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胡蝶  作者: 戦国
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4 若葉大学理工学部

 コンビニで九条が買い物をしている間、千堂はある事を思い出し、スマートフォンを取り出した。目的の人物の連絡先を見つけると、少し懐かしい感覚を味わいながら、そのまま電話を掛けた。すると2コールもしない内に相手が出た。その事に少し驚きつつ、慌ててスマートフォンを耳に当てる。


『千堂か。久しぶりだな。突然どうした?飲みの約束か?』

「相変わらずだな、矢田。お前の頭の中には研究と酒しか無いらしい。」

『馬鹿言え。3割くらいはサッカーが占めてる。』

「本当に相変わらずだ。」


 スマートフォンから聞こえる旧友の声に、思わず顔が綻ぶ。良くも悪くも変わっていく友人が多い中、大学時代とほとんど変わらないこの友人のことを千堂は気にいっていた。だからこそこんな連絡ではなく、彼の言うような飲みの誘いで掛けたかったなと少し残念に思いながら、千堂は話を続けた。


「飲みはまた近い内に。楽しい時間を過ごせそうだ。だけど、今回は仕事でな。唐突だけど、矢田は今大学か?」

『あぁ、今はテスト期間だからな。ま、うちの教授の試験は終わったから、採点なんぞ手伝ったりで研究室にいるってとこ。んで今はもくもくタイムだ。電話には良いタイミングだったな。っつか、刑事が仕事?嫌な連絡を入れてくれるなよ。』

「すまん。で、だ。大学にいるならこの後30分後くらいに、少し時間取れないか?」

『時間?長くかかりそうか?』

「ものの10分で終わると思う。」

『なら大丈夫だ。午後からは出かける用事があって大学を離れるが、それくらいなら付き合ってやれる。お前が大学まで来るんだよな?』

「あぁ、そうだ。」


 頷きながら、連絡してみて良かったなと千堂は一息つく。ふと振り返ると、九条が買い物を終わらせて店から出てきた所だった。


「じゃ、また大学についたら連絡する。どこに行けば良い?」

『ラウンジ…はまだ学生多いしなぁ。教授が今日いないから研究室まで来てもらえれば良いか。茂手木研、覚えてるか?』

「あぁ、大丈夫だ。じゃ、また後でな。…あ、あと、もくもくタイムってのはそろそろ恥ずかしいかもだぞ?」

『うるせーよ。タバコっつーだけで肩身狭いんだ。ソフトな表現に変えてるだけだよ。』


 最後に軽くからかったところで電話を切る。すると怪訝な目をした九条がこちらを見ていた。


「今の電話は?」

「あぁ、旧友だ。んで今は若葉大学で助教をやっている。被疑者と同じ大学どころか、学部、学科まで同じだ。ひょっとしたら知ってるかもしれんし、あるいは手掛かりが手に入るかもしれん。大きな期待はしてないが、無暗に探すより、最初に当たる所としてはベターだろ。」

「意外な付き合いがあるんですね。それに、被疑者の学部・学科まで?」

「被疑者の持ち物ん中に学生証があってさ。それで大学が分かったんだが、学生証には学部・学科まで書いてあるよ。ついでにその学生証の写真の部分も許可取ってカラーコピーしてきた。」


 そう言いながら、千堂は胸ポケットから被疑者の顔がはっきりわかる紙を取り出す。これがあれば聞きこみもしやすいだろうと言うと九条は少し感心したようだ。そんな後輩相手に得意げに千堂は続ける。


「被疑者の身元が分かった段階で、どうせ大学に行くだろうと思ったしね。病院に行く前に色々準備してきた。」


 だから病院に着くのがギリギリになったんだよねなどと笑いながら、手に持っていた煙草の火を消し、立ち灰皿に吸殻を捨てる。そのまま九条の愛車に歩き出した千堂だったが、ふと顔を九条に向けた。


