(9話)初めての戦いと結果
灰色の空間。
右の壁には、ハンサムな男が1人と、少し髪の短い女が1人いた。そのどちらも今 黙っているのでここは静かである。
目の20m先にはラフな格好をした中学高学年生ほどの青年が1人。しかし手にはなかなか物騒な物を持っていて、さらに言うと、迷惑なことにそれは自分のために使われている。スリングショット(つまるところパチンコ)と、専用のゴム弾4つだ。
ここは…とある廃工場。そして、まさに今 金田にとっての初めてのバトルを経験する場所でもある。教室での、数学教師とのアレはバトルにはカウントしない場合の話だが。
ズクズクと、変な感覚がする。…まだ痛い。ゴムって、あんなに当たったら痛いのか。そう思えた。
金田の右手は赤くなっていた。これでは魔法を撃つために手をかざすことも難しいだろう。もう左手でしか氷は撃てない。
「いつもの戦い方じゃないから、あんまし上手くはいかないと思ってはいたが…案外やれるもんだな」
そう言って、自分と向かい合っているルークは、3つの弾をポケットにしまう。隙ができた。
「っ!」
そこを狙って左手から氷魔法を放つ。自然の少ない都会では見ることのできない 少し大きめのつらら。
「し」 まった。
すべての台詞を言うことすらできない。小さな氷の柱は、すぐそこなんて近さじゃない!もうここだ!体を動かさざるを得ないと脳に伝わった時にはもう間に合わない!どうしても、当たってしまうだろう。
ピッ。
「あがッ!」
避けきれず 右の脚に当たってくれた。かすった程度だが、これは意外にもでかいことだった。
先端の尖った氷の塊がかすったのだ。
かするだけでも相当痛いなんてことは、当たったルークが一番分かった。
衝撃で手に持っていたゴム弾を落としてしまったらしい。小さな黒い球体はポーンと跳ねながらどこかに転がっていってしまった。
「クソ。計りやがったな」
氷に当たった箇所から じわ…と血が出ている。半ズボンの外にできた傷は ほんのりと冷気を帯びている。
「…ルークさん」
「ん?…んだよ」
質問を受けていた彼は隙を見て、コロコロと転がっているゴム弾を追いかけていた。追いつかないので「あーっ」と言っている。
「どうして俺じゃなく秋野のヤツに手紙を出したんすか」
「あー。あれは」
と、ここでついに追いついた。ひょいとその黒い球体を拾う。
「前、お前とあっちのコが一緒に歩いてんのをカフネが見たらしくてさ。そいで、金田君が神候補だってのに気づいたんよ。まぁ規律使いは『神になるための権利』を持ってるかが見れるからなー」
「へ、へぇー」
知らなかったとは言えない…と金田は思っていたようだが、そんなことは態度からバレている。
「でも、アホなことにあいつはお前だけ見失ってなぁ。どっかでお前らが別れた時、だっけ」
「そうですね。分かれ道で別れた時です」
ぺたりと壁にもたれているカフネが端から喋る。
「しかし、それからというものクソみたいに大変だったんですよ?秋野さんが家に着く前に、例の手紙を書き上げたんです。そして近くにあった秋野家のポストに入れました。幸い、周辺に秋野という名前の人はそこしかいなくて助かりましたよ」
話し終えると一つ、長い息をついた。
「へーいへい。すません。この後うどん奢りますよ と」
「いや だから…」
「なんか調子狂った。もう再開すっぞー?」
そう言ったルークは、既にパチンコのゴム紐に弾をセットしていた。
先に手を打つしかない!
「!」
左の手をルークへと向ける。
「んなのにいつまでも負けてるかよ!はぁっ!」
もう弾を撃たれた!そう感じこちらも魔法をぶっぱなつ。1秒にも満たない短い時間、ルークの姿を確認した後に。
「ずぁっ!」
間抜けな声で召喚したソレは空間を進んでいく。
…ズガァッ!
