身分違いの恋
「ハム、顔を上げて頂戴。貴方は凄くかわいいんだから、もっと自信をもって」
私は微笑み、俯くハム子へと優しく声をかける。
彼女の落ち込み用は尋常ではなかった。
私はそんなに不味い事を口にしたのだろうか。
気になってしょうがない。
きちんと確認せねば。
「私なんかでは駄目なんです……あの方にはもう……」
もう?何?
続きが気になるわ。
私はワクワクしつつもグッと堪えて、ハム子の言葉の続きを待つ。
「もう……ラー様には心に決めた方が……」
え?まじで?
それハム子ちゃんじゃなくて?
考えもしなかった返答に頭の中が軽くパニックになる。
ラーは子供の頃から私に仕えてくれていたが、今までそう言った素振りを見せたことは一度もない。女性に対する特別な反応は、今回ハム子へと見せた反応が私の知る限り初めてだ。
だから他に好きな相手がいるとは到底思えないのだが。
「思い違いではないの?私の知る限り、彼がそういう反応を誰かに示した事は一度もないわ」
「それは……お嬢様には分からない様に隠してるんだと思います」
むう、私には分からないよう巧妙に隠していた分けか。
まあ私付きの執事が仕事中誰かにデレデレするなど問題行動でしか無い訳だし、仕方ないと言えば仕方ない事か。
「でも、私には分かるんです……大好きな人の事だから」
ハム子の表情は切なげで、その眼の端には涙が滲んでいる。
その健気さに、私まで貰い泣きしそうになってしまう。
「それで、ラーは誰の事が好きなの?」
私は確信を突いた質問をする。
ハム子の話が本当か只の勘違いなのかを確認する為には、相手が誰か知る必要があった。
彼女にはきつい質問だろうが、彼女の恋を応援するうえでこれは必要な情報なのだ。
ごめんね、ハム子。
「申し訳……ありません。私の口から……話すわけには……」
人には離せない相手だって言うのかしら?
いったい……
まさか?
まさかまさか!?
まさかまさかまさか!?!?
B L!!!!?
いや、まさか……そんな……ねぇ……
いやでも女性に反応を全く示さない彼だ。
あり得るのかもしれない。
いや、考えてみればそれしかない!!
頭の中で妄想が膨らむ。
そして相手候補を次々と頭の中でリストアップする。
小間使いの少年。
他の執事。
物資を運んでくる商人。
だがどれもピンとこない。
そういった類の人たちと親しくしている所を私は見た事がないからだ。
この屋敷でラーに一番親しい男性と言えばだれだろう?
そう考え、頭に一人の男性が浮かび上がる。
だがそれは――
いやいや。
いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
ない!
ないわ!
それは!
だって#お父様__・__#結婚してるんだもの!!
ありえないわ!
そう、そんな事在り得ない。
だが――だが私の妄想は止まらない!
偽装結婚。
そんな言葉が頭を過る。
侯爵家の人間として血筋を残さなければなら無い父は道ならぬ未知の恋を諦め。
子をなす為だけに母と結婚した!?
そう考えれば不自然ではない。
ああいやでもお母さまとは死ぬ程仲がいいし、流石にそれはないか。
我ながら酷い妄想だ。
そもそもBLとは限らない訳だし。
妄想ばかりしててもしょうがないので、思い切って聞いてみた。
「言えないのはそれって、男性が相手だからって事?」
「ちちちちちち違いますよ!男性じゃありません!!」
「そうなの?」
ちっ。
つまらないわね。
……って私は何考えてるの、今はラーの恋の話なんだから。
馬鹿な妄想している場合ではなかった。
ハム子自身は諦めムードだが、相手との関係次第ではまだ彼女にも勝ち目があるかもしれない。
とりあえず相手の情報を得て探りを入れて見ないと。
でも直接聞いても教えてはくれなさそうだ。
ちょっと回りくどい感じでさり気無く特徴から聞いてみるか。
「そのラーの思い人って素敵な人なの?」
「はい、とても綺麗なお方で。優しくて気さくで、私なんかを気遣ってよく声をかけてくださる素晴らしいお方です」
よく声をかけて貰える?
ハム子はこの屋敷に住み込みが始まってから殆ど外には出ていないはずだ、そのハム子によく声をかけるという事は屋敷の人間という事か……
うーん、全然わからん。
全然想像できないので、もう少し突っ込んだ質問をしてみる。
「その方とラーは……その……もう恋仲だったりするの?」
「……いえ……」
まだ付き合ってないならまだまだチャンスはありそうだ
そうなるとやはり相手の情報は是非とも欲しい。
「ラー様は……その御方との関係は多分諦めていて……」
「え!?なんで――あっ!」
気づいて声を上げる。
BLではなく、その上で諦めざる得ない相手。
それは――――人妻だ!
成程。
ナーラ家の執事が不倫などとそんな不名誉な事に手を出すことは許されない。
ましてや年頃の私に仕える執事なら猶更だ。
ん?ちょっと待てよ?
さっきからハム子は相手をお方呼ばわりしてるわよね。
つまり相手は彼女より位の高い家柄いう事になる(ラーの様付けは恋ゆえの例外という事で除外)。
不倫でなくとも、身分が大きく違えば諦めなくてはならないだろう。
そう考えると身分差の線もある。
私は考える。
そして気づく。
この家で彼女より高貴で、綺麗で優しくて気遣いの出来る女性なんて一人しかいない事に。
それは私――――
の、母だ。
まさかラーがマダム好きだったとは……
身分差と不倫のダブルパンチだよ。
私は衝撃の余り、話をそこで打ち切って風呂を出た。