「あと、意外なってのは心外だな。俺もその助教様と同じ大学の出身だよ?」

「存じてます。そんな立派な方とご友人だというのが意外だったんです。」

「おい。」


 唐突な後輩の毒に思わず突っ込むも、クスクスと笑う様子を見て、千堂は肩を落とす。その笑顔が、思わず心が動いたあの笑顔ほどではないにせよ、大勢の前で見せる小奇麗な物よりも幾分か崩れているのを感じ、まぁ良いかと車に乗り込んだ。




 久しぶりに見た大学は記憶にあるものと大した違いが無かった。だからこそ見慣れた門を目にした千堂は、自身の感情が学生時代のそれに戻ったような錯覚を覚え、少し変な気分だと頭を振った。

門の隣で九条に車を停めさせ、一人車から降りた千堂は、そのまま門を通り大学敷地内に入ってすぐにある建物に近づく。中にいる警備員に軽く頭を下げ、警察手帳を見せるとやはりというべきか、真面目そうな警備員は顔を強張らせた。

 警戒心を解かせるよう柔らかな笑顔を浮かべ、千堂は目的を話す。こちらの学生が意識混濁状態で事件性を疑い調査を始めたばかりだということ。自身もこの大学出身でその学生の所属している学科の助教が友人であること。学生に大学内で聞きこみをするつもりは無く、友人である助教に話を聞きにきただけで大学に迷惑をかけるつもりはないこと。長い時間は大学にいないので、その間車を停めさせてもらえないかと懇切丁寧にお願いした。

 すると、少し確認に時間が取られたが、そういうことならと来賓用の駐車場を使用する許可を出してくれた。なるべく学生に迷惑を掛けないようにとお願いはされたが、先に刑事である自分からそのように話していたお陰か、あっさりと信用はしてくれたようだ。


 車に戻りその旨を九条に伝え、車を来賓用の駐車場へと動かしてもらう。その間に友人へと到着の連絡を入れると、少年漫画のキャラクターのスタンプが送られてきた。変わらな過ぎるのも考えものかと軽く呆れていると、駐車を終えた九条から声が掛けられた。


「学生への聞きこみはしないんですか?」

「いや、すると思うよ?」

「え、でも。」


 不思議そうな顔でこちらを見る九条を見て、千堂は先程伝えた内容を思い出し、笑いながら真面目な後輩に自身の考えを伝える。


「矢田との話で何か手掛かりが掴めればその方向で動く。何も掴めず生徒への聞きこみの必要性を感じたら、改めて車をどっかのパーキングに停めて、大学の外で普通に聞きこみをする。さすがに大学構内で、しかもテスト期間中に学生相手に聞きこみ回るのはあまりよろしくないだろう?」

「なるほど。意外に優しいんですね先輩は。」

「少し違うけどな。」


 会話を続けながら、二人は車から降りる。大学構内に入れば、やはりあちらこちらに学生の姿が見える。そろそろお昼時ということもあり、構内をうろつく学生も増えてくるだろう。目的場所を知っているため、九条を連れる形で千堂は歩を進める。


「テスト期間なんて大事な時期、勉強している最中に刑事に絡まれてみろ。それだけで不機嫌にもなるし、身構える。早く終わらせようとして、最低限の情報しか得られないなんてこともある。」

「はぁ。」

「さっきの警備員への挨拶や、朝言ってた身嗜みにしてもそう。刑事ってだけで嫌なイメージを持つやつは普通に多いからな。なるべく警戒心や嫌悪感を抱かせないようにして、協力的になってもらえるようにこっちで調節しといた方が、後々楽になるもんさ。」

「そんなもんですかね。」

「そんなもんさ。」


 会話に一区切りがついた所で、ちょうど目的地の研究室に着いた。扉をノックすると、中から学生だろう青年が出てきたので、矢田助教に会いに来た千堂というものだと伝えると、部屋の奥から懐かしい顔が近付いてきた。


「よう。久しぶりだな千堂。」

「見た目も全く変わってないんだな矢田。」

「それはお互い様だ。とりあえず場所を移すか。」


 千堂の言葉の通り、矢田は学生時代からほとんど変わらない。変わったのは金色に近かった髪の色が流石に真っ黒に変わったことくらいか。外見はテレビのバラエティでも良く見るカメレオン俳優にそっくりだ。そんな見た目に加え、俳優のイメージと同じく『三枚目』という言葉がぴったり嵌る性格をしているため、学生時代男女両方から弄られ慕われる男だった。ただ彼の生活は、彼自身の頭の中まんま『酒と研究とサッカー』しかない。女っ気がほとんど無い奴でもあった。

