(Part48)その予言書があれば、全てを守れると思った・・・
ズザッ…。
もう、雪を踏む音がする、なんていう表現にも慣れてきたのではないのだろうか。
雪の踏む音がする。
「ど、どういう意味ですか、ステイトさん…に、アークさん?」
疑問符の向かう先は、ついさっき、『この世界を救わんとする戦士たち』と大の大人になどと形容されたことについてだ。体は3人ともボロボロ、それに自分たちの力だけで敵に勝ったわけですらなく、それは戦士とは言えないようなナリだった。お世辞にも──いや、お世辞になら、戦士と言ってもいいのだろうか?秋野のぐちゃぐちゃになった左手などを、戦場を生き抜いた勲章だとするなら、戦士と言ってもいいのかもしれない。
とにかく、3人はメタ・ステイトの言葉にズイと身を乗り出して続きの聞きたがったが、痛む体がそうはさせてくれず、それに、ステイトの隣にいるアークも会話は続けさせてくれなさそうだった。
「話は後でいいですよね…っ!満身創痍じゃないですか!『箱』ッッ!!!」
これである。
「え ちょッ!」
金田の叫び声にすら耳を傾けず、アークは魔法を使う。『箱』…2つの空間を箱型に切り取って、その2つの空間を入れ替えてしまう。
「…ッ!」
移動中のお喋りは厳禁…と、いうか、この魔法にお喋りする時間は存在しない。
0秒の移動時間を終えて、5人は暖かい部屋へ出た。
「げェ…すごい魔法やなァ…!」
「ほ、ほんとに…。初めて体験した。これが、アークさんの魔法…」
驚きつつも未知な魔法に興奮している、いかにも"男子中学生"な2人。
秋野は、彼らとは少し立場が違った。
「私は前にあれで経験してたんだぞ。どや!」
という彼女の「あれ」とはあの日のことだ。
「えぇ、あの日、大雨の中 朝宮さんを館へ運ぶ際、『箱』を使わせていただきました」
「あの時は本当にありがとうございました…!」
ペコリと頭を下げる。秋野は、そのことについて心から感謝していた。
最初はメタ・ステイトのことを怪しく思っていたし、予言書の話をされた時はヴン・アークのことも少し疑った。しかし、今となっては感謝しかなかった。
『円卓の大団』とやら(アークさんやステイトいわく「この物語のハッピーエンドを望む組織」らしい)のおかげで朝宮の命を救えたのは事実だ。
熱い、秋野からの感謝。感謝の念を抱いているのは彼女に限らず、金田、そして機堂も心の奥底から感謝していた。
「いえいえ、…って、そんな場合ではないのです!」
それらを謙遜したと思ったら、急にこちらの肩を掴むヴン・アーク。
秋野の肩が揺れる。
「わっ…!?」
「来てください!この前に朝宮さんを看た医者、キリクのところへ行きましょう!」
そこにステイトが割り込んで忠告する。
「そう強く掴んでやるな、うっちゃん。…でも、言ってることは賛成。反対の反対なのだ」
それを聞いて、うっちゃん…こと、ヴン・アークは パッと秋野の肩から手を離す。
クル、と少し首を回して、次は
「[相棒]も[理解者]も行こうか、キリクのとこに。まずは体を癒すのが先だろ?」
「はい!」「ま、そうやな」
そうだ。そもそも、そうしてもらうために、3人はこの館を目指して歩いていたのだ。
「うわぁ…こりゃひどい。それと、よくぞ、最も適切な行動を取れた…」
医者・間医 キリクはそう言った。
言われたのは秋野。
「あがががが!!いたっ、痛!!」
今 褒めなれてもらっても嬉しくも何ともない!…こともないが、その喜びは苦しみには負ける。
しかし、適切な行動とは何なのだろうか?
