(10話)留守番電話と大予言
-[私]の名前は、秋野 真絵。今、歩いているところだ。
友人が、ある戦いに勝った。その帰り道を歩いている。
私は、これからもあんな戦いが続くと考えると、少し不安になった。というのも、さっきの戦いで友人である金田がかなりの怪我を負ったからだ。
ジーッ、ジーッ と、どこかで蝉の鳴き声が聞こえる。蝉の飛ぶ空は、夏だからか、それともまだ昼間ってだけだからなのか、まだ青い。
「あー。いま何時くらいなんだろう」
今年の8月8日はやけに長い気がした。
「もうそろそろ家に着くし、そこで時計見るか。この頃になると、昼が長いからなー」
隣にいる金田が答える。なんとも生気が無い。
「それもそうか」
それもそうだ。
よく分からん工場から帰っているのだが、どうやら彼が帰り道を行く途中で覚えたらしく、スムーズに帰ることがでいている。
そろそろ金田家だ。…と、ここにきて、今更ながら思い出す。
「お前、よくよく考えたら ゴム弾2、3発は喰らってるのに、そのまま帰ってきて良かったのか?」
どこかで見たことのある、本の内容を彼女は思い出したのだ。その本には、『ゴム弾は非致死性兵器で、相手を死傷させることなく無力化させることができる。』と書いていた。恐らく何かで見た漫画だ。
しかし、重要なのは、そこではなく、その後の文だ。その本には、『威力を抑えなければ、大怪我してしまう。最悪、死に至るケースもあるのだ。』と書いていたのだから。
実は、その漫画はこの国では有名なもので、数年前にはアニメ化もされている。しかも人気は、まだまだ続いていた。なので金田もそのゴム弾のことは知っていた。
「…うん。なんか、その時はめっちゃ痛かったんだけど、今はもう痛みはそんなにないんだよ」
さすさすと、右腕をさする。右腕には、まだ赤い痕があった。
「本当か?」
不安になって聞く。
「いや本当に……」
本当であることを肯定した後、彼はしばらく黙った。
「…?」
「ああ…そっか。そういうことだったんだ。カフネさんが最初に言ってたな、『殺してまで権利を奪うヤツらとは違う』って」
金田は手を胸に当てた。
「つまり、それって…!」
「うん。多分、手加減してくれてたんだ。だから…」
事実、そうだった。というかそうでなければ即 病院に行くはめになっていたのだ。
手加減してくれていたから、勝てた。そのことを知り秋野は、カフネとルークに感謝すると共に、さらに不安になっていた。「いつか、その『殺してまで権利を奪うヤツ』に遭う時がくるんじゃないか」と…。
「…っと、着いた。今、何時なんだろう」
金田に問いかける。
「まぁ、7時ってことはないだろ。夏の空は、ずっと明るいから6時はあるかもしれないけど」
そう言って、彼はインターホンのボタンを押した。ピンポンと音が鳴る。
鍵を持っていかなかったので、家にいる金田の母に扉を開けてもらうしかない。
「…」
いくらか待っても、反応はなかった。
「どうする?」
秋野の宿題も、その中にあるのでそのまま帰ることはできない。
金田は
「いや…どうせ」
と言って、そのまま扉の取っ手に手を伸ばした。
取っ手を掴んだ手が引かれると、ガチャという音と共に扉が開いた。
「ええ…。戸締り…」
ゆたっとツッコミを入れる。秋野の家では考えられないことだ。
「母さん、マジで頼むよ」
金田もこれには悩んでいるようで、「ただいま」の代わりに 母に戸締りを頼みながら家に入った。
続いて秋野が中に入る。
その後、2人は2階へ上がっていった。彼の部屋で時間を確認するためだ。
「で、何時なのかね」
壁に掛けていた時計を見ると、それは4時23分を示していた。
「おお、思ったより、早くに終わってたんだな。あの戦い」
「うん。でも、昼飯も食べてねー」
金田は腹を抑えてそう言った。確かにそうだ。思い出して、何か食べたくなった。
「そうだった。宿題してる時は、なんか『ここまで来たしもう宿題全部やっちゃえ』って感じで、空腹はあんまり気にならなかったけど」
「じゃあ今からなんか買いに行くか?」
「あー、柚。すまん。金 持ってきてない」
「えー、おい」
「まぁ今日はもう帰るわ。ここにいても、迷惑かけるかも知らんし」
「いや?別に。まだ4時だし」
