(11話)ゲームと成績の話と
3階まである一軒屋。機堂の家である。
外から見ると、別にどこにでもある少しオシャレな家だが、中は違う。機堂誠一の部屋は3階にあるので、行くには階段を上る必要があるのだが、その3階に行くまでに ちらほらと絵画が見える。そして、それら全てから、とても良いセンスがうかがえた。
「で、何すんの?格ゲーか?レースゲームも最近しとらんなァ」
そう言いながら、機堂は3階の部屋の扉を開けた。
「うーん。どうせ、何やってもお前に勝てないしな…。そもそ うおッ!?」
いきなり、とんでもない量の情報が目に入ってきたので、秋野は驚いた。
フィギュア、ポスター、マンガ。右を見ると、壁の半分がガラスのケースになっていて、中にずらっとアニメのキャラクターのフィギュアが並んでいる。そして、残りの半分には沢山のマンガが収まっている本棚。自分達が入ってきた扉の正面には、壁にびっしりとポスターが貼ってあった。
「なァにが『うおッ』や。秋野、お前 いつもこの部屋来てるやろ」
確かに、ちょくちょく といった頻度でこの変な部屋には来ていたが、この部屋に慣れたと思えた試しはない。
「いやさ、いつ来ても……センスないなー って」
秋野は、芸術に対する心というものがあるかというと、そこまでなかったが、このキャトキャトとしたポスターにセンスを感じないということは自信を持って認めることができた。
「漫画のセンスは好きだけどね」
傍から本棚の方を見ていた金田はどうでも良さそうにそんなことを言った。
「か、金田ァ!……分かっとるやん」
「うーん。だって、数が 引くほど多いじゃん」
彼は、秋野の言い訳にのみ耳を貸さず、ゲームの準備を始めた。
この部屋には、ゲームカセットがあって、それをゲームのハードに挿すことで、ゲームができるのだ。ゲームのハードは2階のリビングにあるので、この部屋でゲームカセットを選んでから2階に下りる必要がある。
「どれにする?」
「こいつでどや!」
「機堂…それは めちゃくちゃ操作に癖のあるレースゲームじゃないか」
金田は喜びながら笑った。
その後、戦いは熾烈を極めた。
「ぐ、おぉお」
コントローラのスティックとボタンでゲーム内の車を操作するのだが、ついマシンのカーブに合わせて体を曲げてしまう。
「ギャッ!バカ、こっちに体を曲げてくるな!」
邪魔な秋野を金田がサッと避ける。しかし、『技術オタク』機堂にとっては、体を曲げる というほんの僅かな時間さえも、その戦いの勝利を自分のものにするのに充分過ぎた。
「はーっはっはっはァ。やから、こういうゲームするときは秋野から離れとけって言うたやろォ」
ファン!機堂のマシンが痛快な音を立ててゴールする。
「ぐぬっ!」
「フン。俺は柚の持ってきたおやつでも食うてるわ」
その直後に金田がゴール。さらにその直後…いや、正直に 、約1分後に秋野がいよいよゴールした。
パーパラッパーパラーパー。
愉快な音楽が聞こえた後、ゲームの画面には文字が表示される。
『キドー 1位 2分46.28秒
ユズ 2位 3分06.79秒
アキ 3位 4分23.14秒』
アキノは、言うまでもなく、負けだった。
「…お前、ここまで下手やったっけ?もォちょっとくらいマシだった気が…」
機堂がお菓子を食べながらへらへらと言った。
カチンときたので、手をゲーム機に向けて、魔力を込める。
「…せい!」
「…」
「…」
静かな時が流れる。言うなれば、『し〜ん』といった感じの時間だ。
秋野の魔法は発動しなかった。
「……ダメか」
「当たり前や!…お前なァ、魔法で自分のタイム半分にしたれ とか考えてるやろ」
ぎく。ばれている。もし魔法が発動すれば、秋野のタイムは4分23.14秒から2分11.57となり、機堂の2分46.28秒よりも良いタイムとして、ゲームに勝利ということになっていた。(ちなみに こんな感じで魔法を試したのは、今回が初めてではない)
「なんで。なんでいつも成功しない…」
「もっと教科書見ろよ…。その、『何かを半分にする力』はそういうところまで影響しないケースが多いって書いてるはずだろ」
