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地球とは関係の無い話  作者: 冬不純黄昏
弐章 ARMAGEDDON QUEST
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(Part56)ノウテンチョクゲキ

「…ふぅ」

-[アーク]が息を漏らす。

 先人たちが研究の末 確立させた歴史ある魔法とは違い明確なランク分けはできないが、初・中・上・特級の内でも上級に相当する大魔法『箱』を使ったばかりだ。

 力使いの力使いたるための活動には体力が必要であるのと同じように、魔法使いは魔力がなくなるとドッと疲れる。魔力とは…今を生きている先進国の子どもなら誰でも知っているだろう。ドラゴンクエストなどRPGゲームでお馴染(なじ)みのMP(マジックポイント)だ。


 『箱』で一瞬にして館に着き、まず秋野が一番に言う。

「ふーっ、あったかいぃ…」

 桃源共和国の空は寒かった。(そら)より(やかた)があったかいのは当然だが、そもそも土地柄、兎暦よりも桃源共和国は寒かった。

「あ、アークさん大丈夫…?」

「…金田さん。心配には及びません。…しかし、やはり…上級魔法の短時間での使用はおすすめしませんね」

アークはハハ、と笑う。ステイトは、ぽりぽりと自分の若白髪を()いた。


 瞬間移動先は、超長方形のダイニングテーブル(けん)ミーティングテーブルがでかでかと一つ存在する館の一階だった。

「とりあえず…俺は予言書を取ってくるけど。うっちゃんも、無理はしすぎるなよ。いつもなら、たかが『箱』を2回使った…ってだけだが、()()()2回は(つら)かったろ」

ボソ、とステイトはアークに耳打ちする形で言葉を(つむ)いだ。

「ボス…。ありがとうございます」

自分のことを、名前からでたらめにもじったあだ名「うっちゃん」で呼んでくれる彼に、礼を言う。

 この館のボスこと、ステイトは次に、声のボリュームを小から中まで上げる。

「うん。じゃあ、予言書取ってくるわ〜」

「はーい」

秋野が元気に返事する。


 ブハァ。

「ほんま、なんていうんや、今日はほんまに濃い一日やったな…」

喫煙室で思い切り吸い込んだ煙草のケムリを肺に完全に充満させてからまた吐き出す社会に疲れた管理職のように、機堂は溜息をついた。

 秋野も、それを言われて振り返ってみる。

「ノストラダムスの大予言が神の座を巡る戦いの存在を世間から隠すための大きな隠蔽作戦(いんぺいさくせん)説…それだけでも、この戦いの当事者である私らにはものすっごいインパクトだったけど…」

振り返れば振り返るほど濃い一日だ。

「修行しようとしたら、前に公園で出会った神候補が館を訪ねてきて、さらに神になるための権利を【譲】ってくれて、流れで早尖の人探しに付き合って桃源共和国まで行ったな…」

そう考えると、女子中学生は急に日常が(こい)しくなってきた。

「最近、(ゆう)()ちゃんと遊んでねぇなー」

「…」

金田と機堂は黙ることしかできない。

アークは、黙ることも許されず、ただ、苦しむことしかできなかった。

 私たちがこの子たちの日常を奪ったのかも知れない。実際、秋野さんを神候補に仕立て上げたのは私です…。

それは本音だった。

 どうも心というコップの形をした容器は、コップが水の表面から漏れるとは限らないのと同じようだ。底に穴が開いていたらそこから漏れてしまう。

全く同じように、アークは心の底にあった言葉をつい漏らした。

「すみません…」

…。

「…え?なんでアークさんが謝るんですかー」

 救われた気がした。秋野が己で下した「神候補になる」という選択に後悔していないことは、何よりも救いだった。

「おーい」

 ステイトがやって来た。


「ほんまや…。予言には、ほんまに今日の早尖とかクシポスについて書いてないな」

 ステイトがあの、緑色の立方体と形容すべき予言書を開けている。それをアークたち4人が囲うように周りにいて、覗き込むように予言書を見ている。

「…もしかしたら、あの神候補はそもそもそこまで重要じゃなかったのかもしれない」

ステイトがこう呟いてみた。アークとしても、考えていたことだ。

「どういうことや?」

 機堂にも理解できなかったということになる。しかし、アークは説明できた。

「つまり、ボスは…早尖さんが秋野さんに神になるための権利を【譲】ったことや、私たちが桃源共和国に行ってクシポスさんに会ったことが、世界(ものがたり)…もとい[主人公(あきの)]さんにとって重要ではないということでしょう」

「私にとって重要じゃない?」

「はい。例えば、来週の金曜日に金曜ロードショーとして地上波で『男はつらいよ』が放送されるとします…」

急な例えだったが、それよりもみんな中学生なので「アークさんのチョイス(しぶ)いな…」とまず思った。ステイトだけが、アークは『男はつらいよ』が好きであることを知っていた。

