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胡蝶  作者: 戦国
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7 悪夢

「正直な話、僕自身未だに信じ切れていないです。自分で言うのもなんですが、突っ込み所満載で、話す自分自身が一番訳のわからない話だと思ってます。」


 話し始める前に植松がそう前置きをした。その言葉に対する返答として、九条は植松が話し終える最後まで何一つ口を挿まない事を提案した。だから気にせず、君の体験した事をありのままに話してほしいと話すと、首是した植松は静かに語り始めた。




 僕の趣味なんですけど、廃墟とかを巡るのが好きなんです。心霊スポットとか関係なく、曰く付き曰く無し気にせず、そういう所へ行って、昔はどんなんだったんだろうって想像を巡らせるのが好きなんです。歴史を感じて、その時々の人々の思想を感じたいなんて。ちょっと格好付けた理由ですけど、割と本気で思ってたりします。

 そして現場を見て、その後に過去の写真や映像を探してきて。自分の感じた雰囲気や想像がどれくらい当たってたか、なんて事で楽しんだりするんです。


 大学入って1年過ぎた辺り、ちょうど1年前の今より少し前くらいかな、サイトでそういうの探してたら、たまたまその跡地を見つけて。

行く前に廃墟になってからの噂話とかは調べるんですけど、心霊スポットだからどうこうっていうよりは、あぁそういう歴史を辿っている場所なんだって思ったくらいで。強姦事件の事もその時に知りました。他にも過去にあったとかっていうのもあって多少は気分が悪くなりましたけど、遊園地の跡地ってのは始めてで。興味の方が勝ったんです。

 割とここから近いし、長期休みじゃなくても行けるから、じゃあここに行こうって思って。親もそんな趣味を笑ってくれてるので、車も貸してくれるから、日曜日にすぐに行けたんです。


 1、2時間くらいかな。車を走らせて昼過ぎにはそこに着いて。交通の便は少し悪い場所ですけど、周囲に何も無い訳でもなくて、近くにパーキングがあったのでそこに停めて、改めて跡地まで向かったんです。


 跡地に着いて門の前に立った瞬間、急激に寒気が襲って来て、足が震え始めました。さっきも話した通り、僕、別に幽霊とかそういうの全く信じていなかったんですが。そういう自分の価値観を全否定されるように、体の至る所に鳥肌が立って。

 でも、ここまで来たんだし、そんなわけないって門へと近づいて行こうとしたんですけど。近づけば近づく程、体中が怖気づいていくのを感じて。どんどん気分が悪くなったんです。


 じゃあそこでオカルト的な事を信じたかっていうと、別にそういうわけでは無いんです。でも、あまりの気持ち悪さにテンションがすごく下がって。こんな気分になってまで行くのもなんか違うなって、素直に帰ることにしたんです。

 不思議な事にパーキングまで戻ると、体の調子はすっかり元に戻って。だから単純に、跡地の辺り変な電磁波とか、あるいは毒ガスの類とか、体に悪影響を及ぼす物でも出てるんだろうかなんて。無暗に近づくべき場所じゃないのかも、悪い噂もそういったもんなのかなって変に納得して。そのまま車を走らせて家まで帰りました。

 家に帰る途中も、帰ってご飯食べて風呂に入って寝るまでも、別に何も無かったんです。



 そのまま何も無く寝たんですけど。その夜、夢を見たんです。



 夢の中で僕は遊園地跡地の門の前にいました。でも、景色は同じだけど、周囲が薄暗くなっていて。あぁ今日の事思い出してるのかって、これは夢なんだろうと思いました。

 ただ何をするわけでもなく、ボンヤリと跡地の方を眺めていたら、突然遊園地が明るくなったんです。そしてそこには、跡地では無い、開園していた当時だろう遊園地があったんです。


 夢の中で笑いました。僕って想像力豊かなんだなって。そう笑えるくらい、如何にも本物の遊園地で、ひょっとしたら当時はこんなんだったのかもと思いました。


 すると、門の向こうに人影が現れました。ただ、近づいてくるにつれて、その人影が着ぐるみだということが分かりました。

 ウサギをモチーフにしたような二足歩行の、たぶん遊園地のマスコットなんでしょう。ただ、率直な感想を言うなら、可愛くなくて、正直不気味にさえ感じました。外国のホラーで出てきそうな感じといえば伝わるでしょうか。

 そのころには遊園地以外は辺り一面真っ暗になっていて、そういう事も合わせてなんですかね。幽霊を信じて無くても怖いなって。嫌な夢だなぁ。早く覚めてくれないかなぁって。


 そんな事を考えていると、そのウサギと目が合いました。その瞬間金縛りのように動けなくなりました。そんな僕の様子を見たウサギがニヤリと笑ったんです。着ぐるみのはずなのに、目と口を歪ませて。

 夢だと思っていても、本気で怖くなって。汗がダラダラ流れていくのを感じました。それに嫌になるくらい感覚が敏感なのに気付いて。まるで起きていて現実世界のような錯覚を味わいました。体が動かせないのに、体中がガタガタ震え始めて。


