(15話)幼馴染達と元留学生
この世界は小説である。小さい頃、アークは考えたことがあった。
ゲームやマンガのキャラクター達がよく言う、「そんなこと起きるわけないだろ。マンガじゃないんだから」…その後には、ほぼ必ずと言っていいほど、『そんなこと』が起きるのだ。なのにマンガのキャラクターは自分がマンガのキャラクターだと気づかない。
こういう、ギャグとしてもストーリーとしても、特に意味の無い『作者の遊びのような』シーン。
「もしかして、気づいていないだけで、私達も アニメやマンガ、ゲーム…そして小説……フィクションの住人では?」
アークは、その特に意味の無いシーンを見ていたときから、ずっと思っていた。
場面は戻って、
そんな 少し変わった子供だったヴン・アークだが、今はこんな屋敷で 自分の比じゃないほど変わった男のことを見ていた。
「メタさん…」
名前はメタ・ステイト。なぜか さっき何も無い空間に向かって自分の名前を叫んでいた。
「ん?」
この男、何が変かって、なんとこの世界がフィクションだと信じているのだ!!!頭がおかしい…。
アークがここにいるのは、アークもまた この世界がフィクションかもしれないと考えているからに他ならない。
しかし、この世界がフィクションだと信じ込んでいるわけではない。
「まぁいいです。他の方達はどこにいるんですか?」
ゆっくりと息を吐きながら厨房に向かう。そろそろ晩ご飯の準備をするからだ。
「もうそんな時間か?多分みんなどっか行ってるし。じゃ、呼ぶわ〜」
「いえ、今から料理するので、もう少し後でもいいですよ。それと、今日は アーリオ・オリオ・ペペロンチーノにしますね〜」
アークは『箱』でこの屋敷に移動したので、ここは2階だ。なので、厨房のある1階に下りる必要があった。
「アーリオ・オリ…って、それ簡単に言ったら、一番 普通のパスタってことじゃん」
ツッコんでみたが、もう1階に行ってしまったので反応はない。やれやれ、暇が来る。暇とゴキブリはかなりしぶといので、早いうちに潰さなければ。
「…暇だし、先にみんなにそろそろご飯ってこと言っとこ〜」
メタは、魔法使いだ。
「この魔法使うの、こんな時くらいしかないけど、その こんな時ってのがそもそも多いから、結局コレを一番使ってんだな〜」
ブツブツ呟きながら、目を閉じる。目を閉じる意味はないが、こっちの方が格好がつくという意味は大いにある。
「カーネギー!!!題名を借りるぜぇ!!!!…なんつってね。『人を動かす』!!!!!」
カッ
彼の魔法が放たれる。魔法の名前は『人を動かす』…これは地球にある有名な本の題名だ。カーネギーという人が書いたらしい。
「あ、みんな〜。そろそろご飯だから、もうちょいしたら帰ってきてってさ。じゃ」
メタ・ステイトは、声に出してそう言ったわけじゃなかった。心の中で言ったのだ。
しかし、その心の声は約15人にも届いた。約15人、という数…それは、この屋敷に帰ってくる人数のことだ。
そして これこそが、ステイトの魔法の1つ、『人を動かす』だ。簡単に言うと、テレパシーみたいなことができるというだけの、シンプルでいて便利な魔法である。
「フゥ…」
目を開く。
「…」
暇はまだいた。どうやら彼は、目を閉じるために、目を開いたということになる。
1番近いベッドのある部屋まで歩く。ベッドに着くと、そのシュッとしたそこそこオシャレな服もグレーのズボンも脱がずに、そこへ倒れ込んだ。
ボスッ…
「寝よ」
グゥ
すや、すや…
ぱちっ
「ふぁ〜っ」
-[秋野]が目を覚ます。
呆れ顔のような、気の抜けた顔でベッドから起きる。
「んーっ」
腕を上に伸ばして、背筋をピンとさせる。寝てるときは体を動かさないから、動かしたくなってしまうのか…それはよく分からないが、朝起きてすぐに体を伸ばすと気持ちがいい。
8月14日。
「よく寝た…」
昨日はカーテンを閉めて寝たので、朝日が起こしてはくれなかったらしい。
ごしごしと眠たい目を擦りながら、カーテンをスライドさせて空を眺める。見たところで昼か朝か分からないのだが…。
朝。今は朝。朝だ。きっとそう。 というか、朝じゃなきゃ困る…。
恐る恐る、壁に掛かっている時計を見ると、針は11時27分を示していた。
ベッドから跳ね上がる!そして、それとほぼ同時に服を着る!これは一言で言って、かなりマズイ事態なのだ。
「ヤバイヤバイ」
乱雑に扉を開けて階段をどたどたと下りる。もう朝ご飯には期待しない方がいいだろう。母はこんなときいつも怒ってご飯を片付けてしまうのだ。