 とにかく。

「そ、それで?」

金田が話の続きを(うなが)す。

「それで、秋野さんが『男はつらいよ』を見るとします。…すると、このことは予言には現れないでしょう。これは、秋野さんが『男はつらいよ』を見るという事象は秋野さんにとってさほど重要ではないからです」

「なるほど…」

「あぁ、しかし、大変感動して『男はつらいよ』が秋野さんの人生に多大な影響を与えるようなことになれば、ボスの予言書に記されるかもしれませんがね」

「へぇ〜」

ちなみに来週の金曜ロードショーは休みだ。再来週は『ジュラシック・パーク』シリーズの『ロスト・ワールド』だが。これは、地球で放送された金曜ロードショーをサースターに同時放送できないからであるからだ。このように、サースターでやる地球のテレビ番組は一週間遅れであることが多い。


「私って主人公なんだなー」

 サースターの地軸が自分であるかのような傲慢(ごうまん)(いだ)く…わけではないが。秋野だって多感な時期なのだ。いわゆるこの場合の多感な時期はアイデンティティを求めるので、主人公などという特別な称号を貰うと舞い上がりかけるのも分かる。

 予言書は十数分同じページを開いたままテーブルの上だ。

「予言はつまり…物語と、世界と連動している。だから物語の[主人公]である秋野ちゃんの周囲のことが予言に記されるんだよね」

ステイトは、半分自分に言い聞かせるように言った。

「…」

「あぁ、ごめんごめん。…僕はもう少し予言書を眺めている。みんなは庭で戦闘訓練でもすればいい」

「うん」

 ステイトに言われた通り、秋野たちは庭へと向かうことにした。アークも一緒だ。



「だあっ!!」

 剣を振り下ろした先は、(わら)を何重にも巻いた、丸太のような(くい)だ。

 (しゃく)(どう)でできた、()節鞭(せつべん)のような剣が、杭を正面から叩きつける。

「いい調子です。…しかし秋野さん、手は大丈夫ですか?」

「んー、もう治りかけてるし、頑張りますよ」

 専門ではないためアークが簡単な剣術しか教えることができなかったこともあるが、教えた剣術を秋野は秋野なりに頑張って学んでいた。攻撃というよりは護身に向く技が多かった。

 秋野からやや離れたところで、金田は魔法の練習をしている。

「…金田さん、まだ魔力が残っていますか?」

「え?あ、はい」

金田は手を止める。

「そろそろ、魔法の応用を教えさせていただいてよろしいでしょうか?」

「おッ!お願いしますっ!」

 見る限り、金田の魔法の腕もかなり上達していた。


 筋肉が破壊と再生によって力を増幅させているのと同じように、魔法もまた、一日の限界ギリギリまで使うことで力を増しやすい。魔力量は歳と共に成長率は低下していくが、威力・効果という面では魔法は訓練と綺麗に比例して伸びる。しかしやはり、一番伸びるのはコントロールである。

「それで、どうすればいいんですか?」

 アークは、自分の左手で自分の右腕を軽く(つか)み、静かな声で喋り始める。

「はい。かなり魔法のコントロールが上手になったと思うので、魔法の大胆な変形をやりたいと思います」

「大胆な変形…」

「そうですね。金田さんの氷の魔法は、少しだけ意思によって変形するでしょう。氷は氷でも、ただの(ひょう)(かい)ではなく、氷柱(つらら)だったりと」

「あぁ…!そうですね!」

 これまでも、攻撃するときは氷柱を撃ってきた。…実は、学校で習う魔法の内容からすると、氷の魔法使いは氷塊を使うようになる。

 氷柱という、明らかに攻撃に特化した形状の魔法を繰り出せるのは、金田が神候補として“敵”と戦ってきたからだ。魔法は、使い主の用途に沿()って微調整がされる。洞窟を掘るために作られたダイナマイトが戦争によって殺傷能力に特化した形態へ()っていったように、金田が 敵を打ち破るための攻撃能力を求めたゆえに魔法は氷柱への変形を可能としたのだ。

 アークはそれを踏まえ、少しの恥ずかしさは(いま)(ぬぐ)えないが、先生としてアドバイスをくだす。

「氷柱も見事なものでしたが、金田さんはこちらの方が得意な気がしました」

それは、

「盾です」

と言って、アークはボクシングのブロッキングの真似事をしてみた。

 当然だが、魔法使いとは、肉体的に見たらただの地球人と変わらない。気の狂ったバカがナイフを投げてきたとして、力使いのような筋肉でナイフを(はじ)くことができなければ、知恵使いのような動体視力でナイフを()けることもできない。

