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1.研究所は今日も平和だったが

「ティル君、美しいではないか! このルビーのような瞳! す、素晴らしいいい!」


 フォーク博士が何やら興奮して叫んでいるが、俺にはこれのどこに興奮しているのか全く分からない。いや、可愛い女の子の瞳を見て褒めたたえるのなら俺だって一緒になって盛り上がる自信はあるよ。

 でも、研究室のテーブルの上に置かれたルビーのような瞳は……バシリスクっていう巨大なトカゲの瞳なんだよな。

 

「フォーク博士、余りつつくと潰れちゃいますよ」


 フォーク博士は白髪交じりのオールバックに白衣を着た四十代半ばくらいの男で、白衣の裾をたくし上げると、片眼鏡をクイっと指先であげながら、空いたもう一方の手でバジリスクの瞳をツンツンつついている。

 

「そんなすぐには崩れないさ、ティル君! 君も見てみたまえ! 石化の瞳の謎を解明しようじゃないか!」


 さっきから興奮しっぱなしのフォーク博士へ俺はため息をつくと、肩を竦める。

 申し遅れたが、俺の名前はティル。昨年まで冒険者をやっていて、博士の所に来てからもうすぐ一年になるんだ。博士と研究所に籠っていることが多いけど、これでも一流の冒険者だったんだぜ。

 え? 嫌々ながらフォーク博士の研究に付き合っているように見えるって? あー、まあ。そうなんだよな。正直、博士は素人の俺の目から見ても研究者としての才能はまるでない。

 

 しかし、俺は彼の別の才能に惚れ込んで助手を申し出たんだ。

 

「あ、フォーク博士、バジリスクの瞳が……」

「おおおおおお! 何てことだあああ!」


 あーあ、余りつつくと潰れるって言ったじゃないか。だいたい瞳をつついて、凝視しているだけで何が分かるって言うんだよお。

 その時、扉の向こうから幼い声が響き渡る。

 

「ふぉーくはかせー、おなかすいたー」


 研究室の扉をドンドンと叩く音がする。あー、この声はクトーだな。

 しかし、フォーク博士は彼女の声にはまるで反応せず潰れたバジリスクの瞳を前にして大げさに頭を抱えると、首を上下にグワングワンと振るもんだから、白髪交じりのオールバックが乱れてきていた。

 

「ふぉーくはかせー、おなかすいたー」


 呼びかけに答えなかったからか、十代半ばくらいの茶色の髪を肩口で切りそろえた八重歯の可愛い犬耳少女が、いつの間にか研究室に入ってきてフォーク博士の肩を掴みピョンピョンと跳ねている。

 やっぱりクトーか。見た目十代半ばくらいの犬耳と尻尾のついた少女に見えるんだけど、彼女は見た目以上にしゃべり方も気質も幼い。

 だが、この空気を読まない物言いは時として力になる。

 

「クトー! いま大事なところなのだよ。邪魔しないでくれたまえ」

「でもー、クトーおなかすいたのー」


 フォーク博士は潰れたバジリスクの瞳にまだ拘り、クトーを引きはがそうと体を揺するが、彼女はあきらめずに「おなかがすいたー」を連発している。

 いいぞー、クトー。

 

 フォーク博士の作った食事が食べられるのなら、何でもいい。頑張れクトー。

 そうなんだ、俺がフォーク博士に惚れ込んだのは研究内容とかとんでもない戦闘能力とかではなく、彼の「料理の腕前」なんだ。

 俺は彼の手料理が食べたいためにこの研究所でお手伝いをしてるってわけなんだよ。

 

 お、フォーク博士が渋々と言った感じでクトーの方を振り向いたぞ。

 

「分かった分かったとも、クトー。食材は……」

「さっきー、冒険者のおじさんがカエルをくれたのー」

「ほうほう、ならそいつを食べるとするか」

「やったー」


 口元から八重歯をのぞかせて、満面の笑みを浮かべたクトーは両手をあげて喜ぶとフォーク博士の手を引き、外を指さす。

 よっし! フォーク博士の手料理が食べれるぞ。俺もウキウキしながら二人の後に続いた。

 

 研究室を出てキッチンに行くと、まな板の上に体長二メートルほどある巨大なカエルが鎮座していた。しかし、このカエル……鮮やかな紫色に緑色のまだら模様と見るからに毒々しい。

