(18話)ロクな野郎と風野郎
あの工場で知恵使いと戦った後…少し考えはした…。
あの知恵使いが教えてくれたとも言える。
「【殺】してまで神になるための権利を奪う奴等がいる」
もしそんな奴に出会ったら…?
もしそんな奴に知り合いを危険に晒されたら…?
神を目指すというのは……
「そういうことだ。」
首をカキコキと鳴らしながら近づいてくるアンドレアが冷たい声でそう言った。
そして、落ちていたビー玉を拾い、上に投げたりキャッチしたりして遊び始める。
「それで…【譲】ってくれるか?戦って【負】けて、さらに奪われるのは恥ずかしいだろう?」
ヒュッ!
空に投げ出されたビー玉が、通った光を赤に染めながら落ちていく。
そして、あいつの手の上に乗った。
「別に…【殺】されて奪われるのが好きなら、それでも良い」
パキ。
割れて粉々になった、ビー玉だったモノが落ちていく…。
早く答えを決めないと、きっと【殺】されるのだろう。
「分かりました…」
金田は、ゆっくりと手を挙げた。
ピク と少し手が震えている。
「ゆ、【譲】ります。ただ、ユリやその他の人に危害を加えないでくれますか…?」
それを聞いて、アンドレアスは にや と笑う。
「ああ」
気分の高揚、判断の弛緩。そんなものができた。
金田がアンドレアスのいる方へと、その軋む体を引っ張っていく。
「…どうすれば権利を【譲】れるんですか?」
左手を少し前に出して、少し前に進んだ。2人の間が小さくなる。
たった1m26cmの何も無い空間。それが2人の持つ余裕だ。
気分の高揚、判断の弛緩。そんなものだ…本当の戦いなんて。アニメの世界のように、戦いの中も冷静でいる というのは、想像している以上に難しい。自分が相手より有利な立場にいるのなら、なおのことだ。
こんなのは、アンドレアスも例外ではない。
だから、というか、これが普通なのだろうが、答えるわけだ。
「【負】けたと思ったとき、自動で勝った神候補に権利がいくように、お前は 俺に【譲】ることをイメージするだけでいい」
「分かりました…だから、だから俺以外のやつに もう関わらないでください」
「さっさとやれ。…琉瑠流、お前は権利が俺に渡ったか見ておけ」
「ああ、お前の権利が増えたら知らせよう」
そして、彼は両手を突き出す。
それを見たアンドレアスは、「こうした方が【譲】るイメージができやすいのだろう」と勝手に思った。
「じゃあいきます」
だから思うはずがなかった。
「…なんだ?早くしろ」
その餓鬼の両手に、中学生が使うことはないであろう量の魔力が集中してあるのに。
あのとき…機堂ん家でゲームしたとき…秋野が言おうとしてたこと。
-「なんで廃工場ではス…」-
今なら分かる。でも、仕方なかったんだよ。戦いの中でそんなことやる暇があるか!
-「なんで廃工場ではスペルを唱えなかったんだよ!」-
こう言いたかったんだろ?秋野。
確かに、魔法は呪文を唱えると、効果が上がる。でも戦いながら呪文を唱えて魔法を使うなんて無理だ。
でも…今なら……今なら…
アンドレアスは、神になるための権利が金田から譲られるのを待っている。
だが、金田は、譲る気なんてなかった。神になる気と信念がしっかりある。
それと、この距離なら、スペルを唱えて魔法を使っても、避けることは困難だ。
つまり………
「今だーーーーッ!!グラキエ スタッロス!!!!」
ドン!!
突如、この男子中学生の前に大きな氷塊が現れる。
なんという…
氷柱のように尖っていて、馬鹿の頭のように大きいのだ。
それと、アカシカの頭みたいな氷の塊は 当然のようにアンドレアスに向いていた。
この氷は、この魔法は!
本当の『神候補』同士の戦い、開始を知らせるスターターピストルとなった。
それを見てから、たったの4フレーム後、琉瑠流から大きな叫びが発せられる!
「避けろーーーーーッ!!」
金田の魔法の約0.13秒後に出たその言葉が、アンドレアスを動かす!
