ショートコメディ『安楽くん』
述懐する。死にたくない。私が、そう思うよりも前に、ずっと前の時代から、みんなそうだったのだ。いつかは、死ぬ命。私は、悲しい気持ちでいっぱいになった。
心穏やかに過ごせたら、どんなにいいだろう。
満ち足りていて、不足することのない世界があったら、そこに私はいたい。
彼なら、なんと言うだろう。私は、彼に死ねと言う。だけど、死んでほしくないと思う。私も、死にたくなることだってある。わかってほしいけど、わかったところでなんになるんだ。
嫌いが、嫌いで、嫌いだ。お前が嫌い。だけど、それと同じか、それ以上に、お前に好かれたい気持ちが大きい。でも、近寄らないでほしい。
近寄ったら殺す。絶対に殺す。
私は、安楽くんに訊いてみた。
「今、死ぬのと、後で、死ぬのどっちがいい?」
「いま!」
安楽くんは即答した。安楽くんは相変わらずだなあ。私は、後で死にたい。
「私は、お前と違う方を選ぶ」
「ひど!」
彼は大きなリアクションをした。そして、抗議するように私に近寄った。だから、私は安楽くんを、殺そうとした。心豊かに、死ね。
「や、やめろよ。そんなこと〇〇は望んでないろ!」
「望みあるとしたら、それは希望。そう、この気持ちは嘘じゃない。私は、安楽くんを殺したいの」
「ひえー」
彼は、満更、嫌でもなさそうだ。そうか、なら私は嫌になろう。嫌いだ、嫌いで、嫌いで、嫌い。
「私は、お前のことが、嫌だ。嫌で、嫌で、殺したい」
「そうか」
彼はすんなりと受け入れた。私の気持ちを。この嘘のない気持ちを受け入れてくれた。ありがとう。私は、もう安楽くんに死ねなんて言わない。決心した。私は、絶対に、お前より先に死なない。絶対に、お前を殺す。殺す。
「なんて嘘に決まってるでしょ」
「なんだ。ホッとした」
安堵した表情。彼は、どこかに行こうとする。そんなことはさせない。私は、もう一度、彼に嫌な気持ちを伝えようと手を伸ばす。離れないで、ずっと一緒にいて。そして、私が、絶対に、安楽くんを殺す。
大丈夫。空は青く澄んでいて、世界は太陽の光に包まれている。どんなことがあろうと、私達の未来は明るい。こうして、首尾良く、物語は終わる。
「ありがとう。安楽くん」
「……〇〇さん」
「もう、私、安楽くんに酷いこと言わないから。だから、これからも、ずっと、隣にいてほしいな」
「そんなの、当たり前だろ。俺を殺すまで、ずっと、俺は〇〇の側にいる」
「安楽死は任せておいて」
久しぶりに大きな声で笑った。
ここで主題歌が流れる。そして、幕が下された。エンドロールが流れている間、心地よい余韻に浸りながら、視聴者は目を瞑る。物語は、終りだ。
最高のハッピーエンドだった。