(17話)男と女と屋上の男女
状況を整理するには、物事の初めからもう一度 話を辿るのが一番いい。
では整理していこう。
①機堂ん家で4人で遊んでたら、下音ユリから電話がかかってきた。
②その内容は、ユリが引っ越したことと、渡したいモノと用事があるからこっちに来てくれ というものだった。
③ユリは性格に難があるので、1人ではなく 秋野と機堂を連れて来た。
④用事とは、落し物を探すことだったので、二手に分かれて探している。
⑤ふと、「渡したいモノ」のことを思い出したので、ユリに聞いてみた。ユリが渡したいのではなく、ユリの知り合いが自分に渡したいらしい。
ユリの知り合いの「渡したいモノ」とは、
⑥『神になるための権利』だった。
「え?」
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どういうことだ?
金田の頭の周りには、ゲシュタルト崩壊を起こしてしまいそうなほどの“クエスチョンマーク”が…“?”が飛び交っていた。
どこからおかしくなった?⑥?⑥からか?『神になるための権利』?いや、神候補はいるんだから神になるための権利が存在していることはおかしいことじゃない…それは、神候補である自分が一番分かってるはずだ!でも、それだと この町で遭った神候補は3人ってことになる。神候補ってのは、こんなに沢山いるものなのか?
その疑問の内、分かったのは最初の疑問だけだった。それも、かなり後の話だが。
おかしくなったのは、⑥からではない。①からだ。
何かを探すときの体勢をしていた金田が、ゆっくりと立つ。
「ユリさん、それってどういう…」
どうにか冷静でいようとしながら、彼はゆっくり質問した。
「ソレがサ、私モよく分からナイんだって!詳しいコトは本人に聞いてみなヨ」
「本人に?」
「ウン。実は、彼等もココに来てるんダ」
「このハイツに…」
「ゴメン!きっと手伝ってくれると思って、どうせなら彼等にも会ってもらおうトしたんダ」
自分は、ペンダント探しを手伝ってくれ という頼みを断らない。そう思って勝手にユリは、渡すモノがある知り合いとやらを呼んだということだ。
「…」
呆。彼は、突っ立ったまま、黙ったまま、混乱の最中にいた。
そんな彼を見たユリが、少し動揺しつつも声をかける。
「大丈夫?」
「はい…」
彼は…金田は…なんとか落ち着こうとしていた。様々なことを、自分に言い聞かせている。
神候補とは、いつかは必ず戦うことになる。そんな神候補から神になる権利を譲ってもらえるなんて、むしろラッキーじゃないか。
「ここにいるんなら、丁度良かったです。ペンダント見つかってから会いに行きますか?」
なるべく明るく言った。
「どうせ、ソンなに時間かからナイだろうシ、今カラでもいいケド。ドウする?」
「じゃあ、もう貰いにいきます」
神になるための権利を。
「……リョーカイ!」
色々あったが、ついに行くと決めた。
なので、今はツカツカと階段を上っている。上に行くらしい…が、4階に着いても、前を歩くユリに止まる気配はなかった。
「あの、どこに行くつもりですか?」
とは言ったが、大体 予想はついてきた。最上階である4階よりも上となると…
「屋上ダヨ。」
ユリは淡白にそう答えた。
アニメやドラマでは、よくビルや学校の屋上での会話シーンがあるが、本当に屋上を開放している場所は少ないと聞く。なので金田は、屋上に行くと聞いたとき、自分でも気づかないうちに少しワクワクした。
「へぇ…」
「ココだ。ここから、屋上に行けるヨ…」
銀色の安っぽい扉。上半分は汚れたガラスが張られている。
本当に開いているのか?彼の心のどこかにあったそういう気持ちにはおかまいなしに、
扉は開いた。
ビュウッと風が吹く。開けたとき丁度風が吹いたのか、屋上はこんな感じでいつも風が吹いているのか、分からなかったが 気持ちの良い風だった。
そして広がる景色。どこまでも続く建造物の海。遠くに見える山。すぐ隣を見ると何かの建物の背中がこちらを向いている。
何よりも空だ。4階から屋上へ…たった数m、高さが変わるだけで空の見え方はこんなにも変わるのか。そう思える空があった。