しかし水色のソレは壁に当たった。今、音を立てて崩れているところだ。
氷柱はルークに当たらなかった。
しかし、あろうことか お返しにゴム弾がしっかりと飛んでくる。
「え、な」
本当についさっきまで小さかった黒い球は、いつの間にか大きくてまぁるい黒球になっている。いや、実際に大きくなってるワケではなくて、近づいているから大きく見え
ズドン!!
…た。
っ痛い!!!脳から来たその信号は、すぐさま口から出ていった。
「痛ぁ!」
何が起きたんだ!?痛い痛い痛い!何!あ、あぁ…。肩の、感覚を…感じ、ない…。
左の肩が、何か恐ろしいものに貫かれたとしか思えない。勢いに負けて後退りまでしてしまった。
「痛、いっ…痛ぁ」
「かーッ!笑いが止まらん。あー、面白い」
「…何でだ。同時に撃ったはずじゃ…」
なのに、なぜ後からあいつの攻撃が来たんだ…?あの音…確かにルークはパチンコのゴム弾を放った…。
ただ単に、ルークが攻撃のタイミングをずらしただけなのだが、戦いの中で思考があまりまとまらなくなってしまった。それにしても、左肩に受けたダメージが大きすぎる。
「おい金田ァ!」
「…?」
「今度は俺から質問させてもらうとするかァ!」
とか言いながらも手はしっかりと、スリングショットにゴム弾をセットしていた。
「お前は、何のために神を目指してんだよッ」
ゴム弾が飛ばされた。どこにしろ、次に弾が当たればもう戦闘を続けるのは不可能だと思われる。
そんな時、金田には時間がゆっくり動くように見えた。
あれ。そう言えば、何でだっけ…。神候補になったのも…親戚みたいなヤツが『神になるための権利』をくれたからってだけで…いつの間にかそうなってたとしか。
あ、そうそう、思い出してきた。俺に『権利』をくれた規律使いは確か、叔母さんの養子だ。たまに遊んだりもしたが、この前 久しぶりに会ったと思ったら「ねぇ、神になりたくない?」だもんなぁ…。正直な話、少し引いたな。
……じゃ なくて!!…確かに、戦うのが嫌なら誰か他の神候補に【譲】ってしまえばいい。でも、俺は…
俺は
不思議と、金田にはやる気が漲ってきた。ただ、そのゴムでできた黒球は近づくことを止めようとしていない。
「……ぬおっ!」
面白い声を出したのはルークだ。そのすぐ後に、ゴム弾が凄い勢いで壁に当たる音が鳴った。
「……!こりゃ驚いた!避けたのか!」
大声で驚きを表した後、
「……。馬鹿な…。スリングショットで撃ったモンを避けるって…動体視力のいい知恵使い達くらいしか無理だろ」
小声で驚きを呟いた。
なんと金田はゴム弾を避けたのだ。彼が避けれたのは、ほとんどが運のおかげなのだが。しかし、ルークの攻撃が当たらなかったということは間違いなかった。
「た…助かった…」
金田よりも先に安堵の息を漏らしたのは、秋野だった。
避け方がまた、倒れ込むようにしゃがんだのだが、それがまたギリギリでの行動であった。とにかく、今はしゃがんだかのような姿勢をしているので、まずは立たなければならない。そして、立ってあいつに神を目指す理由を教えてやるのだ。
その気持ちを原動力に体を動かす。
「ぐ…お、おぉ…!」
ついに金田は立った。
「ちと やばいな…」
小さな不安が心に宿ったのが分かる。ルークの不安とは、弾切れのことだ。手元にあるゴム弾は残り3発。
あの状態の金田が相手なら、3発でも十分足りるだろう。しかし、ルークは思ったより慎重に行動する奴だった。慎重は次第に焦りへと変わっていく。
早く戦いを終わらせよう。
奇遇にも、2人ともがそう思った。
金田もまた、戦いを早く終わらそうとしていたのだ。理由は極々簡単。もう体力が持たないからだ。これ以上ダメージを受けたら…。
「命を心配するほどではありませんが…次に攻撃を受けたら、金田君はもう戦うことができないでしょう。そろそろ勝敗が決まるでしょうね」
カフネも、もう早く終わりそうだということを感じていた。
先に攻撃を仕掛けたのは、金田だった。痛む右手をルークへと向けるべく動かして、氷魔法を放つ。それと同時に真っ直ぐにルークに突っ込んでいく。
スリングショットをセットしてゴム弾を放つというのは、時間がかかるのだ。氷をゴム弾で撃ち落とす時間なんてない。
スリングショットに向けられて撃たれた氷を避けながらポケットの中のゴム弾を取り出す。それをセットしたゴム紐を思い切り引っ張る!