ピンポーン。
「はい。…って、おおっ!秋野か!今、開けるわ」
そうとだけ聞こえた後、インターホンは切れた。
「あんあお」
秋野は口にパンを咥えているので、まともな返事ができない。
グゥーン、ガチャ。
扉が開く。
そこから機堂は顔を出した。
「よォ。よう来たな…って、顔どうしてん」
見ると、秋野の顔はどこかげんなりしているようで、目もどこか生気がない。
朝メシ抜かれたからだよ!!!と言う気力すらもうないので、まずはこの美味しいソーセージパンを食すことが大事だ。
「んっ、んぐ」
「焦らず食いーや。どうせ起きんの遅くて朝メシ抜かれたんやろ」
もぐ、ごくん。
「分かってんなら聞くんじゃねーッ!」
人差し指を突き出して怒るが、軽く流されてしまった。
「はいはい。ええから中 入れば?」
「ん…うん」
冊子が入った、少し重いビニール袋の揺れるガサガサという音がする。
今日も勉強しにきたのだ…のだが、少し不安なところがあった。
「あのさ、家ん中入れてくれんのは助かるけど…今日って来てんでしょ?本当に?」
靴を脱ぎながら問い詰める。誰にも聞こえないほどの小声で「おじゃましま〜す…」と言った後に。
そして!それで!その、不安な点とは…!機堂の家に、無垢な可愛い朝宮ちゃんが来ているということだ。
「おう、朝宮ちゃんならもう来とるで〜」
実は昨日、図書館から帰る時になんやかんやで朝宮ちゃんまで来ることになってしまったのだ。
「マジ!?」
これが何を意味するかというと………
「お前っ!あ、あのオタク部屋には入れるなよ!朝宮ちゃんはゲームは好きかもしれんが、オタクではないっ!」
後ろの彼女は少し怒りながら、前の男はやれやれと言わんばかりだが、2人は階段を上がっていく。壁にはいつものセンスある絵が飾られていた。
「あんなァ…流石に自重するって。あそこには…なんや、チョイとえっちな漫画もあるしなァ」
そんなとこに入れられへん入れられへん とその後、小声で言ったが秋野には聞こえていなかった。
なので階段を上がる足がピタッと止まった。
「え…私はそんなモンがあるところにいつも入ってたのか…。私モ一応女ナンデスケド」
前の彼は気にせず次の階段へ足を運んだ。
「いや言うても 普通の漫画やって。ちょいちょいそういうシーンっていうか描写があるだけで…」
それを聞いて、再び秋野は階段を上がった。
「じゃあそれはいいとして…一応聞いとくけど、お前ってロリコンじゃなかったよな?」
「アホ言えっ!!!」
「うおッ!急に振り向くなよぉっ!」
ここで一つ溜息をついてから、機堂はまた前を向いて進みだした。
「秋野…やから、そもそも3次元に興味ないって言うとるやろが!2次元に嫁おるし」
「ゥえっ!?」
丁度、秋野が声にならない声で叫んだ時、…というより吐いた時、
「おっ2階や。ここを使ってくれ。知っての通り、3階には俺の部屋があるからなァ」
「分かってんじゃん。…なんかいつもより2階に着くのに時間かかったな」
「お前が立ち止まるからや」
機堂の言葉は無視するとして、絨毯が敷かれているので足音は立たないが、ゲームの効果音が聴こえてくる。その方向に進んでいくと、朝宮ちゃんがいた。
「あ!おねえちゃ〜ん!」
パタパタとこっちに寄ってきた。紺色の縞々をしたワンピースがとても似合っている。
「よ〜ッ!何、何?何のゲームしてたの?」
ギュッと抱きしめる。すると、
「格ゲー」
奥からもう一つの声が聞こえた。
「柚…。来るの早いなー」
ぽふっ、と朝宮ちゃんが秋野の服に潜らせた顔を出す。
「あ〜!あのね!ゆずおにいちゃん、おとなげないの!あのゲームむずかしいよ〜」
「ヤな奴だな〜」
金田はそれを聞いて鼻で笑った。
「格闘ゲームとかの対戦ゲームで手を抜くとか、相手に失礼でしょ?」
「小2の女の子相手に彼は何を言っているの…。柚、私が朝宮ちゃんとチェンジする」
そして秋野は中に進んで床に座った。絨毯が敷かれてあるのでそこらのイスより座り心地がいい気がする。
「秋野がやったところで、結果は変わらんと思うでェ。じゃあ俺は茶ァ取ってくるわ」
外野がウルサイ。
「まえおねえちゃんがんばって!」
朝宮ちゃんのカワイイ応援だけがエネルギーになる。
「せいッ!」
「チィッ!…けど、ここは攻める!」
「くっ」
バトルの行方を2人は見守った。朝宮ちゃんはおろか、機堂までしもが固唾を飲んで見守っていた。
ピーーーーッ!
