露わにした。


「二人きりで話がしたいですが、よろしいでしょうか」

 そう打診すると、ランドル卿とお父様は大きく頷いた。


 リオの手を引いて薬草園に向かう。いつも楽しく会話をしながら歩いているのに、今日はお互い無言のままだった。

 

 薬草園に入ると、事情を聞いたであろうテオがお茶を準備してくれていた。私たちは黙っていつもの定位置に座る。


 カップに口を付けたところで、ずっと黙っていたリオが喋り出した。


「……クレアが魔法学園に行かないなんて聞いてない」

 消え入るような声は、駄々をこねている子供のようだった。


「一緒の学校に行けるのだと思っていた」

「ごめんなさい。本当に入学できるのか分からないのに迂闊に言えなかったの」

 これは本当だ。真の目的ではないが。

 しかしそれも、先日お墨付きを頂いたので、次会った時にリオには伝えようと思っていた。まさかお父様が口を滑らせて喋ってしまうとは思わなかったが。


「一年間も会えないなんて無理だ。お願いだから一緒に居てくれ」

 突然私の手を握って懇願しだした。少なくとも惚れた相手の前でする顔じゃない。それだけ必死なんだろう。


 一年間は言い過ぎだが、入学すれば簡単には会えなくなる。

 専門学校は全寮制で、朝から晩まで勉強するからだ。それでも休日はあるので実家にはこまめに帰ってくるが、二人の時間は今以上に減るだろう。

「会えないうちに心変わりでもされたら……」

 私は私でリオに心変わりされないように選んだ選択肢だというのに。


 そんなに私が信用できないのだろうか。家同士が認めた仲なのに。

 いや、多分彼は自分の目が届く範囲に置いておきたいのだろう。リオは誰よりも嫉妬深く、執着心が強い。


 こんなの、リオの我儘だ。

 でも私がここでリオの頼みを断って専門学校に行きたいといえば、それも私の我儘でしかない。


 どちらかが折れるしかないこの状況。


 お兄様は再び薬学を勉強しており、我が家の跡継ぎ問題は解決したのも同然だ。

 私がリオと会う時間も趣味の実験も犠牲にし、積み上げてきた三年間の努力が無駄になるだけ。国の損得や両家の立場を考えると、私の労力なんて大したことでは無いのだ。


 結論はひとつ。


「わかった。専門学校へは行かない」


「本当か!」

 手放しで喜ぶ彼は、先ほどの表情とは打って変わってご機嫌そうだ。嬉々として私を抱きしめようとするリオをそっと止め、真剣な面持ちで彼の瞳を見つめた。

「その代わり、ひとつだけ。……私の夢を覚えてる?」

「……王宮勤めの薬学者になることだろう。もちろんだ」

 私の態度に応えるように、彼も真摯に向き合ってくれた。

「必ず俺が叶える」

「だったらいいの」

 この言葉に嘘は無いだろう。私は彼の気持ちを信じ、そっと寄り添った。

 リオは私を強く抱きしめると、「絶対約束する」と小さな声で何度もつぶやいていた。


 腹を決めた。

 元はといえばリオをゲームのヒロインに盗られないために考えた策だ。最近は、優秀な薬学者になるためのモチベーションが強くなっていたから、ショックだっただけで。

 この身に付けた知識も今後の人生で無駄にはならないはず。


 私は油断すると流れてしまいそうになる涙を堪えて、彼の愛情を受け入れたのだった。


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