(20話)止まない風とガラス
-何で、って…
[私]ハ、私は!みんなに…ひどいコトをしたのに!だから謝って…!
「?ひどいコト?」
3人共、べっ…別に気を遣わなくたって…いい…のに…。
「いやそんなこと言われても…ユリが私達に何かした訳じゃないし」
「まぁ…せやな。…?…そ、それがさっき謝った理由?!」
…だって…!
私は!みんなを騙して ココに連れてきた!だからみんなはあんな目に…!
そもそも、金田君から『権利』を奪うのがお兄ちゃんの目的って、知っていたのに私が、わ 私が…伝えなくて…。
ソウダヨ…私が悪いんじゃないか…あの時だって、私が…
うっ…うわあああああぁ
「え…機堂ゥ、ここで泣かすなよー」
「ちょっ…おまっ、こ、これはちゃうやろ!」
「ん?待てよ?つまり、ロケットペンダントは失くしてないってこと?」
ウン…うん。ゴメン、ごめんネ…金田君。
「…はぁ」
! だっ、だよ…ね…
「良かったー」
「なんや、失くしてなかったんかい」
「本当はどこに落としたか知ってたってワケか〜!まぁ、機堂らが見つけたからどっちにしろいいんだけどさ」
…
「あ…。これは流石に俺のせいじゃないよな?!今のは柚のせいで泣いたはずや!」
「はいはい。もういいから。…えっと、でさ…ユリもそろそろ泣くのやめて、色々教えてよ。そろそろアンドレアスのところに行って、さっさと帰ろう」
…うん。…うん!
アア…これだから…だから、私は…
(だから彼女は、秋野が)
真絵ちゃんが、秋野が好きなんだヨ…。
「ん?何か言った?」
ウっ、ううん!何でも、じゃ、じゃあ話していくね!
「?…うん」
スー、ハァ〜。ふぅ…
うん。よっ、よし!
言える。
…ふぅ。まず…お兄ちゃんの言っていたことは全部 本当なんダ。
私は、力使いと魔法使いのハーフ。力使い、そして 風の魔法使い。
お母さんと…その、義理のお父さん…ううん!お母さんと、お父さんの間にできた子ども!
だからお兄ちゃんとは、お母さんが違うんだって。アッチにいた頃だって、お兄ちゃんは、いつもお母さんには他人のように接していたヨ…。
お兄ちゃんと私も、仲は良かった…なんて、私の方だけが思ってるのかな?アハハ…。
「…」
でも、学校でお兄ちゃんはよく思われてないようだった。
私が…オーディグスから来たってのは話したことあったっけ?
「いいや」
そう…。じゃあ今 言うけど、実は私、オーディグスから来たんだ。
「…おい、機堂、オーディグスってどこだったっけ?」
「小声でって…。知らんのか?情けなぁ」
「う、うっさい」
「この国から北西の方…スペービア州にある国や」
「なるほど。あっちって確か…」
「ああ。力使いが多く住んどんな」
そう。だから、力使いとしての血がほとんどない 魔法使いのお兄ちゃんは、あまり良く思われなかったんだ。
デモ、私は魔法使いとのハーフだったから…そんなのは全く無かった。
だから、私が学校に行く歳になった頃から、お兄ちゃんは よく…いや、やっぱり何でもない。
「?」
「うん…?多少引っかかるところはあったけど、大体分かってきたなァ。あ、せや!」
?
「どうした」
「いやさァ…今更やけど、お前らの話で神って言葉がよく出る気がするんよなァ。それも教えてくれよ。聞いたところ、アンドレアス…それと、……柚、お前らは神候補?とかいうやつなんやろ」
「…」
ああ…それは私もヨク分からないんだけどね。柚君。君の方が詳しいんじゃない?
「う…。な、長くなるからまた今度に…」
「…はぁ。まさかあの宗教の神のことか?それならマジでやめと…」
「いや、あれとは関係がない。これだけは言える。でも、それ以外の全部は、後にさしてくれ。怒られるのは後でいいだろ?」
「お前がそこまで危ないコトに首を突っ込むとは思われへんけど…」
「私からも頼む。機堂」
「いや、俺はええねんけどさ。…じゃあさっさとあの男のとこ行くか!」
あっ、ま、待って!
