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婚約破棄にはグーパンを

私の名はカルボ・ナーラ16歳。

今日は婚約者である王子との初顔合わせの日だ。

私はナーラ家の庭園に設置されている椅子にに腰かけ、今か今かと王子の到着を緊張しながら待ち構えていた。


今日の顔合わせは私と王子の一対一で行われる。

正確には王子も私も従者を従えてはいるのだが、王侯貴族的には従者は人数にカウントされない事になっている。


「いきなり一対一とか……」


これから婚約者として、やがては夫婦としてやっていくのだから二人で仲良くしなさい。

そう父は言っていたが、人の婚約を勝手に決めておいて丸投げは流石に酷過ぎる話だ。

普通は家族同士顔合わせし、少しづつ慣らして行く物だろうに。

余りの丸投げっぷりに胃がキリキリと痛む。


「王子様がお見えになられたようです」


ラーの一言に私は背筋を伸ばし、椅子から立ちあがる。

座ったままでは失礼に当たってしまう。


入口から、純白のスーツに身を包んだ姿が目に飛び込んでくる。

それを見て私は思わず固まってしまう。


ペペロン・チーノ王子。

その姿はまるで輝く太陽の様に、力強く麗しいと噂され。

太陽の王子と呼ばれるこの国の第二王子。

噂で少し耳に挟んではいたが、まさかここまでとは思わなかった。


「素敵……」


王子の美しい姿に思わず言葉が漏れる。

本当に美しい。


腰まで伸ばした艶のある金の髪は太陽の光を照り返し、きらきらと輝いている。

まるで彫像を思わせる完璧な造形に、切れ長の金の瞳からは深い英知を感じられずにはいられない。ラーも相当美形だが王子はそれを更に上回る。


え?

いいの??

これ本当に???

私なんかが結婚しちゃって本当に!?

政略結婚とはいえ、私なんかがこんな美しい生き物と結ばれちゃって!!?


こんな人が自分の夫になるのかと思うと、興奮しすぎて眩暈がしてくる。


「カルボお嬢様……」


ラーが小声で私の名を呼ぶ。

その声に混乱していた私は正気へと引き戻される。

気づけば王子はもう私の直ぐ目の前にまで迫っていた。


「あ、あの……は、初めまして……カル…ボ・ナーラと申し……ます」


私は勇気を振り絞り、スカートの両裾を引いて王子へとお辞儀する。

心臓がバクバクと跳ね、上手く言葉が出なかった。


小声だったので、相当聞き取り辛かった筈だ。

変な女と思われなかっただろうか?

恥ずかしさから王子の顔が真面に見れない。


顔を真っ赤に染め、私は黙って俯く。

最早何も考えられない。


気まずい沈黙が続く。

いつまでも続くかと思われたその沈黙を破ったのはハスキーな声。

王子の美声だ。


「まさか、これが俺の婚約者なのか?」


これ?