「おぉお…!」
声を上げながら金田は走るのを止めない。
そのまま近づいてくる金田にゴム弾をぶち込んでやるのだ とルークは狙いを定めている。
さっきまで20mも空いていた、2人の間はどんどんと小さくなってゆく。10m……。5m…。3m……今だ!!2m先の目標を目指して弾は飛ばされた。
このまま何もせずに突っ込んでいったら、腹の ど真ん中へゴム弾がめり込むだろう。
この距離を避けれるのか?その先を考えるのが嫌になった秋野は無意識の内に目を閉じていた。
結果から言うと、金田は避けなかった。彼は『肉を切らせて骨を断つ』的な攻撃の方法はやりたくなかったのだが……この場合は仕方ないと思えた。
「お前、右腕を…!」
やはり、また、ゴムの跳ねる音が聞こえた。彼の体に当たった後、床に落ちて跳ねている。
金田は、ルークがスリングショットのゴム紐から右手を離した…つまりゴム弾を撃った と分かった途端に体を左に向けた。そのため、体の右側面がルークの方向に向けられたのだ。
こうなってはゴム弾が当たるのは右肩か右腕か右手か右脚のどれか…と 当たる選択肢が限られた。右腕を160度 曲げているので、横っ腹はガードされていた。背中は もし当たっても精々かする程度で済んだだろうし、そもそも当たっていない。
そしてゴム弾は右腕に当たったのだ。
「チィッ!」
いよいよラストの1発をスリングショットにセットする。その間にも、金田は動いた。痛む体を無視して、2mを突き進む。
予想はもうつくが…ルークがセットしたゴム弾を放つよりも先に 金田はルークの元に着いた。
ルークの胸元には、金田の手が当てられている!つまり、金田は今 0距離で魔法を当てることができるというわけだ…!
「…どうした?早く撃たないのか?」
「…」
スリングショットとゴム弾を捨てた。床に落ちて、カランカランと鳴り、その音に金田の体はビクッと反応した。
「こんなに近い距離で…!俺は、力使いだぞ?お前の魔法と俺のパンチ…どっちが速いか試してみるか?」
耳の横に置いているのか と思うような大きさの、自分の心臓の音が聞こえる。その音に掻き消されそうになりながらも、
「…はい」
言葉を返した。
魔法使いがガードなしで力使いの拳を受けてしまったら…その結果は誰しもが分かることだ。体の強くない魔法使いが、力の強い力使いに殴られる。そのリスクを知った上で金田は決着をつけにきたのだ。
「……止めだ、止め。俺の負けだよ」
この時 ルークは 金田に 【負】けた。
「えっ?…あれ?」
「だから、俺の負けだよ。そもそも俺は力使いじゃねー。知恵使いだよ。だから俺のパンチとお前の魔法、どっちが強いかなんて比べ物にもなんねーよ」
確かに氷が当たる度に、力使いとは思えないくらいには痛がっていたが。しかしそれでも、最初に見せたコンクリート破壊パンチのインパクトが強すぎて力使いとしか思えなくなっていた。
「つまり最初のパンチは…」
「あー。ありゃ仕掛けがあんだよ。ったく、氷の魔法が痛かったのに。やっぱ痩せ我慢は良くねェわ」
ルークが傷の部分を手で抑える。
「柚ーっ」
壁の方から幼馴染みの女の子が走ってきた。
「……じゃな」
それに合わせて、ルークはひらひらと右手を振りながらカフネの所へと歩いた。
「おい、おいおい!勝ったじゃんか!まともな戦いで!」
背中をバシバシ叩かれる。
「勝った…。勝ったのか!後、痛いからやめて!」
「あっ。すまん」
ぱっ と秋野は手を離した。
