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百物語  作者: 和槻
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出来事と二点と一覧




目の前に広がっているのはとても常軌を逸しているとしか言えないような状態だ。



友達の篠田夕は正座をさせられている。それも床ならば良かったのだろうけど剣山の上。


首からは



『私は妹のスカートに手を突っ込んだ変態な兄です。どうか貴方様の罵声を浴びせてください。』



と書かれているプレートをぶら下げて、夕は泣きながら妹の加奈ちゃんに謝っている。



その謝れている加奈ちゃんはというと今回のこの事件の元凶であるはずの宮本先生と次のお仕置き(と言う名の拷問)のアイディアを笑いながら出し合っている。



一白の奴はナンパされてそれをやんわりと断っている。才は正座させられている夕にちょっかいを出して、木戸 愛名がそれを魔法で取り去っている。



この傍から傍観しているだけだった俺も順調にそのカオスの中に身を置き始めている。



そんな傍観者から共犯者になった俺がしているのは夕の下にある剣山に“死なずに、かつ身動きを奪い、迅速に苦痛だけを与えろ”と加奈ちゃんに頼まれたので流し込み続けている。



本来は俺のほうが立場も実力も上のはずなのだが、夕のことが絡んでくるとそれは意味を成さずに俺は忠実に加奈ちゃんに従っている。



もちろん、友達である夕に俺が苦痛を与えるのは辛いので頼まれていた“死なずに、かつ身動きを奪い、迅速に苦痛だけを与える”から10ボルト下げた電圧にしている。



あまり意味はないだろうけど俺だってまだ死にたくはない。



俺にだって部下はいるわけで怪我をして理由を聞かれたときに友達の妹に逆らったらこうなった、なんて言ったら黒樹代表に雑務を押し付けられてしまう。



別に事務をしている人たちのことを馬鹿にしているわけではない。



俺の味覚は普通の人よりも僅かながらに違いがあるらしく、腕には自信があったのだがそれを食べた隊員が集団食中毒を引き起こした。



初めは材料が悪かったと思って俺が市場まで行ってもう一度作ったら今度は鬱病患者まで出てきてしまったので仕方なくKMBでの料理披露は諦めた。



それともみんながおかしいんじゃなかったのかな?



今度俺のオススメ『唐辛子ご飯、焦がし砂糖のわさび添え』でももう一度試食会させよう。



あわよくばそのままメニューに入れてやろう。きっと調理長も喜ぶだろう。



「でもこいつ、本当にありえないよね。いくら実の妹だからってスカートの中に手を入れたりするかな、普通。」



木戸と加奈ちゃんが話しているのが聞こえてふと、ここに集まった意味を思い出した。



ま、普段飄々としているこいつを弄れるのも楽しいんだけど。



「痛い、七草痛いよ。さっきよりも電圧上がってるよ。あ、動いたら剣山が刺さってきた。」



どうやら無意識のうちに上げてしまっていたようだ。



「悪かった。すぐに下げるから待っててくれ。」



そう言いながらもきちんと電圧を上げていく。



「変わってないよ、むしろ徐々にだけど上がってきている。みんな酷いんだからせめてお前だけでも俺を救ってやろうという気はないのか?」




薄情者〜と叫んでいるのが聞こえた気がしたけど気のせいだろう。



今夕のことを考えるのは無駄なので加奈ちゃんと話している宮本先生のところに向かった。



電圧を上げながら、ね。






「先生、少し今日のことについてお話したいんですけどよろしいでしょうか。」



加奈ちゃんと話していたはずがいつの間にか独りになっていた。加奈ちゃんはどうしたんだろう。



「あんたね、それが教師に言うせりふ?それに何が『独り』よ。確かに独身だけど、でも本気を出せばいつだって結婚出来るんだから。

それと加奈ちゃんは次のいじめが水攻めに決まったから一白に水を出しに行くように頼みにいったわ。」



「先生、言ってもいない心の中を勝手に台詞にしないでください。それと勝手に読心術使うのは止めてください。」



そんなことされたら秘密主義の俺のプライベートが漏洩してしまうではないか。



「だいたいね、この時期の男子生徒なんて九割方所詮頭の中には好きな女の子のことと自分の性癖研究およびその開発で忙しいのよ。」



謝れ、堕教師め。残りの全世界の一割の男子生徒に謝れ。まぁ否定はしないけど・・・



それよりも俺はさっきの仮想加奈、夕殺害未遂事件について話したいんだよ。



でもこれだけならただの被害妄想の激しい夕ってことになるのか?