そんな矢田は部屋に向かって『もくもくしてくらぁ』なんて声を掛ける。それに対し中から『さっき行ったばかりじゃないですか!』『教授に言いつけますよ!』などと親しげな声が返される。学生達のからかいも感じられる声を振り切り歩き出した矢田に対し、相変わらず人から好かれる奴だなと千堂は目を細めた。



喫煙所に三人が着いた所で、男二人が煙草に火を点ける。そんな様子を横目に見ながら、九条はもぞもぞと警察手帳とボールペンを取り出した。そして矢田の視界からほんの僅か外れた位置に自然に動く。

事件のメモを取る事は大切だが、千堂は九条とコンビを組む際、その役目を彼女に完全に任せる事が多い。メモを目の前で取られるというのは圧迫感を与えるし、会話の流れも悪くなる。なるべく気楽に話してもらおうという、気遣いに見せかけた千堂の打算だ。

過去に特に指示をした覚えも無いが、その意図を汲んで動く九条の存在を、千堂はかなり有難いと感じている。あらゆる状況で指示を出す前にこちらの意を汲んでくれる後輩とのコンビは、他の誰と組んだ時よりもやり易かった。


「で、聞きたい事ってなんだ?」


 煙を吐き出しながら矢田が尋ねる。その返答として千堂は胸ポケットから折りたたんでいたカラーコピーを取り出し、矢田の目線の高さに広げた。


「この学生知ってるか?」

「唐突だな、おい。省きすぎだろ色々。」

「名前は稲葉瑞樹。矢田さんと同じ学科の学生で、留年留学等していなければ今は三年生だと思います。」


 千堂の省略し過ぎた質問に矢田が突っ込む。千堂が目線を九条にやると、九条が手帳に目を落としながら補足する。そんな二人の様子に少し口角を上げた矢田だったが、紙に写された人物に一瞬目を細めた後、千堂の求める答えを口にした。


「見た事ある、というか、知ってるな。」

「本当かっ!」


 あまり期待していなかっただけに、その答えに目に見えて千堂の気分が上がる。早く知っている事を全部教えろと、まるで餌を目の前にした子犬のように目を輝かせる。その様子を見た九条は軽く白けた目を千堂に向けたが、メモを取るためにすぐに視線を落とした。


「うちの先生の授業を受講していることもあるが、三年生だからな。ちょうどつい最近まで研究室見学をやっている時にうちにも来たんだ。すごく性格の良さそうな子なうえに、うちを第一希望にするかも、なんて言ってくれてたから覚えてるな。」


 若葉大学の理工学部は、ほとんどの学科が、研究室所属を三年後期からと決めている。そういった経緯で三年前期には、研究室のオープンキャンパスのようなものが行われていた。

それでも相当数の学生が研究室を訪れるため、矢田の記憶に残っていたことは紛れもなく僥倖であった。しかし、矢田の続けられた言葉により、千堂と九条は矢田に対し冷たい目を向ける事になる。


「何よりあの見た目だろ?女装させたら間違いなく似合うなって、研究室で話題になってな。もしうちに来たら、合宿で絶対女装させるかなんて盛り上がってたくらいだ。」


 そう言いながらにやりと笑う矢田を、二人は冷めた目で見続けた。千堂はまだ冷ややかな程度だが、九条のそれは明らかに汚物を見るようだ。

確かに病室で見た稲葉という青年は可愛らしい顔立ちをしていたなとは思うが、それとこれとは話が別だ。なんかの罪でコイツ引っ張った方が良いのかなどと物騒な事を千堂が考えていると、そんな二人の様子に気がついた矢田は慌てて弁明を始めた。


「待て、待て。そうじゃない。俺が言いだしたんじゃないぞ。あいつのサークルの先輩がうちの研究室の4年にいるんだ。そいつがサークルの合宿で女装させたら似合い過ぎてて惚れそうになったなんて話してたから、それに乗っかっただけだ。」