ヒンッ!
咄嗟に動いたアンドレアスの左腕を大きく傷つけた後、
バキャッ
その氷は、『グラキエスタッロス』は、屋上に設置されている柵に当たって砕けた。
ドシャァン!!
音に驚いたユリが、こちらを向く。涙で少し目が赤くなっている。
前にいる男が、左の腕から だくだく と血を垂れ流す。
1秒もすると、血はとても広がっており傷口も見えなくなった。そして、
「痛え」
こう短く発した。
すぐに琉瑠流が後ろから駆けつける。
「アンディ、大丈夫か!…なんて意味のないことを言っている場合でもないな!?」
何の迷いもなく、琉瑠流は服を脱いだ。
綺麗な白っぽい肌と、黒いスポーツブラが見える。
ぎゅっと傷ついているところに当てて、止血をした。
「うっ…ああ、ありがとう琉瑠流」
「いいんだ。それよりも…」
言いかけたところを、アンディが先に命令する。
「それよりも琉瑠流、お前は先に帰れ。俺なら このままでもあのガキに勝てる。だがお前はひょんなことから怪我するかもしれないだろう」
「しかし…!いや、分かった。だからアンディ 無理するなよ」
短い会話を済ませた琉瑠流が、屋上に通じている あの扉から出ていく。
あのスポブラの姿で帰っていくんだろーか…。
そんなことが少し、本当に少しだけ気になったが、それよりも今は目の前にいるあいつを見なければならない。
金田が叫んだ。
「…アンドレアス!」
ああ…。やった!やっちゃった!やってやった!今の俺にできる、最大の攻撃を喰らわしてやった!それでいい。…完全に俺のためにしたことだけど、それでいい。だって、あんなやつ神になられちゃ困るだろ!
「…せて…まるか…」
ス…
そして、ゆっくりと右手の人差し指をアンドレアスに向けた金田は、震える声を上げながら、なるべく大声で叫ぶ。
「神にさせてたまるかァ!!お前みたいなクソ野郎ォオ!!!」
自分でも、汚い言葉を使ったもんだと思う。でも、これが今の心の叫びだった。金田の声だ。
「ユズ…」
少し近いところにいた 下音 ユリが呟いた。
でもアンディは何も言わなかった。無言というのが怖い。
くっそーっ。勢いでやってしまったけど、マジで分からないことが多すぎる。まず、あいつは俺を騙して権利を取ろうとしている。…で、ユリはどういうこと?ユリもあっち側なのか…?本当に?
「…使えない。もう使えないな、この左腕」
何を言い出したのか、と金田が じっ と見る。
腕が使えなくなったと言っているらしい。
そういえば、アンドレアスは何使いなのだろうか?そんなことも気になった。誰だってそうだが、力使いなら腕が使えなくなったことで 戦闘力はかなり低下するはずだからだ。ほぼ半減と言っても良い。
話は続けられる。
「使えない。そう、使えないんだよ。この左腕みたいに…お前も!!」
ヒュッ!
蹴られる!思ってからすぐに手を体の前でクロスさせ、ガードする。
ボスッ
「あ…れ?」
少しズレたところから、衝撃音がした。
いや…具体的には、すぐ隣から…。
「ゔぅッ!」
隣を見ると、下音 ユリが腹を抑えている。
「お前がッ!使えないからッ!こうッ!なるんだ!」
蹴られすぎたユリはもう倒れていた。
こ、こいつ!なんで、あんな無抵抗な奴に、蹴ることができんだ!
「やめろーッ!」
両手から氷を放つ。呪文を唱えていないとはいえ、2つの氷のつぶてが アンドレアスを襲うのには変わりない。
2つの魔法の氷。
「五月蝿い」
2つの魔法の氷は、なんと そいつの手前で落ちた。
…いや、落とされた?