「そうね。加奈ちゃんが一白を強請っている間に話をしちゃいましょう。一般生徒、特にバカと加奈ちゃんには辛い話だと思うし。」



ここ二ヶ月みていなかった担任の真面目な顔をみて俺は疲れが押し寄せてくるのがわかった。



これが終わったら王室に行っていろいろとしないといけないことがあるっていうのに・・・



「先生、期末テストと週末テストが入れ代わっていたのは事故じゃなくておそらく故意によるものだと思います。

いくら先生が職務放棄の常習犯で給料削減されそうになっているからってあなたが安全面を怠るはずがない。」



「ねぇ、さっきは私が悪かったのはわかる。それについては反省もしている。

だけどあなたシリアスな空気を壊すのは止めてくれない?せっかく出てきた雰囲気が台無しじゃない。」



眉間にしわを寄せ、額に青筋をいくつも立ててなおかつ拳を鳴らしている先生に注意されてしまった。



安心してください。



あなたがそんなことを発している時点でこの場にあったシリアスはコメディに変わっていますから。



「それからあの教員用防犯対策魔法体のリミッターってかかってましたか?」



あの魔法体は教員が万が一のときの犯罪に備えて事務員が抜き打ちで教師をテストする為の機械。それも確かあれはこの学院の助大学教授用のものだったと思う。



そんなものを学院生徒に使えば一分もかからないうちに死んでいた。あの時本当では夕はヒントボタンじゃなくて緊急用防犯作動装置のボタンを押しておくべきだった。



俺たちが気付いていなかったら多分。



「あなたの思うとおり俺は助教授用、それもリミッターなんて外れて魔力過剰注入であれじゃもう使い物にならない。


よくて研修生の実験材料、悪くて即スクラップよ。


でもあの部屋にあなたがいてくれてよかったと思うわ。


うちの生徒じゃ10ミリもある超合金なんて一瞬で蒸発できないもの。」



「あいつを助けたのは俺じゃなくて加奈ちゃんですよ。いくら俺でも練習していないようなそれも同火魔法なんて消滅させるのはできませんよ。例えあれを壊せたとしても夕は助からなかった。」






そう、アイツは俺がいてもいなくても本当は死んでいたんだ。






ベンチに座っている俺はテストをしている夕の異変に気がついた。


普段あいつはやられっぱなしみたいに自分では言っているけど実力からすれば軽く学院研修生くらいの実力はある。


いくら相手が加奈ちゃんで、先生がリミッターをはずしていたって攻撃を喰らうはずがない。


まして格下なんかに『寂寞(せきばく)(ほう)(もん)』なんて使うはずがない。


あれの表面温度は10000℃。太陽のコロナにだって匹敵する。


通常、周囲20メートルでも6000℃を越している。体調が優れないって言っても5000℃はあるだろうし学院生用ならすでに終わっている。


もしかしてあれは教員用なのかとも思った。それなら納得もいく。でも、あれは純色の魔法を出してきた。


純色は同種開口の数少ない報告されている特徴の代表格。


これは普通の魔法にはないこと。


夕の使っている『寂寞(せきばく)(ほう)(もん)』は上位魔法に属しているけどそれでも蒼色に群青色が少し混じっている。


でもあれは赤と白だった。


「一白、対物理・衝撃・魔法障壁系の魔法を最大で出せ!

才、俺たち三人以外の奴に視覚・聴覚の障害魔法!それが終わったら全員個々に対物理・衝撃障壁系を他の模擬室の運動反応しているところを中心に!