 その時、僕は門の3メートル手前くらいにいました。起きている時に行った時も、その位置で引き返す羽目になったので、同じ位置だと理解してました。

 棒立ちになっている僕に向かって、ウサギが歩いて来ました。そして門のちょうど入り口まで来てケラケラと笑いながら言ったんです。



「ようこソ!夢の国ヘ!!そう、正に夢!初回来店のキミには、夢の世界でしか味わえない素敵なアトラクションをタップリ用意してるヨ!!楽しんで行ってほしいナ♪」



 3メートル先で不気味なウサギが、訳の分からない事を言ってるんです。怖くて怖くて。それでも動かない、いや、動けないでいると、ウサギが不思議そうな顔をして話し続けたんです。


「あレ?おかしいナ?ン?君ひょっとして入場券持ってなイ?あれレ???」


 そう言いながら、門の所から僕の方へ必死に手を伸ばしてきました。しばらくの間そうしてましたが、やがて諦めたような顔で呟きました。


「なんダ。ここまで来たのに、入ってこなかったんダ。それに、君の目的は、うン。なるほどネ。どうせ入れてもVIPコースには案内できないカ。しょうがないネ。」


 訳の分からない事をブツブツ言ったと思ったら、伸ばしていた手を引っ込めて、僕に背を向けました。その瞬間金縛りみたいなのが解けて、僕はそこに座りこんだんです。

 冷や汗は止まらないし、体の震えは止まらないし、何も出来ず蹲っていたら、耳元でウサギの声が聞こえました。



「今回は許してあげる。過去に敬意を払えるキミはここに入る資格ないよ。」



 気が付いたら、自分の部屋のベッドの上でした。




 植松は、そこまで話し終えた所で口を閉じた。彼の語った内容に誰もが呆気に取られている。凡そ信じられる話ではない。いや、正直に言うなら、千堂は『信じたくない』と感じてさえいた。それは語っている最中の植松の様子が、あまりに真に迫ったものであったからだ。

 隣の九条の様子を伺うと、顔を青ざめさせていた。宣言した通り植松の話を信じると決めたのだろう。だからこそ、その表情なのだろうと千堂は納得した。だが、この話を聞いてどう動けば良いのだろうか。植松に何と声を掛けるか熟慮していると、九条が口を開いた。


「うん。話の流れは分かった。その上で要点を纏めるね。君は跡地に行ったけど中に入らなかったから助かったと感じている。だけど、敷地内に入ってしまったら何が起こるか分からない。だから肝試しに行って中に入っただろう六人の安否を危惧している、で合ってるかしら?」

「はい、その通りです。」


 その植松の返答に九条が重ねる。


「それが現実だと思えば、恐怖は良くわかる。でも、さっきも話してた通り、君がその夢だけでそこまで信じるとも思えない。『ただの嫌な夢』と判断してもおかしくない。君が怯える理由は、その夢を信じてしまうのは、何が原因なの?」

「実際に死んだ人がいるかもしれないという事実と。…パンフレットを見たんです。」

「パンフレット?」


 細々と答える植松に千堂が反応する。死んだ人というのは強姦事件の件だろう。だが、次に告げられた単語に、千堂の勘が働く。彼の答えが予想出来てしまった。それが事実なら信じたくもなる。


「最初に言ったと思うんですけど、廃墟に行く前にその現場の昔の映像とかは見ないんです。廃墟を見て巡らせた想像と実際どうだったかの相違点を楽しむのも趣味なんです。でも、その遊園地の夢を見て、慌てて資料を漁ったら…。」


 誰かの喉を鳴らす音が聞こえる。学生達もその答えに思い当ったのだろう。


「夢で見た遊園地の細部まで、あの不気味なウサギのマスコットさえ、知らなかったはずなのに、夢の中と完璧に同じだったんです!!もう、自分の頭がおかしくなったとしか思えなくて。」


 再び場を沈黙が支配する。このタイミングにおいては、誰も望んでいない静かな時間が過ぎていく。きっと誰もがこの嫌な雰囲気を破壊したいと心では思っているだろう。しかし、反して誰もその術を持ち合わせていなかった。何か話さなくては、でも、何を話したら良い?皆が自問自答を繰り返すばかりで、切欠すら掴めない。


 時間にすれば1・2分だったのだろうが、千堂の感覚では10分以上に感じられた。そんな張り詰めた空気に穴を開けたのは、心臓まで響くようなスマートフォンの着信音だった。

 思わず全員が音のする方へ顔を向ける。音が鳴り響いているのは、九条の胸元からだった。それに気付いた彼女は、空気の抜けるような間抜けな声を発して、スマートフォンを取り出す。画面を確認すると千堂の耳元で囁いた。


「五味さんからです。さっきの件だと思います。少し席を外しますね。」


 そう告げて彼女は立ち上がり、学生達にも小さく頭を下げてその場から離れた。五味からの返信が思ったよりも早い。確かに優秀な上司だが、これほど早いという事は、既に警察周辺に情報が集まっていたのだろうか。しかし、それまで自分達に連絡が無かったと考えれば、稲葉や仲矢とは事情が異なる事が予想される。

