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胡蝶  作者: 戦国
14/17

14 相棒

 跡地へと向かう車の助手席で、千堂は改めて事件についての考えを纏めていた。頭の中は何時に無くスッキリしている。いつものように彼女に言葉遊びを要求する必要も無ければ、跡地へ向かう千堂を見る五味の表情が怒りによって引き攣っていた事にも気付かなかった。病院をでる時には、それくらいには千堂の意識は事件に集中し、そして九条を守る決意で埋め尽くされていた。

だからという訳でも無いが、移動中の車中で千堂は口を開く事はせず、しばらく静寂を保っている。だが決して重苦しい雰囲気では無く、いつも通りと感じられる程度には千堂も九条も悪夢のショックからは立ち直ってはいた。


「あの、先輩。仕様も無い事を話しても良いですか?」

「んあ?」


 そんな中唐突に千堂に話しかけてきた九条の声が、まるで気まずい空気の中で恐る恐る話題を絞り出すように聞こえた事に、妙な違和感を千堂は覚えた。意識の外からの質問に不意を衝かれたというよりは、その様子に頭が追い付かなかった事を空気の抜けるような声で表す。しかし声色とは裏腹に違和感の正体を探るべく、千堂は助手席のシートベルトを引っ張りながら体を運転席へと向け直した。


「…えっと、あ!昨日の事なんですけど、大学で…『サークルは関係無いと思う』って先輩が言った理由聞いてないなぁって思いまして。」

「はぁ。」


 ところが、その九条から発せられた質問は本当に仕様も無い事で、千堂も肩透かしを食らったかのように再び背凭れに体を預けた。ただ、違和感の正体には思い当った。だが、いや、だからこそ適度なリラックスも必要かと、とりあえずその話題に応じる事にする。


「テニサーってさ。世間のイメージって、正直あんま良くないだろ?」

「まぁ、そうなのかもしれませんね。」

「大学でテニスやりたいなら部活に入れば良いし、部活じゃなくてもテニスに重きを置いてるサークルも少数はある。逆に言えばそういうのを除いても、テニサーなんて他のサークルに比べて圧倒的に数が多い。」

「はい。」

「だからテニサーっつーと大半のサークルは、特にインカレのサークルなんかは、ほぼ飲みサーで恋愛サークルだ。もちろんテニスもしてるけどな。」


 流石にそれは暴論ではという九条の返しに、卒業生だから実情知ってんだよと千堂は流す。あぁ先輩もその類でしたかと急に九条の目が冷たくなったため、自身の保身も含めて千堂は続ける。


「だけどな。若葉大学理工学部って言ったら世間一般ではエリート街道まっしぐらだろ?」

「だから危ないサークルでも、他大学から人が集まるのでは?実際有名私立なんかニュースでそういうのありましたよね。」


 九条の反応は世間の正しい認識であり、だが偏見でもある。どこの世界にも馬鹿とクズはいるもんだ。ただスポットライトが当たり易いのが有名所なだけで。

警察内にもクソ野郎はいるが、真っ当に職務に励む警察官が大多数なのと同じ事。そういえば最近もどっかの馬鹿のせいでまた警察全部が叩かれていたなと、頭の片隅で行き場の失っていた憤りが顔を覗かせた。そのためか、多少千堂の口調が乱暴になる。


「いやいや、全く無いとは言わないけど、ほぼ無ぇよ。他大学の子らも見る目無しの世間知らずは一部だし、何より若葉大学の奴等のほとんどは自分達の価値を自覚しているからな。自分達の将来に好き好んで傷を付けようなんて馬鹿は圧倒的に少ないさ。法に触れるなんて真っ平だ。まぁ未成年の飲酒を含めて、飲み慣れて無い酒に関しては多少おイタが過ぎる事はあるけどな。それでも、世間様のイメージが芳しく無い事を分かっているから、逆にサークル内の風紀やら規律やらは彼等なりのルールの範疇でちゃんと管理してるんだよ、大多数はな。」


 そんなもんですかねと訝しげに九条が呟けば、そんなもんさと千堂が笑い飛ばす。ちょっとした不機嫌も、隣で会話を続ける九条の存在によって安らぐ。くだらない話だが、こんな会話が今出来ている事が喜ばしい。千堂も自然と饒舌になった。


