(Part49)*意志のなかにいる*
今回、秋野たちが寝泊まりをするために用意された部屋はかなりデカかった。布団3枚を少し間隔をあけて敷いても、4、5人までなら食卓として囲めそうなくらいのテーブルが余裕で置いてある。
5人は、そこに正座だったり胡座を組んだりして座る。ちなみに、正座組は金田とアークだけだ。
「じゃあ、話していこうか…」
ガッ、と親指を本の真ん中に突っ込み、その掴んだ分だけのページをバッと横に跳ねる。
600ページほどだろうか、いやもっとかも知れない、くらいのページが飛んだ。そして、そこからパラパラと細かくページ数を刻んでめくっていく。
全てのページに、相変わらずビッシリと文字が書かれていた。全て予言である。
「で、これが…2000年12月、23日だ」
向かいで胡座を組んでいる若白髪の男 ステイトが予言書を差し出す。
「ん〜…?」
身を乗り出して覗こうとする。それから秋野は、丁寧に、書かれている文字の羅列を目で追う。
―2000年12月23日
南緯66度04分44秒東経39度27分03秒ピグリティア大陸にて、オーディグスの管理するオーロラビール基地が崩壊。18時54分に起きた雪崩によるものである。
桃源共和国にて、8年に一度に開かれる『大刀剣武神大会』の決勝が行われ、クシポス選手が優勝する。
英明国ラルドにて──
…と、そんな感じで、今日起こった世界の大事件が次々と書かれている。気持ちが悪いのが、書かれてるものが全て実際に起こっているということ。
「予言書、なんか詳しくなッとらんか…?」
隣の隣で機堂が溜息を漏らす。
そして『2000年12月23日の予言』をずっと見ていくと、意識がハッとさせられるところがあった。文字の大きさは他の部分と同じだが、
「ここ、急に筆跡っていうか、文字の書き方が変わってない?」
と金田が気づく。それを聞いて、秋野、機堂もその部分を見てみる。
[主人公]と[相棒]と[理解者]は、帰路の途中、神候補である力使いと規律使いに殺される。[主人公]と[相棒]は神になるための権利を失う。
…という文。という予言。
「な、なんじゃこりゃ…」
秋野の言う通りだ。それは、今までの予言に比べると、随分と、あまりにも大雑把だ。そして言葉遣いが、心なしか悪い気もする。まるで、日記の一部分を他人が担当したみたいだ…。
どうもメタ・ステイトはそれについて話したいことがあるようだった。
話す内容自体は短かい。
「その予言だが、急に現れたものだったんだ。…本来、一ヶ月先の予言までを俺は全て知っている。こまめにチェックしてるんだぜ?」
「…」
3人は黙って話を聞く。
若白髪が僅かに揺れる。
「…が、この予言は、ついさっき現れた。多分、秋野ちゃんたちが、あの神候補に襲われる…直前くらいだ」
確かに、もしもそんなタイミングで予言が現れても、それは対応できないだろう。そもそも、直前に事象を教えられたところで、それはもはや予言ではない。
これでは、予言を頼ることが難しくなる。「10日後に公園前で敵の神候補と会うよ。神候補は知恵使いだよ」と予言が教えてくれるのなら、予言は役立つ。敵と戦うための策を練ることができる。
…しかしそうではないということを、知らされたのだ。他でもない、目の前の机に乗っている予言書に。
「…僕たちは、予言にすべてを委ねているわけではないです。それよりも、どうして、秋野を中心とした、たかが僕らのことが予言に載っているのですか?」
これは、金田だけではなく3人ともにあった疑問だった。
ステイトの持つ緑の予言書には、世界の大きなニュースなどが書かれている。そんな大きな予言の隣に、どうしてただの中学生である自分たちのことが書かれるのか…?
金田の言葉を受け、ヴン・アークが口を開く。
「予言書は、大きく分けて3つを予言します。まず、世界での出来事。次に、この 神の座を決める戦いの戦況。そして、秋野さんたちのことです」
次々とインパクトの強い情報が耳へ入ってくるが、もはや慣れた。数ヶ月の間に、様々なことが起こりすぎたため、そういうのには慣れたのだ。
「は、だ、だから……世界の出来事、神の座を決める戦いの戦況…って、豪華なラインナップの中に、なんで私たちのことの予言が入っているんだ?」
彼女にはますます不思議だった。
続きの解説を、ステイトが担当してくれた。
「君がこの物語の[主人公]だからさ」
そう言ってから、ズッ…と熱いお茶を一口飲み、コト と机の上にコップを置いた。どう考えても、緑茶よりもコーヒーやココアが似合いそうな洋風な容器だ。
いつの間にかステイトと知人以上の仲の良さを見せるようになった機堂。彼がなんともあたかも理解していそうに言う。
「…ははァ。分かったで。前 言ってたように、ステイトはこの世界をフィクション…物語として考えとるんや。物語なら当然[主人公]は重要なキャラクターや。というか一番重要やな。物語ッて、[主人公]の話やねんから」
「その通り…」
目を閉じて軽く笑うステイト。それを見ながら、とりあえず出されたお茶を一口飲んでみる。そろそろ冷めてきただろう。
「あ゛ッ」
慌てて、コップを机の上に置く。熱い。ずっと冷めないお茶は、水の比熱の高さを再認識させられてしまうものだ。
「今から、ちょっと喋らせてもらうぜ」
彼は、5つの指をめいっぱい広げた右手を予言書に置き、そう言う。
それを隣にいたアークが、秋野たちに補足の情報を付け加えて伝える。