流石、クラスでそこそこ頭の良いポジション…と思った。こう見えてと言っても失礼ではないが、こう見えて金田は クラスじゃそこそこ頭の良い優等生で通っている。
…ただ、それを普通に「あ、そうか。ありがとう柚」と言っても面白くない。
なので秋野は反論することにした。
「あっそう!じゃあ、なんであの時 ス…」
ここであることに気づいた秋野は黙った。つい、あのことを話してしまうところだった。
あっ、危な〜。勢いで神になるための戦いのこと話すとこだった。…あのときの、あの廃れた工場での戦いのことを。うわー、機堂の前で話すのはマズイ。
「?ス…何」
「?」
ただ、間抜けなことに、「なんであの時 ス」とまで喋ってしまった。金田と機堂も、キョトンとしながら秋野の言葉の続きを待っている。なので、「ス」に続く言葉でなんとか誤魔化すしかない。
「ああっ、え〜 と。そう!なんであの時 水曜日の用意 持ってきたんだよ!」
し〜ん。
「…は?」
こう言ったのは、機堂ことギークだ。
その数秒後、金田が反応する。
「あぁ、アレか。ちょっと前に、金曜日なのに 水曜日の学校の用意を持ってきちゃったことね」
「そ、そうそれ」
ここで一瞬の間ができる。
「へ〜。柚もそんなミスすんねんなァ」
間が怖い。
「何を、お前の方が成績いいじゃん」
「いや、成績はそれとして、俺は優等生ってキャラちゃうし…」
しまった。そう秋野は思った。
成績やらテストやらの話になると、もう自分はこの2人にはついていけない。秋野もそこまで成績が悪いわけではないが、学年で五本の指に入る頭の良さである機堂と、クラスでは上から3番以内に入るだろう頭の良さの金田 の2人と比べることはできない。
「そういやお前、この前の中間テストどうだった?」
「え〜と、合計471点やな」
「高ッ!5教科だったから、合計したら満点は500点のテストだろ?それで471点は高すぎ」
「まぁ正直 嬉しかったわ。てか、お前らテストあんまり受けてなかったな」
「あっ、ああ。まぁ。それより、各教科で見るとどんな感じなの、点数」
「え〜?国語が91点、数学97で、理科と社会はどっちも98やったはず。でも、魔法がちょっと低くて、魔法は87点やわ」
「うわーっ、マジか。てか、何が低いだ。魔法の筆記テストで87点は十分高いわ!」
どうやら、完全にさっきのことは気にしていない様だった。
その後、みんなでもう一度ゲームをしたり、だらだらと漫画を読んだり、なぜだか知らないが こんにゃくについて議論になったりして、時は過ぎていった。
「あ、もう6時や」
「あのクソみたいな内容の議論にもう1時間くらい使ったのか…」
秋野は驚きの顔で言った。まさか こんにゃくの話を1時間もしていたとは。
「どうだろうと、そろそろ帰らなくちゃなー」
と言って、金田は立ち上がった。
「そだな」
「じゃあ、玄関まで見送ったるわ」
ぞろぞろと階段を下りる。
「あ、お前、父さんと母さん どっちも働いてんだっけ?」
前を向いて歩きながら、後ろの機堂に話しかける。
「そうやで。母さんは7時に帰ってくるから、そろそろ」
「へー。…じゃ、ここらで」
玄関に着いたので、秋野と金田はもぞもぞと靴を履く。
そして、扉を開けた。ほんのりと赤みを帯びた光がてらてらと照っている。
「おう。じゃ、また」
機堂がはたはたと手を振る。
「おー」
「うい」
各自、別れの挨拶をした後、その日はお別れとなった。
「あーっ」
歩きながら、両手を上に伸ばして、“伸び”をする。ぐぐぐ、と伸ばされた背中が、ピンと張って気持ちが良い。
「かなり長いことゲームしたな」
「うん…」
「?どうした、柚」
「いや、こんにゃくはイモから出来てるんだろ?だとしたら、イモ類はカロリーが高いのに こんにゃくは低カロリーってのは…」
「お前な…まだ こんにゃくの話してんのか」
「う〜ん」
と ここで立ち止まった。赤信号だったのだ。ここの信号は赤から青に変わるまで長い気がする。
ブォン、ブォーン。ここぞとばかりに車やバイクが2人の前を通ってゆく。
