(Part47)トコヨミの戦士たち
ザッ…。
エヴァ・アンドレアスの雪を踏む音がした。少しずつ、前へ進む。
「神候補なら殺してもいい…みたいなところあるよな」
「!?」
エヴァの吐いた言葉に驚いたのは、例の赤髪だった。と、いうかこの場には、赤髪にしか伝わらない言葉で言っていた。
「神候補なら、【殺】してもいい。だって、それがこの戦いのルールなんだからな。【殺】して、神になるための奪うっていうのも、権利を集めるこのゲームの…手段の一つでしかない。だから人を殺してもいい」
ずっと彼は喋り続ける。また、男も、トゲトゲした赤髪を突っ立たせたまま、それを聞いていた。
しかしいつまでもくだらない話をしている場合でもない。
赤髪がサッと立ち上がり、構える。さっきぶっ飛ばされたときに、秋野の蛇腹剣は手放してしまったが、もう一本…元から持っていた蛮刀は手の中にあった。
「…お前は、あのガキどもの味方じゃないのか?」
その質問に対し、エヴァは歩むのを止めず、サラリと答える。
「前まではそう思ってたってだけさ。神候補なら殺してもいいってな。…今は、逆だ。だからお前は昔の自分を見ているようでクソムカつく。だから─」
ザッ…!
雪が強く踏み込まれる!
「昔の俺の犯した罪の…罪滅ぼしをさせてもらうぞ!」
何か、目に見えない衝撃が飛んでくる。風ではないが、それに似た何かだった。ものすごいスピード。闘気だ!!
「チッ!来るか…!」
少し離れた場所で、金田はいよいよ立ちあがろうとした。立ち上がったらすることは決めていた。
立つ。そして、彼はゆっくりと、体を引きずりながら、彼女の元へと近づいた。
「機堂、秋野…大丈夫か…」
すでに看てくれていた機堂に尋ねる。
もはや喋らない秋野のそばで、2人は話す。
「秋野な…。大丈夫なワケはないけど、不幸中の幸いやな…」
「え?」
「手が、ぐ、グチャグチャ…。えぐい斬られ方や」
「そんな…!」
「でも、斬り落とされてない。多分、…なんでか知らんけど、峰の方で斬られたんや」
「…!そうかっ!!」
金田は声を荒げて言った。あの時、赤髪へ向かっていった秋野の手刀は、赤髪がとっさに刀を持ったせいで、確かにぶった斬られた。
「秋野の攻撃をカウンターするために剣を立てたんだよ、あいつ。でも、とっさのことだったから、あの赤髪のヤツも、秋野の手刀に合わせて刃を向けることにまで気が回らなかった。そして向いたのが…たまたま峰だったんだ!」
こんなに幸いなことはない。こんなに不幸中の幸いなことは…。
「はァ〜…」
一安心だ。
雪も弱くなってきた。
幼馴染3人、ただ1人が聞いていない状況で、機堂は2人へ向けて喋った。
「なァ……。神候補、まだ続けんのか?」
金田は、ほとんど喋ることができなかった。
「うん……」
言いたいことは色々あった。白一色の今のこの町とは比べものにならないほど、たくさん、色々なことがあった。
しかし言えないでいるのを、雪でかじかむ唇のせいにした。寒さで、弱い体が震える…。
「…」
「…」
3人は、それぞれ違う意味をもって黙っていた…。
ズガァッ!
「ぐぁっ!」
交戦は続く。
「ヴィント・ズィッヒェル…」
風を呼ぶエヴァ。薄い風が、鎌となり、断罪へ向かう。
パスっ…!風の刃は、エヴァ・アンドレアスの首を軽くなぞり抜け、そのままの勢い…いや、より勢いを増して、飛んでゆく!
冷たい空気を切り開くその鎌は、少し前、命の恩人へ向けていた。敵だったからだ。『敵』には、妹も含まれていた。こんなに悲しいことはなかった。そんな…
「そんな命の恩人への、せめてもの恩返し。そして、俺の断罪。少し、付き合っていけ…!」
ザンッ!
「がっ…!あ…ッ」
もだえる。揺れる赤髪。スラッシュされた身体から、鮮血が流れ、体を着色する赤色の割合がドッと高くなる。
「なぜ戦う、俺とッ!なぜだ…?お前は神候補じゃないだろッ!!関係ないだろうがぁ!」
怒る男に、怒鳴り返すことはせず、風の魔法使いはそよ風のように言う。
「お前だって今、神候補ではない俺に攻撃しようとしている。神になるための戦いと関係の無い、俺と…」
当然、そんなセリフが耳に入ってゆく状況ではなかった。
男はその腕を振った。
自分の身から流れている血をものともしないで剣を奮う!しかし、その剣に、空を切る音は出せなかった…。
鈍った体から繰り出された一撃だ。しかし腐食しても酸化しても…腐っても、達人レベルの剣技。当たったら肉は裂け、骨は砕けるだろう。…だが、今のエヴァに避けることはできそうだった。
「…バカな。なぜ、避けようとすら…!」
オーバーな驚きをしたが、赤髪が揺れない。ピタリと止まって、男は動けなかった。
技は炸裂したのだ。しかし、大ダメージを与えたはずの、目の前の魔法使いはピンピンしている。
エヴァは、断ち斬られかけた腕を持ち上げ、余った方の腕をすごい勢いで突き出す!
