(13話)今日と明後日の予定
今日、美術の宿題をするために、公園に来た。公園の絵を描いていた。そこでアサミヤなる女の子と出会って、少しおしゃべりをした。
そこまでは良かった。
その後、たまたま会ったアークさんはアサミヤが『神候補』だと言った。……つまり?
「え?」
つまり、何だ。言葉が詰まる。…いや、分かっている…詰まり、アサミヤちゃんは敵かもしれないということだ…。
「彼女は神候補でしたよ」
そうだ。確か、規律使いは神候補かどうかが分かる。そして、ヴン・アークは規律使いだ。
「かっ、え、本当ですか?」
「はい。あそこまで幼い神候補はなかなか見たことがありませんが…」
「…」
自然と、小さな声で「マジか」と言おうとしていたが、それは声にもならない。
「秋野さん、人の友人関係にとやかく言うのはあまり好きではないです。ただ、神になるのは1人。あまり争いに巻き込まれないよう注意した方がいいのかもしれません」
「ありがとうございます…」
「いえ。あ そういえば、体の方はもう良いんですか?」
「はい。もう だいぶ…」
「そうですか。では、お元気で」
「あ、はい」
アークは再び歩くのを始めた。散歩している最中だったのだろう。互いに手を振って別れを済ませる。
あれ、
あまり気づきたくはないことに気がついた。
さっき、アークは「争いに巻き込まれないように注意した方がいい」と言った。しかし、病院にいた時に「神候補になりませんか」と誘ったのは、他でもない アークだ。
「うん?」
ただ今は、そんなことよりも 明日いつここに来ればいいのかアサミヤちゃんに聞いてなかったことの方が、気になった。
空は、まだ色を変えようとしないらしい。絵に集中していたり、アサミヤちゃんと話している時は全然 気が付かなかったが、公園にはセミの鳴き声がかなり響いている。
そして今日も来た。
中学生にもなって、2日連続でこんな小さな公園に来るとはどういうことだ、と思いもしたが朝宮ちゃんとの約束ということだ と考えると納得した。
ちなみに、朝宮という漢字で覚えることにした。アサミヤだか朝宮だかは誰も気にしてしないが、なんとなくだ。
半袖の水色をした涼しげな洋服と、かなり丈の短い灰色のズボン。ようはいつものような格好で来た。ちなみに1人で手ぶらで公園にいるというのは流石に恥ずかしいので、今日もスケッチブックを持ってきた。
やる気はなかったが、もういっそのこと、やらなくても良いと言われていた コンクール向けの絵画を描くと決めた。
「あ"〜」
暑い。
目の前にある遊具にカラスが止まっていたので、カラスの絵を描く。カラス。人間の男は襲わずに女や子供を襲うと言われるが、それではカラスは強さの順位としては 男>カラス>女≧子供 とでも考えているのだろうか…とかそんな感じのことを金田が言っていたのを思い出す。
「…まぁ。私は大丈夫か」
そもそも男か女かを判断する基準そのものが、髪の長さらしいので、言う通り 秋野は大丈夫だろう。
「よし。描くか」
それから「しまった」と思ったのは、カラスが動くということを思い出した時だった。動く物を描くのがここまで難しいことだったとは。
「今から消すってのは…」
今から消すのも、それはそれで面倒だ。
どうするものか と秋野が考えていると、彼女はやってきた。
「おねえちゃん、何やってるの?」
朝宮ちゃんだ。
スッと顔を向けてから、またスケッチブックへ顔を戻す。
「あー。絵を描いて……た」
ビッ と破りとられたスケッチブックの1ページ“だったもの”は、クシャクシャと丸められれて、秋野のズボンのポケットへと行った。
「もうかかないの?」
「うん」
「えー。好きなのに」
そう言ってくれるのは嬉しいが、調子に乗って下手な絵をこの子に晒し続ける となってしまうと、非常に良くない。
「絵は また今度ね。それより、今日は何すんの?」
おままごと とは言わんでくれ。
「えーと。ゲーム?」
そう言って、朝宮ちゃんはポケットゲーム機を取り出し、ベンチに座った。
なんと…おままごとはもう昔の遊びとなってしまったのか、と心に少しばかりのダメージを負いつつも、ゲーム機の画面を覗く。秋野は、今日ゲームを持ってきていないので、朝宮ちゃんのゲームを手伝ったりして時間を過ごすことにしたのだ。
見ると、それはモンスターを捕まえて仲間にする。そして、仲間のモンスターと共に旅をしたり戦ったりするというゲームだった。
「あっ、そのモンスター…」