 こいつはポイズンフロッグだな。見た目通り一口食べるとあっという間にあの世に旅立てるほどの猛毒を持っているカエル型のモンスターだ。

 俺は十年くらい冒険者をしていて様々な街を訪れたけど、ポイズンフロッグの毒抜きに成功した料理人を見たことが無い。例外は片眼鏡をクイっと指先であげた後に、白衣の内ポケットから小型ナイフを取り出した目の前の博士だけだ。

 

「博士、ビーカー、フラスコ、大鍋を出しますか?」


 俺の問いかけに博士は「うむうむ」と頷くと、ポイズンフロッグの後ろ脚に小型ナイフを当てる。

 俺は彼の様子を見ながら、棚からフラスコ

、ビーカー、大鍋を取り出すと、水を注ぎ博士の手の届くところに置く。

 

 博士が普段の彼からは信じられないような正確な手つきで切り取ったポイズンフロッグの後ろ脚にナイフを入れると、小刻みに表皮だけを刻む。

 刻み方が尋常じゃねえ。寸分違わず同じ切れ目を入れていくんだぜ。しかも、カエルの表皮は二ミリも厚さがない上にぬめっていて表皮だけを切るのだって俺には難しいくらいなんだぞ。

 

 次にフォーク博士は過熱魔法でフラスコとビーカーを熱し、頃合いを見てビーカーを手に取るとポイズンフロッグの後ろ脚へ湯を勢いよくかける。そしていつの間にか大鍋まで温めているじゃないか。なんという手際の良さだ……


「フォーク博士、湯をかけるのがポイントなんですか?」

「そうだとも。ポイズンフロッグはただ煮込むだけじゃあ毒は抜けないのだよ。いいかね――」


 博士は手を止めず、研究室の時とは裏腹に何でもないと言った風にポイズンフロッグの毒抜きについて解説してくれるが、やっぱりとんでもねえよ。この人。

 ポイズンフロッグの毒抜きは52.1度の湯を1.25秒くぐらせ、表面に細かく切れ目を入れる。その後、79.2度の湯で32.8秒煮込み……とか常人には無理だって……どうやってミリ単位の温度や秒数が分かるんだろう……

 

 俺が鮮やかな博士の手つきに圧倒されていると、不意に頭を掴まれた。

 むう。俺は自分の背が低いことを気にしているんだ……上から頭を掴まれたらちょっとへこむ……こういうことをするのはきっと。

 俺が後ろを振り返ると、怜悧な美貌を持つ耳の尖った女の子が無表情で俺をじっと見ていた。

 

「アシェット、頭を掴むのは……」

「ティル、ちょっといいですか?」


 耳の尖った女の子――アシェットは表情一つ変えず、俺の頭から手を離すと今度は肩を掴んでグイっと引っ張る。

 彼女はエメラルドグリーンの髪を左右でお団子にしてまとめたいつもの髪型に、体にピッタリフィットする赤色のワンピース姿の二十歳そこそこの女の子で種族はハーフエルフ。

 彼女のワンピースは裾が太ももの半ばまでしかなく、片側に大きくスリットが入っている独特のものだ。彼女が言うには、彼女の故郷の民族衣装らしい。歩くたびに太ももが露出して悩ましい……ついつい目が行ってしまいそうだよ。

 しかし、太ももを凝視しているのがバレたら……アイアンクロ―を喰らうんだけどな!  

 

 俺がそんなことを考えているうちに、キッチンからダイニングルームに移動した俺とアシェットは向かい合わせに腰かけると、彼女は切れ長の瞳で眉一つ動かさず俺に封筒を手渡した。


「アシェット、これは?」

「それは『王立研究所』からの手紙です」

「あ……『研究費』の催促に行ってたんだっけ?」

「そうです。博士にお話をする前にあなたに聞いておいてもらおうと思いまして」


 博士の役に立たない成果があがらない研究でも、これまで「王立研究所」は僅かながらの研究費を支給してくれていた。

 しかし、この二か月間研究費が支給されていないから、アシェットが「王立研究所」まで出向いて、研究費の催促に行っていたのだった。

 あ、博士は知らないけど、例え研究費が支給されたとしてもこれっぽっちのお金だと俺達の生活費もままならない。まあ、足りない分は俺やアシェットが冒険者ギルドで仕事をちょいちょいとこなして稼いでいる。

 うーん、一応確認するかあ……俺はヤレヤレと肩を竦め、口を開く。

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