ガッ!胸ぐら。
「お前を捕まえるためだ」
その瞬間、その男は雪よりも、ここを澄ませている空気よりも寒い何かを感じた。
そして次の瞬間、高熱の何かが飛んできた。
ガゴン!
ウィザードのストレートパンチだ。熱いのは、心。エヴァの闘魂は剥き出しだった。
喰らった側は、驚きの顔を見せる。
「…フッ。魔法使いもパンチはする。知らなかったか」
「はっ、俺から離れろォッ!」
そう言って、赤髪は自分から離れていった。
エヴァは砕けた左手を痛がる様子もせず、両手に最大限の力を込める。ブシッ…という音は、血が噴き出る音だった。
「そろそろ断罪を決めよう」
「神候補でも無いお前が…どうするつもり、だ…はぁ、はぁ…」
風の魔法使いは、高密度な魔力を周辺に充満させる。また、こう言った。
「きっと、お前の持つ神になるための権利は、これからさっきの少年たちのところへいく。でも安心しろ。死にはしない。ただ、お前は確実に負ける…」
言われた側は笑うしかない。
「はぁっ…はぁっ…えらい自信だな…っ」
肩で息をしているのは赤髪の方だった。手にはもう剣は握られていなかった。雪の上には、重々しい剣が落ちている。
「どうしてそんなに自信があるんだ?」
エヴァは淡々と答える。
「今から出す魔法は、今まで打ち破られたことがないからな。…一回を除いて」
「はっはっは!!俺が、これから、はぁっ…打ち破る、2回目にならないとでも思うのか…!はぁっ、はっ…!」
「思う。お前は一人だからな…」
その時、赤髪の男は、ペアが負けていることを悟った。本当はずっと前から悟っていたのかもしれない。
この物語に一度も名前を出さなかった赤髪の男。彼は、目を見開いた。目の前の景色に。
「モーント・ヴィント……」
息を吐きながらゆっくりとエヴァが呪文を唱えると、目の前に、雪が浮いた。
「は…おかしな魔法だ…月に風は吹かな─」
ゴォオオオッ!!!突風が、大小の雪の塊を飛ばす!まるで雪崩だった。風が運んだ雪崩。
ズドドドドドッ!!!
そして、クリスマスを前に、町には静けさだけが訪れた。
「…後は警察を呼ぶだけだな」
「「!!」」
-最初に人影に気づいたのは[金田]だった。ほとんど同時に機堂。
秋野は寝たままだった。きっと、痛みを飛ばすために、体が自動で脳をシャットダウンさせてしまったのだろう。
「エヴァさん!勝ったんですね…!」
「ああ。…これから警察を呼ぶ。お前たちは先に帰れ。秋野さんは…運べるな?」
「は、はい…。──!?どうしたんですかっ、腕っ」
自分の方が大きなダメージを負っているのに人の心配をする金田を笑いながら、エヴァは軽く答えてみせる。
「無傷で勝てる相手じゃなかっただけさ」
いよいよ話も終わり、戦士たちが解散しようとしたその時…
「ま、待ってくれ!」
エヴァの動きを止めたのは機堂だ。
「どうした…機堂くん」
「相手の神になるための権利はどうなんのや?」
「あぁ…神になるための権利は、神候補にしか渡らない。かといって、部外者にも【負】けは【負】けだ。だからこの場合は、最後にあの赤髪と戦っていた君に渡るんじゃないかな?金田くん」
「そうなんですね…」
思えば、彩扉先生の時も、秋野に【負】けたはずの先生の権利は、どうやら金田に加わった。あれも、あの時は秋野が神候補ではなかったからだ。
「では…。本当にありがとうございました。すみません…」
結局、エヴァさんに全部やってもらったようなもんだったな…。俺が、エヴァさんの権利を引き継いだ神候補でいいんだろうか?
