(16話)探し物と捜される者
かくして私達は来た。
一昨日の電話の件に今日が繋がる。
つまり、今 3人はグリーンマンションの315号室前にいるのだ。ちなみに朝宮ちゃんはいない。
こんな危険なとこに、朝宮ちゃんなんて連れてこれるか。
「グリーンマンションの315…。ここか。…はぁ、来てしまった」
溜息。
「いや、頼むよマジで…」
金田が手を合わせて頭を下げてくる。
くそ。柚のやつめ。私だってユリは苦手なんだ。なんだって、私達までここに来なきゃダメなの…。用があるのはお前だけだろ!
「もう、さっさと済ませて帰ろう」
「柚、お前はもっと優しいやつやと思ったったんやけど。…そうか、そうか、つまり君はそんなやつだったんだな。」
機堂がヤケクソ気味に言った。
「頼むよ、ホント。マジで悪かったとは思ってる」
「はァ。もうええわ。はよピンポン押せ」
ピーン、ポーン。
ガチャ。
だれが来たのかを確認する様子もなく、すぐに扉は開いた。
「オー。ヨク来たね!…っと、機堂ちゃんに真絵ちゃんも来てるじゃナイか!」
笑顔で下音 ユリは言った。
天然モノ、というか地毛の金髪。
艶のある金髪は、2つの滝のように 美しく流れるツインテールとなっている。
ツインテールは膝下まで伸びていた。
何よりも、たわわな胸。大きすぎることもなく、女性の理想を具現化したかのような 美しい胸。
これだ。これなのだ。あのウザったらしい性格と変態性とは関係なしに、見た目のみをとれば彼女は、最高にカワイかった。
どれくらいのものかと言うと…
…ああ、その全ての“カワイさ”を無に還すほどの威力を持った、クソダサい芋ジャージを着ていなければ 女の秋野でも息を呑むほどのカワイさだ。
「…」
「サ、入って入って!」
振り返って、「こっち こっち」と誘導した。
振り返ったときには光の当たり具合でユリの顔が どこか憂いを帯びているように見え秋野はドキッとした。
いつもからは、考えられない顔だったから。光の当たり具合も意地悪なものだ。
4人は部屋の中を進んだ。
「イヤー!久しぶりダネ!座って 座って!お飲み物持ってクルから〜。ついでに着替えてこヨっ」
3人は、「座って」と言うので床を見たが、床には何も敷かれていない。ユリらしいといえばユリらしいので、特に気にすることなく適当に座る。
あぐらで座った秋野は、手を後ろの床につけて 首を軽く回した。
…周りに何があるか見ようとしたが、何も無い。
「…どういうつもりだ」
手を組んで、太ももの上に乗せて そわそわする。
「もうここまで来たんやし、なんか色々どうでもよォなってきたわ…。用ってのがなんなんかだけアレやけどなァ」
「そうなんだよなぁ〜。俺も聞かされてない」
…
「はぁ」
3人は、面倒くさそうな声を吐いてうなだれた。
お茶を取りに行くにしては、少し時間が長い気もしたが、そんな気も 3人が吐いた声でかき消されてしまった。
そこに、お茶を持ったユリが帰ってくる。
彼女は、さっきのジャージからガラリと服装を変えた。あまり締め付ける感じのなさそうなオフホワイトのパンツと、ゆったりとしたベージュカラーのシャツ。動きやすそうな服という意味ではジャージと同じかもしれないが、雰囲気は全くの別物だ。
そんな彼女は、手にお盆を持っていた。
「ヤ〜、お待たせ!」
ゴト
床に置かれたお盆の上には、お茶の入ったペットボトルが4本。
コップに入れたのではなくペットボトルをそのまま出すあたり、まだ冷蔵庫もキッチンもいろいろとテキトーなんだと伺える。
「くぅ!懐かしいナ〜!秋野ちゃん!今日はスカート履いてないの?」
