(Part40)Love Song 探してる?
-[秋野]は肘を机にドカッのせて、それによって得た垂直抗力で右頬を支えている。
騒がしいなぁ…。
妙にクラスはいいムードだった。
というか、大した悩みもないであろう中学生共の巣窟と書いて「ちゅうがっこう」と読むのだから、基本的に暗いムードなんてことはない。
それにしてもどうしてこうも教室が明るいのかというと…
「楽しみだねー!」「ねー!」
「明日、どこ集合?」「講堂」「こっそりケータイもってこうぜ」
明日は遠足だ。小学校が中学校に変わると同時に、名前こそ遠足から郊外学習に変わったが、やっていることは同じ。明日は遠足である。
「ふぁ〜わ」
「おぁ〜はよう。あー、おはよう」
あくびをしている秋野のもとに、金田がやってくる。同じくあくびをしながら。
「うん。どーも。…明日は遠足だな」
「そうだなー。『はぐこめ』の聖地に行けるんだよな…!」
明日は遠足だ。そして今日は10月12日。そして彼は隠れオタク。
明日どこに行くのかというと…その地名は秋野も金田も覚える気すらなかったので知らないが、2人とも『はぐこめ』というアニメの舞台となった場所ということは知っていた。当然、同じ班である機堂もそれを知っている…というか彼の場合はその『はぐこめ』のために遠足に参加するようなものだが。
今日まで、秋野たちは日々朝宮ちゃんのお見舞いに行っていた。朝宮ちゃんも結構回復してきている。また、神候補との戦いに備えての訓練も怠らなかった。
ちょっとだけ腕やらお腹やらが硬くなってきた気がするし、足も速くなっている気もする。
特に変わったことも起きず、一日が過ぎる。
キーン、コーン、カーン、コーン
「…ふー」
6時間目終了を祝福するチャイムが鳴る。それを聞いて、秋野は溜息を一つ吐く。
さっさと勉強道具を、机の横のフックにかかったカバンに押し込み、帰りの準備をする。そうしている間に、6時間目の授業を担当していた教師が開けっぱなしにして出ていった扉から、クラスの担任が入る。つまらないホームルームのスタートだ。
ちなみにこの前の席替えで、秋野は一番前の席になり、その左後ろに金田が座ることになった。腐れ縁というやつだろうか。多分ただの縁か。
とにかくおかげで、ホームルームのときに暇しなくてすむ。
「なぁ…今日も館行く?」
「うん。お見舞いやってから、最後に軽く魔法の練習〜」
「私もそんな感じだなー」
そう言って、起立する。
ガタッ。
いつのまにかホームルームは終わっていた。当然、先生がどんな話をしていたのかは知らずに終わったが、どうせ明日の遠足についてだろう。
「「さよならー」」
ペコリと頭をてきとうに下げ、別れの挨拶を済ませる。
それから、彼女はギターケースを背負った。中身はギターなんていいものではなく、剣である。どうのつるぎ。しかも伸びるぞ!
「じゃー行くかー。機堂のクラス、ホームルーム終わってるかなー?あそこ長いんだよな」
「うーん、いつ見てもかっこいいな、お前のギターケース」
「私もそう思う。アークさんに作ってもらったわけだけど、ギターケースを剣の鞘にするってセンス見習いたいわ、私も」
そう言ってから、2人は歩き出す。
ギターケースに収めるようになってから、外に剣を持ち出しやすくなった。…それこそ、空港のチェックは絶対に通れないだろうが。というか見つかったら銃刀法違反で逮捕なのだろうか?そう考えると彼女は少し怖くなる。
逮捕されるのは嫌なので、少年法が適用されている内に神を決める戦いを終わらせたいなー みたいなことをポケーっと考えているうちに、機堂のクラスの前につく。丁度、クラスルームが終わる時だったらしい。
ガラッ!!
