(Part42)サラマンダーよりは、ちょっとおそい!!
今日は記念するべき日。
朝宮ちゃん、
完 全 復 活 祭
…だ。と秋野は勝手に銘を打ったが、あいにくの雨だ。雨は、朝宮が刺された日。そうでなかったとしても、雨の日は人の気分をツーランクほど下げるのではないだろうか?
「今日に限って雨なんだよなーー」
手を、傘の防御判定の外に出す。すると、当然 雨が降っているので濡れた。透明の小さな冷たいものが手の上に溜まってゆき、掌に水だまりをつくっては、てのひらからこぼれてゆく。
今日は大雨。空は青くもなく、かといって白いわけでもなく、人間の作った工場から吐かれるような灰の色をしていた。
でも…
あの日よりはいくらか良い、と秋野は思った。朝宮が刺されたあの日よりは。
好きなコの玄関の前、そこまで緊張することもなくチャイムを鳴らせる。
「はーーい!!」
という幼い声の数秒後に、勢いよく開く扉。もう一歩 足を進めていたらぶつかったかもしれない。扉のすぐ前で、扉が開くのを待つのはよそうと思った。
…少なくとも、小学生が出迎えにくる場合は。
出迎えにきてくれたのは朝宮ちゃんだ。
「よーう、優奈ちゃん!」
「秋野おねぇちゃん!!」
朝宮ちゃんは、昨日 土曜日に、アークたちがいる『円卓の大団』の館から、自分の家に帰ってきた。
抱きつくためには、右手に握ったソレが邪魔だ。傘を閉じる。閉じた傘は、朝宮家の傘立てを借りて、そこに立てた。
「お邪魔しまーす。…って、優奈ちゃん、お母さんに許可とったの?家で遊んでいいって」
「うん!!」
こんなに眩しい笑顔を向けられると、今日の天気を錯覚しそうになる。
「そっか。じゃ、お邪魔しまーす」
「おねぇちゃんはお邪魔じゃないよーー」
「ふっ…!そうか!」
朝宮ちゃんの部屋に入ると、先に来ていたらしい金田がいた。
手には小さなゲーム機。ゲーム機からはコードが伸びており、もう一つの同じ形をしたゲーム機に繋がっていた。多分、対戦ゲームをしていたのだろう。
「おぉ、秋野か。今、これやってんだ」
画面を見せてくる。画面には、見慣れたモンスターのグラフィックがあり、すぐにゲームの対戦をしていることが分かった。
「へぇー。…私は優奈ちゃんの味方だぞ」
「はいはい…!」
その場に座って、お菓子やこの前の遠足で買ったお土産などが入ったビニール袋も置く。
「じゃあ…バトルさいかいだね!」
「かかってこい、朝宮ちゃん」
朝宮ちゃんは金田とバトルをしていて手が離せない。
「…」
そこで、秋野がお菓子を朝宮ちゃんの口元まで運んでみたら、
パク。
食べてくれた。
「えへへ…ありがとう、おねぇちゃん」
かわいいものだ。こちらまで笑顔になる。
思えば、朝宮に出会うまで 秋野には今まで年下の子と遊ぶということがなかった。
彼女の母親が、あまり自分の親戚と関わりを持ちたがらないタイプだったということもある。しかし、やはり、彼女自身、年下と遊ぶのをためらっていたのだ。どういうことかというと、
私はガサツというかなんというか…いや自分でもちょっと思うところはあるんだけど、男っぽいというか。だから なんか傷つけちゃいそうで、優奈ちゃんと遊ぶようになる前までは、ちっちゃい子とあんまり遊ばなかったなぁ…。
とのようなことを思っていた。
「お、クリティカル攻撃。このままいっちゃえ」
「うんっ!」
そして、結局 大人げのなさを見せつけてきた金田がバトルに勝った。そのころ、ピンポンと音が鳴る。
「あ…!キドーくん!?」
「一応 確認しておこう」
朝宮は少し無防備なところがある。金田が注意をしたからよかったが、もし誰も何も言わなかったら そのままチャイムを鳴らした主を出迎えていただろう。それは、少し危険なことだ。
自分もついてった方がいいな。
「一応 私も優奈ちゃんについてくよ。怪しいやつなら入れちゃだめだろ?デブとかオタクが来てたら蹴り飛ばしてやる」
「いや機堂を追い出す気マンマンかっ!?というか、デブとかオタクとか言ってやるなよ…」
無視してケラケラ笑いながら、秋野も立ち、朝宮と手を握って部屋から出る。
機堂を迎え入れて4人、揃った。
「…思えば、私は[主人公]で柚は[相棒]、機堂は[理解者]で…。ここに全員揃っちゃってんだなー」
機堂が遠足のお土産として買ってきたモチパンマンとやらのおもちゃで遊ぶ朝宮ちゃんを見て、ふと秋野がそんなことを言った。(結局、金田も機堂もモチパンマンのキーホルダーなどを朝宮ちゃんへのお土産として買ったらしい。しかもネットで調べてみると分かるが、どうもこれが子どもウケがいい。どうしてだろうか。)
ここに、メタ・ステイトの持つ予言書に書かれた、予言書いわく重要登場人物、重要登場キャラクターの、実に4人が集まっている。そんなことを秋野は「そういえば、そうなんだなぁ」と思う。
「何や?それを運命とでも思っとるんか?」
機堂は、そんな風に、さもどうでもいいように聞いた。
