11.痴話喧嘩①
あのパーティ以降、趣味で読んでいた本は、薬学系以外ほとんどファッションに関するものに変えた。
今後、どのタイミングでセンスを問われる場面が訪れるか分からない。恥をかかないために、と始めたが、これが意外とハマる。ライラが夢中になるのも分かるわ。
今はデザインや色彩に関する本を読みふけっており、そのことをライラに手紙で伝えると「それはちがう」と返事が来た。
今日もリオは我が家に訪れている。
彼は少し前から闇魔法の訓練を始めている。父親に言われて仕方なくかと思いきや、本人がやる気に満ち溢れているそうだ。やる気なのは良いことだが、生傷が絶えなくて心配だし、会える時間も随分と減った。
私も勉強の時間がとれるので有り難いが、やっぱり少し寂しい。
たまに会ったときに見えるちょっとした変化が寂しさを増幅させた。身長もまだ伸びているし、最近は口調もぶっきらぼうになってきた。
昔のような可愛らしい雰囲気はもう無いんだなぁと思うと、少し残念だ。
今日は久々に彼に会えたのだが、今日のリオはずっと不機嫌そうだった。
普段だったら私の話に優しく相槌を入れてくれるのに、今日はほとんど返事をしない。話がつまらないのかと話題を変えてみたが反応に変化は無かった。
どうしたのか、と訊ねてみても「何でもない」としか言わない。好きなお菓子を用意しても、頑張って甘えてみても一向に変わらなかった。
お手上げだ。ここまで来たら残された打開策はひとつしかない。
直接訊こう。
「なんでそんなに機嫌が悪いの?」
私のストレートな質問に、彼はため息をついてからお茶をすする。
勿体つけたように音を立ててカップを置くと、私を試すように一瞥した。
「パーティに行ったらしいな」
睨みを利かした彼の視線に、思わず冷や汗が吹き出る。
そのことを、どこで知ったのか。
バレないようにしていたはずなのに。
彼の嫉妬深さは年々増してきている。愛されている実感があって嬉しいのだが、時々面倒くさくなる。
今回の件は、面倒になること必須なので知られてはいけなかった。それなのに。そして案の定な展開だ。
「……母が、聞いても無いのに教えてくれた」
私が尋ねる前に、そう口を開いた。その言葉を聞いて私は頭を抱える。
忘れていた。母親同士の会話は全て筒抜けだ。
先日のパーティなど、お母様が喋らない訳がない。
付け焼刃だが、一応反論してみる。
「お母様にお願いされて参加しただけよ?」
「色んな男と踊っていたと聞いたが?」
どうやら全部知っているらしい。
それにしても人を尻軽女みたいな言い方は止めてくれないだろうか。私だって伯爵家の娘としての立ち振る舞いがある。
でも言い訳を述べたところで彼の気持ちがおさまる訳でもない。私は不本意ながらも謝るしか無いようだった。
「……ごめん、なさい」
「……」
不満気なのが口調に出てしまったが、大目に見てくれるだろう。
それでもまだ不機嫌そうなリオ。こうなってしまったら私が出来る術は何もない。
パーティに行ったのは事実だし、男性と踊ったのも事実だ。あとはリオが自分で機嫌を直すのを待つだけだ。
それからお互い無言で、気まずい時間が流れた。
正直いって、もう付き合っていられないので、今度はこちらが言わしてもらうことにした。
「でも、良かった!」
「何がだ?」
わざと底抜けに明るい声を出すと、リオは怪訝な顔で私を見た。
「私と会う時間が煩わしくなって不機嫌なんだと思ったから」
「そんなこと……!」
わざと寂しそうな表情を作ってみせると、リオは立ち上がり私の腕を掴もうとする。だが私は、その手をするりと抜けてやった。
「ちょっと待ってて」
彼に悪戯めいた顔で微笑んでから、急いで自室へ向かった。