「?どしたの、ユリ…」
ウン…真絵ちゃん…あのね、
…
…
はぁ。溜息が出る。全く。
階段を軽快に重々しく下りる彼女、
-[秋野]はそう思った。
確かに、ユリには
謝った理由も聞いた。
なぜ騙したかも聞いた。
どこまでが嘘なのかも聞いた。
どこまでが真実なのかも聞いた。
アンドレアスとの関係も聞いた。
家庭での事情も聞いた。
頼みごとも聞いた。
その作戦も…作戦?作戦… うん?まぁ、すべきことは聞いた。
何も彼も聞いた。
しかし…
「本当にできんの?」
秋野は、頼みごとを叶える方法について考えた。方法やすべきことを知っているのと、それができるというのは、イコールなわけがない。
「分からない…でも、できるんならそれが一番だろ?」
少し後ろで、金田が答えた。
何が「できる」とか「できない」とか話しているんだ、というと、それはさっきのユリの話である。
行こうとしていた秋野達を呼び止めて頼んだこと、それは「アンドレアスの説得」だったのだ。
秋野の隣を走っているユリは黙り込む。
そして、そのユリの後ろを走っていた機堂は会話へと混じった。
「誰も傷つかんのが一番やろ。というかさ…ホンマに俺 いるか?今更やけど帰っていい?」
「本当に今更だなぁ…。そりゃ、危険なことだし、帰りたくなるのも分かるけどさ」
「いや、そこやない。これこそ今更やけど、これは家族のことやろ?俺が…俺らが介入するようなことなんか?」
切れる気配のない息を少しの間で整えて、秋野が応える。
「いや、私だけかもしんないけどさ…思ったよりも、他人に相談したいもんだよ。家族のこととか…」
少しして、黙った口を機堂が開ける。
「秋野。そうか。そうやな…」
2階。
そこそこ廊下が長くて、階段も、遠くから見たらジグザグに見えるタイプ。ここらの小・中学校ではおなじみの、折り返し階段だ。
そんな建物にいた彼女達も2階まで下りて来た。
「なぁユリ…」
どうせここにアイツはいないだろうと、既に次のフロアを目指すべく、廊下を駆け下りる。
「ン?」
タッ、タッ、タッ、タッ、
「アンドレアスはどこにいるんだろ」
タッ、タッ、タッ、タッ、
「きっと、まだ このハイツにいると思うケド…」
タ…
ガヒュッ。
と、薄橙色の何かが、風を切った音がする。
それを何か確かめようとすぐ振り向く前に3人は、ユリの 声にならない苦しみが聞こえた。
「ぅあッ、が…」
廊下を曲がった瞬間のことだった。
すぐさま目に映ったのは、首元。彼女の首元には、どう考えても男の手が縛り付けられていた。
手は、
「ご名答だな、ユリ」
と言った後にギュゥウと音を立てて強く力が入る。
なので手の主人はすぐに分かった。
「アンドレアス!」
そこには、ユリの首を力強く掴んでいるクソ野郎がいた。
今にも浮きそうなユリの足。
すぐに緊張が生まれる。
その時、柔らかい風が吹いたが、今は緊張が和むどころか より緊張を強く縛っただけだった。
「…よう。ユリの友人共。どうせこいつから、なかなか下る話を聞かせたんだろう」
そう言って、あいつはユリをグンと放った。
「キャアッ」
秋野が慌てて、飛ぶように来た ユリをキャッチする。
「どうせだ。今度は、俺の下らない話も聞いてくれ」
「…」
4人は黙った
が、彼は話を吐く。
「この短い話が終わったら、次にこの短い戦いも終わらせよう。
本当に短い話だ。
んんっ、えっと…
あるところに、あまり人に好かれない少年がいました。彼は、学校じゃあ差別のようなものを受けていて、とても辛かったのです」
話を始めたそいつは、角を曲がった先へと姿を消した。
といっても、そこまで奥へ行ったわけではないらしく、声のみがはっきりと全員に届いている。
「その少年には、出来の良い 可愛い妹がいました。…まぁ、そんなのはクソ程にもどうでもいい。そのクソのせいで、親にも比べられる度に辛かったが、どうでもいい」
ガラ、ガラ…と何かを引っ張ってきているようだ。
「…」
ごく、と冷たい唾が秋野の喉を滑り落ちていく。
「そして…そんな少年にも友達はいた。そいつには勿体ない、女の友達でした。彼女は、ユニークな…それでいて美しい顔をしている、2つ歳下の子だった」