ただ、その美しい空の少し手前には、
「あ…」
2つの人影。
「…」
あの2人とユリがどんな関係なのかは分からないが、そいつらに近づくにつれてユリの口数が減り 表情が曇ってきているところを見ると、不安になる。
それは、気のせいではなかった。金田は気づかなかったが、ユリは小さく震えてすらいたのだ。
「…」
もう姿はハッキリと見えてきていた。
右には、若い男。
髪型はベリーショート。その青っぽい黒の短い髪からは。爽やかな印印を受ける。白色のラインが入った青いジャージの前が開いており、そこから水色のシャツが見えている。(ちなみにシャツには、扇風機? の絵がプリントされている。少しダサい)
その左隣にいたやつが
「おい、本物のようだ」
とだけ言った。
その存在が、今 どんな状況か教えてくれる。規律使いだ。見れば分かる。
規律使いは普通の人間とは体の構造が少し違う…しかし、そいつは別に 翼が生えているわけでも、角が生えているわけでも、尻尾が生えているわけでもない。
…ただ、顔がとても白く、顔には目も口も鼻も無かった。長く美しい黒髪と、真ん中に直径10cmほどの ブラックスターサファイアのような なんとも説明するのが難しい 黒く美しい何かが埋まっている。
服装はとても普通のものなので かえって、顔の黒い宝石のようなもののインパクトが強くなった。どう見ても規律使い…
ああ、ダメだ…
悪気がないにしても、外見で決めつけてしまった……と反省しながら、金田はその2人をじっと見る。
「…」
ずっと黙っていたが、いよいよそいつは喋った。青っぽい黒の髪をした方だ。
「そう、緊張をするな。神になるための権利を譲渡するために来たってのは……あの女から聞いただろう?」
びく、と体が反応する。
“あの女”呼ばわりされているユリはどんな顔をしていたのだろうか?それは前にいる 規律使いと青っぽい髪の2人にしか分からなかった。
とりあえず、金田は返事をする。
「…はい。それは、あなたも神候補…ってことですよね?」
少しおどおどしながら聞いてみる。
「ああ、そうだ」
やはり…。
予想はしていても、いざ言われるとびびってしまう。
「…」
無意識のうちに、金田は黙ってしまった。
そこを、ありがたいことに、相手の方から話してくれる。
「…っと、名前くらい教えないと、信用できるはずもないか。俺はアンドレアス。アンディで良い」
へぇ〜、そうなんですね!僕は柚って言います!…と言うほどのコミュニケーション力すら金田にはない。
「…」
何か言わないと、と考えている間に、アンドレアスはまた口を開く。そして、少し、ほんの少しだけ不機嫌そうに言った。
「…どうした?苗字も教えないと駄目か?」
これは分かりづらいが、「今度はお前が名乗る番だ」と言っている。直感でそう感じとった彼は、自分も名前を言うことにした。
「いや…。えっと、あ、僕は柚です」
アンドレアス…いや、アンディは、嘲笑ともとれるくらいの軽い笑いをする。
「そうか。よろしく。こっちは琉瑠流って言うやつだ。変わってる名前だろ?」
そして、隣のあいつを紹介したのだ。
本当にインパクトの強い見た目だ…。だが、その黒い宝石のような何かは美しくもある。
「柚か。どうも、紹介に預かった琉瑠流だ。よろしく頼む」
手を上げて軽く挨拶をされた。
「あ、はい」
そちらの方を見ながら、ペコと一応頭を下げておく。
琉瑠流はその後すぐ隣を向いて、「アンディ、変わっているとはあんまりじゃないか?」と言っていたようだが…。
「まぁ、とにかく、それだけだ。琉瑠流が見たところ、どうやらお前は本当の神候補らしいしな」
そうだった。規律使いは、相手の『神になるための権利』の数が、相手が『神候補』かどうか が分かるのだった。
そのことを思い出しながら、金田は小さく頷く。
「金田君、君は連れ添いの規律使いがいないのかい?」
琉瑠流が少し心配してくれている…というより同情のように言ってくれる。
「まぁ、いいじゃないか」
そこをアンドレアスが間髪入れず行った。
あれ?