朝宮ちゃんの仲間パーティーに、気になるモンスターがいたので、隣から指を差す。ねずみのようなモンスターだった。
ねずみのような、あまり可愛くないソレは、見た目ならまだしも とても弱いのだ。もしそのモンスターを育てているというのなら、止めた方がいい。なので、秋野は「そのモンスター…あんまり強くないから、育てんの止めた方がいいよ」と言おうとしたのだが…
「かわいいよね!」
と食い気味に言うものだから、育てるの止めた方がいい とは言えなくなってしまった。
もう一度言うが、そのモンスターは誰から見ても可愛くない。……少なくとも可愛くはない。
「……そうだな」
これはゲームを純粋に楽しめなくなった私が悪いのだろうか…。
悩んだ挙句、結論は
自分にそういうゲームの卑しい部分を教えた、機堂が悪いということにした。
「はぁ…」
「おー。頑張れ頑張れ」
「おねえちゃんもこのゲーム知ってるの?」
「あー、うん。知ってるもなにも、友達に……」
ガチでやってる奴がいるからな。機堂とかいう…オタクが。 ということを話すと、思いのほか興味を持ったようで、
「へぇーっこのゲームにくわしい人がいるんだ!」
と喜んだ。
「うーん。まぁ詳し…い、か。あっ そういや通信でモンスターを互いに交換しないとゲットできないモンスターがいるって言ってたな…」
「えっ!本当に!こんど…やってみたいなぁ」
取り留めの無い話をしながらずっとゲームをしていると、いよいよボスらしきものと戦うことになった。一度クリアしたことのある秋野がすれば、難なく倒せるが、それでは朝宮ちゃんがゲームをする意味がない。ここは見守ることに徹する。
「…頑張れ」
「うん…」
2人がそのボスに苦戦を強いられているところに、また別の2人は来た。
その2人は、キッ、と自転車を止めると、
「あれ、秋野ちゃうか?」
「あー。本当だ。隣に誰かいるけど」
「さァ、知らんなァ。従姉妹ちゃうか」
「へぇー。いたんだなー」
と話してから、秋野と朝宮のいる所へと近づいた。近づいてからまた自転車を止める。
そして、いつものように、声をかける。
「よォ、秋野」
「何してんの?」
急に声をかけてきたので、びっくりするかのように顔を上げる。
「…ああ」
お前らか、と心で言う。
「友達とゲームしてる。お前らは?」
「この先にある大きな本屋に行くんや。漫画 買いに行く」
止めた自転車をカコカコと後ろ向きに漕ぎながら機堂は言った。ペダルが回るだけで、前には進まない。
「あっそう」
「というか、その子って従姉妹じゃないのか」
金田が じー と朝宮ちゃんを見る。
「いや違う…ん?」
釣られてその方向を見てみると、朝宮ちゃんは不思議そうな顔をしていた。手は止まっていて、ゲーム画面すら見ていない。
「ああ、ごめん。私の友達」
気づいて、金田と機堂の2人を指差す。朝宮ちゃんにとっては、初めて会ったんだから紹介がないと怖いだろう。
「どーも。…紹介すんなら、せめて名前まで言ってくれよ。俺は機堂や」
「あ、金田です」
するとパァッと明るくなって、自己紹介をした。
「はじめまして!わたしはあさみやって言うの」
友達は好きだが、友達の友達と仲良くなれる奴なんて、ほとんどいないんじゃないだろうか。
友達の友達と仲良くなれないのは、支配欲の強い人間なられではなのだろうか。自分の友達が、自分のいるグループ以外の人と友達でいてほしくない…そんな自己中心的で自分勝手な想いから、心が、友達の友達と 友達になりたくないと思うからなのだろうか。
ところが、それはそれとして、信じ難いことだが、なんと、いや これが本当は当然なのかも知れないが とにかく、
「まァ。よろしく」
「よろしく」
「よろしく!」
昨日、秋野は朝宮と出会った。昨日、朝宮ちゃんにこっちで初めての『友達』ができた。
今日、金田と機堂は朝宮と出会った。今日、朝宮ちゃんに、2人『友達』が増えた。いつの間にか、この4人の中に、『友達の友達』はいなくなった。
「あっ、もしかして…お兄ちゃんが まえおねえちゃんの言ってたゲームにくわしい人!?」
両手でしっかりと持っているゲーム機を、隣に座っている青年に向けて掲げる。
「あー。それは、多分だけどこいつだね」
ゲーム機を向けられた金田は、ピッ と機堂を指差した。
「お?」
さっきまでベンチの近くに止めた自転車に乗りながら、秋野と「なんて漫画買うんだ?」「どうせお前、知らんぞ。もっと漫画読めや」なんて話していた彼が振り向く。
