表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地球とは関係の無い話  作者: 冬不純黄昏
弐章 ARMAGEDDON QUEST
44/66

(Part43)カゼノ・トリガー

-[彼]は白い吐息(といき)を吐いた。

 いよいよ今年も終わろうとしている。2000年12月、終盤。今日は土曜日だ。


 彼の名前はエヴァ・アンドレアス。今は買い物の帰りだ。

 エヴァには、ずっと仲違(なかたが)いしていた妹がいる。母親の違う腹違(はらちが)いの妹。名前を(しも)() ユリという。

妹とはずいぶん長い間喧嘩(けんか)をしてきた。いや、喧嘩というのは誤魔化(ごまか)しすぎているか。彼は妹に暴力を振るってきた。自分を正当化し、ずっと妹に暴力を振るってきたのだ。今は反省(はんせい)している、今は改心(かいしん)している、といったくだらない言葉も思いつかないほどに(ひど)いことをしてきた。

…しかし、今年、やっと仲良くなれてきた。

 身体を(めぐ)る血の違いはどうしても同じにすることはできないが、仲違いは今年 直すことができた。しかし…

妹のユリ 当人(とうにん)こそ、長年の暴力を許してくれたのだろうが、それをエヴァ()(しん)は許す気はない。妹を傷つけたという過去は、それほどまでに彼にとって重いことだった。せめてこれからの人生を、今までの(つぐな)いに(つい)やそう…そう考えていた。

「Hmm…。Was mache ich jetzt?」

こっちに、秋野たちの住む()(こよみ)に渡ってきてから、気をつけてはいたが、やはり気を抜くと母国の言葉を使ってしまう。


 とにかく悩んでも仕方がない。エヴァは足を進めた。

 あたりは白一色(しろいっしょく)。空こそ夜の黒さに()(つぶ)されていたが、道ゆく人のほとんどは、彼と同じように存在感ある白に目を奪われていたことだろう。

空からは雪。地面()()…いや、地面()雪。


 彼は、今からプレゼントを買いに行くのだ。この歴史的な大雪の日に。

 地球という星ではどうもこの時期に 親しい人にプレゼントを渡す風習(ふうしゅう)があるらしく、その風習が地球からサースターに流れてきた。そして長いときを過ごしたあと、こっち(サースター)でも風習として定着したのだ。

どうやらクリスマスプレゼントというらしい。それを今から買いに行く。

「どれにしてやろうか…」

 少し高いお菓子がいいか、それとも女の子が好きなのは香水とかか…?母国(オーディグス)の特産品…ビールとか?いや、酒はまだ飲めなかったな。

あれこれ考えながら、ただ歩く。

歩くたび、ザク、ザクと雪が鳴る。


 プレゼントを渡す相手は2人。

一つは、今年 やっと仲良くなれた妹に。

もう一つは、長い間 自分を支えてくれた彼女へ。

かわいい妹に、かわいらしい彼女と、まるでどこぞのギャルゲーの主人公みたいなやつである。

 よし、プレゼントは、母国(オーディグス)のお菓子と、なにか小さなインテリアにしよう…

そう決めたそのとき、



「──ッ!?」



ダッ、と()けだす。彼は風の魔法使いだ。─が、今の彼は風なんかよりもよっぽど(はや)く、(つよ)い!


「お前ら何してるッ!?」

自分の首と口を 寒い外界から守っていたマフラーをぐいと引っ張って、口をあらわにさせたと思ったら、とてつもなくデカい声で(さけ)んだ。

 エヴァの叫び声の先には、男が2人、そして 自分のよく知る者が一人いた。

「Who are you…」


(以下、言語を統一します)


さっきの言葉から考えて、ここの国の者ではない。外国語を使ったから外国人、というシンプルな考え方は案外(あんがい) 当たるものだ。

 そして、「お前は誰だ」と聞かれたエヴァだが、そう聞かれたところで さらさらと答える訳がない。…ましてや、その者が自分のガールフレンドの髪を引っ張っているのだとしたら 尚更(なおさら)に!!

