(8話)魔法の氷と知恵の策
-勢いでなったとはいえ、[秋野]は、金田についていくことになってしまった。
「お前、本当に来て良かったのか?」
自分の前を歩いている金田 本人にさえ心配される始末だ。
「うるさいなー。逆に、ほっとけるか。まだ柚が神候補になった理由も聞いてないのに」
「それは…ありがとうだけども」
じりじりと暑いこの空間で汗水を垂らしながら歩いてゆく。その内、家の並ぶ住宅街を抜けてコンクリートの灰色をした道に出た。
「そういえば…電話してないはずなのに、なんで金田の居場所がバレたんだろうな」
「あー…。確かに…」
別にコソコソという訳ではないが、そこまで大きくない声で話す。比較的人通りの多い場所だったが、行き交う人に聞こえた者はいないだろう。
「それはですね、秋野さんを辿っていけばすぐ分かりましたよ」
前を歩いている、大きな角の生えた規律使いが答えを教えてくれた。
「電話だけでは信じてもらえないことってありますよね…。そして、そういうことを信じてもらうには直接見せるしかない。そこで、我々は予想しました。きっと、貴方は金田君に手紙を見せに行くと」
「…へぇ」
「これはつまり、あなたの後ろをついていけば ほぼ必然的に金田君のところに行けるというわけです」
そう言いながら、彼はその動く足を止めようとはしていない。聞かされてすらいない目的の場所はどんどんと近づいてくる。
「なるほど…。って!それ…つまり私をずっとつけてきたってことじゃ…」
ぞわっとする何かが背中を走っていった。
「言える立場でこそないですが、ストーカーには気をつけてください」
これはもう確信犯と言えるだろう。
「え…」
普通に怖過ぎる。今度から気をつけよう…。今回は、かなり特殊なケースなんだろうけどさ。私ってば、鈍感だなぁ ってレベルじゃないぞ…。
「そ、そもそも なんで金田の場所が分からなかったんだよ。手紙出すってことは、私には会ったことあるんじゃないの?」
これ以上聞いたところで不快な気持ちにしかならない…少なくとも良いことはないだろうが、彼女は確認したくなった。
「さぁ。そこまでは。これから会う人に聞いてみてください」
こうなっては、これ以上この話題で会話を続けることは まぁ不可能なので、話題を変えるか無言で歩く他ない。
「そういえば、名前は何て言うんですか」
金田が話題を変えることにした。彼が敵の仲間の名前を聞こうとしたのに、特に深い理由はなかった。まさか これすらも何かの縁だ と金田が思っているとは、隣にいる秋野も前にいる黄色い瞳の彼も考えていなかった。
「僕ですか?僕はカフネ。カフネです」
「カフネ…」
一度 実際に口に出すことで覚えようとする。と、そこにこそこそと秋野が寄ってきてこそこそと耳元で言った。
「変な名前だな」
それだけ伝えると、また離れて元の位置で歩き続ける。
「お前な…」
遠回しに軽く注意しておく。
それ以来、金田はもうあまり喋らなかった。地味なことだが、帰り道を覚えなければ帰れないかも知れないからだ。この時点で、目的地はもう近かったのだが。
金田家から歩くこと大体20分。着いた。近くにまだ知らない所があったとは と思えるほどには近かったのだから、道も難なく覚えることができた。もう来ることもないだろうが。
自分から好んで来る気は起きそうにない。ここは…昔、工場だった所だ。不気味な灰色の金属で固められた建物。
「おあ…」
思わず声が漏れる。
おいおいおいおい、ここでか。こんなとこで戦うのか。廃れた工場ってのは、こういうのを言うんだな…。
今にも崩そうってわけじゃない。むしろ、そこらの家より頑丈に見える。それに、きっと中はすっからかんで何もないだろうし。危険な装置も謎の液体も、もう取り除かれてるんだろ。ただ、ここからでも分かる この…無人感…。人の気配って、無いとこんなに静かなのか。まぁ、お相手の神候補は中にいるんだろうけどさ。
秋野は 自分が戦うわけでも
ないのに、どこか緊張してしまった。
「…」
隣にいる金田も、声には出さなくとも緊張は冷や汗となって出ていた。
「それでは、行きますよ」
既に開いていた、入口らしきところから入っていく。