「皆さん少し覚悟をしておいてください。きっと、これから黒柳徹子さんなみに早口で喋られますよ…」
夜は長くなりそうだった…。
「じゃあ話すぞ。戦いの後で疲れてるだろうけど、ちょっと聞いてくれ…」
3人の中学生はゴクリと生唾を呑んだ。
「『A Story Related To A Sister Of The Earth』…それがこの本の名前だ。訳すと、『地球の妹に関係の有る話』となる」
金田と機堂は軽く頷く。秋野は、自分だけその翻訳を理解していなかったが、まぁ特にそれを気にする様子はなかった。それも彼女の良さだろうか。
とにかく話は続く。話は始まったばかりだ。
「地球の妹…それはこの星のことだな。そう、サースター」
そう、サースターだ。
「2000年前…知恵使いが、五次元、つまりパラレルワールドの観測に成功したな。そのときに、観測した別次元でサースターと同じ座標にあったものが…地球」
特に変わったことはない。中学生が歴史の勉強をしようと本を開いたとき、一番最初に学ぶ内容だ。
「以来、サースターは地球を覗き見してきた。文明、文化をパクって成長してきた。だからサースターは地球の妹なんて呼ばれてるわけだが…」
手に熱がこもり、熱に含まれる熱素が塩分を含んだ水に変化する。手に汗が出てきた。
「つまり、この予言書は地球にも関係する話ってこのなのか…?」
「んん〜、いい、振りだ。秋野ちゃん」
どうやらいいこと言ったらしい。
「結論から言うと、地球に関係するかどうかを決めるのが、この物語なんだ」
「…へ?」
なんとも言えぬ返事だ。
しかし分かったやつが近くにいた。ちなみに、その、やつのおかげで、秋野の中では「デブは勘が鋭くて賢い」というイメージが埋め込まれている。
そう、機堂だ。
「…ステイトはこの世界が物語やと思っとるのと繋がったわ。つまり、ある“何か”が、地球になんかしにいくんや。ドラゴンボールのピッコロ大魔王みたいに侵略するんか、エヴァみたいに生命を還元するんかは、分からんけど」
ニヤリとステイトが笑う。その隣で、アークは驚いていた。機堂の発想はすぐ出てくるかも知れないが、その顔にはあまりにも確信があった。
「多分、その“ある何か”は次元の壁をぶっ壊して、サースターから地球に行く気なんやろ。そんで地球をメチャクチャにする…ついでにサースターもメチャクチャなッてまう…ッてことやろ!?」
秋野と金田が顔を見合わせる。その様子は、機堂の語ったこの推測から目を逸らしているようにすら見える。
そして出た言葉は…
「えっ、それ…やばすぎるだろ」
少し遅れて金田が笑いながらリアクションをする。笑うといっても、馬鹿にする気は一切なく、「ハ、ハ…」という乾いた笑い。もはや笑うしかなくなった という口調で、こう言っている。
「機堂は賢すぎるし、その賢さを知ってる俺たちからすると…言ってることは間違ってるとは思わん。ケド…ちょ、スケールがデカすぎて実感が」
次元の壁を超えて地球に何かしに行くだなんて、聞いたことがない。少なくとも現実の話では。
いや、だからステイトさんは「この世界は物語」と思ってるのか。現実じゃない、フィクションだと…。
そう思えば金田はさらに笑うしかない。こんな非日常的な出来事というのは、神の座を巡る戦いを知った後から、もう慣れたものだと思っていた。
「それ、私たちにしなきゃダメな話だった…?」
金田につられて笑う。まるで平和な国の子供たちが、今でも世界中で戦争が起きていると知ったような、「知らなきゃよかった」という感情。
それを機堂は一蹴する。
「やから、サースターと地球の危機をどうにかするッていう、なんとも週間少年漫画雑誌みたいなこの物語の主人公が、お前なんやろうが!…少なくとも、予言書いわく?」
ゾクっ。ぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわ…!
肌が高揚するのがダイレクトに感じ取れた。毛孔の下にある立毛筋が収縮し、毛が立ってゆく感覚…。その鳥肌は、秋野が己の天命を理解してしまったためのものだった。
「はっ…ははははっ!!」
「うおッ、どした?…秋野ちゃん」
ステイトは心配だった。
神の座を巡る戦いに、サースターを壊して 次元を渡って地球へ行こうとする“何者か”…。13歳の少女に背負わせるにしては、大きすぎる物語だ。それを実際に背負わせてしまったら、少女はどうなってしまうのだろうか?
ステイトは心配だった。しかし、それを悟られないよう、なるべく軽めに聞いてみる。
その問に、少女は返事を出す。
「やってやりますよってんだよ…!私が主人公…ってのはちょっとよく分からないけど、柚に機堂、それにアークさんやステイトさんらがいるんだ!」
「秋野…!」
彼女の名を呼ぶ金田にはもはや不安は微塵もなかった。
秋野が言葉を続ける。自分一人に世界を救える自信はなかったが、少女には自覚が芽生えてきていた。自分がこの物語の主人公であり、だから世界を救ってみせなければならないという、自覚。
「私もそういう、お年頃だしな…。世界の二つくらい、救ってみたい!!」
それに、私一人では無理だろうけど、私の周りには、共に戦ってくれるやつらがいる…!
そう思えた。どんな敵にだって勝てる想像がついた。
その想像は、ある一つの理想を育てた…。黒い理想は、今にも次元を破って地球へ飛び立とうとしていた。