「あ、そうだ。待ってくれ」
「…?」
すぐにクルリと振り向く。機堂が秋野をおぶさってくれているので、サッと振り向くことができた。
今からエヴァが何を言うのから分からなかった。機堂は、なんとなく、その言葉が金田に向けられていることを悟ったので、振り返らなかった。
エヴァはこう言った。
「金田くんは、俺に勝った。俺の意志とも言える、神になるための権利を引き継いだ、勝者だ」
「…」
まったくその通りだ。そして、その通りの事実が、ズンと重くのしかかっているのだ。プレッシャー。
重力よりもよく働くそのプレッシャーが、今にも金田を押し潰しそうだった。
そうだ…。これまで戦ってきた神候補たちにも、良いことも悪いことも、結局 理由があった。きっと、叶えたい願い事があったから、神候補として、神になるために頑張ってきたんだ…!それを、俺は引き継いだ立場だ!絶対に─
「絶対に神になってやる!…なんて考えなくていいんじゃないか?」
「えっ…?」
想いを遮ったエヴァの言葉は、意外だった。「絶対に神になってやるなんて考えなくていい」…それは、自分の想いと真逆。
エヴァは続けた。笑いながら。
「あ、いやっ!…なんか、『背負ってる』みたいだったから」
「背負ってる…?」
「そう。…『神候補として絶対に負けられない』、『神にならないといけない』みたいな…そんな、重く考えないかい?」
優しい口調で、喋り続ける。
「君はまだ中学生だろ?そんなに重く背負うこともない。俺は確かに、君たちに負けて、結果的に君たちが俺の権利を引き継ぐことになったけど…どうか、俺たちの分まで頑張ろうとしないでいいんじゃないか?」
「えっ、あっ…!」
ポタ。涙が落ちた。熱は不可逆性のあるエネルギーなので、涙は凍りはせず、雪がただ溶けた。ポタッ、ポタ。
「ど、どうしたっ!?金田くん!」
「いや…ありがとうございました。…はは、泣いちゃいましたね。ちょっとだけ雪を見て、感傷的だっただけです。すみません、心配させて」
「オイ…大丈夫か柚」
「機堂もごめん。…さ、行こう」
「ああ…」
まだ、涙が…
金田の意思をよそに、涙は止まることなく流れ続け、頬の上で凍った。パキ、パキとすぐに割れそうなほど、薄い膜を作って凍っていく。
「機堂…秋野背負うの、代わろうか?」
泣いているのをごまかしながら話しかける。
「アホが。さッき、背負いすぎんなッて言われたとこやろがッ」
「ゔっ!!」
その時、喘ぐ声が聞こえた。中学生ほどの女子がするような甲高い声。
「「秋野!?」」
「うわっ、なんで私だっこされてんだ!?」
気がついたようだった。
「オイ、ほんまに歩けんのか?もう」
「な訳あるか。でも、ずっとお前らにおんぶにだっこ、してもらうわけにはいかないからな…」
ぐちゃぐちゃになった左手をなるべく見ないようにして、秋野は歩いた。
「…それで結局、私はなにもせずに、エヴァさんが全部解決してくれたんだなぁ…」
ボソリと呟く。
すぐに秋野は気づいた。
「え?柚、泣いてた?」
「あ、あぁ…。はは」
困ったように笑う彼を見て、秋野もそれ以上は言わなかった。
「で、どこに向かってんの?」
と秋野が聞く頃には、もう目的地はすぐそこだった。
すぐに発言を取り消す。
「あ ごめん。ここまで来たら分かるなー。アークさんたちの館ね」
もうこの国…兎暦も、すっぽりと暗かったが、積もった雪があまりにも白かったのでそこまで視界は悪くなかった。
さすが、雪。蛍の光、窓の雪…明るいな。
そんなことを考えながら、金田は秋野へてきとうな返事をする。
「うん…」
ここに来る理由も3人は共通して分かっている。
ここには、医者がいる。それもかなりの腕だ。そして、神の座を巡るこの戦いに詳しい者もいる。
「そろそろやなァ」
ぐったりした様子で言う機堂。そろそろ館だ。
みんな、今日は館に泊まっていくのもいいかもしれない。なにせ、明日は日曜日だ。金田の手元に戻ってきた携帯電話で「友人の家に泊まっていく」と親に言ってしまえば、一日くらいどうにかなるだろう。
「う、うん。……なぁ─」
やはり歯切れの悪い返事をする金田。しかし今度は、他の2人の方へ振り返ってまだ言葉を続けようとした。
もうそろそろ、目的地に着くというこのタイミングで。
─しかし、彼が始めようとした会話は遮られる。目的地に住む住人に。
「ハァ、ハァ…いましたか…!」
「ふぅ…」
ヴン・アークが息を切らしている。そして若白髪が目立つ、不思議な男、メタ・ステイトが一緒に あらわれた!
コマンド?
いや、金田たちがなにかリアクションをとってしまうその前に、メタ・ステイトはこう言ってしまう。
「実際…なんて言葉をかけたらいいか思いつかねぇな。…ま、頑張ったな?この世界を救わんとする戦士たち…」
髪を手で払う。パラ、パラと、若白髪から粉のような雪が落ちた。