「‼︎」
笑い声寄りの、泣き声が聞こえ始めた。
と思うと、アンドレアスは誰かを馬鹿にするようなドスのきいた声に変わった。
「だがあろうことか‼︎彼女も差別を受けた‼︎いじめを、受けたんだ‼︎…少年にとっちゃあ2つ下の学年だ。詳しく知れるわけが…いや、これは言い訳だな。…とにかく、少年なりに考えたところ、あることに気がついた」
ガチャ…と鳴る何かを引っ張っているアンドレアスが、曲がり角から戻ってくる。
見る感じ、茶色っぽい瓶。あまり子供が目にすることはないだろう物なので、4人はすぐには分からなかった。
「2つ下のクラスと言えば、彼の妹もいる学年じゃあないか。妹といえば、見るからに分かるようなクラスの人気者。主犯だとかリーダー格だとか…そうは限らない。しかし、そんなクラスの中心人物が、そのいじめに関わっていないはずはない…」
「そんな、ルルルちゃんは…」
ユリが口を開いた。
「いじめている奴の兄が友達なんてな。少年は呪った‼︎自分の無力さを馬鹿にした‼︎…でも救われるチャンスが来た。彼女が権利をくれたからだ。神になって、少年と彼女を救う権利をな」
「違う!ルルルちゃんは、そんなに弱くない!」
「誰が琉瑠流の話だと言った⁉︎それに、あいつが弱くないのは俺が1番知っている‼︎弱いのは、いつだって……俺だけだ」
ガシャァン!!
ガラスの砕ける音がする。
見ると、アンドレアスは、見るだけで十数本はある茶色い瓶を、地面に叩きつけたらしい。
地面に無数の茶色く光るガラスが飛び散った。
「⁉︎」
「!」
なんで分からなかった?!あれはガラスでできた瓶だったのか!ビールやワインが入っている瓶なら、ここのすぐ近くのゴミ捨て場にいくらでもあった!
ク…気づくのが、遅すぎた!
驚きのせいで少し反応が止まった秋野ですら気づいた頃には、すべてが遅かった。
風で物を飛ばせる魔法使いが、ガラス瓶を割ったのだ。全員が考えることは一つ。「終わり」だ。
「話は終わりだ!」
そう言った次、彼はゆっくりと、呪文を唱えた
「――モーント…ヴィント」
ヒュウ…ゥ…
絞り出さされた声に負けないくらいの、微かな風の音がする。
モーント・ヴィント。
教科書には載っていない呪文だ。というか、アンドレアスが考えた呪文。
当然、呪文には意味があり、その意味のイメージがあるからこそ呪文として成り立つ。
そして、ユリは意味が分かるはずだった。何故なら、その呪文はオーディグス…そう、ユリとアンドレアスが育った国の言葉の一つだったからだ。
つまるところ、それがどういう意味なのかと言うと…
やっとユリが呪文の意味にたどり着いた時、そこに。そこには…
「月の風」が吹いた。
ゴォオォォオ!!!
「なっ、何!?」
「キャア!」
地面に散らばっていた、ガラス瓶からできたナイフは、風に逆らうことなく飛んでいく。
「まだそんな魔力が…」
「くゥッ!」
秋野の背中に、熱い、冷や汗が つー…と流れた。
シャレた茶色いナイフが一斉に 4人に向かって飛んでいく。
すぐ、本能的に手を使って顔を守るが、ガラス達はまるで笑い声のような音を出しながらすべてを切る。
ビッ!
風でもかき消せない、切り裂かれる痛みが体を駆け回る。
「おいユリ、どうすんだーっ!」
秋野が精一杯に目を瞑りながら、ユリに叫んだ。
「そッ、そんなノ分かんない!」
止まない風。そして、それに紛れて飛んでくるガラス。
心や身体と共に、冷静さ が削られる。
しかし、
比較的、ガラスによる猛撃を受けなかった2人がこの流れを止める発言をするのだった。
「おいッ!こっちにも風の魔法使いはおるやろ!」
「…!そうか!こっちも風で相殺すれば…!」
こう言われ、ユリが思い出すように魔法を使うことにした。
「あ!よ、よーし…」
片手を顔から離して、前へ出す。目の周辺を守っていた方の手はどかせないが、それは勇気のある行動だった。
こうしている間に、破片の一つがユリの頰を切る。
「クッ…!」
その痛みを我慢し、ユリは叫んだ。
「はぁっ!!」
ゴウ!!