 矢田の弁明に対し、助教の立場のいい大人が学生相手に乗っかるなよと千堂は呆れる。だが同時に、聞き逃せない情報があったことに気付き、慌てて矢田を問いただした。


「ちょっと待て。同じサークルのやつがいるのか?今いるのか?話聞けたりしないか?」


 助教の矢田よりも、同じサークルの先輩の方がよほど稲葉の事を知っているだろう。とんとん拍子に手掛かりへの道筋が進んでいる事に興奮した千堂だったが、そんな千堂を矢田が窘める。


「落ち着け。警察に協力しないとは言わないが、生徒のプライバシーに関わる事には世間も煩いんだ。せめてなんでその稲葉君を調べているのか可能な範囲で理由を教えてくれ。そのうえでうちの研究室の学生に警察と話しもらえないか頼んでくるから。」


 矢田の説明になるほどと納得した千堂は、簡単に事情を話す。昨日稲葉瑞樹が保護されたこと。意識混濁状態で意思の疎通が図れない事。事件性を疑い今朝から調査を始めたばかりだということ。

逮捕ではなく保護などと虚実を織り交ぜたのは、被疑者について調べているというよりは話しやすくなるだろうという打算と、千堂自身稲葉の様子から果たして被疑者として扱って良いものかと多少なり疑問を感じているせいでもあった。


 千堂の説明に痛ましそうな表情をした矢田は、そのまま研究室に稲葉の先輩を呼びに行くと申し出た。おそらく事件に巻き込まれたと勘違いしたのだろう。見知った人物、しかも近いうちに研究仲間となるかもしれない学生という事で、僅かながらも稲葉に愛着があるようだった。


 千堂が2本目の煙草に火を点けて数分経った所で、矢田が一人の青年を連れて戻ってきた。煙草の火を消し吸殻を灰皿に押し込み、千堂は青年に向き合い語りかける。


「始めまして。千堂文弥と言います。そこの矢田助教とは大学時代の友人でね、相談に乗ってもらってたんだけど。」


 優しく語りかけるが、やはり青年は緊張しているようだ。千堂はなお一層優しげな声になるよう意識しながら続ける。


「稲葉瑞樹君について調べてると話したら、君が同じサークルの先輩だと聞いてね。」

「はい。」

「聞いての通り僕は刑事です。ただ、ここの卒業生でもあるから、テスト期間の学生の気持ちはよくわかるんだ。テスト前に余分な事で煩わせてくれるなよ、なんて思う事も理解できるから、無理しなくても大丈夫だけど。可能なら少し話につきあってもらえないかな?」


 そこまで話すと、多少は学生の緊張が解れたらしい。小さな笑顔を作り千堂に答えた。


「四年なんで、ほとんどテスト無いから大丈夫です。」

「優秀だな!四年でもテストがいっぱいある奴はいるぞ?」

「そう。そこの千堂も今の時期はひーこら言ってたからな。」


 矢田が付け加えると、学生は噴き出して笑った。完全に警戒心は無くなったみたいで、千堂は矢田のフォローに軽く感謝する。


「じゃ、まず自己紹介をお願いできるかな?」

「はい、保田浩孝といいます。稲葉君と同じテニスサークルで、彼の一つ上の先輩という間柄です。それで、何を話したら良いでしょうか?」


 その発言に取っ掛かりを見つけたかも知れないと、千堂は話題を広げる。


「テニスサークルなんだ。それってインカレ?」

「はい、そうですね。それが何か…?」


 サークルの話題を掘り下げられ少し不安そうな顔で保田が答える。そんな様子を見ながら、千堂は胸ポケットにしまっていたもう一つのカラーコピーを取り出す。


「そしたらさ。ひょっとして、この子も同じサークルだったりしないかな?」

「この子、同じサークルって…。えっ?ちひろ、ちゃん?」


 その答えに九条は目を見開き、千堂は満足そうに頷く。もう一つの紙は少し幼げな少女の学生証をコピーしたもの。誘拐未遂事件の被疑者、仲矢千裕の姿がそこには写されていた。


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