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胡蝶  作者: 戦国
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エピローグ

 温かな夕暮れが、少女の頬でキラリと反射する。きっと泣く程怖かったのだろう。だが、涙の痕跡などまるで無かったかの様に、美しい夕焼けも霞む程の愛らしい笑顔を、少女は少年に向けていた。


「本当にありがとう!!ふーにー!!」

「ふーちゃん止めたらふーにーかよ。ま、君もネコも怪我無くて良かったよ。」

「ネコじゃなくてふーちゃんだよっ!私はみーちゃんっ!!」

「おい、猫と同じ名前付けてたのかよ。」

「ふーちゃんだよっ!!」


 愛猫の名前を呼ばない少年に少女がむくれる。頬を膨らませた可愛らしい少女に自然と少年の頬も緩む。少女を守るように野良犬の前に立ちはだかっていた猫だ。そのカッコ良さに敬意を表して少年もその名前を呼ぶ事にする。


「ふーちゃんも良くみーちゃんを守ったな。」


 そう言いつつ少女に抱きかかえられた白い猫に手を伸ばすと、ペシリと尻尾で手を叩かれた。少年は苦笑いを零しつつ手を引っ込める。


「ふーちゃんは私の物だって言ってるね。ふーちゃんじゃなくてふーにーになったから大丈夫だよー。」


 少女のトンチンカンなフォローに少年は再び苦笑いを浮かべた。ただ、幼い少女の言葉を態々否定しようとも思わず、彼女に合わせて言葉をつなげる。


「ま、ふーちゃんみーちゃんで良い相棒みたいじゃないか。ふーちゃんの名前は取らないよ。」

「あいぼう?」

「そ、相棒。いっつも一緒にいるんだろ?二人で一つ、相棒ってやつだ。カッコいいだろ?」

「うんっ!ふーちゃんとみーちゃんは相棒!カッコいい!ふーにーは相棒いるの?」

「うーん、今はいないかな。でも将来絶対相棒出来るよ!」

「なんで?」


 少女の問いに少年は鼻を膨らませ胸を張る。待ってましたと言わんばかりに声高らかに宣言する。


「俺は将来刑事になるんだ!刑事って言ったら相棒と一緒に事件を解決するんだ。」

「けいじ?」

「うん、警察。お巡りさんって言えばわかる?」

「わかるー!カッコいい!!」

「だろ?悪い奴等を懲らしめるヒーローみたいなもんさ!」

「ならふーにーもなれるね!」

「えっ?」


 間違いないと自信たっぷりに頷く少女に少年は首を傾げる。はちきれんばかりの満面の笑みで少年を見上げた少女は、少年の夢を後押しする大きな力を与えてくれた。


「だってふーにーはもうヒーローだもん。みーちゃんとふーちゃんを助けてくれたカッコいいヒーローだよっ!!!」




「先輩、そろそろ着きますよ?寝てるんですか?」

「いや、ちょっと考え事してた。」


 長い間記憶の奥底に閉まっていた思い出だが、あの日以来目を閉じれば鮮明に思い出される。特に今は、あの白い猫を思い起こす車に揺られ、隣にはあの少女が居る。ふと油断した隙に、懐かしい記憶に身を委ね過ぎていたらしい。


 事件から数ヶ月後、千堂と九条は再び跡地を訪れていた。当然のように門は閉まったままだが、千堂達も跡地内に入るつもりはさらさら無いため問題は無い。門から少し離れた場所で車が停車し、花束を片手に持った二人が門の前へと向かう。

 そして門の前で足を止め、跡地へと並び立った。


「結局公表は出来なかった。公表する事で大多数の市民の余分な不安を煽る事を、警察は良しとしなかった。その結果少数が死に至っても、大多数を守るためだという事もあるらしい。」


 そう謝罪を口にしながら、門前へと献花する。


「その意見も間違っているとは言えない。警察が解決出来ないまま事件を放置する事が、どれだけ市民に不安を抱かせるか。そもそも犯人がこの世にいないんだからな、一生解決出来ない物を事件としては扱えない。」