「うん。…でも、完全に自分の能力でって訳じゃないけど、本当に勝ったのか」
実感というのが湧かない。
「柚…なんか今、疲れた…って顔してんな」
「そ…そか?ま、実際 疲れてるから」
「それもそうだけど。……じゃ、帰るかー。色々と、喜びたいと思うけど、とりあえずは…家に帰ろうぜ」
「うん。賛成」
「……歩けんの?」
「じゃあ おんぶしてくれ」
「馬鹿も休み休み言え」
「ハハ…。あ、待った」
「ん?」
キョトンとする彼女を待たせて、歩いてゆく。壁へと歩いているのだ。
壁の方では、ルークとカフネがいた。
「ん?どうした。もう俺の『権利』ならお前に渡ってるはずだぞ。な、カフネ」
「ええ。このアホは【負】けたので。…はい。確かに渡っています」
じーっと見た後、カフネが確認済みの情報を教えてくれる。しかし、金田の目的はそれではなかった。
「いえ…。そうじゃなくて。その、さっき質問された神を目指す理由、伝えた方がいいと思って」
と言うと、自分が意識高いみたいだったが、何となくモヤモヤしたのだ。
「そうだった。ま、別に答えてくれなかったの気にしてねーんだけども」
「一応聞いときましょう。ルー…ぶっ!ル、ルークさんっ!ハハハ!」
「バッカ、あの偽名は仕方ないだろ!咄嗟に思い付いたヤツなんだから」
「ハハハ」
カフネはまだ笑っている。
「…たく。でも一理ある。理由、聞かせてくれよ」
座っていたルークが金田を見上げる。
「は、はいっ!」
そして、彼は初めて 神候補になり、神を目指している理由を人に言った。
すべてをやり終えた。今は家に帰っているところだ。
「なぁ。…何話してたんだ?」
「神を目指してる理由」
「え!マジか!私でさえ聞いてないのに!」
「いや、分からないのか。彩扉先生の時にもう分かったのかと思ってた…。できる限りで、困ってる人を助けるためだよ」
「おー。ちゃんとした理由。正義のためーみたいなアホっぽいやつかと思ってた」
「オイ」
「てか、どうせ親戚とかに騙されていつの間にか神候補になってたとかじゃないんだなぁ」
「ヴッ!」
「どうした。……まさか…」
「いやいやいや!さ、さ。口じゃなくて足を動かせ」
「家まで歩いて帰ってんだから、足は動かしてるが…」
2人の足は、金田家へと向かって動いている。
-ここは、廃れた工場だ。少し前まで、そこそこのバトルが繰り広げられていたが。
今は、2人の男がいるだけだ。
「聞きました?困ってる人を助けるためですって。良いことですね」
「…そのために無理しなきゃいいがな。あーあ。【負】けたぁ」
「いやいや。かなりの善戦でしたよ。特に、自分を力使いのように見せて、接近戦を避けたのは流石でした」
「そう?知恵使いに接近戦は危険過ぎるからな。俺、頭良いな」
「やれやれです。まったく。いつも私をクソ厄介なことに巻き込んで」
「それは悪い!しかもお前に貰った『神になるための権利』も無くなったし」
「もういいですよ、それは」
「いや本当に。何か奢ってやるわ」
「では今夜にでも。一緒に うどんでも食べに行きますか?」
「……おう!」
「さ、立てますか?」
「どうにかな」
「あ、そうだ。これ、預かっていた本です」
「サンクス」
「はい。……さて。ここら辺の美味しいうどん屋って、何か知ってますか?ルークさん」
「ルークて。だから…!」
「ハハハ」
この2人もまた、笑顔でここを去っていくのだった。勿論、床に散らばったゴム弾を拾ってから。