「いやぁ。ここにいて、ご飯をご馳走になったりしたら迷惑だろ」
「あー…」
金田は、「そもそも今、家にある食べ物は、多分ちくわしかない」ことを言わなかった。
「じゃ」
「うん」
もう2人ともお腹は減っていたし、金田なんかは疲れていたので、ここで解散することになった。
持ってきた宿題を取り、軽く手を振りながら部屋を出る。すると、すぐに階段があるので、そこから1階に下りた。
「あら。もう帰るの?」
たまたま、通りがかった金田の母に会う。手には、テレビゲームを遊ぶためのコントローラを握っていた。さっきまでゲームをしていたのだろう。白い美しいフォルムが心をくすぐる。
それはそうとして、もうお腹も減っているので帰らなければならない。
「はい。お邪魔しました」
こうして、今は自分の家の前にいる。インターホンを鳴らして、家に入るのを待っているところだ。
少しして、ガチャ という音がする。それを合図に、家へと入った。
「ただいま」
返事はなし。2階の掃除でもしているのだろうか。
ゲーム機でもあれば、いい暇潰しになるのだが、今は持っていない。そのため、しょうがなく物思いにふけることにした。
はぁ。
神…か。あいつがあのまま勝っていけば、もしかして神になるのか?そんなに上手くいくもんなのか?
ルークさんみたいな神候補ばっかなら、まぁ命の危険はないと思うけど。でも、神候補 全員がああいう訳じゃないだろ。うーん。あいつマジで大丈夫か?
どうも、心配だ。
…いつまでもこんなこと考えてても仕方ないか。別のこと、別のこと。あー、そういや あのゲームっていつ発売されんだろ。人気シリーズの続編ってだけあって、面白いだろ。やってみたいなぁ。
その後も 4、5分ほど よく分からないことを考えていると、ついに上から音がした。階段から下りる音だ。
面倒くさいことに、秋野家では、外出した後に家に入るためにはまず体を洗わなければならない。そのためには、風呂場に行くためのスリッパもいる。そしてスリッパは母が用意するのだ。
母さんが下りてきたってことはもうそろそろ家に入れるな、と思うと同時に、秋野はとても深刻で由々しき事態に自分がなっていることに気づいた。できれば気づきたくなかった。
あ…。今更だけど…私が病院にいた時、アークさんと金田以外、お見舞いに来てない…だと!?これは…。流石にもう少し友達いると思ってたのに…。
「少し待っていてちょうだい」
自分の母親のその言葉を聞いて、考えるのをやめた。
スリッパが用意される。もうじき風呂だ。
家にいても特に変わったことがあるわけではない。体を洗ったら、ソファに座ってだらだらとするのみ。今日のテレビって なんかあったっけ、だなんてことをボーっと考えていた。
50cm先には、低いテーブルがあって、さらにその1m先にはテレビがあった。
わざわざテレビまで歩いて電源を付けなくとも、今はリモコンという 遠距離操作で電源を付けたりチャンネルを変えたりできる便利な物がある。そのリモコンに手を伸ばす。
今日は8月8日、火曜日だ。好きなテレビ番組はなかったはずだが、つい確認したくなってしまった。
テレビのリモコンを手に取ったとき、ふと隣にある固定電話(…つまりは家電)が目に入った。その白い体にたくさんのボタンを付けたそいつは、右上のボタンを赤く光らせていた。留守番電話があるということだ。
赤くなっているところをピッと押して、電話の内容を再生する。
「機堂です。えーとォ。もし、お母さんの方が聞いたのなら、真絵さんに伝えといて下さい。…ほな、真絵に。秋野?お前、大丈夫か?テストの日に早退してから、ずっとやろ?お見舞い行こうにも、どこの病院か分からんし…。あ、もうそろそろ時間や。また連絡するわ」
約30秒の再生が終わる。よくもこの短い時間内に、ペラペラと喋れるものだ。
「ギーク…」
ぼそ、と秋野は呟いた。ギークというのは、彼女の友達の機堂という奴のあだ名だ。なぜかというと、機堂が技術オタクだったからに過ぎない。
すぐさま、電話をかけた。今はまだ5時20分。昼ご飯は6時になりそうだが、別に気にはならなかった。今は何よりも、久しぶりの友人と話がしたかった。
プルルルル、プルルルルと3回鳴って、電話が繋がった。
「はい、もしもし。機堂です。どちらさんですか?