 そのまましゃがみ込み、手を合わせた千堂は続ける。


「だけど。事件の詳細はちゃんと警察上層部に届いた。おそらくまだ半信半疑だが、跡地への立ち入り禁止を厳しくするなど、可能な限りの対応をし始めている。」


 その後を引き継ぐように、九条が口を開いた。


「稲葉君と仲矢さんも目を覚まして、ようやく精神も安定しました。彼等も思う所が有ったのでしょう。自分達に出来る事をやると、警察が公表出来なかった事件の詳細を書き綴っています。いずれは書籍をとも考えているようですが、とりあえずまずネットなどに投じたそうです。自分達が嘲笑われてもかまわないから、その危険性を説く事で跡地に近づく事への警鐘を鳴らしたい、と。そのあまりのリアルさに、ここは近づいたら本当に駄目な場所だと、そう感じる人が多いらしいです。きっと悪意を持ってここに近づく人も少しずつ減っていくでしょう。」

「それをわざわざ警察も否定する事はしていない。それがよりその内容に真実味を与える事になっている。公表出来なかった警察の僅かばかりの意地ってやつかな。」


 黙祷を終えた千堂と九条は立ちあがる。


「あとな、血痕についてだが、まだ警察内に残っていた。まぁ未解決事件だから当然だな。改めて科捜に送れないか、ようやくやっと動きだした所だ。今回の事件を受けてその信憑性を疑う奴等にも、物的証拠として示す事が出来れば、よりちゃんとこの場所に警察が向き合う切欠になるかもしれない。」


 そこまで話し終えた二人は跡地に背を向け、乗って来た車へと歩き出す。彼等の背中へありがとうと声が投げ掛けられたような気がして、二人は振りかえる。その先には変わらず古ぼけた跡地があるだけで、言葉を発しただろう存在はいない。だが、二人とも気のせいではないだろうと納得し、改めて跡地へと頭を下げた。




「重なった休日にデートに誘われた時は何を血迷ったのかと思いました。」

「おいっ。」


 車に戻った九条が一息と共に毒を吐き出した。あまりの言い様に千堂も思わず声を挙げる。


「挙句誘った相手に車を出せとか、なんて思いましたけど。まぁ理由はすぐに納得できましたし、良かったです誘ってもらえて。」


 それに、来るべきだと思っていたけど、やはり一人じゃ中々来られませんでしたと九条が小さく笑う。九条はここで恐ろしい目に遭った。だけど前に進む意味も込めていつかは訪れようとするだろう、そう千堂は感じていた。千堂自身も何れとは思っていたため、軽口まがいにデートのお誘いと称して彼女を誘ったのだった。


「で、これからどうします?」

「えっ?」


 九条の問いかけに千堂は間抜けな声を出す。


「いや、女性を休日にデートに連れだしておいて、数時間で家に帰すとかマナーの欠片も無いですよ。」

「うぐっ。いや、でもそういうもんかなぁ。」


 九条の厳しい意見にたじろぎつつ、千堂は思考を巡らせる。脳内でふと彼女とのやり取りが思い出され、名案だと言わんばかりに千堂が提案した。


「じゃあ遊園地にでも行くか。嫌な思い出になったら上書きを希望するなんて話してたよな。」

「却下です。大体デートかどうかも怪しいですけど、先輩が私をデートに誘ったのは初めてですよね。初デートで遊園地とか、どんだけ常識無いんですか。」


 言われてみればそうかもしれないと、千堂は肩を落とす。想いを自覚したのは良いが、自覚した分だけ彼女との向き合い方が分からない。今までこんな事無かった。女性を口説くという事がこれ程難しかった記憶が無い。


「それに嫌な思い出だけじゃないですし。」


 思案に暮れていたため、九条の小さな呟きが千堂に届く事は無かった。昔はあんなに頼りになったのになぁと溜息を吐いた九条は、肩を落としたままの千堂に声を掛けた。


「もう良いです。多分先輩じゃ碌な所に連れてってくれなさそうですから、私が勝手に連れていきます。せっかくの休日なんだから、楽しい休日にしましょう。」


 諦めたように投げ掛けられた言葉に、千堂が情けないと思いつつ顔をあげる。だがその視界に入ったのは、そんな事をまるで気にしていないと、笑顔で車を走らせる年頃の女の子であった。

 その様子に釣られ、まぁ良いかと千堂も表情を緩ませる。彼女の言う通り楽しい休日になれば良いなと、背凭れに体を預けるのだった。


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