「なっ!誰のせいでスカートを履かなくなったと…!」
気に入ってボーイッシュなスタイルをしていたので、元々スカートを履くことが珍しかったが、それでもたまには履くったら履く。そんな秋野が 全くスカートを履かなくなったのは、留学生としてここに来た下音ユリと大いに関係があった。というか、ユリの風魔法のせいだ。100%だ。
「まぁまぁ〜!機堂ちゃんはマダあのゲームしてないノ?」
「お前がネタバレしてくれなかったらもうしとるハズやったんやろうが!!」
顔を突き出して彼は怒った。
「アッハッハッハッ!あのゲームは私の国での発売のが早かったカラ、ちょっと自慢したかったダケだって言ったジャン!」
しばらくはそんな調子が続いてしまった。いつもそうだったのだが、今日も、いつの間にかユリのペースに巻き込まれている。
「で、なんで呼んだんですか?」
金田がペットボトルに入ったお茶を飲んだ後、何もなかったかのように言った。これでやっと話が進む。
秋野と機堂の周りの空気が一気に乾燥したかのようになる。
…「なんで呼んだんですか」だと?それはこっちのセリフだ!そもそもユリに呼ばれたのはお前だけで済んだのに、なんで私と機堂まで…。柚、まさか「旅は道連れ世は情け」とかいう地球の馬鹿みたいなことわざに従っていたりするんじゃないだろうな?
と秋野は思っていたわけだ。が、そのパワハラ上司に訴えるときに使うような視線は、金田には通じなかったらしい。
「本当ハ金田にダケ来て欲しかったんだけど…まぁイイや」
頭をポリポリと掻きながら小声で呟く。それが本当に小声だったので、一番近くに座っていた秋野にしか聞こえなかったようだ。
「…?」
言葉の意図は分からなかった。ただ、どこか、秋野はユリの顔から哀しさを感じる。まただ。
…いや、今度のは 見間違いとは思えないようなほどハッキリと感じた。
「で!今日ココに呼んだ理由なんダケド!実は…」
気のせい、気のせいだ。こいつに限って、あんなことを言うわけがないし、あんな表情をするわけがない。
秋野は、疑問を心に閉じ込めて話を聞くしかなかった。
「………つまり、落としたペンダントを探すのを手伝ってほしいってことね」
大体の話を聞き終えた秋野は、「はぁ」と息をつきながら 手を床につけて後ろにもたれかける。
気が抜ける。
「ソーなんだ。参ったヨ。手伝ってホシイな〜っテ」
なんか…。なんというか、「なんだ、そんなことか」って感じだな。ユリも少しは性格がマシになったのかも…。
そう思って秋野は、どこか抜けてしまった。
「別に暇やから俺はええけどな。どうせ家おったらゲームとアニメやし、たまには運動するかァ」
機堂が立ち上がって手を上に伸ばす。
秋野も“残り数日の休みでは忙しくなること間違いなしな量はある宿題”の存在を除けば暇だ。つまりかなり忙しいのだが、こういうのもいいものかもしれない と今日は思っていた。
金田は勿論、他2人も手伝うことになったのだ。
「おお!助かるヨ!じゃあ早速行こう!レッツらゴー!」
立ち上がってユリは右の拳を突き上げる。
こういうのも悪くないな。
そのノリが懐かしく感じたこともあったので、今日は乗ってみた。
「おー!」
「ん?…ちょっと待て」
ペンダント。
こっちに来る途中に落としてしまった…とは聞いているが、どこに落としたかは聞いていない。
「ペンダント、どこで落としたの?」
アァ、そういえば 言うノを忘れていまシタ。
といったような反応が顔に現れた後、ユリは短く答えた。
「レイクハイツってトコ!」
