宣戦布告
「お茶の御代わりは宜しいですか?」
「ええ、もう十分に堪能させていただきました」
「お菓子はどうです?国外から取り寄せた特別品ですわ。きっとカルボ様のお口に合うと思います」
「ではおひとつ頂こうかしら」
マルゲに進められたお菓子を一つ手に取り、口に含む。
口の中に濃厚なクリームが広がり、その甘さにほっぺが落ちそうになる。
紅茶の違いはよく分からなかったが、此方は今まで食べた事のない美味しさだ。
思わずもうひとつ頂こうと手を伸ばしそうになって、ラーに後ろから咳払いされる。
感想も言わず追加を勝手に自分で取るなど、淑女にあるまじき行為。
危うく醜態を晒すところだったので、止めて貰って助かった。
不細工な上にマナーもなっていないと見下されたら、流石の私もへこまざる得ない。
本当にナイスよ。ラー。
「素晴らしいお菓子ですわ。こんな美味しいものを頂くのは、生まれて初めてかもしれません」
紅茶の時とは違って、今度は本当の絶賛。
こんなとんでもないレベルのお菓子を用意するなんて、リータ家恐るべし。
と、言う訳でもう一つ頂きたいので。
「もう一つ頂いてもよろしいかしら?」と尋ねようとしたが、それよりも早く相手が口を開く。
「ペペロン王子との御婚約おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
思わず顔が引きつる。
正直憂鬱だ。
お菓子のお代わり阻止と、嫌な話題に移っていきそうな気配。
それがダブルパンチで私のメンタルを抉っていく。
遂に始まってしまった。
「ペペロン様は貴方の事を、大変すばらしい女性だと仰られていましたわ」
「お、お聞きになられたんですか?」
今の頭のネジが緩んでいる王子が私の悪口をいう事は無いだろうが、ありもしない幻想からの絶賛は、それはそれで辛いものがあるのでやめて欲しい所だ。
それに余り私の事を絶賛しまくると、いざ正気に戻って婚約を破棄する時に、王子が大恥をかくことになりかねない。最悪それが嫌で私との結婚を我慢する可能性だってありえる。
はっきり言ってそれは困る。
今のおかしくなった王子ならともかく。
元に戻った王子など此方から願い下げだ。
嫌々の結婚を押し通されては堪ったものではないので、今度会ったら釘を刺しておく必要がありそうだ。それも相当強く。
「ですが……ですが私は諦めません!」
マルゲは椅子から立ち上がり、きっと私を睨みつける。
その眼の端には涙が薄っすらと滲んでいた……
「マルゲ様……」
まあ気持ちは分かる。
家柄は同じなのに、私みたいなブスがマルゲの様な美人から王子様を奪う形になってしまったのだから。さぞ悔しい事だろう。
しかし残念ながらこればっかりは頑張ったからと言ってどうにかなる物ではない。
よっぽどのことが無い限りは。
まあでも、何もしなくても実は破談になるんだけどね。
残念ながらその事を伝えるわけにもいかないので、可哀そうだが彼女には無駄な努力を続けても貰うしかないだろう。
頑張れ!マルゲ!
「貴方と王子との縁組を破談させるのは私では難しいでしょう。だからと言って卑怯な手で貴方を陥れる様な真似も、私のプライドが許しません」
あー、卑怯な手段かぁ。
そこまでは考えが周らなかったわね。
彼女はしないらしいけど、嫉妬に狂った他の人間がしてこないとも限らないので、一応気を付けておくとしよう。破談はともかく、恥をかかされると家の名前に泥が付いちゃうもんね。
「だから……だから第一夫人は譲ります!でも例え第二夫人でも!彼の心は必ず私が射止めて見せます!」
あー、第二夫人かー。
私の前世には無かったが。
この国、というかこの時代の貴族は一夫多妻が認められている。
男尊女卑の強い時代であるのだから、それは当然と言えば当然なシステムなのかもしれない。
とは言え、同格であるはずの私が第一夫人に収まっているのだ。
幾ら寵愛を勝ち取れたとしても、そこへ第二夫人として嫁ぐのは相当な屈辱のはず。
そこまで我慢せずとも、第三王子との縁談を――ってそう言う問題じゃないか。
マルゲの必死の様子から、どうやら王子に本気で惚れている様だ。
彼女が欲しいのは王家との婚姻などではなく、ペペロン王子の心なのだろう。
本当に罪作りな男だ。
まあ顔だけは超絶いいし、仕方ないのかもしれない。
「だから、私は負けませんわ!あなたも覚悟しておいてください!私からの宣戦布告ですわ!」
プライドの高い。
真っ直ぐな人だ、マルゲは。
私はそう言う人、嫌いじゃないよ。
大丈夫、貴方の気持ちはきっと届くと思うから。
頑張って。
そう私は心の中で彼女を応援する。
「暴言失礼いたしました」
そう言うと彼女は頭を下げてきた。
本当に律儀な女性だ。
「頭をお上げになってください。私は気に――あ、いえ。肝に銘じておきます」
気にしていないと言おうとして、言葉を止める。
必死の宣戦布告に対して、気にしていないと返すのは流石に失礼過ぎるだろうから。
この後気まずい雰囲気の中、お茶会は実質音楽鑑賞会へと変わる。