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1.薬学者の名家

 ノースドロップ家は、代々薬学者の伯爵家である。


 全国民が魔法を持つこの国で、薬学者という職業は人気が無い。多くの国民は薬学に頼らなくても魔法で補えると考えているからだ。学校の授業にも組み込まれているにも拘らず、その職業は軽視されている。人口が少ないということは、裏を返せば実力が認められればすぐにでも王宮専属として勤務出来る職でもあった。


 ノースドロップ家は、優秀な薬学者を多く輩出し、王宮に貢献してきた歴史がある。

 ノースドロップ家の現当主、シリル・ノースドロップも王宮専属の薬学者だった。


 王宮勤めの研究者は仕事量が多く、ほとんどの者が住み込みで働く。シリルも家族で住んでも困らない程の待遇を受けていたが、週末になると必ず自分の屋敷へ帰っていた。

伯爵として治めている領地の管理だとか、代々受け継がれている薬草の管理だとか、それっぽい理由を述べてはいるが、本当の理由はただひとつ。

「ただいま戻ったよ」

「おかえりなさい!」

 領地に住む家族の顔を見るためだった。


 出迎えてくれた家族たちに囲まれ、シリルの顔にも笑みが零れる。

「お疲れ様でした。今週も特に大きな問題もありませんでしたわ」

 妻のマリーナは器量も気立ても良い。今まで薬学には触れてこなかったにも関わらず、嫁いでから勉励し、シリルが留守の間の家を任せられるほどの存在になっていた。

「お父様!王宮でのお話が聞きたいです!」

 息子のルークは十一歳になり、薬学の知識は勿論、領地統治の勉強も日々頑張っている。将来有望な跡継ぎとして頼もしい成長をしていた。

 そして、もうすぐ八歳になる娘のクレアは、シリルにとって目に入れてもいたくないほど、溺愛している存在である。

「お父様。わたくし、お父様に会えなくてさびしかったです……」

 普段は部下に尊敬されるようなシリルも、愛娘の前では他人には見せられないほどの破顔っぷりだ。

「そうか! それじゃあまず、みんなでご飯にしよう!」

 甘えてくるクレアを抱き上げると、食卓へ向かった。


 家族全員で宮殿に住めば、毎週末に疲れた体を引きずって帰る必要も、馬車の手間もかからない。しかしそれをしないのは、理由があった。

 ノースドロップ家には、王宮の設備にも負けない薬草園と研究所があるからだ。これは先祖代々受け継がれてきたもので、国の財産になってもおかしくない程だ。この家を継ぐ子どもたちが、より良い環境で勉強するには、宮殿に住むよりもこの家にいる方が良い。そう考え、シリルは王宮勤めが決まってからずっと離れて暮らしていた。


 食後、家族全員で団欒していると、シリルの膝に座るクレアが目を輝かせて言った。

「クレアは将来、お父様のような薬学者になりたいです!」

 娘の無邪気な言葉に、シリルは大層嬉しく思ったが同時に心苦しくもあった。


 クレアは王宮勤めの薬学者になれないからである。


 女性の薬学者はこの国にも存在する。しかし王宮勤めの薬学者が居たことはない。

 

 薬学者の人口が少ない。これも1つの理由だろう。しかし一番大きいのは、この国が男性社会であることだ。女性は家庭に入るのを良しとされ、王宮で働く女性は侍女ぐらいしかいない。

 相当な努力をすれば、初の王宮専属女性薬学者になれるかもしれない。

 

 しかしクレアにはもう1つの壁があった。

 伯爵家の娘だということだ。

 市民や低い階級の女性なら、能力さえあれば叶うかもしれない。しかしクレアは伯爵家の生まれ。しかもノースドロップ家ともなると、結婚相手もそれ相当の相手となる。シリル自身、クレアには好きになった人と結婚してほしいと思っていた。

 しかし世間がそれを許さないのだ。貴族の娘は地位のある人間と結婚するのが、この国の常識。


 楽しそうに夢を語るクレアは、まだそのことを知らなかった。


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