中は、多くの窓から光が差し込んでいて、意外にも明るかった。階段もない、シンプルな空間。そんな空間の中に、ドカと座っている あいつこそが…これから相手となる神候補だ。見た目から男と思われる彼は、本を読んでいた。
「おーい。連れてきましたよ。神候補です」
規律使いのナイスガイ…カフネがそいつに言った。
灰色の床に直接座っていた、そいつが「よいしょ」と立つ。ちなみに、座り方は あぐら。足を組んで本を読んでいたとは、これまた余裕をぶっこいているように見える。
「く〜」
声を出しながら体を伸ばした後、カフネとの会話が始まった。
「あー。サンキュー、カフネ」
「まぁ、いいんですけどね。にしてもメンドクセーやり方でしたが」
「分かった、分かった。暇があったら今度うどんでも奢るわ」
「うどんはもう結構です。それと、こちらの女の子は神候補ではないので、傷つけないようにしてください」
ス、と手を自分の方に向けてきた。
「うーい。こっちも、できれば正々堂々と戦いたいし」
どうやら話はまとまったようだ。
おお…。悪い人ではなさそう。にしても、カフネさんの喋り方は独特だなぁ。そして私は…話の流れからすると、工場の隅で観戦ってことになるのかな。
カフネさんと一緒に、工場の中央から離れた所へと移動する。いつでも逃げられるように、立ったまま見ることにした。
中央はというと、2人の神候補がじりじりと近づきあっていた。
「金田だっけ、よろしく。俺の名は…やぁ、ルークとでも呼んでくれ」
ルークと名乗ったその男は、どこからどう見ても黄色人種。黄色人種でルークという名前は…明らかに偽名だろう。
「ルークさん。よろしく」
「じゃあ、さっさと始めるか。魔法使い」
この一言で、もう金田柚は魔法使いということまでバレているということが分かる。となると、恐らくルークは、柚が何の魔法使いかも知っているだろう。それを気づかせるためにルークはわざわざ、「金田」と呼ばず「魔法使い」と呼んだのだが。
「カフネーッ。これ」
ルークが手に持っていた本をこちらに放り投げる。それを、秋野の横にいるカフネが手を伸ばして受け取った。本にしては小さい方なので、文庫本か何かだろう。
これでルークなる男の手には何もない状態となった。半袖の白い涼しげな服と、青をベースとした半ズボン。そして、ピンクと黄色が入ったビーチサンダルだけだ。半ズボンのポケットには何か入っているかも知れないが、そう大きな物は入らないだろうから 誰も気にはならなかった。
「…ん?もう攻撃してもいいんだけど」
金田はそう言われても、どうすればいいか分からなかった。
…よく考えれば、あいつはちゃんとした戦いはこれが初めてか。まぁ私も初めてみたいなもんだけど。見てるだけでなぜか緊張する〜っ。
緊張する秋野をよそに、戦いはもう始まっていた。
「それとも、まだ慣れていないのか」
ルークは、そう言って笑ったかのような顔になった。
-[金田]はというと…
後ろにじりじりと下がっていた。
とりあえず、距離を取っとこう。なんか、強そうだもんなぁ。戦うことに慣れてる感がすごい…。
彼の目線から見ても、やはり目の前のルークは強そうに映った。
「…」
まずは敵の出方を伺う。何せ、この星には、人間にも3種類いるのだ。
やはり『魔法使い』だろうか…それとも、ここらでは少し珍しい『力使い』か『知恵使い』か…。考える。
「俺がナニ使いか探ろうとでもしてんのか?」
次の瞬間、ルークは突然 床に向かって思い切り拳を落とした。
ドゴンと鈍い音がする。
灰色の床…コンクリートだろう。コンクリートらしき床は、ひびを出して割れながら壊れてゆく。ひびの入った範囲は、せいぜい半径15cmほどだが 彼のパンチのパワーは十分に伝わった。
思わず、金田の頬に汗が流れる。
「力…使、い…」
壁の近くにいた秋野がそう言った。カフネは反応なし。いつもルークと一緒にいるとしたら慣れていても不思議ではなかったが。
ルークが体勢を元の体勢に戻す。怠そうに立っているということだ。
「そ」
カフネらがいる方を横目で見て、彼も自分が力使いだということを肯定する。
「ま、そんなの関係ないけど。俺の武器は…」
半ズボンのポケットに左手を入れてゴソゴソと手を動かせる。
