(12話)宿題と公園と少女と
8月11日。
今日は、世界の大半が晴れていた。
「おい、お前。世界で最も女の子が可愛い所はどこだ?」
「そりゃーお前。言うまでもなく、ここだろ。」
「じゃあ聞くけどさ、お前。何故ここの女の子達が可愛いんだ?」
「そりゃあお前。俺の調べによると、ここの女の子はみんな褒められるのに慣れていない。つまり、それは、褒められたときの照れ顔が可愛いってことだろ!…しかもちょっと褒めるだけでとても喜ぶのでナンパしやすい」
「お前…」
「ンだよ、お前」
「行くか!!!ナンパしに」
「…おう!行くぜ!!!ナンパしに」
糞ほどにどうでもいいことだが、ある2人の馬鹿が人生で初めてのナンパをした日でもあった。
「おい、お前。まずは あのコにするか」
馬鹿Aは言った。視線の先には、美しい顔立ちをした、まさしく美人。
「お前、初めっからあんな美人なのに行けるわけないだろ。まずは、美人系じゃなくてカワイイ系からいくぞ」
Aよりも少しだけ頭のいい、馬鹿Bは言った。
しかし、馬鹿Aがいうには、「ここで逃したら もったいない」らしい。そして、その意見にはBも思うところがあった。
「…分ぁかったよ」
こっちに向かって歩いているので、そろそろ交差する。そこがチャンスだ。そこでさり 気なく声をかける!
「そろそろだぞ…お前」
「おう。お前、プランは分かるな?」
「ああ…分かるさ!」
プランとは…!まず カメラをターゲットに手渡しし「すみませんが、写真を撮ってくれませんか」という。まるで、旅行の記念に写真を撮って欲しいのでお願いした かのように。そしたら、まぁ何でもいいんだけど「って、お姉ちゃん めっちゃ美人ですね!よかったら、記念に1枚 一緒に写真に写りませんか?」と言い、もしそれで“OK”が出たら テキトーにそこらのオジサンにカメラで撮ってもらう。その後は勢いで一緒に食事したりと!
これが馬鹿Bの作ったプランだ。
「あっ」
「よし」
来た!!!
「あっ、あの、そこの方!」
ターゲットが返事する。
「はい?」
まずは順調だ。
「え、と。僕達 初めてここに来ていて。…すみませんが 記念の写真を撮ってくれませんか?」
馬鹿Aがカメラを手に持って見せる。
「分かりました。いいですよ」
その人がカメラを受け取ってくれた。
旅行に来たというのは、嘘ではない。なので、どちらにせよ記念写真は欲しかった。(どうでもいい)
2人の馬鹿が、ポーズを取る。商店街をバックに撮ってもらうのだ。
「では。はい、チーズ」
パシャ。
ひとまず仕事を終えたカメラが返される。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
「って、ところで、お姉さん、とっても美人ですね。もし、失礼でなければ一緒に写ってくれませんか」
カメラを振る。
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキド
「え…、美人って…わ、僕ですか?そういうのにあまり慣れていなくて……その、ありがとうございます」
来た!!!
