(14話)図書館と地味な屋敷
ミーン、ミンミンミンミーン。
暑い。今日の最高気温は38度だ(摂氏)。8月13日の午前12時25分、真夏である。
真夏…まぁ38度は35度以上なので、真夏日ではなく、猛暑日なのだが。そういうことではない。
カラカラと音を立てて自転車のタイヤが回転する。その度に、前に付いているカゴの中では、宿題が揺れた。
何が悲しくて、このクソ暑い中 彼女がママチャリを飛ばしているのかというと、それは教えを請いに図書館に行くためである。
「フーン フン フンフーン、フフフン…」
鼻歌を歌いながら自転車を飛ばすこと、20分。いつもの公園に着く。いつもの公園になったのは最近だが、もういつもの公園と言ってもいいのではないのだろうか。
公園まで来た彼女は、待ち合わせていた面々と会う。
「あ!まえおねえちゃん!」
真っ先に気づいた朝宮ちゃんがこっちを見た。パッと手を肩ほどのところで見せて軽く挨拶的なことをした後、ガシャンとスタンドを蹴って自転車を止める。そしてまた、その上に跨がる。
もうみんな集合していたようで、朝宮ちゃんと機堂がゲームをしながら待っていた。朝宮ちゃんの隣では、金田がゲームを教えていたようだ。
「遅いな…秋野」
機堂が、ピコピコとゲーム機のボタンを押す手を止めてわざわざ文句を言ってくれる。
「お前らが早いだけだ…」
「そうか?…もういい時間だし、そろそろ行くか」
朝宮ちゃんもお母さんから許可は得ているようで。金田が出発を促す。
「おー!」
「ちょっ、ここに着いて1分も経ってない…。タ、タンマ…」
ハンドルの上で手を組んで、その上にうつ伏せになる。
「お前、さっきまで 息、切らしてなかったやろ」
じゃあ出発するか、という流れになってきたが、すぐにその流れは変わる。
「ねぇ。のどかわいたー」
この場にいる、最年少の少女が、クイ といつまでもゲーム機を手放さないでいる青年の服を引っ張る。まぁ、その青年はあいにくお金を持ってなかったらしいが。
ガコッ。
自動販売機の取り出し口にジュースが落ちてくる。それを丁寧に取り出して、朝宮ちゃんに渡す。
「はい」
「ありがとう!」
ジュースを両手で受け取ると、笑顔で秋野にお礼を言う。
「いいよ」
と言いながら、またもう一度 自動販売機に手を伸ばす。そして、さっき買ったオレンジ色の甘い飲み物とは別の、黄色い飲み物を買った。りんごジュースだ。
それのキャップを開け、ゴクゴクと飲む。隣でオレンジジュースを飲んでいる朝宮ちゃんと お揃いで。まるで仲のいい姉妹の様だった。
「俺はカルピスで頼むわァ、秋野」
「あ、俺はお茶でいいよ」
ゲームをしている阿呆とそれを見ている阿保が、こちらの方も見ずに言う。
…あまりにも「秋野が買ってくれることが大前提」とした上での話し方で、驚きすら覚える。
「お前らの分はない!自分で買えっ!!」
バッ と左手を横に振って「しっ、しっ」と2人を追い払う。金のないやつは買わなければいい と言いたげに。
「差別ひど」
「あのな…」
ガコッと音を立てて、秋野の投げたジュースが自転車のカゴに入る。つまらん冗談に付き合うのもこれで終わりといいたいのだ。
「もう行こう」
「それ。せめて、涼める場所に行こう」
彼女に続いて、金田も早く 涼める場所…つまり図書館 に行こうと言う。
「わーい!」
「あれ?でも、朝宮ちゃんはどうすんの?自転車…は漕げないんじゃ…。三輪車?…も見当たらない」
「うん。二人乗りで行くつもりー。真絵、頼むわー」
「いいけど…それ、危なくない?」
「柚、お前ら2人、俺 の順番で自転車を進ませる。やから もし朝宮が危ななったら俺が魔法でなんとかできるはずや」
もう行く準備は整っている、といった顔付きで無意味にペダルを漕いでいる機堂が言う。
そうだ。彼の魔法は…
「ええ…。お前、魔力足りるか?」
浮遊。浮遊魔法なのだ。
秋野が心配した、「魔力足りる」とは、機堂の魔法で朝宮ちゃんを守ることができるのかということ。もし、朝宮ちゃんが自転車から落ちそうになったら…。
「大丈夫や。もし朝宮が落ちそうになっても、支えたりできる。万一落ちても、クッションみたいなんは作れるわ」
どうやらまだ言いたいことはあるらしい。
「朝宮?ちょっと来て」
「?」
言われるがままに来た朝宮ちゃんも秋野も、「何をするんだろう」と言いたげだが、親切なことに教えてくれた。
ちなみに、金田はどうやら何をするか分かったようだ。
「今から浮かしたるわ」
自転車に乗って無意味に後ろにペダルを漕いでいる というポーズはそのままに、機堂は魔法を使ってみせた。
!