木戸、宮本先生と中心に緊急事態が発生したと言ってくれ。宮本先生にはここの建物の空間固定と建物自体の強度強化するように言ってくれ。


他の生徒はこの建物にいてる友達に自分の周り5メートルくらいの障壁を作って中央にみんなで集まるようにして頼んで。これはKMB有隊ナンバー23死神の幸福の緊急処置だと。」


部屋が揺れて、突風がアクリルガラスを襲う。


ガラス越しには寂寞(せきばく)(ほう)(もん)が破られて首を持ち上げられている夕が移っていた。


呼吸ができないらしく蒼白になっていくのがわかる。


「才!」


怒鳴ると思い出したようで一瞬辺りが光ってからみんなが床に座りだした。


多分その様子だと成功したみたいだ。


「『(かみなり)第5(だいしょう)4項目(こうもく)蓬莱(ほうらい)玉座(ぎょくざ)』」


通常は対象周辺を攻撃するこの魔法も左肩を伝い刀身の無いこの柄の剣となって形状を維持できる。


寸分構わずに壁に振り切ると何とか1メートル弱の穴ができていた。



もう一度斬りつけると扉には大穴ができ、扉としての意味を成さなくなった。





通り抜けて目に入ってきたのは手をぶらつかせて、少し笑っているいつもとは似ても似つかない姿をした友だった。



「ゆうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!


そんな顔をするな!!!

安心しろ、俺が助けてやる!!!だからそんな死を認めた顔をするな!!!

俺はまだお前と過ごしたいんだよぉぉぉぉおぉ!!!」




弱点なんてわからない。


自分が死んでしまうなんて考えれなかった。


だから石榴色のこれを知らないうちに握り締めていた。




「あなた、邪魔。あなたはお兄ちゃんを助けることなんてできない。だから精々ガラスの向こう側であなたが救えるはず無かった男が助かる様子をそのガラス越しから見ていればいいわ。私は何がなんでもおにいちゃんを助ける。」



横切った何かが俺を扉の向こうに投げたみたいだ。


いつも見ていた赤みがかった髪は光を放ちながら燃えるように一段と朱く輝きながら旅立っていった。





「あなたは有隊のナンバーの中でも有能なのかもしれない。でもあなたに私の兄の友達を名乗る資格は無い。大衆を救えたとしても、英雄になってもあなたはただの偽りよ。それこそ偽善者。」



ベッドでは夕は深い眠りに耽っていた。



隣には木戸が夕の胸元で泣き続けている。



彼女は夕の左手を握り締めながら、睨むわけでもなく、無機質な顔をこちらに向けたままただ機械のように俺に言う。



俺は何も言うことができなかった。



「でもあなたは立派よ、兄一人は救えなかったけど他の先輩方は救えたのよ?

1:41だから41人分の命を救えたのよ。それこそ賞状ものね。先生の話では明後日の朝ににも表彰式を行うそうよ。

コレクションが増えてよかったじゃない。

確かあなたのクラスには上流貴族の嫡子がいたからご褒美もらえるかもね。そ

れにもしかしたら結婚を申し込まれちゃったりして、よかったですね出世できる道ができて。」


ちくしょう。チクショウチクショウ。チクショウ、畜生ちくしょう。


「どうかお引取りくださいませ。この病室は貴方様が来られるようなところでは在りません。」


無機質な顔に笑顔が戻った。


でも心が痛くて、ズシンと重たいものが胸の辺りで圧し掛かって、世界が滲んでいく。


「貴方に泣く権利などありません。許されるのは本当に泣くことを許されたものだけです。貴方の涙が落ちてしまうと掃除が大変ですのでお引取りください。」



俺はただ歩いた。一白達が何かを言おうとしていたけどそのまま病院から去った。






結局俺は一週間徹夜の勤務が災いして入院することになった。



皮肉にもそこはつい二日前にアイツが彼女とともに去っていった病室だった。


あの二人は一度も入院中に俺の元を尋ねてくることは無かった。



あの時と変わらないのはここにいる三人と窓から見える厚くて太陽を見せてくれない雲だった。


そして変わったのはその景色を見ているのが立っているか、横になっているかの違いだけだった。


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