(22話)改心した彼と理解者
「皆さん、よォく、お集まりで」
「…」
「…」
そろそろ夏が過ぎ去る。しかしそんなことはどうでも良くて、問題は、そろそろ夏休みが過ぎ去るということだ。
それよりも問題なのは…
「金田君?秋野君?しッッかり!…説明してもらうからな…」
機堂が怒鳴りつけたのを無視し、シャープペンシルを紙の上で走らせる。
「……ゆ、柚。ここの問題教えて」
「……そそ、そこは」
例に漏れず、勉強会。どうでもいい小話だが、いよいよ秋野の夏休みの宿題も、終盤に差し掛かってきたところだ。
「説明せんかいっ!!」
その優雅な勉強会で、何故 機堂がハゲる勢いで怒鳴り散らかしているかというと…
「はいはいはいっ!説明しますよ、しますよッ………では、金田さん、いっちゃってください」
いきなりの秋野からのキラーパス。
「うぇっ!?」
内容は勿論、『神』そして『神になるための権利』についてだ。この間の、アンドレアスとユリの件で、機堂に『神になるための権利』がうっかりバレてしまった。
「……ん。まぁ、正直な話、覚悟はできてたよ。機堂」
「ゴクリ…」
生唾を呑む。これから始まるのは、友達の、命に関わる話としか思えないのだろう。
「の前に、ペンダント届けなきゃね!」
…このシリアスな空気をぶち壊し、金田は金色に輝くロケットペンダントを突き出した。これは少し前に、知り合いの下音ユリから依頼されていた探し物だ。
「…」
(秋野は機堂が怖(じゃなくて!勉強したかったので、黙った。)
機堂は金色に輝く拳を突き出す。
「すまん柚、殴ってええか?」
「待てって、帰ってからじっくり話すから!もう面倒ごとは先に済まそう」
「はぁ、もうええわ。行く行く。…あ、お前はどうするよ?秋野?」
早めに折れた機堂は、秋野も誘うことにした。
ここからアンドレアスがいる場所は、歩けば遠かったが、自転車ならわりと近い。
「んー、朝宮ちゃんは今日いないし、勉強も飽きたとこだしな。行こかな」
よし決まり!と元気よく金田が張り切る。
溜息混じりに、小さな声で機堂は呟く。
「ハァ。……少なくとも、自転車漕ぐついでに話すほど軽い話やないってことやん…」
『神』を信じない機堂の中で、面倒いことになったという思いは増すばかりだ。
「?機堂なんか言ったー?」
「んや、なんも。さっさと行くかー」
特に暑いこともなく、むしろ快適な風を受けながら3人は自転車を漕いだ。
朝宮ちゃんはというと、今日は誘っていない。
色々理由はあるが、今日はユリに会う日だ…。連れてこれるわけない!…とまでは言わないが、ユリはどこで暴走するかイマイチ分からないので、止めたわけだ。
「っし、ついたー!」
真っ先に、キキ と軽快にブレーキ音を鳴らし、金田が自転車から飛び降りる。
「着いてしまったか…」
口ではこう言った秋野だが、そこまで嫌悪感を抱いているわけではない。
(…だって、あんなことがあったんだ。昨日…。しかも私も、ユリのことを理解してあげれなかった者の1人だったんだ。)
まぁ、あいつの性癖は多分一生理解できないと思うけどな…と ぼんやり考えながら、秋野も自転車を停めた。
「今更だけど、ユリさんってまだ、ここ…アンドレアスさんの家に居るの?」
「ほんまに今更やな、柚。昨日泊まってったんやし、まだおるやろ」
ユリが居なかったら、今度はユリの住んでるグリーンマンションの315号室に行かなければいけないので、面倒だなあ と思いながら、秋野はインターホンを押す。
その来客を伝えるための装置は全部同じ会社が作っているのか知らないが、インターホンからは、聴き慣れたピンポーンという音が鳴った。
「頼むから、まだ居てくれよ」
「そもそもここからグリーンマンションまでの行き方分かる?」
「そういや覚えてないわ…」
十数秒して、家からドタドタという音が響き始める。
ガヂャッ!!
「 (声にならない叫び声) 」
豪快に開けられた扉から飛び出てきたのは、顔が涙でぐちゃぐちゃ、目元が真っ赤になったユリだった。
「 (声にならない叫び声) 」
「ええ?!」
声になっていない声で叫んでいる金髪美女が、秋野の胴体にしがみついて号泣している。
「 (声にならない叫び声) 」
「ちょ、ちょ、ちょっと!?どうした!」
「 (声にならない叫び声) 」
やっと手を離したかと思うと、今度は手をバタバタさせてヘタクソなジェスチャーをしだす。
「うん。うん?」
そして地面に崩れた。
「えぇ〜…」
一番近くにいる秋野までも軽くパニック状態になるほど、泣いている。
もしかしてアンドレアスさん、るるるさんたちとまたケンカした?!だっ、だとしたら!…どうしよう!?