ズイとゲームの画面が突き出された。画面の後ろは、勿論 キラキラした目をもつ少女、朝宮だ。
「おっ、そのゲーム。持ってる、持ってる。なんなら今もしてる」
「やったー!じゃあ……」
小学2年生の可愛い女の子の「おねがい」を断れる奴がいるのだろうか。(いないだろう)
機堂は当然、断れないので、おねがいを聞き入れた。そもそも、その「おねがい」というのが、断るという選択肢が生まれるほど難易度の高いおねがいではなかったのだが。
「良かったね」
「うん!」
朝宮ちゃんの髪を撫でる。通信でモンスターを互いに交換しないとゲットできないモンスターをゲットすることができて笑顔な朝宮ちゃん。
そんな朝宮ちゃんを見て、機堂は軽い溜息を 吐きながら、ゲーム機を背負っていたバッグにしまった。
秋野のやつ、朝宮ちゃんの前ではいつもより言葉遣いが少し優しい?…という気がしてきた男2人。
2人は夏休みの宿題も終わったので完全に余裕である。
「…お前、こんなとこで遊んでるけど、宿題は?」
「あ…」
絶望と憤怒をごちゃ混ぜにしたような目をしながら、金田を睨みつける。
「なっ、俺は注意してやっただけなのに」
「けて…」
「え?」
よく聞こえない。
「助けて!」
明日、8月13日。カレンダーのその日のところに、ここにいる4人は『図書館で勉強会』と書き込まなければならなくなった。
「あの…俺も行かなきゃダメ?」
金田が問う。
「それ。世界 救うのに忙しいんやけど」
機堂が加勢する。
「お前ら、ゲームするだけだろ…。それに朝宮ちゃんも宿題終わってないかもしらんし、手伝ったらんかい」
秋野が反論する。ちなみに、エリート小学生・朝宮ちゃんは、当然 宿題は全て終わっている。
「わたしも、おねえちゃんたちとおべんきょうしたいな」
朝宮ちゃんがお願いする。
「いや別に、いいか」
「まァええけど」
反対派に属していた野郎2人は、押していた自転車をキッと止め、立ち止まってから少女のお願いを飲み込んだ。
「お前ら…」
ともあれ、13日の午後1時 この公園のベンチに宿題を持って集合し、図書館に行くことが完全に決定した。
公園の真ん中まで来た4人は、解散する。
「じゃあね!また…あさって!」
少女は、歳上3人に向けて手を振りながら、お母さんの待っている反対側のベンチに走った。
「こけんなよー」
「さいなら」
「また明後日ー!」
3人は、手を振って返事した後、公園を出た。みんな今日はもう帰ってしまうのだ。
「お前ら自転車、漕げよ」
自転車を押しながら歩く2人に秋野が言う。
「えー」
「おい金田、俺の後ろに乗れ」
止まってみせた機堂が、二人乗りを提案した。
「おっ、悪い。じゃあ秋野、俺の乗っていいよ」
ほれ、とばかりに自分の自転車を秋野に渡した金田は、機堂の赤い自転車の後ろにある金網のような部分に乗った。
仕方なしに、さっきまで金田が押していた自転車に乗る。
「やれやれ。後ろに乗せてくれてもいいのに」
と秋野は言うが、こいつが後ろに乗ると、やたらとバランスが不安定になって漕ぎにくいのを2人は「嫌!!!」と言うほど知っていた。
その後も、だらだらと雑談をしながらだらだらと自転車を進ませていた。
「ところで今日は悪かったなー。結局、漫画 買えなかったし」
一番後ろで自転車に乗っている秋野が、前にいる2人に話しかける。
「別にそんな。いい友達ができたし」
笑いながら、二人乗りをしている後ろの方が言った。
「そうや。そんな…そんなことより、あと どのくらい宿題残ってんねん!」
前の方が怒鳴る。
「えと…社会と技術?」
はてなマークの付いてそうな言い方で応える。
「いや知らんがな」
そして、もっともなことを言われ、黙るしかなくなる。
「え?音楽と体育の宿題終わったの?」
からかうような声で、金田は聞いた。
「え!?そんなのあったっけ…」
焦る秋野。風が当たって涼しいはずなのに、嫌な汗がどんどん出る。
「ああ お前、音楽は『好きな音楽を聴く』で、体育は『いつも適度な運動をする』やろ?あんなフザケたの宿題やないやろ」
笑いながら機堂が言う。
そしたら、「はっはっはっ!」と2人が同時に笑った。
「お前ら…ビビらせやがって!」
笑いながら自転車の速度を上げる。
追い越させまいと、機堂も自転車を漕ぐ速度を上げた。
「おっおい!機堂!いつもの3倍のスピードを出せ!」
「おまっ、お前乗せてるからっ、無、理っやァ〜ッ!」
夏休みは、少しずつ終わりの足音を立てて近づいている。そのことに、心のどこかで、みんなは気づいていた。