まるで、子供が お風呂の湯船に浮かんでいるおもちゃをすくうかのように、朝宮ちゃんは宙に浮いた。
自然と両膝が曲がって正座のようなポーズになっていたが、足と地面の間には45〜50cmほどのスペースができる程度に浮かんでいた。
「わぁっ!」
10秒ほど浮かした後、朝宮ちゃんは丁寧に地面に降りた。
「と、今 見せたように、浮かすこともできるし」
ここまで言うのなら大丈夫だろう、と思った秋野が安堵の溜息をつく。
「じゃあ行くか」
3つの自転車が風を切って進む。
「朝宮ちゃん、しっかり掴んどいてね」
「だいじょうぶだよ〜」
責任という言葉が嫌いでも、今回はそうもいかない。なるべく気をかけてあげなければならない。
自転車はスムーズに進む。もうすぐで図書館に着くだろう。
「そういや、お前らは宿題とか持ってきたのか?」
前と後ろの2人に聞く。
そういえば2人は宿題が終わっていたんだった ということをその質問をした直後に思い出してしまったのでなんとも微妙な気持ちになったが。
「やから終わってるって」
「うん。…というか朝宮ちゃんも終わってるんじゃないの?」
遠回しに「完全にお前のために図書館に行くんだろうが」と言われているであろうことに、精神的ダメージをお負う。
「ゔっ」
質問しなければよかった…。
「そっ、そろそろ着くな!」
…まさか大声を出して誤魔化すという、下手な漫画のような誤魔化し方を、自分がするハメになるなんてまさかとも思っていなかった。
とにかく、もう着く。
「おっ、そうやなァ。まァ、図書館に持っていく宿題はなくても、図書館にはラノベとマンガがあるからなァ」
よっぽど図書館勉強会に付き合わされているのを恨んでいるらしい(まさかだが…本当にライトノベルや漫画を読めるということに喜んでいる可能性もあるが)機堂がニヤリと笑う。
金田もそれを聞いて、わくわくしているように見えないこともない様子だ。ただ、それ以上に暑いようで。
「早速、中に入って涼も〜う。あぢ〜」
さぁ 機堂を過ぎれば 自動ドアが私のために開いてくれる
ラノベ読みに来たソイツとならんで 自転車止めたら
何を読みに来たわけじゃないけど 宿題を開く
「よし、やっていくぞ〜」
ここまでが、まるで「暇だからコンビニに寄った」くらいの軽いテンポで進んだのだ。つまり今は、機堂らと一緒に自転車を止めて 図書室の机に4人が座っていて、しかも秋野は宿題を開いているということだ。
それは良しとして、宿題を進めなければならない。
「…いや、やらなきゃ…」
焦る中学生のお姉さんを隣に、朝宮少女は児童向け本コーナーから取ってきた本を開く。その他2人も本を取りにどっか行ってるようだ。
『~夏休みの拷問~ 社会』という立派な名前を貰っている、その分厚い冊子に目を向ける。
どうやら最初は、地球地理 だ。地球地理といったら、社会の分野の中でも簡単なところ。これはいいスタートダッシュが切れそうだ。
『1 次の問いに答えなさい。
(1)地図Aを見て、次の①〜③の問いに答えなさい。
①地図A中のa〜fの州のうち、アジア州はどれか。1つ選び、記号を書きなさい。』
ぱっ と地図Aとやらを見て、すらすらと答えを書き込んでいく。bだ。
その後も、ほとんど手を止めることなく宿題を終わりへと近づけていく。
宿題をし始めてから12分ほど経った。そして金田と機堂が戻ってきた。
2人とも、手に小さな本を持っている。なんというか、アニメのような絵柄の表紙だ。ライトノベル…ラノベというやつか。
2人が座ったことで今どうなっているのか?それぞれのポジションはもう決まった。
4人席の机。秋野の前に朝宮ちゃん。その朝宮ちゃんの隣では、機堂がラノベを読んでいる。つまり秋野の隣は、金田ということだ。
早速、分からないところを教えてもらう。教えて、金田先生!(おい ここの答え何、金田!)
