(Part39)なんかむつかしいことをかんがえよう。 これからのほんは。
秋野と代わって、金田が出る。
「よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
「はぁ…はぁ…」
秋野はどさっと地面に倒れた。そして、ムクリと腹よりも上だけを起こして練習を見守る。
-[金田]は、魔法を撃っている。彼は氷の魔法使いで、戦いの中で中級魔法を撃てるようになるまで成長している。
氷のつぶてがアークへ向かう!
「…遠慮が入っていますね。秋野さんもそうでしたが、金田さんはより遠慮しています。もっとガンガンきていただいて構いませんよ?」
バサッ…!大きく翼を広げ、アークは宙へと羽ばたいた。空を飛ぶというよりは、ジャンプを強化している。
「は、はいっ!──グリーツ!」
そこを、着地を狙って魔法をぶつける!呪文の力を得たその氷柱は、勢いよく、地面へと脚を伸ばしたアークへと飛ぶ。
「見事です」
それを、アークは肘を突き出して弾く。
グリーツは氷を撃つ系統の魔法の、初級魔法。初級ではあるが、人を殺すことは容易にできるほどの威力がある。呪文を読まないと読むとではここまで変わるのだ。
「…はぁ」
金田はホッとした。無意識のうちに、「魔法がアークさんに当たらなくてよかった」と思った。
その、真顔から6ミリほど離れた笑顔の彼を見て、アークは言う。
「魔法が私に当たらなくてよかった…と思ってそうな顔ですね」
心臓のあたりからギクッという音が鳴った気がする。真顔からマイナス8ミリほど離れた間抜け面の彼を見て、アークは続ける。
「確かに、初級魔法のグリーツは簡単に人を殺せるかもしれません。いえ、しっています、ですね。人を簡単に殺せます。…そしてそれに躊躇いを覚えることは当然ですし、躊躇いを捨てろとも思いません」
「…」
難しい…でも、アークさんは、俺を肯定してくれてる。…
それは金田にも分かった。アークは彼の氷を弾いた肘をなでながら、こう言うのだった。
「人を殺すことを目的とした少年兵を育てるような趣味はありません。…しかし、遠慮は捨てて欲しいのです。これから先、初級魔法はおろか、中級魔法でも歯すら立たない相手がどんどん出てくるでしょう。それが味方なら最高です。しかし、そんなやつらが悪なら、敵なら…どうかあなたの魔法で正義を貫いてください」
「…はい!!」
この話は、少し遠くで秋野も聞いていた。剣、阿蛇虵舌を手繰り寄せ、強く握る。剣からは正義の熱が伝わった。
「では、再開しますか。疲れたらいつでも言ってくださいね」
「はい!」
そんな話を、聞いていないものもいた。金田とアークの少し遠くにいた秋野よりも、もう少し遠く。円卓の大団の館の壁にもたれかかった…
-そう、[機堂]だ。
そこに、緑の立方体を持った若い男が現れる。メタ・ステイト。
手に持っているのは予言書。間違いなく世界で一番精度の高い予言書であることは、今この館にいる二十数人しか知らない。
「出たな…予言書」
「機堂くんが出せって言ったんだろ?」
「いやまぁ、そうやけども…」
「…で、何が気になる?[理解者]よ」
「そうそれ!その[理解者]とか!いや俺の理解者っていうカッコイイ呼ばれ方は別にええねんけど。朝宮が確か…」
「朝宮ちゃん?[きっかけ]って呼び方がどうかした?」
意気投合とまではいかなくとも、無意識のうちに割と打ち解けている2人は、すいすいと会話を進める。
「ちょっと複雑な話かもしれんし、俺の考えすぎやろうけど、ええか?」
「どーぞ?」
許可を貰って、機堂は話始める。
「秋野は[主人公]で、柚は[相棒]。そんでそのいわゆる主人公サイドに俺もおるってことやろ?」
「うん」
「そんで、言葉の意味から予測すると、[主人公]があるきっかけで神候補になる。そのきっかけこそが[きっかけ]、朝宮なわけやん」
「そうだね」
「でも、予言書では朝宮の死は秋野に知られることすらなかった…つまり[きっかけ]の死では[主人公]は神候補にならんことになってた。本来なら、[きっかけ]がきっかけにはならん…そういうストーリーが予言書にある」
「…鋭いな。話を続けてくれ」
「…あッ、すまん、いうほどこの後は話 続かん。えーと、つまり何が言いたいんかっていうと、[きっかけ]の役割が働いてなくないか?それとも、アークさんとかあんたとかが介入した上で、こうやって[きっかけ]となったんか?」
どうも、理系である機堂の説明だ。分かりづらい。