とても強烈な風が、ユリと秋野の前を吹く。はっきりとした音を感じた後、そこはピタリと風が止んだ。
それからすぐに、宙を舞っていたガラスナイフは、ガシャ、ガチャンとそれぞれ音を立てて地面に落ちたのだった。
「あ」
「や、止ん…だ?」
安堵から、どっ と疲れが出る。4人はハァ ハァ と息を切らした。
しかし、アンドレアスもまた息を切らしていた。
いや、切らしたのは…息だけではない!
アンドレアスは手で、心臓の上の胸をギュウと押さえていたのだ。
「魔力切れか…!」
すぐに気がついた金田が、険しい顔で言った。
「ハァ…ハァ…」
「もう…やめて!お兄ちゃん!」
ぽろぽろと、涙がユリの目から湧いて出た。
「そうや!魔力は、俺ら魔法使いにとっての体力!完全に使い切ったら…」
「最悪、死ぬってことか…」
秋野が呟いた。
声のトーンで、事の重さが分かる。無論、事の重さはアンドレアス…彼が最も分かっている。ただ…それと関係なく風は吹く。
「風は…止まない!これで証明完了だな…お前に俺は、倒せない…!!!」
ゴォォオ!
再び風が吹きつける!
「ぐぁあ!」
「かッ!また…!」
全てが逆戻り。手で顔を守らざるを得なくなった。
「本当に…や、めて…お兄ちゃ…」
ただ!ユリだけはまっすぐ前を見た。
当然だ。家族が死ぬのを止めるのだから。というか…
何で!家族と喋るのに、前を向けないのよ!ゼッタイに、お兄ちゃんを…!止めル!!
その時、吹きつける風に運ばれた言葉が彼女まで届いた。
「――Juri!」
「!」
兄が自分のことを呼んだ。本当の言葉で呼んでくれたのだ。
母国の…言葉で…
ハッキリと、オーディグスの言葉で。
そして言葉は続いている。
そのすべてが、母なる国の言葉で連なっていた。
兄にとっては、憎むべき国の言葉だ。
…知ってるさ。お前と、琉瑠流は、友達だったって!
だがな…そのせいで、かえって琉瑠流がいじめられたってのは、知らなかったんだろ?なんせ、クラスの人気者といじめられっ子が友達だ。
俺は…お前が許せない!そして、そんな俺が許せないんだよ!だから、俺を神にさせてくれよ!
俺が、この世界を変える!
「そん…な…こと!」
…なんてな。思ってたんだ。
でも、お前の五月蝿い声が屋上からなぜか聞こえた。
思ったより、お前は、こんなクズに思い入れがあるらしいな。…本当に、ありがとう。
「!!」
だから…お前の後ろの金田君に言ってくれよ。「氷で兄を撃って」ってな。
「…そんなことしたら…」
金田君に、【負】けて、権利を渡すことにした。【譲】るってのは…どうも恥ずかしいんだよ。
俺は…もう神になろうとは思わない。どうやら、本当は、神になりたいんじゃなくて、お前の声が聞きたかっただけなのかもしれないな。俺が…一方的に耳を傾けてなかっただけなのにな。
琉瑠流は…俺が生きてたら別のやり方で頑張るしかないがな!
「お兄ちゃん…!」
急に態度が変わって気持ち悪いだろうが…生きてたら説明する…
ま、魔…力が、切れる…前に……早く!
3人の外国語を全く知らない中学生共が、ぽかん としていると、ユリは言葉を戻した。
オーディグス語から…ここの言葉に!
そして、その言葉は、とても短かった。
ただ、涙が声と混じって、長く聞こえた。
「グッ…、か、金田君…」
急に理解できる言葉で呼ばれ、戸惑う金田。
「?!」
「お兄ちゃんを…ウ、撃っ…て……」
「なっ…」
なんで!? と言いかけた金田を止めたのは、ユリの後ろ姿だった。
顔に手を当てているのが、チラ…と見えた。ユリは、泣いている。
だから、その後、金田は、顔を守っていた腕を解き、
黙って両手を前に突き出した。