「くそッ、離せ!!…おい、大丈夫か、琉瑠流(るるる)!!」

そう、その「自分のよく知る者」とはエヴァが交際(こうさい)する女性…琉瑠流(るるる)だ。

「う…アンディ?」

エヴァ・アンドレアスの名を呼ぶ。アンディ。

「ああ、どうした!?」

もうお互い、()(こよみ)の言葉は使っていない。遺伝子に染み込んでいる、母国語を使っていた。

 エヴァは右手で琉瑠流(るるる)を自分の後ろへと押しやって、左手をめいっぱい広げて、相手へ突き出す。魔法を()つ気だ。

しかしその行動を気に()める様子もなく、男2人組はなにかボソボソと話し合っている。

 じっ…と観察する。2人の男はどちらもかなり変わった見た目をしていて、特に、琉瑠流(るるる)の髪を引っ張っていたクソヤロウ。そいつの髪は、毒々(どくどく)しいウニのようにトゲトゲと伸びており、返り血のような赤色をしていた。

もう一人はマスクをしていた上に、紺色(こんいろ)のフードを(かぶ)っていたので顔がよく見えなかった。

「アンディ!戦うな!」

琉瑠流(るるる)が、今にも魔法を手から撃ちそうなエヴァ・アンドレアスの服を(つか)んで(おさ)えようとする。

「俺はお前ほど優しくはない。…もう、どうしてお前がこんな目に()っているのかも今はどうでもいい。それは、こいつらをくたばらせた後に聞く…」

彼の手に魔力が集中する。口をゆっくり開けたのは、呪文(スペル)詠唱(えいしょう)の準備を開始したからに他ならない。

「アンディッ!!あいつらは神候補だ!!」

「何─」

ゴシャァン!!

目の前に白い壁が広がった。



 体に付いた雪を払う。

「ペッ、ぶふッ」

口に入った雪を吐き出す。

「…すまない」

琉瑠流(るるる)(みずか)らに付いた雪を落としながら、謝った。

 琉瑠流の髪を引っ張っていたクズ2人は、地面に()もっていた雪を蹴って、それを煙幕(えんまく)()わりに逃げたのだ。

 とりあえず、これから琉瑠流の提案で、安全な場所に向かうことにする。そこに向かって歩いている間に、どうしてこんなことになったのかを話せばいい…そう考えたからだ。

 雪の中を歩くというのは予想以上に疲れるし、足を動かすたびに雪が付いて(あし)()りが重くなってゆく。

「…で、琉瑠流(るるる)は…どうしてあんなことになったんだ?」

「ああ、説明する。…さっきも言ったように、あいつらは神候補と規律使いだ」

「だから、何でだ!?わざわざお前を傷つける意味が─」

「ある。わざわざ、()()使()()の私を傷つける意味が。」


 顔には目も鼻も口もなく、黒いスターサファイアのような結晶が代わりについている、彼女。…そう、彼女は、琉瑠流(るるる)は規律使いだ。

 規律使いは、力使いのように身体能力が高いわけでもなく、知恵使いのように脳の回転が速かったり感覚が(するど)いわけでもない。

たまに魔法を使うことのできる者はいるが…規律使いの一番の特徴、それは体そのものだった。

(つの)が付いていたり、(つばさ)が生えていたり、そして琉瑠流のように顔や体のパーツの(つく)りが大きく普通と(こと)なっていたり、だ。

そして…

「規律使いを傷つける意味?…ハッ、そうか!クソッ!」

エヴァも気づく。規律使いの、知るものぞ知る、特徴。

「気づいたか。…神候補になるには、規律使いからまず『神になるための権利』を受け取る必要がある。つまり、私…規律使いがいるってことは、近くに私のペアである神候補もいると思ったんだろう。だから、私から神候補の居場所を聞き出そうとした」