要約すると。
•常識的な物語の役割から考えると、朝宮の死がきっかけで主人公の秋野は神候補になるはずである。
↓
しかし的中率100%の予言書によると、朝宮の死がきっかけで秋野が神候補になることはないと書かれていたのだ。
↓
それを、予言書に書かれていた未来をステイトらと協力して無理矢理ねじ曲げて、やっと朝宮がきっかけの役割を果たし秋野が神候補となった。しかも、朝宮は死んでいない。
そう、これは単純な話ではない。言うなれば、時空も次元もいじらずにタイムパラドクスと物語の矛盾を起こしたのだ。
「…見事。よくそこまで考えが巡った」
バラッ…と、ステイトはその分厚い緑の予言書をめくる。
「予言…」
ページが示すところは、十月中旬の未来だった。この前までは九月末までの予言しか載っていなかったのに。予言は日々増えていっているのだ。
「そう、予言。予言は、俺たちが変えてしまうまでは的中率が100%だった。つまり、予言はイコール未来だった。分かるかな?機堂君」
「…」
「…すまん、機堂君。俺も、本当にそうとしか認識できない。正直、予言に書かれていたことを無理矢理ねじ曲げて未来を変えてしまったことに、不安しか感じない」
つまり、ステイトも分からんっていうわけか…。
嫌やけど、朝宮の死がきっかけで秋野が神候補になるのが自然な形やった。
でも予言書は、朝宮はただ無駄死にして秋野もそれを知ることなく神候補にならんと書かれてる。
それを変えて、朝宮を死なすことなくきっかけとして秋野は神候補になった…。
「クソッ!」
機堂は生まれて以来12年、ずっと賢かった。そして、だからこそ矛盾に気づいた。しかし、賢いがゆえに、この答えのない矛盾に悩む他なかったのだ。
「[理解者]の苦悩ってやつか…」
何を納得したのか、そんなことを言いながらステイトはウンウンと頷いていた。
その後も、秋野と金田とアークは訓練を続けた。機堂も、思う存分に疑問に思った点をステイトへぶつけた。
空を切る音がする。秋野の剣はアークにまだ届いていないし、目に見えるほど今日一日で上達はしていない。しかし、努力は確実に積もっていっている。
「おッ、今の惜しいな」
「そうだな。うっちゃんにそんな動きさせるなんてなー、やるな、秋野ちゃん」
「でも多分、今 剣の重さが半減されてるから、当たってもダメージは少ないんとちャうか?」
「そこが課題だな…」
2人は地面に尻をつけて座りながら見物している。
「そういえば、機堂君は参加しないのか?」
「戦いには向いてない魔法なんやけどなァー。まァ、あいつらに協力するって決めた以上、俺も戦うことになるんやけどな…」
「…」
機堂は浮遊魔法を使う。サポートならまだしも、戦闘には向いていないだろう。
「そういやあんたは神候補じャないんか?」
横を向いて聞く。ステイトは、それに合わせて機堂の方を向くなんてことはせず、アーク達のいる方を見たまま答える。
「いや…違う。そもそも俺は無神論者さ」
ニヤリとステイトが笑った。
「ぷッ…!はははは!」
世界に宗教はいくつあるだろうか?その宗教に神は何人いるだろうか?だとして、人口の内の何人が神を信じている。
…この世界は、大半が無神論者だ。神話というものはアニメやマンガの元ネタとしてしか扱われない。
ステイトも、機堂も、少し前まで無神論者だった。しかし今は神の存在に確信を持っている。
…なにせ、知り合いをその神にしようとしているのだから。
ペラ…
ステイトは、緑色の本をめくる。明日のニュースの確認だ。
それを見て、ふと、機堂が思う。
「そういやあんたは『本』の魔法使いなんやろ?」
「ん?ああ…」
この前、朝宮を刺した男と戦って、魔法・『異邦人』を使った時にそのことを教えたな…と思い出す。
「異邦人…主人公が、とある男を『太陽が眩しかった』ことを理由に殺す話や」
「おぉ…よく知ってるね。オシャレな呪文だろ?」
「単純な疑問なんやけどさァ、あれって銃で殺してたよな?なんで魔法はナイフを出したんや?」
「あー、あれね…」
『異邦人』の効果は、適当な武器を出現させることと、太陽の煌めきを相手に強く感じさせることだ。だから、武器は銃じゃなくてもいい。すると説明は、
「朝宮ちゃんと同じ苦しみを味わわせてやりたかったからさ」ということになるが…
そう言ってやろうとして、ステイトは言葉を呑み込む。代わりにこう言ってやった。
「太陽が眩しかったからさ」
近代文学は難しい。




