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胡蝶  作者: 戦国
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6 遊園地跡地の七不思議

 電話を終えた九条が戻ると、場の空気が急速に弛緩した。もちろん待ち人が戻ってきたからであるが、緊迫した男だらけの空間に美人が入ったという事も少なからずあるのかもしれない。

九条が持つ空気は不思議な程に柔らかい。女性らしいかと言われるとそういう訳でもなく、むしろ中性的な美貌の彼女である。クール系美人、場合によっては冷たい印象を抱かせる見た目だが、そんな彼女が醸し出すものとしては意外だな、と千堂は常々感じていた。

人を良く観察し無暗に刺激しない、あるいは包み込むような器の大きさが、普段の彼女からは溢れ出ているのだろう。そういった点も、千堂が彼女を頼りにしているうちの一つであった。


そんな彼女が学生を不思議そうな目で見渡した後、千堂に向けて鋭い目線を向ける。目線の意味を千堂風に解釈すれば『オマエナニカヤッタノカ?』である。

勘弁してほしい。何故俺には厳しいのだろうと冷や汗を掻きながら、千堂は先程までの流れを言い訳する子供のように説明した。


「じゃ、改めて植松君、君の話を聞かせてもらえるかな?」


 柔らかな雰囲気に戻った九条が席に腰を落ち着かせた所で、千堂は話を切り出した。それに対し植松は頷いた後、バッグの中からパソコンを取り出した。その行為を訝しげに眺めていると、あるサイトを開いた状態でこちらに見せてきた。


『心霊スポット十選』


 パソコンに表示されていたのは、心霊スポットを集めたサイトらしい。そしてその内の一つを指差し、植松が口を開く。


「ここ、今は閉園しているんですが、昔遊園地だった跡地なんです。サイトに特集されている中でも、別格で『ヤバイ場所』として有名な場所なんですが。」


 そう切り出し植松はその心霊スポットについて読み上げるように事務的に語り出す。遊園地がまだ開園していた頃の噂話などらしい。


 曰く、遊園地内で度々子供がいなくなる。

 曰く、ジェットコースターで事故が起きた。

 曰く、アクアツアーというアトラクションで謎の生物の影が見えた。

 曰く、ミラーハウスから出てきた人が別人のように変わっていた。

 曰く、お城の地下には拷問部屋がある。

 曰く、メリーゴーラウンドが勝手に回り出した。

 曰く、廃園になった遊園地の観覧車の中から声が聞こえる。


「でも、これらはあくまで噂話なんです。ただ、すごく有名なので、心霊スポットとしてもすごく有名になってるのですが。それ以上に最近有名になっているのが、ここに肝試しとかで行った人が死んだり行方不明になっているという事なんです。」


 抑揚なく話し終えた植松はパソコンを閉じる。ここまで話した内容は全て『噂話』だ。ただ、その話と植松の先程までの様子を見れば、彼の怯える理由には辿り着く。


「さっき話していた六人もそこに肝試しに行った後連絡が取れない、というわけか。」

「いえ。そうなんですが、ちょっとだけ違います。」

「あれ?違うのかい?」


 納得した様子の千堂が呟くと、植松は小さく頭を振って否定の言葉を口にした。


「今はテスト期間中なんですけど。女の子の方はみんなテストが終わったらしくて。僕ら夏休みに合宿があって、合宿内のイベントの一つとして肝試しするんですけど。そのプランを肝試しに行った男三人が担当してたから。女の子がどういうのが怖いと反応するか下見をする予定だって言ったんです。まぁ、それにかこつけたトリプルデートっていうだけなんですけど。」


 植松は順序立てて確認するように淡々と話す。


「ただ、その場所を聞いたら、その跡地に行くっていうから。あそこだけはヤバイからやめておけって止めたんです。でも、あいつら俺の事ビビリだなって笑って。距離的にも丁度良いからやめないよって。」