「で、だ。保田君が稲葉と仲矢を『みんなから愛されてるカップル』って言っただろ?」

「そういえば言ってましたね。」

「サークル周知でみんなから愛されてるカップルってのがさ、恋愛サークルで、しかもサークル内の恋愛がギスギスしない程度にはコントロール出来ているんだろうな、と判断できた。総じて幹部がしっかり管理出来ているちゃんとしたサークルだろうから、少なくともサークル単位で馬鹿な事をやっているわけじゃないだろう、と矢田に話したんだよ。」

「恋愛サークルかは置いといても、コントロール出来てるかは…」

「稲葉も仲矢も美男美女だっただろ?」

「はい?」

「あの組み合わせなら、両方にライバルも多くて嫉妬やらが蔓延するぞ。あの年代なら特にだ。それが『みんなから愛される』なんて評価になるのは、余程周囲の環境が安定している証拠だ。」


 得意げに語り終えた千堂に対しての九条の返答は、「なるほど先輩は馬鹿なんですね」という辛辣そのものだった。いやまて、そう判断したから稲葉仲矢を被害者寄りなんじゃないかと即座に思えたのだし、実際大学で話した学生達も良い子ばかりだったろうと必死に千堂が説明すると、ようやくクスクスと笑いながらの九条の納得が得られた。

 

 さて、と千堂は思う。大して中身の無い話をしたが、それを最初に望んだのは九条だ。わざわざ無理矢理に提供された話題で、確かに車内の空気はやたら和らいだ。

だが、じゃあこの空気を九条が望んだためにあんな話題を振ったのかというと、それは違うだろう。会話の始めに僅かばかり言い淀んだ彼女を思い出しながら、確信を持って千堂は問いかけた。


「で、九条。本当に話したい事はなんだ?」


 目線を前方に投げやったまま千堂が尋ねたが、九条はしばし無言を貫いた。この雰囲気になったらいけるだろうと踏んでいた千堂だったが、外したかなと思いつつもそれに付き合う。

すると、気まずい時間が長く続くかと思いきや、数秒後には以外とあっさり九条は観念したかのように重たく口を開いた。


「私が夢を見ていた時、やはり私も被疑者達のようだったのでしょうか?意識無い状態でも何か喋っているみたいな…。」

「…あぁ。お前の口からはっきりと、な。だからあれだけ反対したんだ。」


 隠しても仕様が無いと千堂は苦々しく頷いた。同時に自分の空気の読めなさに辟易もしつつ。先輩らしく後輩を気遣った所で、結局自分の行った行為は容赦無く地雷を踏み抜く事だったらしい。

自らの迂闊さを呪い、これ以上返す言葉が思いつかない千堂は、半ば逃げるように助手席の窓から外を眺めた。


「この車『ふーちゃん』って名前付けてる事、覚えてますよね?」

「いや、覚えて無いです、忘れました。」


 しかし予想の斜め下から飛び出て来たその問いかけは、全くもって別の地雷だった。九条の表情が見えないままでいたため、頭の後ろから飛んで来た質問に千堂は反射で答える。

昨日味わったばかりの圧迫感を思い出し、また怒りを買ったのかと千堂は震えあがる。しかし、よくよく考えれば意味が分からない。話の流れがおかしくないかとゆっくり振り返れば、そこには怒りなどでは無く、物憂げな表情を浮かべ前を見続けている後輩がいるだけだった。



「『ふーちゃん』っていうのは、もともと実家で飼っていたネコの名前なんです。」


 視線をこちらに向けず前を見たまま、思い出すように九条は語る。


「不思議なネコで。ネコって大抵一人で色んな所いっちゃうんですけど、その『ふーちゃん』は私との散歩によく付き合ってくれたんです。小さな頃から一緒で。」


 妙齢の女性らしからぬ、少女に戻ったかのような表情で。


「仲良しで大好きだったんですけどね。ある日、野良犬に道を塞がれて吠えられた事があるんですよ。別に噛まれたりしたわけじゃないんですけど、小さな女の子にはそれでもやっぱり怖いですよね。」


 瞳を輝かせながら、英雄の自慢をするかのように声が弾む。


「でも、その『ふーちゃん』は私の前に立って。野良犬に立ち向かって。私を守ろうと威嚇し続けてくれたんです。それこそ『ふーっ!!』ってね。結果的に追い払って助けてくれたのは別の男の子なんですけど、それ以来、大好きとかだけでなく、頼りになる相棒だって強く思うようになったんです。」