「あ〜。もう地球歴史のとこか。それインダス川ってとこら辺で栄えた文明」
小声でヒントをくれる。あくまでも最初は“答え”ではなく“ヒント”を教えてくるのは、金田の変な考え方による教え方だと思うが、金田のヒントはほぼ答えなので問題ない。インダス川ら辺で栄えた文明って お前、それは もう…
「インダス文明…それヒントのつもりか?」
「やっぱり俺って教えるの下手よな…」
小声で手短に話した後、宿題の続きをする。
しばらくしたら、また金田に質問。分からないところを教えてもらう。
時々、機堂や朝宮ちゃんは立って新しい本を取りに行く。
疲れたら、少し休憩ということで機堂のおすすめの本を読んだりした。これが かなり面白くて、一度 休憩するとなかなか抜け出せなかった。
途中、朝宮ちゃんが寝てしまったり。もう、かなり長い時間ここに居るんじゃないだろうか。朝宮ちゃんには悪いことをしてしまった。
そして たまに変人のするような会話を小声でこそこそとしたりもした。
「な…誠一」
金田が機堂を呼ぶ。機堂誠一君は、本を読む手を止めて、
「なんや?」
とだけ言った。本を閉じてはいないので、そこまで真剣に話を聞いているわけではないらしい。
「人間の三大欲求ってあるだろ?」
「あー。あるなァ。なんで急に?」
「それさぁ、何と何と何だったか知ってる?」
機堂に話す小声からは、興奮が隠しきれていないようだった。
「えー…。食欲と睡眠欲、それと性欲やな」
「そう!」
「バッ、お前 大声出す…いや、大声で叫んだみたいな小声出すな」
「まぁまぁ。それでさ、気づいたんだけどさ…」
「あ?」
「漫画って…」
金田が漫画の話をしようとしていると分かった途端に、機堂は本を閉じて机に置いた。
「漫画って、基本的にそれらの欲をベースに作られてると思わないか?ほら、食欲だと料理漫画とかグルメ漫画とか。性欲からだと…その、エロ漫画とかさ」
「…ほんまや」
なるほど。漫画は基本的に、人間が楽しいと思ったものを描いたから 娯楽なわけだ。
しかし機堂はふと思った。食欲のグルメ漫画、性欲のエロ漫画、睡眠欲の…?