「はぁ」
そいつはしゃがむ。
「おい、ユリ。お前はいつもそうだ。お前は風の魔法を使う…魔法使いと力使いのハーフだな」
ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻いた後、その右手で倒れたユリのツインテールの一本を引っ張った。
「どうせ、さっきの蹴りもそんなに効いていないんだろう?いいな!力使いの血は!俺はハーフじゃない…ただの魔法使いだからな!」
金田は、黙ることにする。ユリとあの男の関係が分かるかもしれないからだ。
「クソオヤジが、再婚したお前の母さんとの間に作った…ユリ。お前は生まれた時から人気があったな。ああ、カワイイなァ…。今でもそう思う」
「ヤメテ…兄サン、ワ、わたしハ…」
兄さん だと!?ユリとアンドレアスは…血の繋がっていない兄妹だってことか!?
「黙れ!お前への家族愛は、いつのまにか お前に対する劣等感に変わった!」
ぱっ と手を離し、アンディが立つ。
「それとなぁ!どんな魔法を使えるかは、大体7歳で確定するってのは、お前も知ってるよな!?それで…それでお前が、俺と同じ風の魔法使いになったのは、何故だ!」
なんと!あいつも風の魔法使いだったのだ。
じゃあ、さっきのは、風で衝撃を殺して 俺の氷を落としたってわけか…。
「じゃなくて!」
すぐにユリのところに行く。
「大丈夫!?」
肩に手を回し、反応を確認する。
「ダ…だいじょ ばない…。ケド、ありがとう。はぁ…ハァ…」
ユリがゆっくりと立った。
大丈夫じゃない…。そりゃそうだ。もうボロボロだろう。見ているこっちまでが苦しい。
「おいユリ。親父は馬鹿馬鹿しい奴だったよ。そりゃあ もう滑稽だ。だからか?俺が、滑稽な野郎の息子だからか?」
ほんの少し離れたところにいる、アンディがこちらに手を向ける。勿論、右手だ。
「お兄ちゃん!違う!違う…私は……」
「黙れ!!」
手がぎゅんと突き出される。そして…
ゴオッ!!
「うわっ!」
「キャ!」
とても強い風が吹きつけた!モロに受けた2人は、少し後ろへと押し出された。
気をぬくと すぐに足をすくわれてしまうと理解し、2人は足に力を入れざるを得なくなっている。
「ぐ…」
「ん?ああ、すまない。金田君。すっかり忘れてしまっていた。お前が権利を譲らないから、戦うハメになっているんだったな」
吹きつける風に耐えるので一生懸命な金田に話しかけてくる。
何だっていうんだ!くっ…。でも、一つ確かなのは、ユリはこいつに蹴られたってことだ!そんなやつを神にはさせない。させてたまるか!
ぐ ぐ ぐ と突き出した右手に力を加えながら、アンディは話し続けた。
「グラキエスタッロスね。氷系統の中級魔法だろ?よく実戦中に使えたな、あんな長い呪文の。教科書通りの呪文を唱えて、よくできました」
「う…る、さい」
ぐっ と手に力が入る。
「五月蝿いのお前だ!ヴィント・ズィッヒェル」
お前の方が呪文長いじゃん!と思ったのも過去のもの。金田は目の前の赤いものに恐怖した。
ぷつっ。ぷし。
「痛い!」
見たら、右腕から血が。
「ここじゃあカマイタチって言うんだっけか?」
どんどん体が切られていく!
結局、右腕に2つ、左腕に小さいのが1つ…そして右脚にも1つ、切り傷が刻まれた。
風が止む。
「来いよ。もう立ち向かって来れない体にしてやる」
「アンドレアス…」
ここは挑発に乗る!
「はぁッ!」
今度は3つ、氷を放った。そして、同時に走り出す。
「ハッ」
3つの氷魔法は、風の壁で防がれる。
が、今回の攻撃は、金田のおまけ付きだ。
手に、少し長めの氷を出す。小さなつららくらいだ。
「チィッ!」
ナイフのように突き出されたつららは、
避けられたか!魔力も結構ヤバいんだけど…。
「シッ!」
そこに、アンディの蹴りがが飛んでくる!