「あ、あの…」
「うん?」
「私、何か特別なことしましたっけ?最も適切な行動?とは…」
「ああ…」
医者はゆっくりと語っていった。
「アークから聞いたんだけどね。…敵に、左手を潰されてしまっただろ?」
「はい…」
「そのとき、無意識での行動だったのかもしれないけど、潰れた左手から目を背けていたらしいじゃないか?それが、一番大事なことなんだ。そうすることで、心へのショックを少なく抑えることができるのさ」
「はぁ〜なるほど。私ってもしかして戦いの才能が…?」
ハハ、と笑ってみせる。戦いの才能なんかあって嬉しいわけがない。
だから、
「そんなわけないだろバカ」
そう金田が隣からツッコむ。そのツッコミがとても安心感を与えてくれた。
その後も、キリクは3人に素晴らしい治療を行なってくれた。
「じゃあ、この部屋を貸すから」
メタ・ステイトがそう言う。
「ありがとうございます」
金田が頭を下げる。
あの後、かなりの腕を持った医者のおかげで、結構3人の身体は回復してきていた。精神的にもかなりの安定がある。
そして今、ステイトから、館の大きな一部屋を借りている。今日は3人とも、泊まることになった。
にしても、スゴいな…『円卓の大団』。あんなテキパキした医者、ドラマかアニメくらいでしか見たことないな、本当に。人材、って言うのか?人材がスゴいなここ。
そう思わざるを得ない。
秋野の中では「マジでこの組織、一体何なんだ?」という感じが強くなってきていた。それは彼女に限らず、みんな思っていただろうが。
バフっ。布団の上に、ふかふかした掛け布団を広げる。
今日はお泊まり会ということになってしまった。クリスマス近くのお泊まり会である。
「手は大丈夫か?」
「少なくとも、しばらく剣は握れんかも」
「そうか…」
クリスマスのお泊まり会、にしてはずいぶん雰囲気が暗い。お泊まり会というより、軍隊の合宿のような状況だからだろう。
「そういや何やったんやろなァ。ステイトが『この世界を救わんとする戦士たち』とか俺らのこと言ッとッたけど」
「あー、確かに。予言書で私らが[主人公]とか[相棒]とか[理解者]とかテキトーに書かれてるのと関係あるんじゃない?」
「うーん…」と3人が唸っていると、コンコンコンと3回ノックが鳴った。ノックが鳴った扉は、どう聞いてもここの部屋のものだった。
「はーい」
メタ・ステイトが、部屋に入るときにわざわざノックをするような性格には見えない。
…彼は初対面の女子中学生をちゃん付けで呼ぶような者だからだ。
「失礼します。」
これで失礼なら、礼儀とは何なのか?というようなレベルの丁寧さで 、部屋に入るための扉を開けたのはヴン・アークだった。
狭そうに、背中に生えた翼を縮ませている。白く、雪のように綺麗だ。
「アークさん」
この時、夜の9時30分ほど。寝るには少し早いが、寝床の準備はしていて困ることはないだろう。
そこに、アークがやってきた。
「3回ノックする人初めて見たわ」
よく分からないことを機堂が言う。
「え?何か意味あんの?」
「兎暦とか、地球でいうと日本とかでやと、あらたまった場では3回ノックすんのが正しいねん。…ッていうても、本当にそうしてるのは初めて見てんけどな」
「「おぉ〜」」
秋野と金田が、機堂の知識とアークの礼儀正しさに感心していると、照れた声が聞こえてくる。
「そんな…少し照れてしまいますね…」
金田が首を少しだけかしげて尋ねる。
「それで、何かありましたか?」
この部屋に来た用事を問う。
「コホン。…はい。ステイトさんがお話ししたいと言っていることがあるのですが、今日は3人ともお疲れでしょう。ですから、そのことについて確認に来ました。ステイトさんは今日でもいいなどと言っていましたが…」
それを聞いて、[主人公]とその[相棒]、そして2人の[理解者]…合わせて3人の、この世界を救わんとする戦士たちは、同じ答えを脳から弾き出した。
「「「今日で!!」」」
「!!…分かりました。」
ビリビリと伝わる熱気を受け、アークは声を僅かに震わせながら返事を返した。
そして、こう言葉を残して部屋の入口から去っていった。
「これから呼びに行きます。しばらくしたらボス…ステイトさんが来ると思うので、そのときに詳しく話を進めていきたいと思います。予言書について、お話したいことがあるのです」
ここ最近…気になる事がある。まず神、神候補、神になるための権利、そう この戦いについてだ。
そしてもう一つ。大きく気になることが、重く心にズシリと腰を下ろして いる。余裕の容量を大きく占めている。それが、予言書だった。ある意味、神を決める戦いよりも 3人の人生を変えたものだった。
しっかりとした厚紙による緑色の表紙に金色の箔で題名が書かれている予言書。予言の的中率は100%…で間違いない。しかし、これは何もしなかった場合のパーセントだ。予言は変えられる。そこに、3人、特に秋野は大きな力を感じていた。
別に、私だって予言に強い信用をしていいとは思ってないけどさ。そもそも、私は都市伝説とかノストラダムスの大予言とかは信じないタイプだし。でも、優奈ちゃんの命を助けることができたのは、絶対にあの予言書のおかげでもあるんだ…。
そう、秋野は感じていた。まるで、攻略本を片手にロールプレイングゲームをしているような感覚だった。ただこの日常をゲームと例えたとき、ゲームと違ったのは、ストーリーを変えられるという点だった。その気になれば、たとえストーリーがバッドエンドだろうと……
先程、しばらくしたらステイトが来る、とアークは言っていたが、実際にはそんなに時間がかからなかった。というか今来た。
「どうも」
深い緑色の表紙をした、ほとんど立方体の、正六面体の本を抱えて…。