 その様子に目を奪われ、いつのまにか跡地近くの駐車場に着いていた事に千堂は気付いていなかった。


「数年前、そんなあの子も、流石に寿命で旅立っちゃったんですけどね。同じ時期に車を飼おうとして母親と見つけたのがこの車で。色や正面の顔からそのネコの事を二人とも思い出しちゃって。仕事で一緒になる『相棒』だから『ふーちゃん』って名前付けちゃえって。そのお陰か、この車もすごく使いやすくて居心地良くて頼りになってます。」


 流れるように紡ぎだされる過去話。それを語る九条の口調も自然と早くなる。反して白い車は静かに停車した。ふぅと一息吐いた彼女は、ゆっくりとシートベルトを外し、千堂に向き直った。


「私の中で『ふーちゃん』っていう相棒は、頼りになるってジンクスでもあるんです。」


 そして花の咲くような、それでいて恥じらいのこもった幼い笑顔で。


「そういえば、先輩も『ふーちゃん』でしたよね。」


 瞳が潤み儚げでそれなのに華やかなその笑顔に、千堂は放心する。そしてその口から告げられた響きが、いつしかの情景と重なって千堂の脳内を掻き乱す。頭の片隅で、閉じられたままの宝箱の蓋が開けられて、キラキラとした何かが溢れ出してきた。



「さて、着きましたよ、『ふーちゃん』先輩。」

ふみやって言うの?お兄ちゃんも『ふーちゃん』だねっ!


「いや、えっと、流石にやめてくんない?この年でそれはこっ恥ずかしい。いくら保護者認定されててもさぁ。確かに『ふみや』だが、『ふーちゃん』なんて呼ばれた事も無けりゃ、大体…」

男なのに『ちゃん』付けなんかカッコワルイからやめろよ!


「じゃあ何て呼んだら良いんですか?」

じゃあ何て呼べば良いの?


「いや、ちょっと…」

みんなからは『ふみー』って呼ばれてるぜっ!


「ま、良いです。じゃあ、行きましょうか。」

ふにー?そっか!ふーちゃんでお兄ちゃんだから『ふーにー』だねっ!!



 言うが早いか、いつものように表情を落ち着かせた九条はさっさと車を降りる。慌てて千堂も持ち物を抱えて助手席の扉を開いた。

 車から降りた所で、車越しに九条と目が合う。千堂はドアを閉めるためだと虚空に空しい言い訳をしながら目を逸らした。


「マジか。ふーにーって聞こえたのは、そういう意味かよ。」


 千堂は口の中で留まるように小さく呟きを零す。病室で聞こえた言葉に小さな引っ掻かりを覚えていたが、その理由が分かり、そして混乱させられた。

しかし、それを呑みこんでしまえば、気付けた事に感謝もしていた。先程まで、これ以上無いくらい覚悟を決めていられたが、さらに強い決意と勇気を与えられた。


 あの子は俺の事をヒーローだと言ってくれた。だから彼女の前ならヒーローになれる。ヒーローは大切なものを守れるからヒーローなんだ。ヒーローなら守りきれるはずだ。


「よし。行くぞ。」


 今まで通り九条が左側に一歩下がってついてくる。それが思い出した記憶のままで、これまで以上にしっくりくることに自然と千堂の口角が上がった。




「門、閉まってるんですね。」

「そりゃあ、普通そうだよなぁ。」


 跡地に到着した二人が目にしたのは、当然のように跡地内への侵入を防ぐために閉じられたままの門だった。千堂はおそらく昨日までもそうだったのだろうと納得させられる。いくら廃墟とはいえ、簡単に侵入できる環境を土地の所有者や管理者達が許している訳がないだろう。

その考えを肯定するように、そして改めて訪れた二人を歓迎するかのように、ギイギイと音を立てて門が勝手に左右へと動き出す。事件が事件だ。今更何が起ころうと驚きはしない。だが、多分昨日は目の前の現象に気付いて無かったのだろうなと、千堂の背筋を寒気が駆け抜けた。


「で、開くんですね。」

「あれだけ味わっても、異常な現象を目にするとその度に寒気がするもんだよなぁ。」


 軽口のように淡々と話す二人だが、対して表情は硬い。恐怖に呑み込まれたような声を出せば、余計に自身達の心を正常には保てないと感じている。

昨日とは違いまだ日も高く、明るい中で見る跡地はただの廃墟でしか無い。それなのに、恐怖による思い込みだと突っぱねる事を鼻で笑ってしまうくらい、跡地奥から漂う雰囲気のおどろおどろしさは理不尽なほどの説得力を持ち得ていた。