金田は、ユリが本当にずっと黙っているので、流石に心配になっていた。あの2人とどういう関係なのか…それが原因なのか…。
何かが始まりそうな気がした。
だが、
涼しい風が吹いたのは気のせいじゃないとハッキリ分かるほど感じた。
そして、
何かは始まるようだ。
パン、と手を合わして アンドレアスがこっちを向く。
「じゃあ、こっちの話はまとまっているし、少し聞いてもらうとするか」
「え?」
「よく分からないような奴から、一方的に神になるための権利を押し付けられるなんて、嫌だろ?」
「まぁ…」
「うん。最初っから要約して言わせてもらうと、『神になるための権利なんて物騒なモン、そもそもいらねぇ』って話なんだがな。…というか、それだけだ」
たしかに、と金田は思った。というか、思いすぎて声に出してしまった。
「たしかに…」
そして話は続けられる。
「情けないが、それだけの理由なんだ。琉瑠流からわざわざ貰った権利だがな…くれてやる ということさ」
右手をズボンのポケットに入れ、左手をぷらぷらさせながら言う。
アンドレアスは続けて喋る。
「…で、……いる?」
いるか、と聞かれた。何をかは、言わなくても分かる。だから、思うだけでいい。
神になるための権利 だ。
「はい。アンディさん、ありがとうございます」
神を目指すということは、危険なことだが、彼がやりたいことでもあった。
「いい、別に。むしろ助かる」
来る…。
ごく、と唾を飲み込む。
だが、よく考えれば、【負】けた神候補から権利を貰うことはあっても【譲】られたことはない。
どんな感じに貰うんだろうか…
と思っていたら、彼はポケットから何か取り出した。
「ほらよ」
ヒュッ!
その小さな何かは宙を舞った。
すぐに パシ、と左手で受け取る。
そして、その手を開いて、手の中にあった小さい何かを見た。
「…ビー玉?」
受け取ったのは、赤いビー玉のようなものだった。
ビー玉?…いや、まさか。権利を譲るときは、権利がこういう形になるとか?…ええ?そうとは思えない。これはどういうことだ?聞いてみよかな。これはどうい
「ゔっ!!」
変な声が出る。
やけに腹が痛いな…と思った次の瞬間、信じられないような激痛が走った。
痛い!!!
痛い痛い痛い痛い!!!!
「げっ、あっ、か…」
あまりの痛さに、足が自然と後ろに退こうとしている。
カンッ!カン。カララララ…
落としてしまった赤いビー玉が、転がっていく。
「嘘だ。全てな。でも、こういうもんだろう?神になるための戦いって」
前に立っていた男が何かを言った。笑っていやがった。
でも心がぐわんぐわんとして、何も聞こえない。
ただ、一つ分かった。腹が馬鹿みたいに痛むのは、アンドレアスに殴られたからだ。
それと、もう一つ分かった。いや、分かるのだ。腹を殴った理由は、自分の神になるための権利を奪うためだと。
「ゔえ゛」
さっき飲んだお茶が吐き出されそうになる。
人生、十数年間。まだ短いといっても、これから長い人生の中で、出会って1日目の男にマジ殴りされることなんかあるだろうか?
できればないことを望む。
「ずっと連絡も取ってないような奴から、電話で『探し物を手伝ってくれ』と言われて、来る奴がいるとはな」
金田は、なんとか持ちこたえた。
アンドレアスの言っていることも分かる。つまりは、ユリもこいつらの仲間、こいつらと共犯だったということだ。
「くっ…」
「おかしいと思わなかったのか?全部 嘘だよ。探し物を手伝って欲しいってのも、渡したいモノがあるってのもな」
なんてことをアンドレアスは言っていたが、そんなことはどうでもよかった。
そんなことより、ユリはとこだ?あいつらの仲間なら大丈夫かもしれないけど、もしかして傷つけられてたり…。あ!屋上に来られる扉は開けたままだ!秋野や機堂がここに来たら、あいつらまで…。
そんなことばかり、金田は考えていた。
風が吹く。
琉瑠流 はやれやれと、溜息をついていた。
アンドレアス は前にいる青年を見て、笑っていた。
金田 柚 は前の相手に苦しみながらもみんなのことを、心配していた。
下音 ユリ は誰とも目を合わせず独り、
泣いていた。