しかし、そう言って、そいつは左手を人差し指の少し突き出た握り拳にして、口に軽く置いた。「困ったな…」といった表情をしている。そして、次の瞬間には
「でも、僕は男ですよ?」
という嘘をついた。
「え?」
呆気にとられている内に、その美人は 止まっていた足をまた動かし始めた。
「では」
一つに束ねられた後ろ髪が、馬の尾のように綺麗に揺れる。
「あっ、ちょっ…と…」
「…」
「…」
「…行っちゃったな」
馬鹿Aが馬鹿Bに言った。
「ちなみにお前、本当に男だと思うか?」
「え、…分かんないな」
糞ほどにどうでもいいことだが、ある2人の馬鹿がもうナンパなんかしないと誓った日でもあった。
ついさっき、人生で何度目かのナンパを経験したヴン・アーク。
私、男でも女でもないんで、男性の方からも女性の方からでも、ナンパは困るんですよね。あ いや、もし私が男か女でもナンパは嫌いだと思いますが。…て、何 考えてるんでしょう。
「はぁ。歩くのが面倒です。どうせ、今日はそこまで活動しないですし、『箱』使いますか」
色々と面倒になってきて、うんざりしつつも路地裏にはしっかりと入る。あまり、他人に魔法を見られてしまっては困る。
よし。ここなら大丈夫でしょう。えーと、交換するのは…公園の個室トイレなら、きっと誰もいないはずですね。
『箱』
その時、2つの空間が入れ替わった。ヴン・アークのいた箱には、トイレの空気が。ある公園の個室トイレという箱には、ヴン・アークと路地裏の空気が。
「…よし」
空間と空間を入れ替える。そいつの魔法は、誰にも見られることなく使われた。
くっ、と個室の扉を押して、外に出る。
「さてと…。あの時みたいに、秋野さんを待ちますか」
-アークさんが馬鹿2人にナンパされてたとか、公園に来るために 魔法でトイレに瞬間移動した…なんてことはミジンコほどにも、いや マイコプラズマほどにも[彼女]は知らなかった。
半袖の白い服に、紺の半ズボンを着ている彼女は、すたすたと歩く。ひらひらした服ではなく、少年のような服装だった。しかし、手には 虫捕り網の代わりに、スケッチブックと鉛筆 それと消しゴムを持っていた。
秋野は、呑気なことに、宿題をしようとしていたのだ。とりあえず、美術からしようと。
美術で出された宿題は、写生である。美術の先生いわく、「なんでもいいから、あなたの好きな風景を描いてきて」とのこと。
ちなみに、スケッチブックのスケッチも、写生っていう意味なんだよなぁ。などと、どうでもいいことを考えながら、ぶらぶらと歩く。目指すは、公園だ。
今日は1人で来た。どうせ、金田と機堂の奴は、もう宿題終わってるから一緒にやる必要なんてないと思ったのだ。それに、別に中学校の美術だなんて、人に教えてもらうほどのものでもない。なので、1人でパパッと済ませてしまおうと思ったのだ。
「…」
ベンチに座る。そして、と同時にあのことを思い出す。そう、ここは あの日の夜、彩扉と戦ったところだ。
友人を殺そうとした奴と戦った場所。そんな所が好きなわけがないが、ここは狙いどきの場所だったのだ。
ここは、病院の近くということもあってあまり人が来ない。なので、大して仲の良くないクラスメイトと遭遇しにくいのだ。秋野は「だからここにした。好きな場所とかってわけじゃない」と自分に言い聞かせた。
「ん」
自分の座っているベンチの、大体2m前に、女の人が立っていた。
ふわっ、と風が髪を揺らす。風に当たった髪が、ピリッと警戒するのが分かる。
ふわふわとした淡いピンクの服に、黒いスカート。薄い茶色の髪は肩にかかるくらいに長い。いや、そこよりも…白すぎる肌、そして 何よりも スカートに開いた穴から深い緑の尻尾が突き出ていた。
背中と お尻の間ぐらいにあるのだろうか、彼女はトカゲのような見た目をした大きな尻尾があった。
「あの人…まさか」
その独特な見た目から、直感で分かった。あの人は、“規律使い”だ。
規律使いといえば、アークさんも規律使いだったな。前に金田が工場で戦った時にいたあのナイスガイも規律使いだったし。思ったよりいんのか?うーむ。
まぁ、いいか。
開き直って、秋野は鉛筆を握った。
軽く、この公園の風景を鉛筆で描き、家で絵の具を使って、色を塗る。これでいこう。
シャッ、シャッ と鉛筆をスケッチブックで走らせる。普通のと比べて、少しだけ厚い紙の上には心地よい音が僅に聞こえた。
15分ほど、ずっと描いていると、隣に小さな女の子が座った。
「おねえちゃん、絵 上手だね」
と言われるほど上手ではないことは分かっていたので、無視してシャーッ と絵を描き続ける。お、なかなか上手く曲線が引けた。
その女の子は、秋野の絵を見ているのは分かったが、特に何をするでもなく、どこかへ去っていった。どうせ、友達のところだろう。家の外で遊ぶなんて、よくやるよ と思いながら、秋野は鉛筆を握った手を止めなかった。
ちなみに小さな女の子は、見た感じ9、10才くらいだった。
絵は、もう大体出来上がってきていた。後は細かいところを描くだけだ。
ふと周りを見ると、あの女の人はまだいた。少女じゃなくて、規律使いの女の人。
まだ2時半くらいだし、いても別に不思議じゃあないけど…。てか 何してんだ?