ここで時間切れ!結果がどうなったかというと…
「嘘やろ…この格ゲーの引き分けとか、初めて見たわ…」
「おねえちゃん すごーい!」
金田と秋野は熱い握手をした。
「お前、こんなに強かったんだなぁ」
「私もそれ思った。てか、手汗がヤバいな…じゃない!宿題がヤバいんだった!!」
秋野は手を解いて手汗を洗い落とし、すぐにテーブルを貸してもらった。
「宿題しなきゃ!」
社会はもう少しで終わる。問題は…技術、そして魔法だ。技術の宿題もすぐ終わるとして、魔法の宿題はかなり不味い。
「ゔ〜」
答えを見て、それを写してやろうか…。
「おねえちゃん…だいじょうぶ?」
「あ、んーとね…」
ヴーッ ヴーッ!!
「あっ、ごめッ。電話だ」
ポケットから携帯電話を出して、開いた画面を見ながら金田は部屋から出ていった。
「ういー」
てきとうに返事をしながら機堂は、宿題をする秋野にお構いなしにゲームを始めた。
「これは町を育てて大きい町にするってゲームや。朝宮ちゃんもやるか?」
ぽっちゃりというかデブというか、柔らかそうなのに子供は懐くのか、どうやら朝宮ちゃんは随分と機堂と仲良くなっている。
「うん!やるやるー」
「機堂、後で宿題も手伝ってくれ…いや ください…」
その、いつ見ても膨れた腹をしているオタクを信頼しているのは…私もなんだけどさ。
「しゃあないなァ。最悪、答えを写しや」
「別に今から写させてくれても私は構わないけど」
「アホ。…写すときは、3問に1問わざと間違えとる答えを書けよ!お前がほとんど全問正解でもすると、即バレやからな」
-部屋の外に出た[金田]は、電話に出た。
部屋では2人がゲーム、1人が宿題している。そうでなくても、やっぱり電話は誰にも迷惑のかからないところで出るべきだ。
そこのところ金田は、なかなかしっかりしている。
「…もしもし?」
そして、そいつとの電話が始まってしまったのだ…。
「ハ〜イ、もしもし。ユズ?覚えテル?」
若い女性の声が聞こえる。この国の人ではないとすぐ分かる、カタコトの言葉。
「ゲ!あなたは…」
金田はこの声を知っていた。知っていた上で、「ゲ!」と言ったのだ…。
「金田 柚クン、…。電話するのも久しぶりだネ〜」
電話の向こうで、通話している外人女性がケラケラと笑う声が聞こえた…。
「ちょっと!なんだってまた、こんな突然…」
声を抑えながら叫ぶ!
「私はモウ 16歳よ?16になったらコッチに住ムって、約束したじゃナイか」
「に!2年前の…一方的に勝手にしてきた、ここに移り住むという約束…。覚えてやがったのか」
「ヒドイね、まったく。イ・ケ・ズ!…ってヤツかい?」
「そ、そんな言葉どこで…」
「ヤダナ〜。ソッチの言葉を教えてクレタのはキミじゃナイか」
「教えたといっても 少しだけだし、そんな言葉は教えてませんよっ!」
「まぁまぁ、トニカクこっちニもう来てるヨ〜。駅近でイイところがあってサ〜。住所教えるから、今度来なよ!」
「なんてこった。もう来てやがる…」
「イ・ケ」ビッ!ブツッ
もう言わせんぞ という強い意志のもと、電話を切る。
プルルルルル!
