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地球とは関係の無い話  作者: 冬不純黄昏
壱章 私と彼女とこの物語
5/66

(4話)規律使いとある提案

 シャク。リンゴを噛む音がする。金田(かねだ)が皮を()いた後、どこからともなく出したお皿の上でカットされた青リンゴだ。ちなみに、剥いた皮は捨てる所も無いので金田が食べてしまった。

「…美味(うま)い。でも、いくらナイフの持ち込みが駄目(だめ)だからって、アルミ製の(じょう)()で皮剥いたりカットしたりすんなよ…」

金田はハハハ、と ごまかすかのように笑った。


 ここは直利病院のとある病室。無料で使える4人部屋の病室だ。あまり大声は出してはいけない。

 そこで、ついさっきまで病院を爆走していた金田は、汗を乾かして、心を落ち着けて秋野(あきの)とリンゴを食べていた。

フォークも爪楊枝(つまようじ)も無いので素手で掴んで口に放り投げる。定規で切ったものだから、形がごたごたしている。


 1分と40秒して、2人はすべてのリンゴを食べ終えた。この少しの時間のおかげで、心の準備が整った。なので


いよいよ本題に入る。

「じゃ、そろそろ、さっき彩扉(さいど)と話してた事を言ってもらうか…」

「ん、あぁ。さっきのは話ってほどでもないけど。ただ、先生から許可を取ってきただけ。今から話すことの」

「何の。話すのに、許可なんているの……」

 つまり、あいつの個人情報とかか?と考えてみたが、今は関係のないように思える。

「あ、」

 もしかして…その考えが頭に浮かんだ時、彼女はそうとしか思えなくなった。目が、わずかに大きく開く。

「神候補になった理由…か」

「そう。そうだ」


 神候補になった理由は、神になりたい理由と同じのはずだ。それはつまり、彩扉の場合、人を殺す理由 と言えるのではないのだろうか。人を殺す理由など、聞きたくない。

 上下の歯が強く合わさって不快な音が立つ。

 秋野は、少し薄れていた彩扉への(おも)いが、(おも)いが…再び強くなっていた。

「そんなの聞かされたところで」

話が(さえぎ)られる。

「頼む」

そう言って彼は痛くならない程度で腕を掴んだ。いや、もはや()れたと表現した方が適切だろう。そ、と秋野の腕に触れた。

 そうされてしまうと、何もできなかった。


 ドラマの回想シーンは良く出来ている。その景色も、人物同士の会話からその会話の()まで、全てが分かるのだから。

それに比べて金田の話は、所々 表現に困ったかのように、言葉に詰まったり 話が切れたりした。しかし、その映像は鮮明(せんめい)に頭に流れてきた。それは、ドラマとは違う、ノンフィクションの読み物のような生々しさだった。

どんな内容だったか…そうだ、



-確か、[金田]が話した内容はこうだった


 彩扉先生には、お嫁さんがいる。これは、数学の時間に先生がたまにする雑談(ざつだん)で一度だけ聞いたことあるだろ?

「ん、うん」

 名前はハルさん。ハルさんはこの前…本当につい最近。

たった2ヶ月前に交通事故に()ったんだ。事故。ぶつかった車は逃げた。()き逃げ。

不幸中の(さいわ)い、脳に影響は届かなかった。でも、2本の腕は、手はもう駄目になった。

「…?今の技術なら治せるんじゃ…」

治ったよ。でも、夢を叶えるほどには治らなかった。

 ハルさんは、画家になりたかったんだ。人生で、2回目に貰った手じゃ、描きたい絵は…描けなくなった。

「…」

それだけじゃない。差別や迫害(はくがい)を受けやすい立場だったんだ。この社会に問いかけるかのような、人の心を動かす絵を描く…画家になりたかったらしい。

「差別を受けやすい…?でも、()()()から元・奴隷への差別は激減(げきげん)したはず」

違う。それとは別の。知らないか。

 ええと、サースターには、知恵使いと力使い、そして魔法使い。その3タイプと、もう1つ存在するんだ。それは…


規律(きりつ)使い。

「規律………」

…そう。(なん)せ、規律使いは全人口の5%未満。あまり知られてはいないか。

そして、その独特な見た目から、人でないなんて言われることすらもある。

これは、生物としての区別なのか?俺には、差別としか思えない!