 ここまで考えた所で、千堂の脳裏を嫌な予感が過る。情報が既にあったうえに事件性を疑われていない。植松の話を聞いたからこそ辿り着く結論だが、頭を振る事で振り払い、学生達に声を掛けた。


「九条に掛かってきた電話は、僕達の上司かららしい。さっきの四人について何か分かったのかもしれないから、九条が戻るのを待とう。その間少し休憩しよう。君達も疲れたろう?」


 そう千堂が笑いかけると、学生達の表情も微かに緩んだ。むしろ残り四人の状況が判明したかもしれないと思ったのか、希望を持った表情にも見える。千堂は捻くれた自分の最悪な予想が外れてくれる事を願いながら、朗報を祈って九条を待つ。



 そして、戻った九条の顔を見た瞬間、千堂は希望が裏切られた事を感じ取った。


 千堂と目が合った九条は、千堂に近づき口を開こうとするも、学生を見やり口籠る。それを見て大凡を察した千堂は九条に小さな声で語りかける。


「すぐに分かる事だからむしろ今俺達から学生に伝えた方が良い。お前もいるし、ほんの僅かでもケアできる。言い辛いなら詳細を聞いて俺が話すがどうする?」

「いえ、私に話させて下さい。」


 そう答えた九条は凛と佇まいを正し、学生へと向き直る。学生達も様子がおかしい事を感じ取ったのだろう。落ち着いていた表情がどんどん絶望へと染まって行くのが見て取れる。そんな彼等に対し九条から悲痛な声で残酷な事実が告げられた。


「みんな、心を強く持って聞いてね。まず野田修哉君はまだ見つかってません。警察ですぐに捜索を始めています。そして、他の三人、菊池匡幸君、佐藤優華さん、浜田つかささんは、昨日の段階で、死体で発見されていたようです。昨日から事故死として扱い調査をしています。」


 九条が話し終えると、学生達から生気が抜け漏れていくように感じられた。しかし、その内容に違和感を覚えたのか、武家尾が力無く反応する。


「事故死ですか?えと、事故なんですか?」

「えぇ。菊池君は川で溺死、佐藤さんは街中で転落死、浜田さんは列車に巻き込まれて、という事らしくて。それぞれ全く別の場所で、争った形跡なども無いので、事故の線が強いと判断していたみたい。私達から話せるのはここまでなんだけど…。」


 そう答える九条の表情は硬い。警察が事故だと判断しているのは、それ単体では事件性を見出せなかったからだろう。ところが植松の話を聞いた千堂達は、とてもじゃないが単なる事故として受け止められない。

不謹慎だが、事件である方が良かった。本当に単なる事故だというのであれば、むしろ呪いの可能性を疑ってしまう。六人中五人も同じ日に別々の場所で何かが起きるなど、とてもじゃないが偶然の一言では片付けられない。

警察が野田修哉の捜索を始めたというのもおそらく事実だろう。全く関係の無い五つの事件と事故が、実は一つの事件かもしれない。考えたくもないが、それでもその可能性を考慮して捜査しなければならないのだから。


ただ、今、考えなければいけない事はそうじゃない。心を抉り取られるように感じているだろう青年が目の前にいる。九条の肩を叩くと、彼女も頷いた。

九条が静かに近づく。植松は目を見開いたまま頭を抱え、言葉にならない声で喘いでいた。


「あ、あ、ぅあ…。ぉ、お、俺の、せいだ。俺が止めなかった、から…。俺の…うぁ、うわぁーーーっ!!」

「君のせいじゃないからっ!!自分を責めないでっ!!」


 植松が叫び出した瞬間、慌てて九条が胸元に彼の頭を抱き寄せた。彼女の形の良い二つの膨らみが歪み、その中からくぐもった叫び声が響き続ける。彼女は周囲を気にすることなく、さらに強く抱きしめ、青年の耳元で優しく囁く。


「悲しいのはわかる。辛い事もわかる。泣いて良いから。でも、君のせいじゃない。自分を責める事だけはしちゃだめ。君は何も悪くない。何一つ悪い事なんてないんだから。」


 九条の甘い囁き声に手放しかけた正気を取り戻したのだろう。植松の悲痛な叫び声は、少しずつ小さくなっていった。そして代わりに、泣きじゃくるのを堪える幼子のような、静かな嗚咽が聞こえ始めた。

 植松の変化に気付いた九条は、片手で植松の頭を撫で始めた。抱きしめたままのもう片手は背中を摩っている。慈愛に満ちた目で見つめるその様子は、否が応でも母性を感じさせるものだ。

 そんな様子を、他の学生も、そして千堂も黙って見つめる。そこにある光景は、ただ只管に穏やかなものだった。この優しい空気が少しでも彼等の心を救うことを願い、千堂は静かに九条を眺め続けた。


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