面白い方言の混ざった声が聞こえる。
「よう。ギーク」
「!秋野やんけ。え、大丈夫なんか?何があったか知らんけど」
「さぁ。ま、大丈夫でしょ」
「何や何や。何があったんや」
「え?金田に聞いてないか?」
「やァ、あいつの家の電話番号知らんくて、全然電話できへんねん。しかも、あいつもテストの日に早退したやろ」
「そうだな。…でも、うーん…私は大丈夫だよ」
「へー。そうなんか」
「うん。それと今度、柚から電話番号教えてもらっとけ」
「それは思った」
「はぁ。久々に話せて良かったわ」
「何や急に」
「いや、何でもない。それより、最近のゲームでオススメのってあるか?」
「唐突やな…。てか、最近のゲーム教えて何になるんや?どうせお前、安い中古のゲームしか買わんやろ」
「バッカ、新しいのはお前に買わせて、そっちに遊びに行くんだろが」
「おまっ、何てことを…。手加減せーへんぞ」
「技術オタクが私なんかに本気出すなよ…。でも、そういうことだから、暇なときに連絡 入れるわ」
「おう。じゃあな」
「うーい」
楽しそうにボタンを押して、電話を切る。これは、忙しくなりそうだ。
いやぁ。いつ あいつの家に行こうかなー。といっても、私は別にいつでもオッケーだけど。や、柚はどうかなー。
「あ、テレビテレビ」
途中、つい電話してしまったが、そもそもの目的はテレビを見ることだった。
嬉しい遠回りをしてしまったが、ついにテレビのリモコンに手が届く。よく考えれば、長いこと病院にいた上にその間はテレビを見ていないので、約10日ぶりに見れる ということになる。
ポチ。
ボタンが押されるとほぼ同時に、テレビから光が漏れる。その薄くて黒いが画面は広いテレビは、最新型のもので、そこそこ自慢できるほどの性能はあった。画面に高画質な映像が流れる。
今は午後5時30分ほど。人気バラエティー番組というよりは、ワイドショーというかニュースなどが多い。アホなことに、それに気づかず、アニメでもやっているかなとテレビを見てみる。
「うーわ、何も無いじゃん」
ピッ、ピッとチャンネルを次々に変えるが面白そうな番組は何も無い。
この後はどうなのだろう、と番組表を見る。この後はどんな番組があるのかチェックしていると、彼女の嫌いな感じの番組が見つかった。
『本当のハナシ。~予言は本当に外れたのか⁉︎ノストラダムスの大予言SP‼︎~』
クソみたいにデカい溜息が秋野の口から吐かれる。これには、つい独り言が出た。
「またか。都市伝説…だろ。こんなの。結局 外れたし!」
別に、都市伝説が怖いんじゃなくて、信じてないだけなんだけどね!と自分に言い聞かせながら、そう言った。
きっとほとんどの人は分からないだろうから説明しておくが、『ノストラダムスの大予言』とは、その昔 地球で書かれた予言である。その予言には、『1999年7月に、空から恐怖の大王が降りてきて、なんやかんやあって世界は滅びる!!!』とか書かれていた。ちなみに、それでいう『世界』とは『地球』であって、『サースター』(この星)ではない(さらに言うと、結局 地球は滅びなかった)。というか、こんなどうでもいいことはこの物語とまったく関係ないので、覚えなくていい。
「やっぱり、『本当のハナシ。』シリーズはクソだな。他、他」
