怨み
昔、合戦で敗れた一人の落武者が、傷ついた身体を引きずり、息も絶え絶えに地方の山奥へと逃げ延びた。
「ここまで来れば大丈夫だろう」
落武者は適当な木の根元まで来ると、合戦と精神的な疲労から、いつしか深い眠りについた。
そこを、落武者狩りを行っていた付近の農民に発見され、落武者は自身が誰に殺されたのかを知るよしもなく、命を奪われた。
自分の身に何が起きたのかを理解したのは全てが終わってからだった。幽霊となった落武者は、横たわる自分の亡骸を確認すると血の涙を流し、怨みの言葉を口にした。
「私はこの怨みを絶対に忘れん!! 未来永劫、この地を呪い続けるだろう」
それから数百年、怨霊となった落武者は、言葉通り呪いの力で近辺に災いをもたらし続けた。疫病が流行った事もあったし、土地の作物は不作が続いた。そのどれもが落武者の呪いであった。
ある日、そんな出来事を知ってか知らずか、十数人の若者達が土地を訪れると周囲を見渡して言った。
「うん、ここが良いんじゃないか」
「そうだな、ここにしよう。夜になると雰囲気がぐっと出そうだ」
若者達はさっそく肝試しの準備に取りかかった。別に場所などどこでも良かったのだが、怨霊となった落武者の呪いが原因で過疎化した土地の雰囲気と、若者らが暮らしている住居からの適度な近さで選ばれたのだった。
夜になり、全ての準備が整い、そろそろ肝試しを始めようとした時、老人が慌てた様子でやって来て言った。
「わしは近所に住む者だが、おめぇら一体何をしようってんだ!?」
老人の問いに、一人の若者が答えた。
「肝試しですよ。学校最後の思い出作りに肝試しをしようと…」
「馬鹿言うな!! おめぇら落武者の呪いを知らねぇのか!? とんでもねぇ目に遭うぞ!!」
「さあ、落武者の呪いは知りませんが、僕らには関係ないし、肝試しをやるのは今日だけなので大丈夫ですよ」
老人が止めるのも聞かず、若者達はどこ吹く風と肝試しを始めてしまった。驚かす側の若者は、散り散りに己の受け持ち場所で待機して、驚かされる側の若者は、一人、また一人と時間の間隔を置いて、肝試しのコースを歩いて行った。
何かが起こるのではと、心配そうに遠目から見ていた老人だが、遠くから参加者の悲鳴は聞こえるものの、それは楽しさの入り交じった悲鳴であり、肝試しを心から楽しんでいる様子が伺えた。
二時間程が経ち、何事もなく無事に肝試しの全工程を終えた若者達は、片付けを済まして帰宅していった。
数年の歳月が経った。不思議な事に、肝試しのあの日から、落武者の呪いと思われる不幸はパタリと止み、元々風土の良かった土地に、人々と活気が戻った。
「土地に活気が戻った」という話を風の噂程度で聞いた、肝試しに参加していた一人の若者は、ふと独り言を呟いた。
「事実がどうかは知らないが、もし怨霊なんてものがいたのなら、あの時、僕が肝試しの雰囲気作りで流していたお経で成仏してしまったのではないか…」