「うん。それで?」


 しかしそこまで話すと、植松の表情が悲痛なものに変わっていた。止められなかった事を後悔しているのだろうか。にしては、大袈裟が過ぎる。その根も葉もない噂話を信じ過ぎていないか。浮かびそうな呆れの表情を取り繕いながらチラリと目を九条にやると、彼女はそう感じてはいないらしい。その大きな瞳は僅かな機微をも見逃さないと語っている。

 改めて植松に意識を向け直すと、顔を歪ませながら植松が言葉を絞り出した。


「一昨日だったんですけど、あいつら肝試し終わって戻って来た後、僕に連絡をくれて。それで男三人とは会ったんです。」

「会ったのか!それで、その時は何もなかったのか?」

「はい。僕、この大学の近くに住んでて。あいつら若葉駅近くでレンタカー借りたから、こっちに戻ってきて車を返してから若葉駅で解散したんです。一応男連中はまだテストがあるからって女の子を先に帰したみたいなんですが。その後近くに住んでる僕を呼んだんです、報告兼ねて軽く飲もうって。あと、ビビリだってからかわれてましたけど、稲葉なんかは『ほら、俺達なんともないだろ?』って。優しい奴だから、俺を安心させに来てくれたらしくて…。」


 植松はそこまで話し終えると鼻を啜った。いつのまにか瞳も少し潤んできている。そんな様子に他の学生達も悲痛な面持ちとなっているようだ。見かねた隣の学生―白石といったか―が声を掛けるが、植松はそれを手で制し再び口を開いた。


「本当に軽く、1時間くらい飲んで話したら、みんな終電があるからって解散したんです。多少酔っぱらってましたけど、みんな元気で普通に帰ったんです。…でも、翌日三人ともテストがあるって言ってたのに、大学に来なくて。連絡も取れなくて、何かあったんじゃないかって。今日みんなで集まって相談してたら、稲葉と仲矢は見つかったって連絡があって。だけど、意識がはっきりしないっていうし。まだ見つかってない皆がまさか本当に呪いで死んでたりしたらどうしようって…。」


 尻すぼみに声が小さくなり、植松の目から涙が零れ落ちた。そのままそれを隠すように目線を足元へ向けると、堪えられなくなったのか嗚咽を漏らし始めた。周囲の学生もなんとも言えないといった感じで彼を見つめる。


 成程、彼が追い込まれている理由は分かった。呪いを信じ込み、自分が止め切れなかったから友人に被害が及んだと思ってしまったのだろう。植松の様子を眺めながら、これ以上自分には、今の彼から情報を引き出すのは厳しいかもしれないと千堂は感じていた。

しかし、植松の話を信じるのであれば、少なくとも稲葉があのような状態になったのは一昨日の終電後という情報を得られたという事になる。ならば、その裏付けとしてレンタカーショップや四人が飲んだという居酒屋の場所を聞いて、確認に向かうべきだろう。


そう結論付けた千堂だ。きっと彼自身だけならそれで終わっていた。そして話を終え次の場所へと行動を移していただろう。しかし、ここにいるのは自分だけではない。何のために相棒の戻りを待ったのか。

何かあるかと隣の信頼する部下に目をやると、九条が小さく頷くのが分かった。そしてこんな時でさえ艶っぽさを感じさせる彼女の口から、凛とした、それでいて包み込むような温かさを感じさせる声が、俯き肩を震わせる学生へと投げかけられた。


「植松君。私からもあなたに質問したい事があるんだけど、もう少し頑張れるかな?」


その声はまるで泣きじゃくる子供をあやすような母性を感じさせるものだと、千堂は僅かに目尻を下げた。

植松もそのように感じたのだろうか、下を向いたまま一瞬ピクリと肩を震わせたが、右手で両目を擦り、顔を上げてくれた。目は赤いが、唇を噛締めている。美人のお姉さんにカッコ悪い所は見せたくないなんて、可愛い男の子のプライドだ。千堂は少しだけ微笑ましく感じた。九条の目元も優しげになっているのはそのためだろう。