バカでかい別れの挨拶が聞こえてすぐ、体育会系の坊主が元気よく扉を開けて飛び出す。
しばらくして出てきた、太っちょとまではいかないくらいのデブこそ、機堂だ。
「おォー。柚、秋野。」
「よう」
特にこの後の予定を聞くこともなく、3人はまた歩き出す。当然、朝宮ちゃんと『円卓の大団』のいる館が目的地だ。
その目的地に着くと、1時間くらい朝宮ちゃんのお見舞いだ。なぜか話は尽きない。
「おねぇちゃんー!」
「うおおお!優奈ちゃん!!」
強い抱擁。抱いて、さらに擁くと書いて抱擁と読むのである。秋野は朝宮ちゃんを抱き上げた。
「きゃっきゃっ」
文字で表現するのは難しいが、朝宮ちゃんは年相応の喜び声を上げる。
「よう、朝宮」
「元気だった?」
「あっ!機動くん!柚くん!昨日のマンガ、おもしろかったよ!」
そう言って、朝宮ちゃんはぴょんと秋野から降りる。そして、「うんしょ」と10冊ほどの積み重なったマンガ本を、ベッドから運んだ。表紙にはいかにも中高生のオタク共が好きそうなメカが描かれてある。
「お前らさ…優奈ちゃんをオタクにしようとするなよ……」
ちなみにそのマンガのシリーズはしっかり秋野も連載を追っている。
そうやって、しばらく朝宮ちゃんのお見舞いをした。だいぶ身体も、心も、回復してきた様子で、もうそろそろここを出て自分の家にも帰れるだろう。
その後は、いつもの庭で、アークと修行だ。修行と言った方がマンガっぽいのか知らないが、最近 金田はこの時間のことを「修行」と呼んでいる。
ちなみに、修行には機堂も参加するようになってきていて、いつも浮遊魔法を使ってなにかできることはないかと試行錯誤しているようだ。
太陽の尻が地平に隠れ、西の空が青とオレンジに分かれる頃、修行を終わらせる。
…ここ最近はいつもこんな感じ。そうして、みんな各自の家へと帰る。帰る頃にはへとへとだ。
「じゃ、バイバイ」
「おー」
途中まで一緒に帰っていた金田にも、てきとうに別れの挨拶を済ませる。
疲れた…。早く風呂入りたいなぁ。
ギターケースと通学用カバンを持つ様子からは、あまり疲れているようには見えない。が、疲れにくくなっているということなのだとしたら、それも 訓練…いや修行の成果なのだろう。
くたびれた足を一歩ずつ前へ出してゆっくり進んでいると、音が聞こえだす。単調な音ではなく、音というのはギターによる音楽で、それがなかなか上手だった。
ふらふらと、足がそちらへ進もうとする。その意思に脳は逆らわず、身体もまたその歌を求めた。
音源は、あの公園だった。彩扉先生と戦い、ヴン・アークと出逢い、朝宮ちゃんと巡り逢った、公園。夏に緑だった木々は、赤い葉で塗り替えられていて、それも今は太陽が沈んだことで黒く見えた。
そんな木の下に、一人。その周りに十人ほどの人だかり。木の下のガパリと開かれたギターケースには、アルバイトの日給よりも少し多いくらいのお金が入っていた。
結構 稼げているのか?
その基準は秋野にはよく分からなかったが、お金の価値くらいは分かる。その、弾き語りには、お金を払う価値があった。
「夜明けの匂いを 吸い込み すぐ浮き上がって〜」
ギターをシャンシャンと軽く鳴らしながら、男は歌う。
おぉ…。どういう歌かは分からないけど、なんかいい歌だなぁ。曲ってだいたい2、3分くらいだし、これ聴いてから帰ろ。
そう彼女が思っているうちにも、その歌はどんどんとボルテージが上がっていった。そして、
「裸の胸が 触れ合ってギター炸裂──!」
そのフレーズとともに、やって来る、サビパート。
ドン!!
あぐらを組んでギターを弾いていた男は、ウズウズと 立ち上がるのを我慢している様子で、指を弦楽器に走らせた!
「…ッ!」
ビリビリと、稲妻のような音が鼓膜に落雷するようだ。
最近の流行曲を秋野は大体知っている。それは彼女が音楽を愛する星に生まれたからではなく、ただ単に、学校の給食の時間に学校側が流行りの音楽を放送から流すからだ。いつから始まったのだろうか、こういうシステム。
しかし、ついさっき男が弾き終えたその歌を彼女は知らなかった。古臭さをまったく感じなかったので、古い歌ということはなさそうだが、そうなると相当マイナーな歌なのだろう。
「…あ、」
周りにいた十数名のお客さんたちは、既に任意の見物料をギターケースに放り込んだようだ。
それに気づき、いそいそと、秋野も自分の財布から駄菓子代にしかならないくらいのお金を出す。いいパフォーマンスを見せた者には礼としてお金を払うのがマナーだろう。
投げ込んだお金が、ギターケースの中のお金とぶつかり合い「チャリ」と音を鳴らす。いい音だ。が、先程のギターによる演奏には劣るだろう。
「やぁ、ありがとう お嬢ちゃん」
ギターを演奏してみせた彼が、フラットにお礼を言う。
男は、男にしては髪が長く、首元まで髪が伸びていた。その赤みがかった髪はサラサラとしており、そのせいか知らないが若く見える。秋野から見て、容姿は大学生と大差ないと思わせるほどに。
「ギター、上手ですね」
「はは、ありがとう。…君も、ギターを背負ってるみたいだけど」
そう言って、男は秋野の背負ったギターケースをチラリと見た。ギクリ。
「これは…」
彼女が言い訳を探し終える前に、男は信じられないことを言う。
「ん…?ははぁ、そうか。それ、ギターケースじゃなくて、鞘じゃないか。面白い剣が入ってる」
「え!?なっ…!」
分かりやすく動揺する秋野。
ヤバイ バレた!? 剣、犯罪!? なんでバレた 剣 ギターケース、 重量感 剣を持つ理由 聞かれる その回答 どうする!?