電話だ。みんなのいる部屋に戻ろうとした体を、立ち止まらせる。
さっき電話を切ってから5秒も経っていない。こんな短時間で、2連続で電話が来るとは、なんとも珍しい。
ピッ
「もしも」「イケズ!」
言葉が被さる。
「電話をトチュウで切るなヨ!もう!」
「もう、負けです。さっさと住所でもなんでも言ってください」
「ア、ウン。グリーンマンションの315号室。ソコで相談があるんダ」
「ええ〜ッ。電話で相談に乗るんじゃダメですか?」
「だって、渡したいモノもアルし」
「ハァ。分かりましたよ…」
「アリガトウ❤︎」
まるで、どす黒いハートでも付いていそうな話し方だったが…深くは考えまい。
「はいはい。じゃあ…8月中には行きますよ」
「ウン!待ってル。ジャ、ばいば〜い!」
ブツッ。
ハァ〜〜〜〜〜〜ッ
学校のチャイムに勝るとも劣らないほど長い溜息を吐く。
その長さといったら、溜息を吐いている内に みんなのいる部屋に戻ってくることができたほどだ。
-部屋では、奥から[秋野]・機堂・朝宮ちゃん と連なっている。
つまり、奥から見て 宿題をしている・その宿題を手伝いつつもゲームを見守る・ゲームをする、の順番で座っているわけだ。
「よう…」
そこに、金田が帰ってくる。
「おかえりー」
「ええトコに来た、朝宮ちゃんの町づくり手伝ってくれ」
流れるような動きで金田は朝宮ちゃんの隣にペタと座る。
「うーい」
「ゆずおにいちゃん!図書かんをつくりたいのに、つくれないよ〜」
「!そうかそうか、図書館つくりたいか!よし、頑張るか!」
「おー!」
「お〜い、ギーク。この問題のとこ教えて〜」
「んー…」
「おっ。じゃあ早速…あの、ギークさん?」
「んー?」
「機堂…お前、図書館づくり見てんじゃねーっ!」
「おあっ!すまん!えーと、ここは…」
「ふんふん…」
「そういえば、おにいちゃんはだれと電話してたの?」
「うーん、朝宮ちゃんは知らないと思うけど…」
「おしえて おしえて!」
「うん。実は、昔 俺の家に留学生としてホームステイしてきた年上のお姉さんだった」
ビキ。
場の空気が凍る。
「ほーむすてい?」
「簡単に言うと、外国の人がこっちに遊びにきて、ホテルの代わりに 普通の人の家に泊まることだね」
「へー!おもしろそう!」
朝宮ちゃんはキャッキャと楽しんでいるので何よりだが…その他の3人はそうでもない。
「年上のお姉さん…ユリだな…」
「そうなんだよ。残念なことにね」
秋野と金田は落胆した様子で言った。
機堂は というと、心の中で「ターゲットが金田で良かった…」と思っていた。
「ちなみに、この近くに引っ越してきたらしい」
金田はトドメを刺した。
「ギャア!!」2人は同時に叫んだ。
「ユリさんって、わるい人なの?こわいよぉ…」
横で、何も知らないで 話を聞いただけだった朝宮ちゃんも怖がり始めた。
しかも、わるい人というのはあながち間違いでもない。
下音 ユリ…2年、金田家に留学生としてホームステイ。魔法使いと力使いのハーフだった。その優れた容姿から、近所では写真を欲しがられるほどの人気者となる。つまりはメジャーアイドル級に美人だったのだ。
…のだ。のだが、ただの一つだけ難点があった。それは…
嫌。
一言で言うと彼女は嫌な奴だったのだ。風の魔法でなかなか悪質なイタズラをする上、母親が力使いで 彼女にも力使いの血が流れているので 気の強い性格をしていた。嫌な上に厄介。
おかげで、写真を欲しがったファン達もすぐに消えた。
ご存知だろうか?アイスクリームが溶ける原因、実は暑さのせいではなく、風のせいなのだ。
ちなみに、下音 ユリは風の魔法使いだ。。
何があったかは言わない。何があったかは言わないが、ある時 この近くに住む子供達は外でアイスを食べることをやめた。
ご存知だろうか?風が吹くと、スカートはめくれる。風が吹いても桶屋は儲からないが、パンツは見られるかもしれないのだ。
ちなみに、下音 ユリは両性愛者…つまり、男も女も恋愛対象だった。
ちなみに、どうやら人間には好きな人にちょっかいをかけるという行動をする者もいるらしい。
何があったかは言わない。何があったかは言わないが、ある時 この近くに住む女の子はみんなスカートを履くのをやめた。
ちなみに、金田家がホームステイを受け入れたのは、下音が 最初で最後だった。いつも優しく心が広い 金田家の太陽・金田ママがこう言ったから…
「こんなに大変だとは思いもしなかったわ。ユリちゃんみたいな子が もう来ないとも限らないし…。ホームステイ、やめましょ」
そんな 下音 ユリからの電話だ。幼馴染3人組は ブルブルと無意識のうちに震えた。風邪をひいたわけではないのに。
そんな 噂はつゆ知らず。元留学生の16歳の彼女は ハクショイとくしゃみをした。風邪をひいたわけではないのに。
その時、この少し大きな町に 風が吹いた気がした。