とにかく、こんな都市伝説を見ることに、貴重な“暇”は使えないので、さっさと忘れて 番組表の続きを見た。
ピ、ピ、ピ…ピ。
「ふーっ」
無し。もう、テレビを見るのやめ。ゲームしよ。
テレビの電源を消す。ゲームをすることにした。
病院送りにされたり、命の恩人に会ったり、友人が変な戦いに参加してたり…ここまで変わったことがあっても、変わらずゲームはするんだなぁ、と思うと笑えてきた。あぐらを解いてスリッパを履く。そして、ポケットゲーム機を本棚から取った。
ピコピコとゲーム機を操りながら、いつ機堂の家に行こう…なんてことを考えた。
明日…いや、急に行ってもアレだな。明日は金田のやつに連絡入れて、機堂のことを伝えるか。 あ、そういや機堂は『神になるための戦い』を知らないのか…。無闇に広めることでもないし、それも柚に教えとこ。
次の日、実際に電話した。普通にスムーズに話は進み、8月10日に機堂の家に集合することになった。テストが近い時は勉強、その後は秋野が入院と、しばらく遊べなかったが、3人が遊ぶのはいつものことだった。
3人が遊ぶのはいつものこと。そして、その日 3人は少し久しぶりに会った。
知り合いの家に向かうと、2人の青年がその家の前に立っていた。
1人は、 金田 柚。もう1人は…
笑っているように見える、ツリ目。ツリ目なのに、穏やかな顔に見えるのは、不思議としか言いようがない。 そして、その少し太った体。まさにパソコンオタク…ギークそのものだ。名前は、機堂 誠一。彼女の親友だ。
機堂は、その2人に向かって話しかける。
「よう。お前ら」
2人は、ほんの少し前に来たみたいだった。いや、そもそも機堂の家だから、彼は“来た”と言ったら変だが。とにかく、3人は揃った。
「うーわァ。久しぶりやなァ。何や、最近 調子悪かッたらしいからな」
「うん。色々あったからなー」
「そうなんか。ないと思うけど、変な事件とかに巻き込まれてたり…なんて、心配したわ」
「…まさか。お前、昔っからそういう予想が外れるよな」
「そうか?鋭い方やと思っとったけど」
そうだ。鋭いのだ。ヒヤヒヤするので止めていただきたい。
「…さ、さっさとゲームしよう。お菓子持ってきてるぞ」
なんとか金田の天才的な提案によって、本来よりも早く家に入ることになった。
「あのなァ、家 入れるんはええけど、お前らがお菓子持ってきたらまた太るからやめてくれ」
そう ぶつぶつ呟きながら家の扉を開けた。太るのは完全に機堂の勝手だが。
機堂と金田が中に入ってゆく。2人はいつものような話をしていた。
「そういや、今 何か面白い漫画ある?」
「あァ、最近のんやとな…『ONE PIECE』とかやな。今はそんなに人気あるって聞かんけど、あれはきっと売れるわ」
「ほーん。それ、ここの漫画?」
「いや。地球のや。やっぱ、漫画はサースターのより地球のが好きやわ」
「あー。それは分かるかも」
「やるや……ん?秋野?どうした」
機堂の声で、やっと秋野は家へと走り出した。
「ううん。何でもない!」
近頃のよく分からない出来事による不安が少し薄れた気がした。
金田の手にあった、お菓子の入ったビニール袋がカサカサと心地良い音を立てながら揺れていた。