彼が手をポケットから出したとき、手にはYというかTというか怪しい形をした 何かを握っていた。輪ゴムよりも数倍は太いゴム紐が付いている。
「何…パ、パチンコ?」
思っていたものと かなり違うものが出てきた。
パチンコ…パチンコだよな、あれ。あれって本当にあったのか…。アニメとかでしか見たことないぞ…。
「そりゃ そーよ。金田君の魔法には、あんまり近くで攻撃しちゃあ危ないからね」
確かに、パチンコ…もといスリングショットなら相手に近づく必要がない。遠くから、ゴム部分に乗せた物を飛ばすだけで、それは強い弾となる。
「ぐ…」
ルークはそこらに散らばっているコンクリートの小さな破片を拾い、スリングショットのゴムに引っ掛ける。そして、ぐぐ と右手で引っ張った。
「お前の氷で落とせるかな?」
右手を離す。とほぼ同時に、ゴムの弾性力をエネルギーにしてコンクリートは放出された。空を切る音を立てながら、その灰色の弾は飛んでくる。
「ハァッ!」
「…おお。間に合ったんだな」
金田とルークの間には、大体20mほどの距離があった。そして、灰色の弾丸は、金田の一歩前で床に落ちていた。
薄い氷に包まれて。金田の魔法で撃ち落としたのだ。
「やはり…金田さんは 氷の魔法使いでしたか」
壁にもたれているカフネが ふっ…と呟いた。
数分後。あそこからスタートした2人の戦いは、なんと続いていた。初心者の金田からすれば、なかなかの長さを戦っている。コンクリートの破片と小さな氷の塊が飛び交う。
「ふっ!はっ!」
あー、やっぱり攻撃するのは慣れないもんだ。頭とかに当たらないようにしなきゃ。
この思いから、手や脚にしか攻撃できないようになっていた。そのため、避けやすい氷塊は ほとんどルークに当たらなかった。
相手の武器…スリングショットを壊そうと、ルークの左手に氷魔法を放つ。
しかし 悲しいかな、かすりもせずに魔法は避けられて、奥の壁に当たって消えた。
バシュウッという音が2回連続で聞こえてくる。自分の出した氷魔法は2つとも活躍なく消えたということだ。
「ぐ…」
「あーっ!柚、しっかりせいよ!」
2人のギャラリーの内、うるさい方が味方なのだ。そのうるさい応援を聞きながら、戦いは続行される。
「せいっ!」
いつの間にか、キリキリと限界まで引っ張られたゴムから黒い何かが放たれていた。アークの攻撃だ。
避けるには、もう間に合わない。そのまま、黒い弾は金田の右手に直撃した。
「ぐあッ。痛ぁ…」
手にぶつかった後の黒い弾が床にコロコロと転がり落ちる。それは…ゴム弾だ。
コンクリートのカケラは何度か体をかすったりした。しかし、これは直撃だ。ダメージ量が想像よりも大きい。
「はっ。何で当たったか分からないって顔だな。お前には…」
ルークは半ズボンの右ポケットに手を突っ込む。スリングショットの入っていた反対側のポケットだ。
「4発で十分…か」
ポケットから出てきた手は、4個の黒い小さな球体を持っていた。ついさっき見た物と同じ。ゴム弾で間違いないだろう。
この状況にはただの観客である秋野も汗をかかざるを得なかった。
「いって…。近くに行って氷を直接ぶつけるか…?いや、それは…」
金田は小声でボソボソと独り言を口に出す。痛がっている右手を左手でさすりながら勝つ方法を探しているのだ。そして、その考えは今 止まって進んでいない。なぜなら今 思いついた作戦はリスクが高すぎるからである。
至近距離で氷魔法を放てば かなりのダメージを相手は受けるはずだ。しかし、相手は力使いだ。もしも、コンクリートを砕いたあのパンチを受けてしまったら…あまり体力のない魔法使いには辛いどころの話ではないだろう。
「どうしよ…」
カフネとルーク以外の全員が思い込んでいた。ルークが力使いだと。
金田は「ルークは力使いだ」と思っている…そのことのみ。そのことのみを、長い時間をかけて調べ終えたルークは 勝ちを確信しつつあった。心は大きな声で「あーーっはっはっはっは。ハンッ。オモシロイくらいに策にハマってくれんな」と言っている。
金田とルークの戦い。終わりはもう見えてきた のかも知れない。少なくとも、ルークには はっきりと見えていた。