今、琉瑠流が言った通りだ。規律使いには、(かなら)()()()()()()()()()()()()()という…特徴が、ある。そのペアがもう神候補ではなくなったかどうかに(かか)わらず、ペアはペア。元・神候補か現役の神候補がペアとしているのだ。

「クソッ」

 神になるためなら、手段は問わない。ちょっと前まで、俺も確かに同じ考えだった。…こんなに胸糞(むなくそ)の悪いものだったのか。

改心するということは、昔の自分を否定するということでもある。エヴァは、琉瑠流に()(あら)なことをした2人に明確な憎悪(ぞうお)(いだ)きながら、雪を()んだ。昔の自分を否定するかのように強く雪を踏んだ。


「…すまなかったな。お前を守ってやれなくて」

移動の途中、ポツリと声を(こぼ)す。

「いや、しっかり守ってくれたじゃないか。ありがとう、ね。」

琉瑠流には確かに口も目もなかったが、それでも今 笑っていることは、エヴァにも伝わった。

「フ…。それはよかった」

そうは言っても、やはり自分の無力さを(のろ)わずにはいられない。

 ふと横を見ると、琉瑠流の(ふん)()()が少しピリピリしていた。何かを気にしている。

そして、

「それよりも今、気をかけてやるべきなのは私のことじゃないかも」

こう言った。

 どういう意味だ?……!!

「そうか。そうだな!これは確かにマズい。連絡を…!」

気づいたのは、知り合いに…いや命の恩人に、神候補がいたということだ。

 金田君…!知らせなければ!!

そう、金田だ。相手は2人組。神候補と…もう片方は規律使いだろう。そうなると金田が危ないということを、エヴァは(おも)った。歩く速度が速くなるのが分かる。

 規律使いは、神候補の所持する『神になるための権利』の数を数値化してその()()ることができる。…前に琉瑠流から聞いたな。規律使いが神候補を察知(さっち)する能力は、サメが大海(たいかい)(ただよ)一滴(いってき)の血を()ぎ分ける能力以上…。