別にいても不思議ではないが、それが ずっと同じ場所に立っていたとなると少し不思議だ。そう思って、じ〜、と見てみる。
すると、その人は絵を描いているのが分かった。ただし、自分と同じ雑魚の描く絵ではなく、それはとても上手いものだった。
「うま…」
パネルスタンドに乗せられたパネルには、秋野と同じようにこの公園が描かれていた。なぜ同じものを描いたのにもかかわらず、こうまで違うのだろうか。
油断すると、体が勝手に彼女の所まで動き、口が勝手に
「あの、絵 上手ですね」
と言ってしまうだろう…そう思えた。それほどまでにも上手かった。しかし、人見知りなので言えなかった。
うわ、あんな木の絵どうやって描くんだ…。
色々と驚いている内に、その規律使いの女の人は、絵が描き終わったのか 道具を片付け始めた。
せめて名前だけでも知りたかった。もしプロの人なら、名前をインターネットで検索すればその人の絵を見ることができるはずだ。
秋野は、「なんか調子乗ってるような絵なんかよりもゲームの方が面白い」と言うタイプの人間だったが、そんなやつでも ふと見た絵をえらく気に入ってしまうこともある。というか今がそうだ。
名前はあの人の使った道具に書かれていた。ただ、そんな小さな字が見えるわけないので、秋野は分からなかった。
彼女の名前は分からなかったが、その絵がとても良い絵だということは分かった。
ちなみに、彼女の名前は ハル だ。
もう結婚しているので、上の名前は変わっている。なので彼女の本名は今、彩度 ハル ということになる。
そう 彼女は あの 時 の …
そんなことはつゆ知らず。「あ〜あ」と思いながら、また鉛筆を動かし始める。
時間はもうそろそろ3時といったところか、だが空は色を変えようとしない。夏休み…太陽がいてくれる時間は長いのに、それに反抗するかのように1日という時間は短くなる 気がする。
いよいよ完成だ、といったところで、またあの小さな女の子が来た。その子は、目が狂っているのか それとも物を見る目がないのか、なんとこう言ったのだ。
「おねえちゃん、絵 じょうずだね」
と。
え…。お世辞にも上手とは言えないだろう。この絵。
強くそう考えたが、そうではなかった。彼女の絵は、お世辞でならギリギリ上手といえんでもない程度には 下手ではなかったが、そういうことでもなく 少女は本当に上手だと思ったのだ。
まるで、秋野がハルの絵をとても上手だと思っているように、その少女は秋野の絵をとても上手だと思った。
「えっ、ぷぁっ…あ、ありがとう?」
変な声が出たのをわたわたと隠しながら言う。
「うん!」
「…」
その後は、ただジーっと見つめられた。
「…えーと。友達、いいの?」
その子の友達を待たせてもかわいそうだろうと、心配する。しかし、子供というのは思ったよりも闇が深いもので、
「ううん。友だちじゃない。…わたし、友だちいないよ?」
と言ったのだった。
「…え?」
(よく考えたら秋野も子供だが、秋野は なんというか子供って怖いなぁと感じた)
聞いたところ、その子の名前はアサミヤといい、(たぶん漢字で書くと朝宮だろうか?)まぁ その子はこっちに来たばかりらしい。
親の事情による引っ越し。よくある話だ、と言い切るほどに よくある話ではないが、とても珍しいというわけでもない。
とにかく、まだこっちに来たばかりだから、なかなか友達ができないらしい。こんなにもフレンドリーならすぐできそうだが。
「へぇー。アサミヤちゃん?も今、夏休みなのか」
「うん!だから、公園に来てるんだー」
「なるほど…私には無い発想だ。私なら家でゲームする」
「えー、おねえちゃんと もっとおしゃべりしたいから、明日も来てよ!」
