転生
王子を殴った事についてはお咎めなしだった。
まあ向こうから中傷して煽ってきたわけだし、怪我も結果的に大したことが無かったのだから当然の事だろう。
それでも少しはごねられるかとも思っていたが、そう言った事が無くて一安心だ。
大賢者ホワイト・グラタン。
それが私の前世の名。
かつての私は魔法に人生の全てを捧げ、いつしか大賢者と呼ばれるようになった。大賢者と呼ばれるようになってからも魔法への情熱は陰る事なく続き、私は終生のその時まで恋のひとつもせず人生を終える。
大賢者だった私の唯一の心残り、それが恋と幸せな家庭だった。
自分の人生には満足していたつもりだ。だが誰かと愛し合い、小さな幸福の元生きていく。そんな人生もきっと素晴らしいものだったに違いない。病に侵され病床で孤独に死を迎えようとしていた私は、そんな細やかな幸せ、大賢者としては得る事の無かった幸せを人生の最後の最後で求めてしまう。
そして、私は賭けにでる。
成功するかどうかも分からない、禁断の魔法。
転生魔法を実行したのだ。
次は大賢者などと言う肩書は捨てて恋をし、家庭を持って細やかに生きる。
そういった幸せを求める為に。
そして見事賭けに勝った私は、ナーラ家の長女として生を受ける事となる。
賭けに勝った?
本当にそうだろうか?
大貴族の令嬢として生まれた以上、細やかな人生からは程遠い。
しかもこの不細工な顔では恋もままならない。
あれ?これってどちらかと言うと完敗レベルじゃ……
ていうか何でこんな不細工なのよ!
前世の私はかなりの美人さんだった。
何せ美貌の大賢者と言われていた位だ。
自分で言うのもなんだが絶世の美女に分類される顔をしていた。
私が魔法にしか興味を持っていなかった事と、大賢者と言う肩書が男を遠ざけていたから生涯独身だっただけで、今の様に不細工だったわけではない。
鏡を見る。
つぶらで小さすぎる眼。
上向きの小さな鼻。
太っても居ないのにほっぺは何故かふっくらと円を描き。
極めつけは出っ歯。
「うん!不細工!」
これが美人とか親の贔屓目でも口には出来ないだろう。
最早ここまで来ると呪われてるとしか思えない。
……ひょっとして本当に呪われてるんじゃ……
って、そんなわけないわよね……
「おはようございます。お嬢様。今日も大変美しゅうございます」
ああ、そういや一人だけいたわね。
私を美しいとほざく馬鹿が。
部屋にやってきて開口一番戯言をほざくラーを睨みつける。
ほーんと綺麗な顔をしてるわ。
その顔を見ていると、些細な怒りなど軽く吹っ飛んでしまう。
「そのお世辞は聞き飽きたわ」
「お世辞ではござませんよ、お嬢様」
ラーは涼しい顔でぬけぬけと嘘を吐く。
「もし本当に美しいって思っているのなら、嫁の貰い手が無かった場合、あなたが私を嫁に貰ってくれる訳?」
「喜んで」
ふおぉぉぉぉぉぉ!
何ですと!?
い、いや落ち着け私。
揶揄われている、もしくは只のおべんちゃらだ。
本気にしてどうする。
「ふざけた事ばかり言って、ばっかじゃないの!」
恥ずかしくさの余り顔を背ける。
頭に血が上り心臓がバクバクと早鐘を撃つ。
我ながら異性に対する免疫が無さすぎて情けない。
「ですが、それはあり得ないでしょう。お嬢様には必ずや良縁が訪れると、このラーめは確信しております故」
ですよねー。
大体私とラーなんてありえない。
身分が違い過ぎてお父様が許すはずがない。
いやまあ、仮にお父様がオッケー出してもラーが嫌がるだろうけど……
その気になれば侯爵家の強権を使って無理やりってのも出来なくは無いが、そんなものは私の目指した幸福ではない。嫌がる相手を無理やり傍に置くために私は転生したわけでは無いのだ。ああ、不細工に生まれた自分の運命が呪わしい。
ま、考えても仕方ないわ。
世の中なる様にしかならない。
来世に期待するとしよう。