そこまで考えて、彼はゾッとした。

あのフードを深く(かぶ)った男か、赤いトゲトゲした髪のド派手(はで)な男…どちらかは知らないが、どちらか規律使いに金田のいる場所がバレてしまう。

 エヴァと琉瑠流は、歩きづらい雪の上、走る速度を上げた。




-平日だろうが休日だろうが、[金田]はずっと『円卓(えんたく)大団(だいだん)』の(やかた)で体を(きた)えている。それが終わるのはいつも6時。

最近は暗くなるのが早いので、そろそろ訓練の終わりを5時半に変更しようかと、秋野や機堂と話すこともある。


「疲れたーーーーっっ!!!!」

この声は秋野のものだ。もはや疲れていないのでは。

「この(さけ)(ごえ)のクソデカい時点で疲れてないことを証明してるじゃん」

「疲れてるときに難しいこと言ってんじゃない!」

そう言ってから彼女は、機堂に

「手、出して」

と言った。機動は訳もわかないまま両手を差し出す。手はキレイだ。体も汚れは見えない。…が、彼も(やかた)でハードな訓練をしてきている。魔力はスッカラカンだ。

背中に背負(せお)っていたギターケースを機堂に渡した。

「うおォっ!ちょ、アホ!やめろや!」

中に、ギターの代わりに銅の剣が入ったギターケースだ。機堂は重さに()えられず後ろへこけそうになりながらも、なんとか持ち(こた)えた。

「てか今の流れやと、これは(ゆず)に押し付ける流れやったやろうが…!」

「いや、やめろよ…。どうして誰かに押し付ける前提なんだよ」


 スン、と上を向く。顔には、ひらひらと落ちてきた雪が当たっては溶けていった。

 帰り道の途中。あの館はずいぶんと遠くなり、代わりにだいぶ自分たちの家が近くなってきた。

「はーっ」

白い息を吐く。

 ずいぶん厚着をするようになったが、それでも寒い、()(こよみ)の冬。…とは言っても、今年のは特に寒いのだが。

 雪が降るなんて…。何年ぶりに見た?でも、今日の訓練は楽しかったな。

と、金田は歩き続けながら思った。

今日は雪を訓練に使ったのだ。

雪だるまを作って、そこに魔法を撃ってみたり、攻撃をしてみたりする。そうすると、雪だるまはドゴーンと派手(はで)(くず)れてくれるのだ。

 そして、その時、

「今年もそろそろ終わりかー。…私たちも、強くなったか?」

そう言ったのは秋野だ。

「いやァ、そんな急に強くはならんやろ。成長はしたかもしれんが」

「俺も…強くなれたのかなぁ…」

(ゆず)は強くなれたんちャう?…と、そろそろ俺は別れ道やな」

 次の分かれ道、機堂とはここでお別れだ。また明日である。

「ほい」

銅の剣、()蛇虵舌(じゃじゃした)の入ったギターケースを秋野へと返す。

「やっぱり重いなぁ!そのまま私の家まで運んでくれよ〜」

「アホか」

 明日は日曜日。朝から朝宮(あさみや) (ゆう)()ちゃんを迎えに行ってから、そのまま遊ぶ予定だ。もし、地面を白く染めているこの雪が明日も残っているのなら、明日は公園で雪遊びもできるかもしれない。

「バイバーイ」

別れの挨拶(あいさつ)

「じゃあな」

秋野が続く。

「おー。また明日ー」

最後に機堂。

 機堂が最後の挨拶(あいさつ)を済ませ、分かれた先の道へ体を向けて、歩き出そうとしたその時──


プルルルルル!プルルルルル!


「あっ。電話…」

彼の持つガラケーが鳴る。20年ほど前(地球でも約7年ほど前)から登場して、ずっと活躍してきたガラパゴスケータイ。携帯(けいたい)といえば、最近さらにスマートなフォルムになったものが現れ、ガラケーの立場は少し(あや)うくなってきた。

しかし、まだまだ現役だ。

 金田は自分のガラケーを取り出す。これをカパッと開けるだけで、画面の向こう、自分を呼んでくれた者と会話ができる。

「誰から?」

重いギターケースを重そうに持つ秋野がズイッとこちらを(のぞ)()む。

「待て待て!今 出るって…!」

 相手が誰なのか確認して…と。あぁ、エヴァさんか。何の用だろ?

しかし、たった今 開けようと思った金田の携帯(けいたい)が開くことはなかった。

「あ…」

携帯を(にぎ)った自分の手が、自分より ひとまわり大きな手で(おお)われている。

 ピクリとも自分の手が動かせない。

自分の手を(つか)むそいつは、赤い髪をしていた。地毛(じげ)なわけがない、赤く染められたウニ(あたま)。まるでナイフのような赤い(とげ)がとても攻撃的(こうげきてき)だ。

「だ、誰…」

明らかに動揺(どうよう)している秋野の声が()(まく)(ふる)わす。

しかし、赤い髪のそいつは、まるで言葉が通じていないかのように、ただ()()ぐに見つめたあと…

「やぁ、神候補の少年」

と言った。金田も秋野も聞き取れない、外国の言葉で。

「えッ──」

次の瞬間──


ゴッッ!!


金田の(ふく)()激痛(げきつう)が走った。激痛は、大人の(こぶし)ほどの大きさから えげつないスピードで全身に広がった。

「ガハッ」

 いつの間にか解放されていた右手から、ぽろっ…と携帯が落ちる。

携帯は、(やわ)らかい雪の上に、ボスッ…と(わず)かな音を立てて落ちた。

その僅かな音が、()(とう)を知らせる引き金(トリガー)となった…




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