すぐに避けて、後ろに退がる。
その時、しまったことに つららを落とした!あんな氷のかけらでさえ、今は惜しい。
「くそっ」
せめてと思い、殴りかかる。
アンドレアスはさっき蹴りを空振ったばかり。今なら殴ることはできる。
パンチは、腰あたりにヒットした。
「この…!」
反撃が怖いのですぐに離れる。
「面倒だな。くらえ!」
グン!
信じられないほどの強い風が吹いた!
風というより、空気砲だ。
「ぐあぁ!」
バン!
空気の塊に押されて、壁に叩きつけられる。
「結局。こういう使い方が一番強いんだよな…」
…今ので、背中を少し強く打った。くそ!早く決着をつけないと、もしかしたら、秋野と機堂 が来るかもしれないっていうのに!
「すぐに決着をつけてやる…」
金田は、チラ と扉の方を見た後、すぐにそう言った。
-そんなんだから、[彼女]は走った。
「なんか上で、音 しなかった?」
「あ、秋野も聞こえたんやなァ。空耳ちゃうかったんか…」
4階にいた2人は、屋上からした ドシャァン という音に反応した。
ユリと柚のやつ…どこいったんだ?やっとペンダントが見つかったってのに。今度はお前らを探すハメになっちゃってるし!どこだよ、も〜!
そう。ペンダントはあった。チープな金色をした、ロケットペンダント。中身はまだ見ていない…というよりは、
金田とユリをあまりにも見かけないものだから、ペンダントではなく先に金田達を探していた。すると、その途中にたまたまペンダントを見つけた。なのでさっさとユリを探し出してとっとと渡そうとしていたら、中身を見る時間もなかった
ということなのだが。
上から音がしたので、上に見に行こう という考え方は まぁ普通だろう。秋野もそうだった。
「よし、行こう!」
「どこに?ここが4階やし、この階より上なんかあったか?」
機堂が秋野を止める。
しかし、こうなると、ユリと柚の2人は、本当にどこに行ったんだろうか。それが疑問となってのしかかる。
「じゃあ、もうちょっとだけこの階から探す?」
「それにしとくか。もしかしたら、屋上に行ったんかも知らんけど、俺らは行き方 知らんしな」
しばらく4階を2人は歩いた。
琉瑠流が階段を下りる音も聞こえたが、琉瑠流とは遭わなかった。
だが、音には逢った。
それは丁度、機堂が 屋上へ通じる扉を見つけたときだった。
「なァ秋野。あそこの、もしかすると、屋上とかに行ける扉ちャうか?」
「あ!それっぽいな!…でも、そこに金田がいると思うか?」
とか言いつつ、体は正直なもので その扉に向かって歩き始めた秋野。
「お前、もうあそこに向かって歩いとるやんけ。分かっとるから。行くか」
かくして2人はそこに向かって歩いている。
すると…
バン!
音がしたんだ。
「なんだ今の音!?」
「壁になんかぶつかったみたいな音やなァ。まさか金田が…?」
2人は、すぐに無言で見つめ合ってから頷いた。
そして、走った。数m。
これくらい、歩いても走ってもほぼ同じだろう。そう分かっていても、2人は走った。
それほど、金田が………そしてユリが。大切だったから。
着いてすぐ、荒々しく扉を開ける!
なんと開いた。こういうものって、大体 閉まってるもんじゃないのか?と思いつつ、
2人は覗き込むように、扉の先の世界を見た。
「おい、ゆ「お前ら!!」
機堂が柚を呼ぼうとする前に、柚が大声で 秋野と機堂のことを叫んだ。
友達歴が長いとはいえ…こんな、こんな 金田 柚 は見たことがなかった。新たな金田を、2つ見た。
1つは、こんなに荒い声で叫ぶ金田。
もう1つは、誰かと、ここまで激しい喧嘩してる金田だ。
体はボロボロに疲れているように見えるし、血も出ている。金田もそうだし、その前に立っているやつもそうだった。
戦いの激しさを、2人の中学生はすぐに理解した。
そして、金田の前に立っている、青いジャージで青(厳密に言うと 青っぽい黒)の髪をした男が、笑った。
「なんだ、お友達でも来てしまったか。鍵でもかけとくんだったな、金田」