レイクは湖、ハイツは集合住宅という意味だ。なんで湖という名前がついているのかは知らないが、つまるところ集合住宅。マンションやらアパートやらの親戚ということだ。
ここよりもう少しだけ駅に近いところにある。
あることを察した金田が、察したことは心に閉まっておけばいいものを 口に出してしまう。
「ああ。どうせ、ここと…グリーンマンションとレイクハイツを間違えたんでしょ。引っ越しだとしても 住む場所を間違えるとは…」
隣で聞いていた2人の中学生も「あり得る…」と全力で思った。
「ナゼバレタ!?」
わざとらしいリアクションに笑いながら4人は、出口へと進んでいった。
ユリがドアノブに手をかける。
ギィ…
ガチャ
「戸締り 戸締り…っと」
カチャ。
意外にしっかりしているユリを片目に、中学生3人組はただ立っていた。
空は青く、太陽はいつもの顔で輝いている。和紙をちぎったような雲が、次第に集まって一つの大きな雲になろうとしている。まさしく夏。まさに夏。真夏だ。
なのに、何故か涼しい。扇風機ともクーラーとも、魔法使いの起こす風とも違う… 地から 海から 空からの風。
何よりも良い風だ。
「ジャ、今日ハ頼むヨ!誘ったのはコッチだし、終わったらアイスでも奢るゼ!」
ユリはハイテンションで前へ進んだ。
「風で溶かすくせに、よォ言うで」
そこを、機堂が他2人の気持ちを代弁しつつツッコむ。
気持ちのいい風を受けながら、4人はレイクハイツを目指し始めたのだ。
天気は最高。探し物日和なのだから。
そして、
住宅街を抜け
公園を通り越し
学校を横に見ながら歩いて
少しコンビニで休憩したり
赤信号に捕まったりもして
ついに
「着いたー!ココがレイクハイツだー!ケッコー遠かったネ…」
少しボロさを感じる色をしているが、見た感じ6階まである高さ。狭い駐車場が裏に見える。着いた。レイクハイツだ。
それはそうと、どうやら彼女は道を覚えていたらしい。(つい最近まで、引っ越し先をグリーンマンションではなくレイクハイツだと思っていたので当然でもあるが)
ユリにとってはそこそこ馴染みのある場所なのだ。
そんな場所の入口に4人はいる。大きく金色で書かれた『レイクハイツ』の文字に 逆に安っぽさを感じているところだ。
「ここ こんなに遠かったっけ?」
「まァ、さっさとそのペンダント探してまうか」
「そうだな。どんなペンダントなの?どこら辺で落とした…とかも」
機堂の提案を受けて、秋野が質問する。どんな風なペンダントか分からないと、見つけるのに困ると思ったから。
見た目と、落としたかもしれない場所 は知っておいた方がいいに決まっている。
「見た目は…金!金色をシテル。ロケットペンダントってヤツで、中には写真が入ってるヨ〜!」
彼女は 視線を右上に向けて、思い出すように言った。
中に写真が入っているペンダントのことをロケットペンダントということは、初めて知った。
新しい発見をしつつも秋野は話を進める。
「へ〜。実物を見るのは初めてになるかも。でも、落とした場所は大体どこ とか分かんないの?」
「アァ。ソレが全くネ。このハイツに落としちゃったハズ…ってコトくらいだナ」
「あ、そう。この建物 自体はそんなに広くなさそうだし、見た目だけ分かればいいか…」
情報は整った。
「ヨーシ、ペンダント探し開始ダー!二手に分かれて探すカ!」
「それがいいかも。どういうペアにする?」
2つのペアに分かれるということでらしいので、 金田でも機堂でもいいけど、ユリはちょっと嫌だなぁ
と思いながら、彼女は聞いてみた。
「機堂ちゃんと秋野ちゃん、私と金田で分かれるのはドウ?金田クンには話したいコトもあるしね」
うし!