「…」
「…」
「…」
「……結局、『神候補』のこととか話さなかったな」
金田が言った。もう、こんにゃくについてはいいのだろうか。いや それよりも。
「ん。そうだなぁ。そもそも、いつか話すのか」
そこが気になった。
「いや。だって、お前のときみたいに巻き込んじゃいたくないし」
「うん…」
パッと信号の色が変わる。赤の「止まれ」を指していた信号は、青の「進んでよし」へと変わった。反対に、車には「止まれ」の赤が示された。
ピタリとそこらの車が止まり、ブロロロという音のみが聞こえる。
「話の続きだけど、もう周りには『神になるための戦い』について話さないってとこになるの?」
「ま、そうなる」
「そりゃあ そうか」
いつまでもこんな話をするのも、中学生のようではないので、帰り道の途中からは別の話題で喋った。
「あ、夏休みの宿題…。おいおいおい、今日、何日だ!?」
「え?8月の…10日、かなぁ」
「ウッソだろオイ!」
「宿題、どんな感じ?」
「国語と数学と理科、それと家庭科しか終わってねぇええ!!」
「まだ救いようはあるんじゃない」
「貴っ様ァ!他人事だからと、テキトーに言ってくれやがって!」
「学校が始まるのは24日から…。いけるいける!」
「そ、そう?」
なんだか、いける気がしてきたところで、分かれ道が見えた。この“分かれ道”は、“別れ道”でもあるのだ。
「ふー。じゃあな」
「おう。ばいばい」
そこで別れて、別々の道を歩く。
その後、2人は各々の家に帰った。
「もうそろそろ帰ってくる」と言うので、途中 機堂のお母さんに会うかも…と思っていたが、そんなことはなかった。
外がもうすっかり暗くなっている頃には、晩御飯の焼き魚を頬張っていた。
親子の会話がない空間に、テレビの音だけが一人 騒がしく鳴っていた。
「真絵」
名前が呼ばれた。自分の名前は秋野 真絵。
真絵の方で呼ぶのは、考えられる限り 金田か父さんか、母さんしかいなかった(気がする…確かそのはずだ)。そして、さっきの「真絵」と呼んだ声は女性のもの…以上のことから、私を呼んだのは母だと考えられる!
…という当たり前のことを1秒もかけて考え出す。とにかく、まずは返事をしなければ。
「なに」
この家には、喋るときは2文字以内の言葉しか使ってはいけない みたいなルールでもあんのか!と誰かにツッコまれてもおかしくないような会話。
ちょっと冷たかったかな、嫌な態度だったかも…。と0.1秒もかけぬ内にその考えに至った秋野は、こそっと言い直した。
「コホ、…なあに、お母さん」
ポッ、と空気が優しくなった気がした。
「テレビのリモコン取ってくれないかしら。あんた、今やってる番組見たい?」
別に。なので、こちらの近くにあったリモコンを取って、同じテーブルの向かいに座っている、母に渡す。
「ありがとう」
「うん。何か今日 面白いのやってたっけ」
「もう9時だしねぇ。これからやるんじゃないの」
「へー…」
「…」
やけに今日のご飯は美味しい。
そんな、今までの話とは関係の無い話。
-[あいつ]の話だ。
ここは、その話の中心となる、“どこか”。学校でも病院でも、公園でも、工場でも…ましてや誰かの家でもない どこか。
そこに、あいつは立っていた。この暗い暗い暗い時間に、1人で。
隠す気のなさがびしびしと伝わるほど、翼を広げている。ばさばさと、一つに束ねられた髪がたなびく。
あいつとは、やっぱり ヴン・アークのことだった。
アークは独り、呟いた。
「金田君が、初めて他の神候補の方と戦いましたか…。しかし、ただ、それだけですね」
返事をする者はいない。そのまま、呟き続けるのみだった。
「これでは、あまりにも遅い。物語を進めなければ。もう主人公とその相棒は随分と前から揃っていますね」
ビュオオと風が吹く。夏でも、夜はほんのり肌寒い日というのがあるものだ。
「いよいよ、この小説の序章が終わろうとしているはずです」
ヴン・アークは 続けざまにこう言った。
「私という、意味深な人物の登場によって」