どうにも自分より小さな子というのは慣れない。自分より立場が上の人よりも、こういう子の方が頼みを断りずらい。
「…い、いよ」
「やったー!」
ベンチの上でキャッキャと喜ぶ。これは困った。
ただ、そこまで悪い気もしない。正直、秋野は 友達が多いか少ないか で言ったら、多くはない。仲良くしてくれる人というのは、やはり仲の良くない人といるよりは居心地の良いものだ。つまり家よりはこっちの方が良い。
「そういえば…お母さんとかと一緒じゃないのか?1人で来たら危ないぞ」
「ううん。ママはあそこで見てくれてるよ」
小さな人差し指の方を見ると、お母さんらしき人がいた。秋野のことを見て、ペコリと頭を下げたので、こちらもクイと頭を前に出す。
「ていうか おねえちゃん、しゃべりかたへんだね!」
グサ!ギャルルル!ドリルで精神に穴を開けられているような音がする 気がする。
「やっぱりか?」
「男っぽい!」
これはきつい。話を逸らさないと。
「それよりも!アサミヤちゃんのことをもっと話してくれ…」
「うん!アサミヤちゃんは今、小学校の2年生なんだよ!」
「へー…。私は中1。小学校に戻りたい中学校の1年生です」
ここがなぜかウケる。なぜだ。
「そういえば、おねえちゃんってなんて名前なの?」
「真絵。秋野 真絵だよ」
「まえおねえちゃん!」
よっぽど誰かとおしゃべりがしたかったのか、アサミヤちゃんとのお話はそこそこ続いた。絵を描きながらでも話すことはできたので、結果的に美術の宿題は捗ったのだが。
早くに美術の宿題を終わらし、その後はずっとアサミヤちゃんと しりとりをした。小学2年生にも何のことを言っているのかが分かって かつ しりとりとして言葉を繋げることができる言葉しか使うことのできないしりとりは、かなり難しかった。
「もうそろそろ5時だけど…大丈夫なの?」
「ごじ!もう帰らなきゃ!」
「うん」
「またね、まえおねえちゃん!」
「うん」
アサミヤちゃんは後ろを向きながら手を大きく振って、お母さんの座っているベンチへと走っていった。
「うーむ」
ずっと親戚などとはあまり関わりを持とうとしない家だったので、ああいう小さな子と遊ぶのはハッキリ言って斬新だった。
というか、
「かわいい…」
空はまだ色を変えようとしなかった。この時間には空が赤くなったら、それはもう秋なのだろう。少なくとも、5時でこんなに青く明るい今は夏ということが分かる。
気まぐれに吹いた風に当たってめくれたスケッチブックのページが、夏休みの宿題が残っていることを思い出させる。
「…」
いやー、どうしようかね。とりあえず、明日もここには来なければ。それはそうとして、今日は…
もう私も帰るか、と帰り道を向く。絵はもう色をつけるだけだ。そのためには家に帰らなければならない。
クルリ。
「んあ」
秋野が振り向いた先に、手を振る人がいた。その人は、アサミヤちゃんでも、そのお母さんでもなかった。
た た た と秋野はその方向に小走りで向かった。
そこにいたのは………秋野に話しかけようとしたが、話しかけるタイミングが掴めず、結局2時間くらいトイレにこもるハメになってしまった………ヴン・アークだった。(勿論、彼女はトイレにこもっていたことを知らない)
アークのいるところまで来ると、当然 挨拶をした。
「こんにちは、アークさん!アークさんもここに来るんですね」
「はい。こんにちは」
アークは少し間を空けた後、これまたなかなかインパクトのあることを言った。
「ところで…先程の少女は、お友達ですか?」
先程の少女とは、アサミヤちゃんのことだろう。
「え?まぁ…はい」
「そうですか。それは…」
「?」
「それは、彼女が神候補だということを知っている上でですか」