と喜びを心の中で噛み締めながらも、秋野は冷静に返事をした。
「了解。機堂、行くか〜」
「おう」
ところが、入口の中に向かって進んでいく2人を彼女は止めた。
「ア、ちょっ、ちょっと待って!」
「何」
「いや、2人には 1〜3階までを頼んでもイイ?コッチが4階以上を探してみるって感じでサ」
「へいへい。ようござんすよ…」
2人はまた前を向いて歩き出した。
後ろから
「かたじけナイ!」
と 高い声の外国人らしい声が飛んできた。
あ〜あ。あの変わった性格と変態さがなければ、気さくな年上のいいお姉ちゃん なのになぁ。スカートをめくるとか、今どき 小学生の馬鹿でもしないだろ…。
「?どうしたんや、秋野」
「いや なんでもない。それより、どこから探す?」
「せやなァ、まず3階に上がって 段々下りながら探してもええけど…普通に1階からでええやろ」
「そうだな。早速、あっちから探すか!」
「よう走れるわ…」
ユリの性格にウンザリしていても仕方ないので、秋野は機堂と探し始めた。
ペンダントなんて、そこそこ大きいし 金色という派手な色だ。
すぐ見つかると思ったが、これが 廊下の黄土色に隠れてしまっていて、なかなか見つからなかった。始めた頃は、こんなに手こずるとは思わなかったほど。
そう。結果的に、30分もかかってしまったのだ。探し物に30分というと、長い時間か短い時間かよく分からないが…。
とにかく、見たけた頃には2人とも疲れてしまった。
なので、その後 金田とユリに思わぬ形で合流した時は………2人ともあまりの驚きにパニックになってしまった。
別に、可笑しなことじゃないと思うが。誰だろうが、友達があんなことしてたら そりゃ驚くに決まってんだから。
-そんな驚きの展開が待っている とある一組のペアとは別、こちら…[金田]とユリのペアはというと…
勿論、ペンダントを探していた。
勿論、秋野と機堂のように雑談を交えながら。
「こっちは無いな〜。そっちはどうすか?」
「ン〜、見当たらないナ。もしかしタラ、案外 秋野ちゃん達がもう見つけてたりシテ…」
「それは…。というより、どっちかが見つけたらどうするつもりです?集合する時間と場所を伝えていない…」
「機堂クンが携帯持ってるデショ。君が機堂に電話してくれなイカ?」
「まぁ別にいいんですけど…」
…そのことだが、なんとも間抜けな話で、金田と機堂はどちらとも今日に限って携帯を忘れている。しかし、それに気づくのは、だいぶ後であった。
他にも、あっちでの生活 とか 最近ネギにハマっている とか 夏休みがそろそろ終わりそう とか そんなどうでもいいことを、だらだらと話し合った。
だらだらと流れる汗はない。涼しい風が、気持ち悪い汗をかかせまいとしてくれている。涼しい風が、2人の会話を気持ちのいいものにしてくれている気さえする。
「ハハハ、それはどう考えても こどもっち時代に問題があるやつだ」
「そうカナ?おせわ もちゃんとシテると思うケドなぁ…」
「機堂に聞いてみたらどうですか?あいつなら、この手のゲームも詳しかったはずですよ」
「デモ、機堂ちゃんは私のコト嫌ってるシ…」
急に何かを思い出すなんて、そこまで珍しいわけでもなくて、金田もまた この時、急にあることを思い出した。
「それはあんたが悪いとも思うが……あ!ところで、この前の電話で 俺に渡したいものがあるって言ってた気がするけど、あれって結局 何ですか?」
思い出したとは、このことだ。ユリが8月14日にした電話で話していた、「渡したいモノ」。確か、そんなことを言っていたのだ。
「ア〜。あの話…。もう少し後でもよかったケド、もう言っちゃうカ」
「知り合いにサ、少し変わった奴がいて、そいつが君…金田クンに会いたいって言ってるんダヨ」
さっきまで しゃがんでペンダントを探していたユリは すっ と立ち上がった。
ってか…ん?渡したいモノ の話は?
と金田は思ったが、そのクエスチョンはもうすぐ終わる。
代わりに、より大きなクエスチョンができるからだ。
ユリは、どんどんと言葉を吐き出した。
「その知り合いが、君みたいな人を捜してるんダッテ」
「…へぇ」
“俺”じゃなくて、“俺みたいな人”に渡したいのか…。それにも理由があるんだろうか。
金田の頭をぐるぐるとはてなマークが回っている。
「つまり、君みたいな人に、私の知り合いは渡したいモノがあるらしいんダ」
「なるほど」
「それは…エート、変な名前をしていて、確か…」
「神になるための権利、だったカナァ…」