「…やけど、睡眠欲から作られた漫画ってなくない?」
そこのところ、どうなのだろう。
「そうなんだよ!そこでさ、考えたんだけど 睡眠欲から作られた漫画が今からできたなら、一大ジャンルになるんじゃないか?」
「う〜ん…なるかなァ。そもそも、睡眠欲からできた漫画って何やねん。良い睡眠のとり方とか書くんか?そんな内容でええんかな」
「やっぱ難しいか…」
なんとも変態的な会話である。ちなみにこの会話は、その後も20分ほど続いた。……隣で途切れ途切れき聞いていた秋野でさえも、変な会話をしていることが分かるほどだ。
「お前ら…よく、そこまで どうでもいいことでそんなに長いこと話せるな…」
ツッコみつつも、宿題の方をチラッと見る。
社会の宿題もそろそろ中盤だ。もうこんな時間だし、今日はここまでで終わっとくのもいいかもしれない。
「やめた、やめた。今日はもう、宿題終わりだ〜ッ」
なるべく小さな声で言うように注意しながら、体を後ろへと反らして伸ばす。
隣でそれをむにゃむにゃと聞いていた朝宮ちゃんは、完全に目を覚ます。
「おねえちゃん…もう おべんきょうしないの…?」
「ん〜。そうだよ」
「じゃあさっ!この本でいっしょにあそぼっ」
さっきまで朝宮ちゃんの枕として、さぞ幸せであっただろうその本。
その『あ!みつけた! 6 おもちゃのくに』なる本は視覚探索絵本である。(説明しよう!『あ!みつけた!』シリーズとは、『〇〇をさがせ!』といった文と大きな写真がそれぞれのページに載っている本で、そのページの文が指定する『〇〇』を隣の写真から探すという本だ。まぁ、大ヒットシリーズの本なので説明の必要もないと思うが…)当然、秋野も見たことのある本だ。懐かしい。
人差し指を立てて、「静かに」と朝宮ちゃんに注意しつつ、
「やろやろ」
と小声で応えた。
「あ、もう宿題終わったのか?じゃあ俺もー」
「久しぶりやなァ〜そのシリーズ」
2人の青年も、そのラノベを置いて参加することに決めたらしい。
「やった〜!」
可愛らしい小さな女の子は、可愛らしい小さな声で喜んだ。
「よっし。やるか〜」
結局…この日は3時半から、家に帰る時間の5時まで朝宮ちゃんと遊んだのだった。
そんな時……。朝宮ちゃんが秋野や金田や機堂と友達になった時…今度の図書館での勉強会をわくわくしていた時…秋野が図書館で宿題をしていた時…みんなで『あ!みつけた!』の本で遊んでいた時……そんな時。
-[彼]によるサイドストーリーが始まった。
小さな変な部屋に、『箱』とヴン・アークが現れる。
「…」
特に喋ることなく、部屋の扉を開ける。そしてその先を進んで広い所に出る。
そこには、オシャレな大きい長方形のテーブルと、それを囲む無数のイス。
「ただいま、帰りました」
10m先のテーブルのイス、簡単に言うとお誕生日席に向かって「ただいま」の挨拶をした。
すると、別に誕生日でもないのにその席に偉そうに座っているそいつも、「おかえり」の挨拶をした。
「おぉ、お帰りー。うっちゃん」
あくびを噛み殺しながら、会話を続ける。
「どぁ〜だっ た?すまんすまん、あくびが。もう一度…どうだった?」
「はい。えーと、[主人公]と[きっかけ]が接触しました。このままでは、もうそろそろ[相棒]と、もう1人のお友達にも接触すると思います」
その日は8月11日。秋野、朝宮、金田、機堂 の4人みんなが出会う前のことだった。朝宮ちゃんが秋野の友達になった日だったのだ。
「何?それは…」
「それは本当です。少し急いだ方がいいかもしれません」
「マジか。もう[きっかけ]が…。というか、その秋野ちゃんとやらを神候補にできなかったの?」
「はい。完全にタイミングをミスしました。いずれまた、神候補にするべく試してみるつもりです…。すみません」
「ん。できれば、誰も死なせたくはないからね。最悪、僕がどうにかするし」
「頼りになります」
ガタ、とイスから立つ。
「にしても、やっぱりダメだね〜この小説。きっと、急に場面が変わっちゃって読者はついていけないんじゃないかなー」
そいつは無意味にうろうろし始める。
「もし小説なら、きっと悪文でしょうねー」
「ハハ、うっちゃんくらいだよ、この世界が小説なんていう僕の変な考えを否定しないでいてくれるの」
ヴン・アークは「私のことを うっちゃん なんて呼ぶのも貴方くらいですけせどね」と思っていたのだが。
「私は、この世界は小説“かも”しれない と思っているだけですよ。どちらにしろ、ここにいるのは楽しいですが」
「それはようござんした。…でさ、もしも 小説ならここで一旦 話が終わったりして」
「まさか。流石にそれは小説として下手すぎませんか?」
「だよなー。でも、もし本当に秋野ちゃんが[主人公]だとしたら、僕は小説でいう『新キャラ』だ。自己紹介しとくか」
「ええ…」
困惑。
「えーコホン、僕の名前は メタ。メタ・ステイト です。よろしくー」
「…」
アークは、悪いけどこれは頭がおかしい… とメタを見ながら思った。