と思ったが、困り果てた顔をしたアンドレアスと琉瑠流が出てきたので、その線は消えた。
あまり表情の変化が分かる者もいないであろう琉瑠流でさえ、秋野らは困っていると分かった。
(るるるさんも困ってる…ケンカではないな…)
(こ、困ってるオーラがすごい)
(てか、めっちゃ困ってるオーラが出とんな…)
「そう。見たら分かるように、俺達もまた、困っている。頼むからどうにかしてくれ…」
やっと口を開いたかと思うと、やつれたユリの兄は なんとも気弱に言いやがった。
「もしかして、これですか?」
機堂は、アンドレアスに向けて金色に輝くペンダントを見せた。
「!…ああ、それ「Oh mein Gott! 」
アンドレアスが言葉を言い切る暇もなく、とても良い発音の外国の感嘆表現とともにユリは、機堂に飛びついた。
やっと荷物が飛んでった秋野は、機堂にガッチリと掴まっているユリを見ながら自由を噛みしめる。
「やっ、やめっ!ちょ、うわッ」
のすん、
と倒れる音がちょっとした住宅街に響いた…。
「いや本当にすまない、機堂君」
琉瑠流とアンドレアスの住んでいる家の、食卓の周り。
3人の中学生は、琉瑠流から運ばれた冷えたお茶をすすっていた。
「…あの、ところで」
「?どうした、秋野君」
同じようにお茶を飲んでいたアンドレアスが、茶を置いて話を聞く体勢に入る。
(その右隣ではユリがかなり遅めの朝食を取っている。さっき聞いた話だと、何しろペンダントを探すために昨日の11時から何も食べなかったらしい)
「その…」
「?」
少しばかり 場の空気がピンと張る。
「ペンダントをあのハイツに隠させたのも、アンドレアスさんの命令ですか?」
ユリの、パンを口に運ぶ手が止まる。
「…そうか、ユリ、そんなことを…。いや、それは俺も今、初めて聞いた話だ」
「…」
「しかし、俺がそうさせたも同然だろう。すまなかった、ユリ。そして、ユリと友達でいてくれるみんな」
「いっ、いや、仲直りしたようだし、私達にまで全然…!ん?……え?じゃあなんであんなところに落としてたんだ?ユリ」
スックと立ち上がっては韋駄天、ユリはパンを頬張りながら すぐに3人を外へ追い出した。
「ん゛〜!!」
素直に3人は押し出される。
「ちょっ、ユリーッ」
「お邪魔しました〜…」
「えぇ…。どうしたんや」
そして完全に家の外にまで出されたら、ユリは苦し紛れの笑顔を浮かべながら、ぱたぱたと手を振った。
バタン!もっとも、訳も分からず手を振り返そうとしたそのときには、ユリは扉を勢いよく閉めた後だったが。
「…ど、どうする?」
小さな苦笑いをしながら、金田はみんなに聞く。
どうするもこうするも…
「帰る…?」
帰るしかないだろう。
ということで、駆け抜けるような超スピードで、3人組はここに来てすぐに帰ることになった。
各々が、自分の自転車に鍵を差し込む。
「あ、お前、後で『神になるための権利』のこと話せよ!よっぽどのことじゃない限り、お前を止める気はないけどや」
「ウッス」
金田と機堂なんかは、もう他のことを話しながら着々と帰る準備をしている。
差し込まれた鍵を回し、ロックを解こうとしたその時、ユリによって乱暴に閉じられた扉は、再度開いた。
ガチャッ!
上半身だけをのぞかせたアンドレアスは、叫ぶような速さで喋りだした。
「金田君!これだけは伝えた方がいいと思った!君の、現在の『神になるための権利』の数は、6 だ!琉瑠流は規律使いだから『神候補』の『権利』の数が見える!」
「…!」
「頑張れ…なんていう言葉は言うべきじゃないが!君のやりたいようにやってくれ!ただ…身体に気をつけてくれ。俺の、ユリの命の恩人なんだからな!」
「は、はいっ!」
「…じゃあ!」
瞬間、笑顔のアンドレアスを誰もが見た後、扉はまた閉まった。
キィ…
ガチャ。
「…変わったね、お兄ちゃん」
「はは。人生までも変えられた。これからの人生…全て精一杯の罪滅ぼしに生きる」
「…」
「だが、おそらくこれからの人生は、以前とは比べものにならないくらいに楽しいだろうな」
「…そーだね!」
「ところでお前…本当に、なんでペンダントを落としてしまったんだ?」
「そ、それは…」
「まさか、本当の本当に、ただ単純に落としてしまったのか!?」
「グリーンマンションに住む前に、レイクハイツのことも住む候補として下見に行ったんだけど…そのときに…。あはは」
「…お前らしいな」
母国の言葉でお喋りをする、笑顔の兄妹が、琉瑠流の待つ部屋につづく廊下を歩いていた。