「盾…なるほど。なるほど…!」

「早速、氷の盾のイメージを創っていきましょうか」



 -庭で厳しい訓練が行われていたときも、[ステイト]はずっと予言書を読んだ。

 ただひたすら予言書の解読。2197立法センチメートルの緑の直方体との(にら)めっこだ。

 忘れていたように、魔法を唱える。

「『アルジャーノンに花束を』」

机の上に、花瓶つきで花束が現れた。同時刻、同じ瞬間に、(かぐわ)しい香りが立ち込める。

 魔法の花束の魔法の香りで、恐ろしく頭脳は強化されている。一時的に、並の知恵使いでは比にならないほどとなったステイトは、また予言書を見た。


 ステイトがあの馬鹿みたいに長い机に向かっていると、そこに機堂がやって来る。

「機堂くん。どうした?」

ステイトはすぐに気づく。

「あァ…部屋に物取りに行こうとしとッた」

「へぇ〜」

 ステイトに返事を返すために足を止めた機堂は、また歩き出そうとする。

…すると、凄まじい香りが彼の鼻を抜けた。アルジャーノンへ贈られた花束の匂い、といえば、『アルジャーノンに花束を』を読んだ者は全員納得するような香りだ。死体に添えられる花の香りなど、まぁ、想像もつかないだろうが。

 とにかくすごい匂いだ。

「うわッ!?な、なんやこの匂い!?」

「僕の魔法」

「はァ〜変な魔法やな」

 そんで、効果はなんなんやろう?

と、顔に書いてあったのを見て、ステイトは返事をしてやる。

「この魔法は…『アルジャーノンに花束を』さ」

「!!」

機堂はそれで効果を理解した。


「本の内容からして…知能のレベルを引き上げる、か」

「お見事♪」

 ステイトは予言書から顔を上げる。機堂も足は止まったままだった。しかし、席についてじっくりお話でもしようとしているほど、暇というわけでもなさそうだ。

 機堂は不思議に思う。

「でも、あの本は、花の匂いが頭を良くするなんて話やないやろ。タイトルの花束は、ネズミの『アルジャーノン』が死んだとき主人公の『チャーリィ』が(とむら)いのために贈っただけやん」

 痛いところを…あー、疲れた。魔法使いの魔法は、物心つくときに生まれるものなんだから、文句は子供のころの僕に言ってくれよ。

だなんてことを思いながら、ステイトは誤魔化す。

「おっと…ネタバレはよくないな。()()()()()()()は『アルジャーノンに花束を』をまだ読んでない人もいるかもしれないのに」

と、ステイトは読者とやらに向けて言った。この世界を小説としたときの、この小説を読む読者とやらに。

「何言ッとんねん。読者て…。マジでこの世界が小説やと思ッとんのか」

機堂は(あき)れた。「それとも漫画か」と続けて揶揄(やゆ)(くる)んだ言葉で悪態(あくたい)をつくほどに。


 秋野と金田がアークから直々(じきじき)に戦い方を教わっているのに対して、機堂はいつも一人でなにかをしていた。今回も、誰も何をするつもりなのかを知らない。

 とにかく、何かをするために必要な何かを取りに、部屋へ向かっている途中だった。

 ということなので、再び部屋へ向かって歩こうとしたが、あることを思いついた。

「なァ」

「ん?」

ステイトは予言書から目を離さないで、機堂の話を聞く。

「俺もあとでここに来てええか?『アルジャーノンに花束を』の恩恵をもらッてみたい。ソレの香りは確かに、集中力と想像力を増してくれるッぽいし」

「!…僕よりずっと賢い機堂くんがこの魔法の効果で賢さを上げたら、それはすごいことになるだろうね。楽しみだ」

 「はッ」と、息を吐くように笑い、機堂は再び歩き出そうと、左足を上げた。

…が、すぐに止める。

「…思い出したわ。『アルジャーノンに花束を』は、脳の手術でIQが上がるんやけど、IQがマックスまでなッたら次は下がり始めて、最終的にもっとアホになるんやんけ」

その本の内容が、ステイトの魔法でも再現されているのだとしたら恐ろしい。

「や、やッぱその魔法の恩恵はいらんか…」

 ステイトは笑う。

「まさか。そもそも僕の魔法は、本と違って脳手術をしていない。本のタイトルに入っている花という要素と、本の内容のIQという要素から、テキトーにつくった魔法だし」

「…え、本は実際に読んで無いんか?」

「本を読んでる途中に出来てしまった。本を読み終わる頃には、本の内容と少し違う内容の魔法が完成されてたのさ」

「んなアホな…」

 とにかく、魔法によって頭が逆に悪くなるなんてことがないと知り、機堂は安心して、今度こそ去ろうとする。

 つまり、次に機堂の足を止めたのはステイトだ。

「…!ちょっと待ってくれ」

「な、なんやねん…」

 ステイトの目は、予言書にピタリとピントを合わせていた。ブレはない。ただ、一点、一つの文を見ているようだった。

「予言が現れた…。今度…神候補が機堂くんたちを襲う」




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