「…」

 好きな人の夢を叶えるために、差別を無くすために神になるんだってさ。神なんだ、それくらいできるはず。

それが人を殺す理由には、ならないかもしれないし、俺はあの日 教室で起きたことを許せるほど人間出来てない。

でも。でも、彩扉先生を(にく)むなんてもう…あの話を聞いた後には、ハルさんに会った後には、俺には無理だ。

「…うん」



 自分を殺そうとした奴を、憎まないなんて、そう簡単なことではない。当然。

凡人(ぼんじん) 天才(てんさい) 秀才(しゅうさい) 馬鹿(ばか) 阿呆(あほう) 頭の良さなんて関係ない。

 復讐でも逆襲でも何でもなない、訳も分からぬまま人生が終わっている。仮に訳が分かったところで、納得なんてできない。殺されるとは、大半はこんな状況だったのではないだろうか。


 人を許すことが難しいのに、それが自分を殺そうとした奴を許そうだなんて、無理だとかできるとかの話ではない。可笑(おか)しい、と笑えることもできない話だ。

しかし、2人は…少なくとも、男子中学生1人は、先生へ対する憎しみが無くなっていた。


 窓の外では雲がゆっくり動いている。

「なぁ…」

秋野が言った。話しかけているのは、もちろん金田だ。

「ん?」

彼は短く、そう返事をした。確認してから、続きを言う。

「私はもう、何が正しいのか分からない…」

そう言った彼女は、彩扉先生のことをもう、憎んではいなかった。




-ガーッ。自動ドアが開く。そこから出てきたのは、[彩扉]だ。


 彼は、病院から出てきても、そのまま歩き続ける。緑 一色の細長い花壇(かだん)が隣にある道を、ずっと歩いてゆく。

 出た先には、道。完全に病院の敷地(しきち)外だ。そこからまた、しばらく歩いた。隣の道路では、数十秒おきに車がすれ違う。そのさらに隣を走る、つまり自分を追い越す車は、まったく無かった。


 着いた先は、7、8人ほどの人が入れるであろう小さな建物…というより部屋だ。ガラスでできた壁に、紙が貼られていて、黒い字で喫煙所(きつえんじょ)と書いてあった。病院の近くでタバコを吸うには、ここしか無い。

 喫煙所だと確認した後、誰もいない、中に入る。ガラスなので、外の景色がくっきりと見えた。もっとも、ここは駅の近くなので通り去る人ぐらいしか見るものは無いが。

 立ちっぱなしも疲れるので、後ろのガラスでできた壁にもたれかかる。そして、ポケットから小さな直方体(ちょくほうたい)の箱を出す。タバコだ。

この、一箱を吸い終わったら 今月はもう吸わないようにしよう…という気持ちと共に、タバコの箱を開ける。そして、中を(のぞ)いた。

運悪く、彩扉が今月吸えるタバコは残り1本だった。

「…」

 数秒、動きが止まったと思ったら、タバコをポケットにしまった。

「ハァ…」

そう溜息を吐きながら、重い頭も壁に任せる。

「何をやっているんだ…俺は」

「…」

ただ、黙って立ったまま、ボー とガラス越しに外を見た。

「…」


 今日は土曜日。スーツを着た大人達の代わりに、小さな子を連れた親達ばかりが、この駅を使っている。あまり混んではいない。

 メガネをかけた若い男の人と、髪の少し長い綺麗(きれい)な女の人。その間で小さな女の子が2人と手を繋いでいる。家族だろうか。あの家族はこれからどこに行くのだろうか。あっちには健康そうな老夫婦が歩いている。

 休みは始まったばかり。しかも、学生はもう夏休みだ。

と、中学生が見えた。4人で楽しそうにしている男子中学生達。なぜ中学生だと分かったかと言うと、それは河味(かわみ)中学校の生徒…彩扉先生の教え子だったからだ。

「…」


 あの時…夜の公園で、秋野に()()()時から、思っていたが…。改めて思う。


もう二度と、絶対に、人を傷つけたりなんかしない。そして、ハルの夢も、規律使い達の祈りも、小さなとこからしか始められないが、手伝わせてもらうぞ。神でなくても、それぐらいできるはずだ。