「唐突な話をするけどごめんね。植松君の話をずっと聞いていたんだけど、植松君、君は一般的なオカルト類の事、実はあまり信じていないように感じるんだけど、違うかな?」


 しかし、そんな九条の口から放たれた言葉に、思わず千堂は目を見開いた。そしてそれに対する植松の返答に改めて驚かされる。


「はい。理系だから、っていうわけでもないんですけど。幽霊とかそういう事は正直あまり信じていません。」


 千堂はこれ以上無いくらいに混乱していた。じゃあ先程までの植松の反応はなんだったのか。九条は何を感じてそう思ったのか。他の学生も同じ心境のようだ。九条と植松を交互に見ている。

 そんな周囲の反応に気付いているのだろう。九条は植松の心情を説明するかのように話を続けた。


「うん、そうだよね。さっき植松君が遊園地の話をした後に『あくまで噂だ』って言ったり、『まさか本当に呪いで』って言ったり。心から信じている訳じゃないからこその表現だと私は感じたの。そもそも、合宿で肝試しする事やその下見をする事は何とも思ってないでしょ。オカルトそのものを信じているなら、そして幽霊や呪いに恐怖を感じる人なら、あんな風に淡々とは話せないと思うの。バチが当たるんじゃないかって、ね。」


 九条の語る内容に、思わず口が開くのを感じる。千堂は植松が呪いを信じ込んでいると決めつけていたから、全て聞き逃し見逃していた。しかし、思い返せば確かに、九条が戻ってから最初の内は淡々と話していた。植松の表情に変化が生じたのは『あの場所に六人が行く事を知った』事を話し始めてからだ。


 学生達は植松も含め呆気に取られた様子で九条を見ている。目立たず補佐に徹しているように見えた、自分達とそれほど年の変わらない若い女性が、異常とさえ感じる程の鋭さを見せたからだろう。

そんな周囲を見やり九条は微かに微笑む。瞬間、学生達が目に見えてうろたえた。あぁそういえば、コイツは俺に吐き捨てる毒だけじゃなく、こういう毒も持っていた。格好良くて綺麗なお姉さんの微笑みは、20そこそこの男には猛毒だろう。千堂はそんな益体も無い事を考えていたが、九条はすぐに真剣な表情で植松に問いかける。


「でもね、そんな君が、『あそこだけはヤバイ』と言った。その理由が知りたい。一つ予想するなら、『肝試しとかで行った人が死んだり行方不明になっているという事』と言った事。これだけは植松君も噂じゃなくて事実として認識しているように聞こえる。」

「はい。数年前の事で僕も小学生か中学生だったので、当時知ってた訳ではないですけど。あそこで強姦事件ってあったんですよね。で、その加害者が全員亡くなったって。実物を見た訳じゃないですけど、新聞にも載ってて。だから、それは事実としてあった事なんだと思ってました。」


 植松の答えに千堂は記憶を呼び起こす。そんな事件があったかも知れない。強姦事件の現場までは覚えていないが、その容疑者が逮捕前に全員変死体で発見された事は確かにあった。しかし、それが呪いに繋がる理由は考え付かない。疑問が口から零れそうになるが、それでも無理矢理呑み込む事にした。ここは九条に任せた方が間違いない。


「なるほど。でも、それだけじゃ植松君がヤバイと感じる事は無いよね?…うーん。私が君と話して思うんだけど、君は情報だけで簡単に判断をするタイプとは思えない。それこそ自分の目で見たり、体験しない限りは、ね?」


 九条のその指摘に植松は体を強張らせる。その強張りを解すかのように、九条の柔らかな声が包み込む。


「言い辛いか、あるいは君自身も信じ切れていないか。大丈夫、君が嘘を言うなんて思わないよ私は。友人の優しさに素直に感謝できたり、そんな友人の安否を涙流す程心配する、そんな君の話なら心から信じられるよ?」


 九条が清らかな笑顔を植松に向ける。植松の固まっていた顔が瞬間湯沸かし器のように赤くなったが、同時に一気に解れたようだ。出会ってから始めて見る柔らかで優しげな顔に変わった。きっとこの顔の通り、優しくて穏やかな青年なのだろう。

千堂自身も、張り詰めていたはずの空気の中で、自然と自分の顔が緩んでいる事に気が付いたが、今はそれで良いのだと納得する事にした。


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