「九条、手ぇ出せ。」

「えっと、はい。」


 小さな逡巡の後差し出された九条の右手を、躊躇い無く千堂は握りしめた。目を見開く九条に目線を合わせ、自身の覚悟を伝える。


「もう二度とお前だけ連れていかれるなんて事にはさせない。終わるまでこの手は離さない。だからお前も力の限り握りしめておけ。」

「わかりました。私も先輩だけを連れていかせなんてしません。絶対に離しません。」


 強く握り返された九条の右手から強い意思が伝わってくる。そして決意を込めたように一歩進み千堂の隣に立った。そこにいる彼女に弱弱しさは無く、頼もしさが感じられた。守られるだけの存在では無く、隣に立てるんだと主張しているかのようで。

 だからさっき彼女は『ふーにー』では無く『ふーちゃん』と言ったのかと、千堂は妙なくすぐったさを感じる。でもそれならば、今彼女が望む言葉を自分は掛けてやれる。昨日出来なかった事を。


「よし、行くぞ相棒。」

「はいっ!!」


 その言葉に九条が花のような笑顔を見せる。それを横目に、右手に花束を抱えた千堂は九条と並んで歩き出す。これも一つの『両手に花』だななどと益体も無い事を考えられる程度には、千堂は余裕を持って門を通った。




 門を通った二人だったが、意外にもと言うべきか、特に何も起きる事は無かった。そのため事前に考えてたプラン通り、連れだってお城の前まで進んでいた。

 そしてお城前に辿り着いた千堂は、右手に抱えていた花束を九条に手渡した。そのまま九条はお城前に献花し、二人揃って黙祷を捧げる。


 花束は、千堂と九条が出発の準備をしている間に、五味に頼み旭が用意してくれたものだ。話し合いの結果、千堂の夢に関しての結論を『敬意』だとしたため、それならば九条と共にやるべき事だろうと満場一致で決まった事だ。


「最低限だが、それでも礼儀は通した。後はどうなるか、だな。」

「そうですね。…でも、何故この場所に決めたんですか?」


 黙祷を終えて目を開いた千堂の呟きに、九条が質問を重ねる。献花する事は満場一致で決まった事だが、その場所は千堂に委ねられていた。


「七不思議、まぁメリーゴーラウンドは結局分からなかったけど、全部の場所で死者が出ているのは間違いないと思うんだ。」

「はい。だから、先輩が最初にやったジェットコースターか、あるいはミラーハウスかと思ってたんですが。」


 そう話しつつ、やはり九条の顔が強張る。千堂は無理に話題に出さなくて良いと窘めつつ、柔らかな口調で続ける。


「多分、ここが最初で、相当酷かったんだと思う。」

「何故、ですか?」

「他の場所は事件がはっきりと分かっている。でも、お城は分かっていない。そのくせ大量の人物の血痕などの痕跡が大量に残っていた。当時の科捜じゃ追い切れない程古い状態でな。アクアツアーもそうだがそっちは一名。おそらく他の場所と同じく『呪い』を受けての件だと踏んだ。」

「はい。」

「ただお城は、大量で古くだ。だからここがスタートなんじゃないかと思ってな。」


 そう悲しげに話しつつ、千堂は左手を強く握る。


「成程。でも、それなら全部周っても…。」

「それはもちろん全部終わったらやろうと思っている。ただ、こうやって答えらしき物に辿り着いたぞって、相手に伝える事も含めてな。」

「相手って…。」


 不安げに答えた九条が右手を握り締める。しかしその声に答えたのは千堂ではなかった。



君達に期待したのは間違って無かったね。



 唐突に、得体の知れない声が響き渡った。それが跡地内になのか、それとも脳内になのか。判然としないまま、次第に意識が遠退いて行く事を千堂は感じていた。

 ドサリと音がする。千堂が膝を着いた音と、九条のそれが重なった。薄ぼんやりとし始めた意識の中で二人は、雪山で寒さから身を守るように寄り添い、そして揃って意識を失う。それでも、繋がれた二人の手は、堅く固く握りしめ合ったままだった。


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