 「よっ」 と言って体を起こす。背中がガラスの壁から離れる。

その時、なぜか…なぜか、金田に、秋野に、許された気がした。気のせいだろうか。

「…ないか」

 独り言を言うだけで、スッキリするものだ。喫煙所の出口に近づく。押すと開くものなので、ゆっくり手を伸ばす。


 喫煙所から出て、彩扉は空を見た。雲がゆっくり動いている。

「ドーナツでもハルに買ってあげよう」

 顔を元の向きに戻して、ドーナツ屋を目指そうとする。

ハルの笑う顔が思い浮かぶ。

あんな事故に()っても、笑うのを忘れない、強い彼女のことが、彼は好きだった。今だってそうだし、これからもそうだ。

 くくっ、と笑っていると、人とぶつかってしまった。

「っと、ごめんよ!」

笑顔で彩扉は謝った。謝れる というのは気持ちのいいものだと知ったから。

相手は手ぶらだった。駅の近くで、手ぶらなのは少し珍しい。(タバコと財布(さいふ)しか持っていない彩扉が思うのもなんだが)

「いえ、こちらこそ すみませんでした」

 相手も、そう言って頭を軽く下げた。

「おう!」

 6mほど、その人を見ながら、手を振って歩く。相手も笑いながら手を振ってくれた。


 パッと見た感じ、随分(ずいぶん)と年下。かなりの美形だ。それと、髪は1つに(たば)ねていて、とても長かった。だが、失礼なことに、男か女か分からなかった。

どこかで会った気もしたが、思い出せないので さっさと考えるのをやめてドーナツ屋の方向に向かって歩く。

 翼を畳んでいるようなものが背中あたりに見えたが、それこそ間違いなく気のせいだろう。う…ん。やっぱり会った気がする…ような。まぁ、いいか。




-彩扉とぶつかった[そいつ]は、自分の翼をパタパタと軽く(はた)いた。

 さっき、人とぶつかってしまった。この翼は便利だけど、やっぱり時々 邪魔だ。

「あ、」

ハッと気がつく。思い出した。

「今のは彩扉さんか…」

誰にも聞こえない小さな声で(つぶや)く。

 なんと、そいつは、前に彩扉と会ったことがあった。

「…」

振り向いて、彼の方を見る。そして、すぐにまた前を向いて歩き始めた。

 そいつの名前は…



ヴン・アーク



 早いこと、秋野さんに会わなくては。

そう思って、アークは少し早歩きで歩く。人にぶつからないように、気をつけながら。


 駅を出ると、病院に続いている灰色の道をずっと歩いていく。色々なお店が並んでいる、少し(にぎ)やかな所を抜け、隣に大きな建物が所々ある静かな道に出た。

右隣では車が通る道路がある。途中、赤信号で何度か足が止まったので、結局 早足はあまり意味がなかった。

 緑の花壇に沿()って、さらに歩く。もう既に病院の敷地内だ。


 やっと着いた。正面の自動ドアが開く。

 駅からこの病院には、約20分かかる。翼を広げて飛んでいけば、この半分もかからないが、法律上、定められた物以外空を飛ぶことは許されていない。これは、救助用ヘリコプターや救急円盤などが衝突事故に遭わないようにするためだ。

定められた物…そんなことを言っていたら、空を飛ぶ生物はどうなるんだ、という話だが、少なくとも生身の人間は“空を飛んでもいい物”に分類されていない。


 脳内で地図を作成して、場所を確認する。

 さて…秋野さんは確か、無料病室の…あそこでしたね。


 秋野のことを考える(たび)に思い出す。

 まったく、無茶をするものです。あれ(マダンテ)が、自分の頭のすぐ上にある、その恐怖を知った瞬間に気絶してもおかしくはないのに…。まったく!…はぁ。頭や脳が傷ついていなかったり、後遺症(こういしょう)が無いというのは、奇跡なのですからね!

 そして、(あき)れと心配が混ざり合った表情をしながら、首を回して周りを見渡した。


 誰にも見られていないと分かると、アークの周りの空間ごとパッと消えた。それと同時に、その空間には()()が発生した。

これが、アークの魔法。

(ハコ)』。空間を『箱』として認識し、『箱』ごと別の空間に移動する。無くなった空間には、移動した先の空間を埋める。

 (自分と荷物、そして周りの空気だけを『箱』とすると、『自分と荷物と空気』と『移動先の空気』が入れ替わるだけである。

ようは!それは!つまり!つまるところ!とどのつまり!基本的に、この魔法は瞬間移動と同じということだ!!!)