本当は彼が一番気にしているのかもしれないことなのにだ。少なからず、秋野が[主人公]に選ばれたことや朝宮を[きっかけ]としたことに意味があるはずだからである。それを、彼はずっと探っていた。
それに対して秋野はこう言う。
「まさか」
「…」
「私は、お前らと出会えたのを運命だとは思わない。まして、私たちの人生が、ただのしょーもない物語の一部だなんて、絶対思わない」
「おォ…」
そして、秋野はグッドサインを作って、金田の方を親指で指した。
「ま、そんなのどうでもいいからさ。柚も、トランプの手札を配る気まんまんだし」
金田がトランプを シャッ シャッと混ぜる。いや、切る…と言うのだろうか。
「いや別に俺はそこまでトランプしたいわけじゃないけどね…」
苦笑いする金田の隣に、モチパンマンのキーホルダーを2種類持った女子小学生が座る。
「あーっ!トランプ!?やるやるっ」
「優奈ちゃん…手加減しないぞ?」
ニヤリと笑う秋野。
「なにをーっ!」
「はァ。…俺にトランプのカード持たせるってことは、どういうことか分からせたるかァ」
それからは、それはもう想像を絶するようなゲームだった。それはそれは白熱した……
……7並べだった。
「なんでお前ら、ババ抜きと7並べしかできへんねん。トランプの遊び方とか…大富豪くらいは覚えんかい…」
言うまでもなく、優勝は機堂だった…。
パサッ。傘を開きながら、足を一本踏み出す。それから振り返り、別れの挨拶。
「じゃあ!またなー!!」
雨の音にかき消されないように、少し声を強める。
「うん!ばいばーい!」
玄関から、朝宮ちゃんが笑顔で手を振った。彼女の笑顔と掌が向けられたのは3人、秋野と金田と機堂だ。3人はこれから雨の中、帰る。
外はすっかり暗くなってしまって、もはや夕暮れ時に感じるほんのりとした切なさすらない。ここまで暗くなると「遊び倒したーっ!」と心が一度叫んだ後に、どっ と心地よい疲れが湧くだけだ。
それほどまでに遊んだ。今が6時なのか7時なのか、8時を過ぎたということはないだろうが、とにかく遅い時間にまで居てしまった。
「ふぅ…疲れたー」
「ホンマやなァ。まァ、朝宮が元気そうでよかったわ」
「本当に、よかったよ。子どもの回復は早いな。あと成長も早い…」
「あーお前、最後らへん、朝宮とゲームして負けそうになっとったしな」
機堂が金田を笑う。
「いやぁ、朝宮ちゃん、強いよ」
あまり言い訳を好かない金田が言うのだから、実際に朝宮ちゃんはゲームが強くなっているのだろう。
「私とどっちが強い?」
こう聞いた秋野には、まるで飛竜が翔ぶがごとく早さで2人は答えた。
「朝宮」「朝宮ちゃん」
えぇ…そこまで…?えぇ…?
そこまで言われると自分が弱いのか朝宮ちゃんが強いのか分からないが、苦笑よりも先に確認したくなって口を動かす。
「そ、そんなにか…」
そう聞いた秋野に2人は追撃を浴びせる。
「秋野は…なんというか、なぁ?」
「ハッキリ言ったれ、柚。お前にはセンスがない!…っていう訳でもない。……いややっぱセンスがない!!」
「うん。相手が選んでんのは動きの分かりやすいキャラなのに、それの下攻撃をガードできないのとか」
「それもそうやが、それだけやない!─「ああっ!もうっ、分かった分かった!」
これ以上言われてはたまらない。
「私は楽しければいい…ってことで割り切っておこう。勝ち負けにこだわっちゃダメだな、うん」
こうやって割り切ることが大事なのだ。
逃げ、じゃない。逃げじゃないぞ…。
秋野は自分に言い聞かせながら、また前を向くことにした。
「…そういうことでいいんじゃない?」「いや俺はどうでもええけどな」
ちなみに、朝宮が、ゲームの下手な秋野と遊ぶのを「つまらない」と思ったことはない。普通に2人とも関係を楽しんでいる。
それは秋野も分かっているのだが、それはそれとして 彼女はゲームの練習でもしようと思った。
「私もゲームの練習しようかなぁ…」
ぼそりと呟く。
「おォ、そうすればええやん。そっちのがええ」
よく雨の中聞き取れたものだ。機堂が肯定してくる。
また、金田も、神候補になろうが 神になるための戦いに備えてハードな魔法の訓練をしようが ゲームをやろうという欲は健在のようで、
「俺もなんか新しいゲーム始めようかな。今度はパソコン使ったやつでなんか」
と機堂にオススメを聞いている。
「最近のネトゲはヤバいからな」
「おー。どんなのあんの?」
「最近ってか数年前からサービス開始してんので、マジでヤバいやつがあってなー。『ペッパーアドベンチャー』ってやつ」
「ん〜…あー、名前聞いたことあるな〜。それ」
「あ 私も知ってるわそれ。機堂、やってたんだなー」
…天気なんてものは、自分たちが思っているほど気持ちに影響しないのかもしれない。晴れの日は決まってゴキゲンということもないし、雨だからといって決して機嫌が悪くなることもない。
いつもそこにある長い帰り道も、雨の日はそれよりもう少しだけ長く感じるような帰り道も、みんなで喋りながら帰っていると…
いつもより、ずっとはやい。