様々な考えが、光の速さで脳を駆け巡る。すぐに次の行動に繋げなければ、その気持ちがまた、脳を混乱させる。
「何のために鍛えてるのかは知らないけど、その身体についた筋肉も、スポーツのためのものじゃない。剣を振るため…戦うための筋肉。お嬢ちゃんも大変なんだなぁ…」
「えぇ…。それは決めつけじゃないですか」
…頑張って脳内を整理してみたが、「あ、ダメだこれ」とすぐに思った秋野は、もう言い訳を考えることもやめることにした。そして、もうとぼけることは諦めてしまったので、普通に会話しだすことにした。
男はというと、普通に会話を続けてくる。
「いやぁ、これ以上は詮索というか、深入りする気はないさ」
「…そうですか」
「言葉遣い、もっと崩せば?」
「あ、う、うん」
言葉遣いを崩すことにも気遣いがいるのだが、彼が相手だとスッと崩せた。いつも通りの、やや男っぽい口調にモードを戻す。
出会って歌を聴かせた、聞いただけの関係で、ここまでフラットに会話するのも変な話だが。
彼は話を続けながら、ギターケースからお金をかき集め、代わりにギターを入れようとしている。
「…今日の弾き語り、仕事も終わったことだ。これから、自分語りでもしていいかな?」
「あー、時間がかからないなら聞くことにする」
「ありがとう。…さっきのは地球の歌でね。ついこの間、こっちの星に来たばっかりの歌だ。深くて俺にも全部は分からないけど、どうやらラブソングみたいだよ?」
「へぇー」
いい歌だったから、タイトルの方も知りたい。
そんなことを思いながら彼の話を聞く。
「あの歌のように、俺にも好きな人がいてさぁ。その人を探すために、遠〜くから、ここ、兎暦にやって来たのさ」
「とてもそうとは思えないくらい上手に、ここの言葉が話せるんだなー」
「ずっと、ここで師匠を探してるからね。あ、師匠っていうのは俺の好きな人のことね」
「そうなんだ…って、なんでその話を私に…?」
すっかり暗くなった空を見上げながら、クエスチョンをぶつける。空は星一つ浮いていなかった。
すると、彼はどこからか紙切れとペンを取り出し、サラサラと数字の羅列を書いた。それを秋野へ押し付ける。
「これ、俺の電話番号。師匠ってちょっと変わっててさ、お嬢ちゃんみたいな子 好きそうだなーって。だから、もし師匠にお嬢ちゃんが会うなんてことがあったら、俺が師匠のこと探してるってこと伝えてほしいな…って」
「んー。ま、悪い人じゃなさそうだし、別にいいか…」
「ありがとう。師匠は、めちゃくちゃキレイな緑色をした髪で小さめなポニーテールをつくってて…名前は、クシポス。クシポス師匠」
「ん、覚えとく。…ちなみに、何の師匠?」
これも人助けだろうと思って、もし見つけたらこの男とクシポス師匠とやらの恋物語を進めてやろうとする。しかし、やはりそこには好奇心もあって、クシポスとやらが何の師匠なのかくらいは知っても罰は当たらないだろうと考えた。
それに対し、彼は…
「剣。剣術さ。俺はお嬢ちゃんと一緒で、神候補だから。だから、俺も戦い方を学んだ」
と言った。
「…へ?」
神候補…?
ショックのあまり何も聞こえなくなった秋野の心情を知ることもなく、彼は続けてこう言う。
「ちなみに俺の名前は隼人。早尖 隼人っていうんだ。だから、クシポス師匠見つけたら、電話番号渡して、『隼人さんがあなたを探していましたよ』〜って言っといてねー」
情報量の多さにクラクラと来た頭の上に、秋野は星が見えた気がした。