その言葉に思わず肩をびくっと震わせる。

恐る恐る顔を上げると、王子の美しい黄金の瞳が、まるで汚い物でも見るかのように私を見下ろし。その長く美しい指先が私を指していた。


「あ、あの……」


「冗談だろ!?俺の妻になる女がこんなブスだなんて、笑えないぞ」


私の言葉を遮って王子がすごい剣幕で捲し立てる。

その剣幕に圧倒されてしまう。


「え……ぁ……あの……」


「よくその顔でこの俺と結婚しようだなんて気になった物だな!」


自分の顔は自分が一番よく知っている。

それを言われると辛い。

だが結婚に関しては家が勝手に決めた事だ。

それを私に言われても……


「いぇ……その……それは家が……」


「ふん。家が決めた事だろうと、ここまで酷ければ普通は辞退する物だろう」


王家との間で決まった縁談を、不細工だからなんて理由で辞退できるとは思えない。

仮に通ったとしても、その場合王家と家の間に軋轢が生まれてしまうだろう。

家の損失に繋がる事を此方からやれと言われても……

王子の気持ちも分からなくは無いが、そんな無茶を言われても困る。


「兎に角こんな縁談など破談だ!」


王子は強く言い切る。

王家側からの申し出なら、確かに破談は簡単だろう。

此方から断って王家に恥をかかせる事も無く、更には貸しも作れる。

家としてはそこまで悪い流れではない。


だがショックだ。

綺麗な王子様と結婚できると思っていただけに……

まあこんだけボロカスに言われて、仮に今更結婚しようなんて掌返しされても、こっちからお断りではあるんだけどね。


「分かりました。父にはそのように伝えておきます」


私はしょんぼりと返事を返す。

父はがっかりするだろうけど、まあ仕方のない事だ。


「ふん、ナーラ侯爵もふざけた真似をしてくれる。こんな醜女を俺に押し付けようなどと」


「父は私の幸せを考えて、そうしたんだと思います」


父は優しい人だ。

貴族の子女に生まれた私は、政略結婚は免れない運命。

だからせめて私が幸せになれる様、イケメン王子の元へ嫁がせてくれようとしていたのだ。


何故なら私はイケメンが超超超大好きだから。

顔さえよければ後は余程酷くなければ気にしない程に。


「ふん!お前の様な女に幸せなど訪れるものか!鏡を見た事がないのか!鏡を!」


王子はいつまでもねちねちと嫌味を続ける。

ご立腹なのは分かるが、用が済んだのならとっとと帰って欲しいものだ。

例え相手が王子だろうと、私がそこまで言われる筋合いはない。

そう考えるとだんだん腹が立ってきた。


「お前達もそう思うだろう!」


まだ責めたりないのか、自分の従者達にまで同意を求めだす。

流石に王子の従者と言えども、侯爵家の娘に面と向かって誹りを行なえる者はいないのか、全員困った様な様子でお互いの顔を見合わせている。


「お前達も主人が醜くて大変だな」


自分の従者の反応が悪かったので、今度は家の人間に同意を求める。

家で働いている者が同意なんてするわけないでしょ?

ばっかじゃないの?


どうやら王子は顔は120点満点だが、お頭は0点の様だ。

どんな教育を受けて来たのやら。

ああ、だから私なんかとの縁談が通ったのか。

問題児だったから。

それなら納得できる。


しかしこんなバカに中傷されてるのかと思うと、益々腹が立ってきた。

もうほんとにとっとと帰って欲しい。


「そうだ!お前はこれからマスクを被って生活すればいい!そうすれば少しは可愛く見えるかも知れんぞ!周りの者も、お前の醜い顔で気分を害する必要が無くなるだろうしな」


ペラペラペラペラと良くしゃべる。

もう破談するのだから、こっちの事は放っておけばいいのに。

何がしたいのやら……


そこで気づく。

ああ、彼は私を怒らせてびんたの一発でも貰おうという魂胆だと。

このまま一方的に破棄すれば王子がが完全な悪者になってしまう。

それが嫌だから私を怒らせて王子を中傷させるなり、暴力を振るわせるなりしてしてお互い様に持ち込みたいのだろう。


なんと器の小さな男だろうか。

自身の責任を軽くするために幼気な少女に暴言を吐き続ける等、男として最低だ。

こんな男と結婚せずに済んで本当に良かった。


「ああ、そうだ!この際顔を潰してみたらどうだ?事故だという事にしておけば、周りから同情して貰えるぞ。良かったな」


私は右手を軽くグーパーする。

何だか我慢するのが馬鹿らしくなってきた。

この男は私からの反撃が来るまで、何時間でも粘りそうだ。

そんなの相手にしていられない。

そんなに殴られたいのなら、望みをかなえて差し上げましょう。


少々家には迷惑が掛かるけど、きっとお父様は許してくれる筈。



「王子様、そこまでにして頂けませんか?それ以上の暴言は流石に受け入れかねます」


「ほう、受け入れられなかったらどうすると言うんだ?それに俺は事実しか言っていないぞ、暴言とは心外だな」


私は黙って右手を上げ、拳を握り込む。

それを見た王子が嬉しそうに笑う。

その表情はやっと落ちたかと言った感じのいやらしい笑顔だ。


「なんだ?どうするつもりだ?」


ムカつく表情だ。

女の細腕では大した事も無いだろうと高を括っているのだろう。

へらへら笑いながら顔を私に近づける。


こういう輩にはお仕置きが必要だ。

それも特大の。

私は黙って拳に魔力を籠める。


魔力の籠った拳は通常の何倍にも破壊力が膨れ上がる。

だが王子はそれに気づきもしない。



王子は知らなかった。


魔法と言うものの存在を。


王子は知らなかった。


かつて私が大賢者と呼ばれ、人々から恐れ敬われた者の生まれ変わりだという事を。


知らないのは仕方のない事だ。

何故ならこの時代には魔法がもう存在していないのだから。

だからと言って手加減してあげる気は更々ない。


報いを受けろ――大賢者パンチ!


私の拳が静かに王子の顔面へと吸い込まれていく。

王子の顔が拳の形に合わせて歪み、そして豪快に吹き飛ぶ。


「は!?申し訳ありません王子!」


地面に抱き着き、全身を間抜けな格好で痙攣させている王子を見てスカッとする。

だが殴ってから流石に少々やり過ぎた事に気づき、心配する素振りを見せて王子に駆け寄る。その時周りには気づかれない様、さり気無く回復魔法を掛けておく。

死なれでもしたら厄介だもの。


「お、王子様!?」


それまで状況を理解できず固まっていた周りの者が動き出す。


「失神してしまっているみたいなの、王子様を応接室へお願い!」


本当は失神どころか顔面の骨がぐちゃぐちゃになっていたのだが、魔法で直したしどうせバレないだろうからノーカンでいいわよね。


私の言葉に王子付きの者達が王子をゆっくりと抱え起こし、屋敷へと運んで行く。


「お見事です。お嬢様」


皆が慌てて動き回る中、ラーだけは静かに私への賛辞を送って来る。

相変わらず冷静沈着な人物だ。

余りにも冷静過ぎて少し怖いぐらいだ。

まあ顔が良いから別にいいけどね。


「ラー、お茶の準備をお願いね」


王子をぶん殴って気分がスキッとした事だし、部屋へ帰ってお茶にでもするとしよう。

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