約20分だとか、半分の10分だとか、もはや遅いにもほどがある。この魔法を使えば、駅から病院になんて0秒で着いてしまう。とはいうものの、いざという時のために、なるべく魔力(MP)温存(おんぞん)したいものだ。なので歩いてきた。

 「よし。面会だとかは面倒(めんどう)ですからね…。病院には申し訳ありませんが、直接 秋野さんに会わせてもらいますよ」

 アークは、この前、金田に会いに来たことがあった。その時もこの魔法で直接来たのだった。


 そして、その後は何の苦労もなく秋野に会えると思われた。何せ、目の前 鼻の先にある扉を開ければ、そこにもう彼女はいるのだから。

 もし、普通に秋野に会おうと思ったら、そうはならなかった。こんなにも早くは会えない。

途中で金田とエンカウトする。そうなったら、秋野に()()()()を渡すのは、もう少し後になっていた。

まぁ、今となっては関係のない話だ。(なに)せ、その過程(かてい)は 無いことになった のだから。

 さてと、早く扉を開けてしまいますか。ここ2日は、本当に忙しかったですからね。最後に残った、この最も面倒な用事を終わらせてしまえば、1日だけ休むとしますか。

 アークは、軽快(けいかい)なステップで秋野のいる病室へと向かった。おかげで…


-[秋野]が自分の命の恩人(おんじん)と会うのは、時間の問題となったのだ。

 6分前に金田が部屋から出ていった後も、秋野はずっと もわもわと考えごとをしていた。

「はぁ…」

窓を見ながら溜息にもならない息を()らしている。

「規律使いか…」

ここは個室ではない。隣の人に迷惑をかけないように小声で独り言…考え事をしている。


 扉が開く音がする。誰かが入ってきたようだ。でも、金田は少し前に出ていったばかり。なので、他の患者さんのお見舞いだろう。

 予想は外れ。正面の黄色いカーテンには、人影がくっきりと写っていた。

「おはようございます。秋野さんですね?」

聞いたことのない声。

「…」

 誰…?聞いたことない声だが…。(こえ)ぇーッ!

 隣にあるナースコールを握る。この最強装置を握るということは、これですぐに看護師さんが()けつけてくれるということだ。安心。

「そうですが…。失礼しますが、あなたはどちら様ですか?」

 すると、カーテン越しに、その人影から声がする。

「おや、すみません。そういえば秋野さんは、私との面識(めんしき)がありませんでしたね」

「ん、はい」

 手を胸に当てる動作が見える。

「初めまして。私はヴン・アークという者です。あの日…夜の公園で倒れていた、あなたと、男の人のために救急円盤を読んだ者です」

「…!」

「あぁ、これは失礼!あなたのため、だなんて(おん)()せがましかったですね。あの後、心配で、特別にお見舞いの許可をもらいました」

「これは…ありがとうございました!」

 強く目を閉じて、頭を下げる。相手には見えてはいないと分かっていたが。

「いえいえ…。無事…ではないでしょうが、その声が聞けて何よりです」


 そのままの意味を持つ、命の恩人。その、恩人の顔が見たくなった。

「…あの。すみませんがカーテンを開けていただけませんか?顔を見て、話してみたいです」

 上半身を起こす。当然、手にはナースコールを握ってはいなかった。

「おや、良いのですか。ありがとうございます」

そうして、カーテンは開いた。今、目に写っている人が、私の命を繋いでくれた。

 (かん)(きわ)まって、涙が出そうになる。

 その人は、男か女か分からない中性的な美しい顔付きで、髪は床に届きそうなくらいに長かった。



そして……ポニーテールだった。



 そうか…金田に、私がここにいることを教えてくれたのもあなただったのか。

「金田君に…教えてくれたのも、あなただったのですね…」

 つー、と目から何かが(こぼ)れ落ちる。何だろう。多分、しょっぱいものだ。

「はい」

 その人は、人差し指で(ほほ)を軽く()きながら、笑顔で短く返事した。


「それと、謝ることがあります。勝手ながら…あなたと一緒に倒れていた、男の人。…彩扉先生から、聞きました」

「…?」

「金田君の話も、彩扉先生のことも…」

 アークの嘘だ。これは、これから話す とんでもない内容の話 を受け入れやすくさせるための、嘘だ。

…だなんてことに秋野は、気づくはずがなかった。なので、普通に彼女は少し驚いた。しかし、ゆっくりしたペースのまま、話は続いた。

「そのことを()まえた上で、大事な話があります」



 心のどこを探しても、そう来るとは思っていなかった。なので彼女は、(おお)きな、(おお)きな衝撃(しょうげき)を受けた。

 その人は…ヴン・アークはこう言ったのだ。


「神候補になりませんか?」



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